けものフレンズR ”わたし”の物語   作:むかいまや

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https://seiga.nicovideo.jp/seiga/im9098445 より設定をお借りし、10話Cパート相当の物語を書きました。

動きの描写しなくていいからって調子に乗った感じします。

20/06/15 改稿


10-3

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――――

――

 笛がひとつ鳴ります。それは終了の合図を告げる音。

「しゅーりょー!」

 ハクトウワシさんが大きな声で告げます。わぁわぁと観客のフレンズさん達の声が耳に入り、先程と同じように心を昂ぶらせますけれど、どちらかと言えば、ひと段落ついたのだという安堵の思いの方が強いように思われました。

 特に勝負に動きのないまま、わたし達の『逃げ』の時間は終わりました。わたしもイエイヌちゃんも捕まる事無く終了です。

 緊張が解けて一段落という具合に、わたしはほっと胸を撫で下ろします。イエネコさん、リオさんの得点はゼロ。ここでの二点のリードが意味するところは重要なはずです。

「休憩よ。しっかり休んでちょうだいね」

 わたし達にそう告げて、彼女自身も休むためにか地面に降りて、端の方のベンチへ腰掛けます。わたしはと言えば、イエイヌちゃんのもとへと近づいていきます。お互いの労をねぎらうというのもありますが……作戦会議という目的だってあります。

「お疲れさまです、イエイヌちゃん!」

「ともえちゃんも、お疲れさまです!」

 息の乱れた様子さえ無いイエイヌちゃんには、感服です。

 イエイヌちゃんと一緒に、わたし達は競技場の端へと移動し、座ることになりました。わたしは所謂体育座りで、イエイヌちゃんは足を前側に投げ出すような形です。少しはしたないかもしれませんが、「よいしょ」とふたりして声を出しながら座り、「ふぅ」とひと息。

 そのままわたしは空を見上げます。真っ青な高い空に、まるで吸い込まれるようで、心地良ささえ覚える疲労感と、勝負の展開が上手いこと進んでいる喜びからか、会場の雑踏はどこか遠くにあるように感じられます。そんな感慨に耽っていると、カルガモさんが空を飛んでわたし達のところへとやってきました。

「おふたりともお疲れさまです。どうぞ、飲んでください」

 手にコップを持ったカルガモさんは、慎重そうにはらりと着地し、わたし達に水の入ったコップを手渡します。

「ありがとうございます、カルガモさん」

 イエイヌちゃんとわたしはそれぞれお礼を告げると、彼女はくすりと微笑みます。

「いえいえー。助け合い、ですよー。ゴリラさんや、皆さんのお手伝いですしね。残りも頑張ってください! では!」

 カルガモさんはそう言って頭の羽をふぁさりと動かして飛び立ちましたけれど、すぐに「忘れてました、うふふ」とバツの悪そうな笑みを浮かべて口を開きます。

「そのコップはまた後で回収しますからね、壊したり捨てたりしないでくださいよ?」

 壊しませんって……。わたし達は彼女に笑顔でのお辞儀で返事をします。それを見たカルガモさんは満足げに頷き、再び会場の外へ。多分あっちの方に本部があったりして、お水を用意してるんでしょうね。もしかしたらユキウサギさんもそこで休んでいるのかも知れません。

 水をひと口含んだイエイヌちゃんは不意に「うーん」と悩むような声をあげます。

「どうかしましたか?」

「いえ……イエネコちゃん達の作戦ってなんだったんだろうな……と思いまして……ともえちゃんはわかりました?」

「えぇっと……イエイヌちゃんを先に捕まえて、その後にわたし……というのは分かったんですが……おふたりが話あってからはわからないんですよねぇ……」

 イエイヌちゃんはふむぅと考え込むような声を出してから、言います。

「そうですかぁ……ともえちゃんも……。なんだか油断できないですよねぇ……」

「えぇ……本当に……違和感って言ったら良いんですかね……なんだか妙でしたし」

 彼女たちの作戦ですが、結果論ですけれど、失敗だったとわたしには思われました。

 というのも、『決め手』のイエネコさんの動きがわたしへの警戒のために制限されるだけでなく、彼女たちが中心として狙っていたイエイヌちゃんとの距離も以前と異なっている為です。

 イエネコさんはしっぽを地面に叩きつけるような仕草をして、あっちでもないこっちでもないと位置を調整して機を伺っていましたし……。ただ気になるのは、しきりにわたしの方へとちらりちらりと視線を送っていたという点。まるで何かを待っているかのような……。加えていうならば、リオさんの動きも妙でした。彼女の動き自体は彼女たちの打ち合わせ前後で大差は無いのですけれど、どこか本気でないように思えるのです。

 例えば、打ち合わせ前であれば急ブレーキをして追いかけたであろうイエイヌちゃんの方向転換にも少し反応が遅れていましたし、追いかける方向にも作戦というものを感じられなかったのです。『疲労』のひと言で片付くような簡単な話でもなさそうですし、ね。だからこそ、油断ならないという点でイエイヌちゃんとは共通の見解を持てたのでしょう。

「でしたら、いっそう気をつけて行かないとですね……! ですよね、ともえちゃん」

 わたしは無言で頷きます。そうしながらもわたしの視線は反対側の隅に座るイエネコさん・リオさんのふたりに注がれていました。ふとひとつの考えが頭に過ります。しきりにわたしの事を気にしていて、けれど最後の最後までわたしを捕まえようともしなかった……? 

「もしかしたら……わたしの合図を待っていたのかも……」

「ど、どういうことです……?」

 イエイヌちゃんは眉間にシワを寄せて、聞き返します。

 あくまで『もしかすると』の予想ですが……イエイヌちゃんにも聞いておいた方が良さそうです。わたしの想像を説明すると、ふんふんという頷きをイエイヌちゃんは示します。

「なるほど……笛の音が聞こえているから内容を知ろうとしていた……と……」

「そうなんじゃないかなぁという想像ですけれど……どう思います?」

 イエイヌちゃんはひとしきり「うーん」と考え込み、ゆっくりと口を開きます。

「ありえなくはない……とは思いますけれど……どうなんでしょう……イエネコちゃん、そこまで考える子でしたかねぇ……?」

 さり気なくひどいこと言ってません? それはさておき……

「……悩むところですけれど……次の『攻め』の様子次第で決めましょう」

 わたしは水をひと口含んでから、言葉を続けます。

「途中で作戦を変えるかもしれませんけれど、それまでは同じように、ということで……大丈夫ですか?」

「はいっ!」

 イエイヌちゃんは笑顔で頷いてくれました。わたしの考えが正しいのかどうかとか、失敗するかもだとか、そういう嫌な考えを拭い去るような、そんな笑顔。その笑顔だけで、きっと、何でもやれる。してみせる。そう思えてきます。

「あ、そうです! 先程お話しようとしてた事なんですけれど……」

「『逃げ』の最中に中断したお話……ですか?」

「はい! それなんですけれど、もしもともえちゃんがふたりに狙われた時なんですけれど……私からも吠えて逃げられそうな方向をお伝えする……というのはどうでしょう?」

 隠れて見えない子を見つけてもらうというのはお話していましたが……確かに彼女にも指示を出してもらったほうが動きやすそうです。

「そうですね……良いと思います。わたしもありがたいです。合図の仕方は……わたしの笛と同じで大丈夫ですか?」

「はい! 大丈夫です! ……えぇっと――」

 彼女はそのまま、お互いの間の指示内容を確認し始めます。もう実際に試合をこなしているのです、大丈夫だとは思うのですけれど……。

「こんな感じでしたよね……?」

「ええ、大丈夫です。……もうちょっと時間があるでしょうし、考え事はいったん、休憩しましょう?」

 頭を使ってあれこれ考えるのも、なんだかんだと体力を使うもの。

 それはわたしの担当する領分です。ですが、イエイヌちゃんだって走りながら、周囲を見渡しながら、『狩りごっこ』の最中に考えているはずなのです。加えて彼女はわたしなんかよりもずっと速く長く走っているのですから……。

「そう、ですね。んぅっー……」

 イエイヌちゃんは伸びをします。そして、でろんと身体から力を抜きます。力の抜けた身体は、木の葉が地面に舞い落ちるような自然さで、そのまま隣に座るわたしの膝の上へとことりと乗せられます。

 それに気づいたわたしも彼女の頭が膝に当たらないようにと、無意識に足を伸ばします。完全に脱力しきったようにさえ思われる彼女の身体。だからこそ強く感じる彼女の重さ。心地よい熱。ふとももの辺りをくすぐる吐息と彼女の髪の毛や耳の微細な動き。繊細な煌めきに魅了されて、わたしは思わず彼女の髪の毛を撫でてしまいました。手のひらに感じる熱と、細やかで柔らかで滑らかな感触……。

 数十秒程でしょうか、そんな愛おしい時間を楽しんでいたわたしの胸中に、ひとつの疑問が湧いてきます。

「ふふっ、『他の方が居る』んじゃないんですか?」

 少し意地悪に過ぎるでしょうか……? イエイヌちゃんはすっかりそれを忘れていたのでしょう。はっとした様子で、身体を起こします。

「はうぅ……もっと早く言ってくださいよぉ……」

 そんな彼女の言葉は心底照れているような恥ずかしがっているような、そんな声。実際、わたしだって少しは恥ずかしいんですよ?

「んまー! みんなの前ですよぉ?」

 楽しそうな声色に、ほんの少しのいたずらっぽさを含めた声が空からかけられます。カルガモさんでした。

「そういうことはふたりっきりのときにですね……じゃなくて、おほん。コップの回収です」

 わたし達はふたりして顔を赤らめながら、着地した彼女にコップを手渡します。

「あ、あはは……ありがとうございます……」

 イエイヌちゃんのごまかすような言葉を受けて、カルガモさんはエプロンのポケットにコップをしまい、腕を組んで言います。

「別に良いんですよ? けど、そうですねぇ、もうちょっとくらいはひと目を……じゃなくてですね……二回目ですよ、まったく……。もうちょっとしたら次の番ですから、準備してくださいねー」

 彼女はそう言って再び飛び立ちます。今度はまっすぐイエネコさん・リオさんの方向へ。

「んーっ……よし、やりますよーイエイヌちゃん!」

 カルガモさんを見送ったわたしは伸びをしながら立ち上がります。

「はいっ! 次も頑張りましょう!」

 イエイヌちゃんも立ち上がり、前を見つめます。その視点の先にはイエネコさん・リオさんが居て……。

 徐々にわたしの(きっとイエイヌちゃんも)感覚が研ぎ澄まされながらも、強く気持ちが高ぶって行くような心地です。

 こんな経験は、旅の中ではありませんでした。当て所無いというとアルマーさんとセンさんに失礼ですけれど、そんな旅でしたし、幸か不幸か、競い合うこともなかったのですから。

 きっと失われた記憶の中にも、こんな感覚を抱いた経験は無いように思われます。絵を描く時とはまた違う、気持ちの昂りを感じているのですから。一瞬の間に何かが決まって、それに喜んだり、悲しんだりして……けれど、きっと、悲しい思い出にはならない。そんな経験はおそらく、今までなかったのです。あるいは、あったとしてもこれほどまでに強く感じたことが無いということかもしれませんけれど……。

 

 会場の中心に歩きながら、研ぎ澄まされた感覚の中に、お腹の底の方から鳩尾の辺りにかけて、ずんと沈み込むような嫌な思いがあることに、わたしは気づきました。きっと、それは過去の思い出のほんのひと欠片。

 先程の言葉を借りるなら、一瞬の間に何かが決まって、それに悲しんだ思い出。決して楽しい思い出になんかならない思い出のほんのひと欠片。詳細さえ、理由さえわからず、唐突に現れた漠然とした嫌な感覚に、わたしは興奮とは違った震えを覚えました。奇妙に震える左腕を、わたしは右手で抑えます。

 楽しげなかしましい騒ぎ声や、そよ風の音などは最早聞こえず、自分の鼓動がどれほど早くなっているのかということが痛感せられる程のけたたましい脈動のみが頭の中に鳴り響いてしまっています。

「……やだ……なんで……こんな……ときに……」

 ぶるりと震える身体は、寒気などでは無いくらいの、恐ろしいもの。不吉なもの。

「――もえちゃん? ともえちゃん?」

 わたしの呟き声を聞き取ったのか、それとも雰囲気が変わったのを察したのか、それはわかりませんが、イエイヌちゃんがわたしに尋ねました。少しだけ、意識が戻ったような、地に足の着いたような、そんな心地になります。

「大丈夫……ですか……?」

 心配そうな瞳で、彼女はわたしをじっと見つめます。震えるわたしの腕に彼女は両手をそっと支えるように添えます。わたしは手をほんの少し動かして、彼女の手の甲の上へ。

「……えぇ、緊張しちゃって、えへへ……」

 疑るような瞳で、彼女はわたしをじっと見つめます。何故、わたしは嘘をついたんですか? なんで? ねえ、なんでですか?

「ほんとう、ですか……?」

「えぇ」

 わたしはこくりと頷きます。

「なんだか急に現実なんだなぁって思ったんです。ホントにホントです。信じてください?」

 きゅっと彼女の手に力が加わります。

 痛くなんて無い、本当にほんの少しの力が加わったのに、どうしようもなく痛いのです。これからの出来事に影響を与えたくないから? 彼女に不安をかけたくないから? ……わたしには、わかりません。

「……」

 彼女は何も言わず、数秒ほどわたしの目を見つめて、一瞬だけ瞳を伏せます。

「――――いん――ね」

 か細く呟かれた彼女の言葉は、会場の喧騒にかき消されます。

「……なんですか?」

 わたしは聞き返したのですけれど、イエイヌちゃんは軽く首を振り、頭をあげます。微笑んでいるような、困っているような、泣いてしまいそうな、そんな不思議な笑顔。

「……いえ、何でもないです! それにしても、ともえちゃんってば、どうしたんですか? 急に……」

「えへへ、どうしちゃったんでしょうね、わたし……」

 イエイヌちゃんは前に向き直って、歩き出しました。わたしは彼女に引っ張られるような形になってしまいます。

「まだこれからじゃないですか、ね! ともえちゃん!」

 彼女の表情は見えませんけれど、明るく楽しげな声。

 わたし達はすぐに所定の位置に着きます。彼女の隣に立って、わたしは言いました。

「そうですねぇ……あと……五回くらいは続きますからねぇ」

 イエイヌちゃんはわたしの言葉に指を折りながら数えて、くすりと笑います。

「けっしょーせん……でしたっけ? 行くってことですよね?」

「えぇ、当然です。やるからには最後まで、です。もちろん、ジャパリまんも頂いちゃいましょう!」

 ちょうど向かい側にイエネコさん、リオさん達が並び立ちました。少しだけ彼女たちも訝しげな表情ですけれど、だからと言って、『狩りごっこ』は中止にはなりませんし、お互いに遠慮なんてしない筈です。

「じゃあ、頑張らないとですね!」

「ええ、頑張りましょう!」

 お互い、どこか取り繕ったように感じる言葉でした。

「揃ったわね。ちょうど時間ぴったりよ」

 ハクトウワシさんが「うんうん」と頷きながら関心するように言いました。

「何を思ったのか知りませんけど――」

 イエイヌちゃんがわたしだけに聞こえるような小さな声で言います。諦めたような、悲しいような、そんな響きを含んでいるように、わたしは思いました。

「それじゃあ、だいにしあい――」

 ハクトウワシさんは大きな声を出しながら空に飛び立ちます。

「――今は、前だけ見ましょう?」

 イエイヌちゃんの言葉は小さくても、はっきりと聞こえました。わたしのことを案じながらも、今を楽しもうという彼女の言葉は……今のわたしを何よりも励ます言葉でした。

「――はじめ!」

 笛の音がひとつ、鳴ります。わたしはそれに負けじと、イエイヌちゃんに返事をします。

「はい!」

 そうです、そうですとも。

 過去がなんであっても、今、ここに居るのはわたし。ともえです。そのともえは、今、イエイヌという子と一緒に『狩りごっこ』に勝たなくてはならないのです。いいえ、イエイヌちゃんと一緒に、わたしは勝ちたいんです。

 だから、わたしは、せめて今だけでも前を、前を――。

 

 第二試合が始まりました。




ちょっと短いですけど、Cパートってこんなもんですよね
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