駆け足気味で会場の真ん中へと到着します。周囲で見守るフレンズさん達は、押し黙っていました。そして、そんな彼女たちの視線のすべてをわたし達が独占しているのだという実感をひしひしと感じます。
緊張は、当然します。それは私だけじゃありません。ロードランナーさんもコヨーテさんもイエイヌちゃんも、きっと同じ。きっと、緊張して緊張して、けれど、それでも勝ちたいという思いを抱いて、これから起こる数分間に全力を尽くそうとしているのです。今までの試合がそうでなかったということでは無く、強く、そう思ったのです。
「し、失礼しました……」
「ごめんなさいぃ……」
わたしとイエイヌちゃんの謝罪の言葉をハクトウワシさんが「ふふっ」と軽く笑います。
「大丈夫よ。そんなにきっちりする必要も無いのだし……」
ハクトウワシさんが腕を組んでわたし達をぐるりと見回します。
「これで最後。みんな悔いの残らないように、頑張るのよ」
彼女の言葉に、わたし達はそれぞれ抱える思いは違うのでしょうけれど、頷きました。
「よろしい。……さて、それじゃあともえ、イエイヌの『攻め』からね――」
彼女はそう言って、飛び立ちます。
「さいしゅーしあい、開始っ!」
短く笛の音が鳴ります。その音の余韻が消えるか消えないか、それくらいの瞬間に、わあっと会場から声が上がりました。わたしの身体が、緊張と興奮とでぶるりと震えたように感じます。最後の『攻め』が始まったのです。
イエイヌちゃんがロードランナーさんめがけてまっすぐに走り出します。
これは当初の予定通りです。先程と同じく『弱い方から捕まえる』という目的の為です。……わたしが先程思いついた内容。それは、今実行するものではありません。前提としてコヨーテさんがひとりになってから『指示』を……いいえ、イエイヌちゃんに『お願い』する。そして……。
「またっ……!」
ロードランナーさんはイエイヌちゃんから逃げるようにわたし達から向かって左側に駆け出します。置いてけぼりになったコヨーテさんはわたし達を煽り立てるように「俺じゃなくていいのかー?」なんて叫んでいますが、無視です無視。
イエイヌちゃんはわたしの方をちらりと見ます。わたしはそれに答えるように『右』と指示を出します。こくりと頷いたイエイヌちゃんがロードランナーさんの右側から回り込むように動きます。それを見たロードランナーさんは――
「右から来るぞ!」
わたしの指示から一瞬遅れて、コヨーテさんが叫びます。やっぱり……! とは言え、です。まだ慌てる必要も作戦会議も必要ありません。まだロードランナーさんを追い詰める為の選択肢が狭まったとは思えません。まだ、始まったばかりですから。
「おう!」
ロードランナーさんはわたしの位置だけ確認して、走り出します。わたしから離れながら、イエイヌちゃんをすり抜けるような形です。わたしはコヨーテさんに恨めしげな視線だけ投げて、ロードランナーさんとイエイヌちゃんの追いかけっこに近づいていきます。
イエイヌちゃんは『指示』に従う形でロードランナーさんの右側方向を維持したまま、ロードランナーさんを追いかけています。イエイヌちゃんも今日を通して動き続けたからか、『指示』が無くとも会場の端の方へと追い立てるような動きをしてくれていますが……中々上手く行かない様子。ロードランナーさんの細かい動きで微妙に進路をズラされてしまっています。それを修正しようにも、指示を出せば見抜かれる……となれば……。わたしは『後』と指示を出します。
指示を受けたイエイヌちゃんはロードランナーさんの距離を縮めながら後ろ側に回り込む動きをします。
「コヨーテぇ!」
わたしが笛を口に持っていたのが見えたのか、それともイエイヌちゃんの動きが変わったのを察したのか、それはわかりませんけれど、ロードランナーさんはコヨーテさんに尋ねます。
「わからん!」
コヨーテさんがそういうのも当然です。『指示』を控え気味にしていたというのもありますけれど、使ってませんもの。『後』なんて。少しだけにやりとしちゃいますね……なんて言っている場合ではなくて……。
視線を前に戻したロードランナーさんはジグザグに走りながら、会場の端から逃れる方向へ……。わたしはそれを見て、彼女の進路にぶつかるように駆け出し……。
「『アレ』やっていいぞ!」
コヨーテさんが叫びます。……『アレ』? 彼女たちも何か秘策を……?
コヨーテさんの声に「あいよ!」と返事をしたロードランナーさんは急に進路を変え始めます。わたしとイエイヌちゃんが居ない方という点では変わりありませんが、会場の開けた方向へと逃げるのではなく、会場の端の方へと走り出したのです。
怪しい……というよりも、彼女たちの動きが露骨過ぎて警戒をしたいところですが、現状では特にわたし達の動きに変更はありません。
指示が間に合わないかもしれないというのもありますけれど、何よりも秘策に怯え続けて消極的な指示を出してしまっては意味がありません。それくらいなら彼女たちの秘策を見てから行動をした方が、後の作戦も立てやすいというもの。
わたしは一瞬だけ立ち止まって『左』と指示を出しましました。
「左だ!」
コヨーテさんがすかさずロードランナーさんに伝えます。それを気にしてか、イエイヌちゃんはわたしの方をちらちらと伺いましたが、わたしは黙って頷きます。指示を逆にしても恐らくすぐに看破されるでしょうし、それならばこのまま追い詰めるほうが幾らか良いはず。わたしはロードランナーさんの方向めがけてまっすぐに駆け出しました。
数秒から十数秒ほど経過すると、もう、追いかけっこの舞台は会場の端へと動いていました。「追い詰めた」という思いと彼女たちの『秘策』に対しての警戒心とが混ざりあった高揚感をわたしは感じていました。
イエイヌちゃんとわたしの進路が交差する点。そこがロードランナーさんを追い詰める地点。そこめがけて真っ直ぐに走ります。ロードランナーさんの動きに合わせて多少ズレるとはいえ、作戦としては上出来……。そう信じて走るしかありません。
その瞬間が訪れました。
「……ふっ……!」
ロードランナーさんは急に減速し、足を揃えて膝を軽く曲げ、ひょいっと身体を空へ投げ出します。わたしもイエイヌちゃんも、飛びかかるか手を伸ばすかという姿勢を取っていた為に対処が遅れました。わたしの視線がロードランナーさんを追い、遅れて首が動きました。彼女は宙返りをして、イエイヌちゃんの後ろに……。その後、ロードランナーさんは着地でバランスが崩れたのを即座に修正して、競技場の真ん中の方へと駆け出していきました。彼女は「してやったり」な顔で手を振ってさえいましたが、悔しいという感情なんて感じる暇など無く、彼女の身軽さに称賛の思いさえ抱きました。
呆然と立ち尽くしてしまったわたしに、イエイヌちゃんが声をかけます。
「す、すごいですね……ロードランナーさん……」
彼女の言葉で、わたしは現実へと引き戻されました。
「ほ、ホントですね……」
つまりはそういう秘策だったのでしょう。どうしても足の遅さの為に標的にされてしまうロードランナーさんが、用意した逃げの手段……。転んだり、上手くジャンプ出来なかったり……そういったリスクを犯してでも逃げなくてはならない場面でのみ使う秘策……。わたしは彼女の勇気ある行動に、そして現実離れした動作に、拍手を贈りさえしそうになりました。
しかし、イエイヌちゃんは試合の事を考えていたのでしょうか、どこか不安げな顔。わたしは彼女の表情に「勝利を逃すのではないか?」という不安が込められていると感じました。そして、わたしは覚悟を決めます。
「……イエイヌちゃん。お願いしてもいいですか?」
「予定よりも早いんじゃ……?」
彼女はわたしの事を心配してくれているのでしょうけれど、このままでは埒が明かないですし、やりましょう。最後の最後、とっておき。
「ええ……ですけど、時間が心配です。お願いします、イエイヌちゃん」
イエイヌちゃんは「んーっ」と息を吐きながら伸びをしました。
「わかりました。……でも無理だけは、しないでください? お願いです」
わたしが頷くと、彼女はぐっと全身に力を入れました。そして、わたしが今までに見たことも無いくらいの早さで、それこそ風にでもなったんじゃないかと思われるくらいの速度で、彼女は走り出しました。
『お願い』。
その内容は至ってシンプルです。イエイヌちゃんの負担はより大きくなりますが、彼女にとって出来ることの範疇。けれど、わたしに取っては全身全霊の力を振り絞らなければ、それこそ無理無茶無謀の類を覚悟しなくては作戦として成立しないもの。
……つまりは、イエイヌちゃんはわたしの事も、指示も、全て無視して全力で動き、わたしがそれに合わせて動く。それだけのことです。今まで武器としてきた『指示』をかなぐり捨てて、イエイヌちゃんの動きと相手のコヨーテさんの動きとを私が見て、動く。『指示』だったり、わたしの事だったり……色々な事を気にして自由に動けなかったイエイヌちゃん。それなのにあれだけ動けていたのです。
となれば、きっと、ずっと、もっと速く、確実に、まっすぐに、捕まえられるはず……。わたしにだって、今までの試合を通して多少は場を見る力が備わったはずですし、旅を通して体力だって多少はついたはず……。それらを信じて、全力で走るだけ。
なのですが……。
「あー……」
イエイヌちゃんがあまりにも速すぎて、わたしは一瞬後悔しました。
けれど、イエイヌちゃんは走り出す直前に、本当に一瞬だけ楽しげな表情になったのです。彼女の期待に応えたいですし、わたしがわたしを信じて走るという行為にもちょっとしたワクワクがあります。だから――
「行きますよー……!」
――わたしも、走り出しました。
わたしが追いつくよりも早く、イエイヌちゃんはロードランナーさんに追いつき、彼女を捕まえました。
「えぇ……」
どこからか聞こえてきた呆れ混じりの声は、わたしか、それともロードランナーさんか……。わたしが想像していたよりもあっさりとイエイヌちゃんはロードランナーさんを捕まえてしまいました。もっと早くこうしていれば……? とも思いますけれど、それはそれ。
甲高く鳴り響いた笛の音が観客席に座るフレンズさん達の声にかき消えるよりも早く、イエイヌちゃんはコヨーテさんに視線を移し、再び駆け出します。
「はぁ……はぁ……速いですね、イエイヌちゃん……」
イエイヌちゃんが捕まえてから十秒ほど遅れてわたしはロードランナーさんのところへ到着します。ロードランナーさんは力が抜けたように地面にへたり込んでいました。
「…………最後だからって全力出しやがって、アイツ……」
わたしは乾いた笑いを漏らしながら、ロードランナーさんに手を差し出します。
「さんきゅーな、ともえ」
彼女は少しだけバツが悪そうにしながらも、わたしの手を取って立ち上がり、会場の外へと歩いていきました。
「がんばれよぉー! みんなぁー!」
会場から出る瞬間、彼女は大声でわたし達に言いました。わたしは無言で頷きましたが……コヨーテさんとイエイヌちゃんはどうも睨み合っている様子。
わたしはそんなふたりの様子を伺います。何処へどう動くか。最早私の手から離れたイエイヌちゃんの動きに合わせてわたしは動かなくてはならないのですから……。とりあえずは彼女たちに近づくとしましょう。
じりじりと距離を取ったり方向を変えたりと小さな動きしかしていない彼女たちにはすぐに追いつくことができました。
「お、ともえも来たのか」
コヨーテさんはイエイヌちゃんから視線を動かすこと無く、関心したような驚いたような言葉を発しました。イエイヌちゃんはその間もわたしに視線を向けること無くコヨーテさんをじっと見つめていました。
「てっきりイエイヌだけかと思ってたぜ?」
彼女が挑発の言葉を発すると、じりっという音と共にイエイヌちゃんがコヨーテさんに近づきました。それが合図だったかのようにコヨーテさんは駆け出します。方向としてはわたし達の向かって左側。
それを受けたイエイヌちゃんは「ふっ」と小さく、けれど強く息を吐いてコヨーテさんを追いかけ始めます。わたしもやや遅れるような形で彼女たちを追いかけます。
わたしが追いかけている間にも、彼女たちの動きは徐々に複雑になっていきます。時に彼女たちはすれ違うように交差しました。けれどそんな瞬間でさえコヨーテさんは手が届かないであろう距離をしっかりと取っていましたし、イエイヌちゃんもそれを理解しているのでしょう、無駄な動きを控えているように思われました。
ぎゅんぎゅんと動き回る彼女たちに追いつくだけで精一杯のわたしですけれど、きっとこのままではジリ貧であるということは理解できていました。
というのも、おそらくはコヨーテさんはイエイヌちゃんよりも足の速い相手と競い慣れているのだということが見てわかったためです。それはコヨーテさんの余裕のある動きからも察せられましたけれど、ロードランナーさんから伺っていたお話(この運動会が開かれた理由のお話)を知っているからでしょう。
この状況を打破するために必要なのは、わたし……なのでしょうか……? 全力でイエイヌちゃんとコヨーテさんに追いつきながらも機を逃さず、わたしから攻撃を加える。きっと、それが鍵……。
不意にコヨーテさんが立ち止まり、口を開きます。
「お前とこんな風に走ったこと、無かったよなぁ」
楽しげな、本当に心の奥底から楽しそうな呼びかけ。
「……ふぅ、そうですね!」
返事をするや否やコヨーテさんに飛びかかるイエイヌちゃん。コヨーテさんはそれをひらりと回避します。
「っと、話してる最中だぞ……?」
バランスを崩し、動きが止まったイエイヌちゃんにそう告げて、コヨーテさんは再び駆け出します。イエイヌちゃんは「くっ」と悔しげな声を出して、姿勢を取り直します。
「イエイヌちゃん! 大丈夫ですか?」
少し離れたところからですけれど、わたしが声をかけると、イエイヌちゃんは無言で頷いて、再び走り始めました。わたしがもっと速ければ、もしかしたら追い詰める算段を立てられたのかもしれませんが……それはないものねだりというもの。今は、彼女たちを追いかけて追いかけて、来るべき瞬間を待つしかありません。
再び追いかけっこの形になったコヨーテさんとイエイヌちゃん。ですが、先程までと違って、コヨーテさんとイエイヌちゃんの距離は縮まりました。コヨーテさんは『攻め』の時間の事を考えて体力を温存しているのか、それとも単に疲れたからか……それはわかりません。
わたしは全力で彼女たちを追いかけているからか、頭の中はまっしろで、胸は痛いし、お腹からはなにか込み上げて来ているようにさえ思われます。辛い、苦しい、吐きそう。
そう思いますし、今こうして走っている理由さえ、よくわからない気がしてきて……。全部イエイヌちゃんに任せてわたしは見ているだけで良いのでは無いのでしょうか?
視界がチカチカしてきて、流石に限界です。わたしは数秒だけ立ち止まりました。数回、深呼吸をして、頭の中を落ち着けます。
「見ているだけなんて、つまらない……」
口にしたのか、それとも心でそう思ったのか、それは十分に思考ができていないわたしにはわかりません。けれど、そう思っていることは、事実なのです。視線を上げると、イエイヌちゃんと一瞬だけ目が合います。やっぱり彼女はわたしの心配をしてしまっている……。
その瞬間を見逃さないコヨーテさんは、速度を上げます。はっとイエイヌちゃんは驚いたような表情をして、コヨーテさんの方へと走り出します。
けれど速度は『全力』では無いことが朦朧としたわたしにさえわかりました。わたしは笑い始めた膝をぺしりと叩いて、笛を口にもっていき、『前』と合図します。一度ではなく、二度。「わたしのことなんか気にするな」という思いを込めて……。イエイヌちゃんに思いが伝わったのだと、わたしは思います。彼女は速度を再び上げ、コヨーテさんを追いかけました。
繰り返し深呼吸を行っていくうちに、段々と思考が落ち着いて来ました。
最初に浮かんだのは、残り時間のこと。もう、残り時間は殆ど無いはず……。次に思ったのは、結局あのきざったらしいカッコつけのコヨーテさんに負けるのではないか? という不安というか不満というか……そんなもの。彼女のことは嫌いじゃないですよ? けれど、なんであんなにカッコつけてるような……。自分の惨めさと悔しさを込めて、コヨーテさんの方を見ると、彼女の不思議な動きが目に入りました。
遠目ですけれど、彼女はなんだかハクトウワシさんの方をちらちらと見ているのです。コヨーテさんの視線の先、ハクトウワシさんに視線を移すと、彼女は彼女で、会場のわたし達を俯瞰しつつも、別の方に繰り返し視線を送っています。ゴリラさん達が居るであろう本部(と言うべきか悩みますが)の方でしょう……。
多分、制限時間に関するやり取りが、近いのでしょうね……。ん? なんで彼女たちは会場のど真ん中に向かって移動してるんでしょう……? 確かに、逃げる為にも真ん中で動いていた方が余裕はありますが、そこに無理に移動するというのは、動きを読まれてしまいます。それにイエイヌちゃんは今までの経験上、端の方へと追い立てている筈なのですが……。なにか思いつきそうな気がします。
速さでも勝っていて、この『狩りごっこ』のことを以前から知っていて、『秘密主義』で、キザでカッコつけで、盛り上げたがりのコヨーテさんが、やりそうなこと……?
「……あー……なるほどぉ……?」
わたし、コヨーテさんがやろうとしてること、わかっちゃいました。いや、秘密主義だのキザだのカッコつけだの言いましたけど……盛り上げようっていう気持ちはわかるんです、尊敬だってします。
けど、ねぇ……油断ですよ、『それ』は流石に……。『攻め』るこちら側からしたら、格好の隙なのでは……? けれど、わたしの想像があっているかはわかりませんし、その瞬間まで身体が保ってくれるかも不安です。
けれど、けれど……やれるだけやると言ったのはどの口か! なんて思って、わたしはふとももをごちんと拳で叩いて気を取り直します。
「ょっし……最後の最後。賭けますか……!」
小さくつぶやいて、コヨーテさんとイエイヌちゃんに近づくために、わたしは駆け出しました。最後の最後で賭けに出る……わたしは正直確実性に欠ける以上、『賭け』は嫌ですけれど、残された最後の手段……というか思いつきを試してみるしかありません。ここで何もしないよりも後悔は無いはず。それに、思いつきが間違っていたとして、それでも最後の瞬間まで攻めに転じることは不可能ではないのですから。
そう考えながら全力で走って彼女たちに近づくと、ちょうど会場の真ん中に彼女たちはいました。
「ふぅ、もうすぐ、終わりだな……!」
コヨーテさんは速度を少しだけ緩めて大きな声でわたし達に呼びかけます。そんな声を無視してわたしは全力で会場の真ん中にダッシュします。わたしとは違って、コヨーテさんはうねうねと曲がりくねった進路を取ります。
「それでも……っ!」
イエイヌちゃんは誰にいうでもなく大きな声で言い、コヨーテさんを追います。コヨーテさんと違ってすこし大回りの進路を取っていましたが、確実にコヨーテさんに近づこうという迫力のようなものさえ感じました。
わたしの最後の最後の賭け……成功させなくてはなりません。優勝景品だとか、わたしが讃えられたいとか、そんなことよりもずっと、イエイヌちゃんの思いに応えるためにも……。
「だとしても、だ」
コヨーテさんは速度を緩めてイエイヌちゃんを待ち構えます。疲れたから? 体力の温存? いいえ、会場の真ん中で試合を終わらせるためでしょう。やっぱり、という正解を当てた喜びを少しだけ噛み締めながら、全力で走ります。自分の呼吸が耳に響いて、唾液と呼吸がすっぱく感じてきて、足が重くなって、震えて、胸が、肺が苦しくて、それでも全力で、走ります。自分で息をできているのかさえわからなくなって……けれど、コヨーテさんは、今、わたしの目の前……!
「おつかれさ――」
コヨーテさんの言葉は最後までイエイヌちゃんには伝わりませんでした。なぜなら――イエイヌちゃんはコヨーテさんめがけて走ってこそいましたが、どこか諦めたように速度を緩めていました――私の言葉で、コヨーテさんの言葉は掻き消されたからです。
「イエイヌちゃーん! はしってぇー!」
油断していたのか、それともわたしの事をすっかり忘れてしまっていたのか……。コヨーテさんはわたしの叫び声にびっくりした顔で振り返ります。普通(?)のフレンズさんなら、びっくりしたまま動けなくても不思議ではないのでしょうけれど、さすがコヨーテさん。
彼女は体当たりするのではないかという勢いで向かってきたわたしを後ろにステップするように避けました。けれど、予想外の方向からの攻撃に、コヨーテさんは姿勢を崩しています。そして、そんなところを、イエイヌちゃんが追撃します。ゆっくりと引き伸ばされたような時間の中、イエイヌちゃんがわたしの後ろをすり抜けて、コヨーテさんに迫り――
笛の音が、ひとつ鳴りました。
ぼちぼち運動会も終わるので、満足……