頭上では木々の梢が重なり合うようにして陽光を遮っています。黒みがかった緑色の木の葉とその影、それらの向こう側では青空に雲が高く浮かび、気まぐれに漂っています。碧空は梢に切り取られてわたしの眼に届いているのですけれど、そのために却って、一層淡く輝き、澄み渡るように思われました。
加えてわたしの歩みに沿って動く光は、わたしの眼をくすぐるようで、なんと心地の良い散歩なのかと感心さえしてしまいそうなくらいです……一点を除けば、ですが。
視線を空から前へと動かすと、楽しげに揺れるイエイヌちゃんのしっぽと、ちいさな歩幅をせわしなく動かして、それでも愉快そうにイエイヌちゃんとお話をするドードーさんの背中が見えます。
「ふぅ……」
常ならば彼女たちのペースに合わせて歩くことは難しいことではありません。たとえ、ここが『道』というよりも『けもの道』であって、少し草木が茂っていない程度のあぜ道のような立派では無い道だとしても、です。
けれど……
「ともえちゃん……大丈夫ですか……?」
「やっぱり辛い? 休むぅ……?」
わたしの様子を心配してイエイヌちゃんとドードーさんがわたしに振り返って言いました。先日の運動会で行った『狩りごっこ』。その最後の最後でわたしがあまりにも頑張りすぎたが為に訪れた当然の事態。
「……いえ、大丈夫です」
わたしはひと息ついて、言葉を続けます。
「……それに、これはこれで『運動したー!』みたいな達成感も……えへへ」
わたしの言葉は確かに本心からのものですけれど……やっぱり、運動は苦手でした、わたし。
「そ、そうですか……」
イエイヌちゃんは不審そうな声を上げましたけれど、ドードーさんは「わかるよぉ」と気楽そうに言います。本当にわかってます? と思わないでも無いですが、それはまた別の話です。
「ですけど……あんまり無理するのも良くないですから……もう少ししたら休憩しましょう?」
イエイヌちゃんがわたしを気遣ってくれているのは確か。でしたら無闇に我を通そうとするのはむしろ失礼というものでしょう。
「……はい……でしたら――」
ちょうど良い目印はないかとイエイヌちゃん達の向こう側を覗き込むように身体を動かします。ふぎゅうと小さく息が漏れてしまいそうな鈍い痛みを――主に背中から――覚えましたが、我慢です。
「あそこまで行ったら、お願いします」
指差した場所は背の高い樹が、一本生えている場所でした。周囲ではその樹を避けるように他の樹木は生えておらず、わたし達が休憩するのにも十分なスペースに思われますし、何よりもそう遠くない距離です。今の私でも無理なく進むことが出来るでしょう。イエイヌちゃんもドードーさんもわたしの提案を了承し、再び歩き始めました。
話は今朝に遡ります。
運動会が終わり、そのあとのてんやわんやのお祭り騒ぎめいたやり取りもあり、その日はそのまま『狩りごっこ』前日に寝泊まりした場所で一晩を過ごすことに決まりました。ドードーさんとの約束がありましたので、その夜はわたしとイエイヌちゃん、ドードーさんの三人で眠ることに。
そして今朝。
「ふぁあ……ふたりとも、おはよぉ……」
間延びしたドードーさんの声で、わたしとイエイヌちゃんの目が覚めました。
「う、ん……おはようございます……」
「おはようございます……」
イエイヌちゃんがわたしの隣でぐぅっと伸びをしていて、ドードーさんはふあぁと小さくあくび。わたしは上半身を起こしてイエイヌちゃんと同じように伸びをしようとしたのですけれど……
「んー……つっぅ……」
全身に響き渡る様に走る鈍い痛みにわたしは思わず顔をしかめてしまいます。
痛みの正体。それは筋肉痛。そりゃあそうですとも。昨日にあれだけ身体を動かして、自分自身の限界に挑んでしまったのですもの。
「大丈夫ぅ……?」
ドードーさんが首を傾げてわたしを伺います。
「あぁ、筋肉痛です筋肉痛……ってて……大丈夫ですよ」
「ケガ……とかじゃないんですよね……? どうします? 帰らないでもう一日くらいは……」
イエイヌちゃんがわたしの事を気遣う言葉をかけてくれました。
けれども、のんびりするとなれば、それならば『おうち』が一番落ち着きますし、ドードーさんとの約束が遅れるのも申し訳ないというもの。
「ケガとかじゃないですし、しばらくしたら治りますって、大丈夫です。……さ、準備しましょ?」
わたしはそう言って立ち上がろうとしたのですけれど……
「あ、あれ……イ、イエイヌちゃん……手伝って貰っていいですか……?」
足の痛みが思ったよりも強く、膝を曲げることさえできなくなってしまいました。わたしの言葉にイエイヌちゃんは眉間にシワを寄せて言いました。
「もう少し、ゆっくりしましょう?」
「はい……」
その後、しばらくしてからイエイヌちゃんの手を借りて寝袋から出て、片付けを行うのでした。
片付けが一段落して、わたしは鞄からジャパリまんを三つ取り出します。
「じゃあご飯にしましょうか」
イエイヌちゃんとドードーさんにジャパリまんを渡して、「いただきます」の声が上がったのですけれど……イエイヌちゃんはわたしの顔と彼女のジャパリまんを交互に見つめました。
「ど、どうしました……?」
わたしの問いかけを受けて、彼女は自分のジャパリまんを小さくちぎり、わたしの口元に差し出します。
「はい、ともえちゃん、あーんしてください?」
彼女の行動が意外に過ぎて、わたしはあっけにとられてしまいます。
「え……えぇっと……?」
そんなわたしの眼を彼女はじっと見つめて「にぶいですね……」と呟いて、続けます。
「いいですから、口、開いてください」
「……いや、その、恥ずかしいですし……腕は平気ですから……」
わたしはそう返事をしてから、自分の手元のジャパリまんを頬張ります。疲れた身体になんとも染み渡るような心地を覚えます。……が、イエイヌちゃんはぷくぅっと頬を膨らませて不服なご様子。困ったわたしはドードーさんに視線を泳がせ、なんとかこの状況を打開してくれないかと伺ったのですが……。
「うん? どしたのぉ?」
ドードーさんは楽しげにくすくすと笑顔を浮かべています。仕方ないですね……。
「わかりました。お願いしますね、イエイヌちゃん」
渋々イエイヌちゃんの申し出を受けて、わたしが口を開くと、イエイヌちゃんの表情はあっという間に晴れたものとなり、楽しげに手をわたしの口元へと動かします。
「うふふー……はい、あーん……」
ぱくりと彼女の指に挟まれた欠片を口に含み、咀嚼します。と、その間にもイエイヌちゃんは心底楽しそうにしっぽを振りながら、新たな欠片を抓みとります。
「んふー……んふふー……はい、どうぞ」
わたしに……なんというか、奉仕……? ちょっと言い方が悪い気もしますが……看病と言うにはわたしは元気すぎますしねぇ……。そんな楽しそうな嬉しそうな顔されましても、むしろ困ってしまうような気もしますが……。
「あの、まだ飲み込んでな……んっ――」
彼女に反論しようと口を開くとすかさず手にした欠片が入れられ……。
「――いや、あの……んっく、あのっ――」
とまぁ、二度目です。わたしだって別に嫌じゃないんですけれども、追加のペースが早すぎません?
「イエイヌちゃん、もう大丈夫じゃない……?」
既にわたしの口腔内はぱんぱんになっています。流石にわたしの事を案じてくれたのか、ドードーさんがイエイヌちゃんを制止します。イエイヌちゃんはドードーさんの言葉を受けて、「わっふ」と少しだけ驚いたような声を上げました。
「す、すみません、ともえちゃん……」
んっくとわたしは口に含んだ欠片を飲み込みます。
「ぜんぜん、平気ですよ……ちょっと恥ずかしいですけど……」
そうはいいましても、思ったよりもイエイヌちゃんは反省気味な様子。すこしうつむき気味で、耳をしゅんと垂らしていますし、しっぽだって先程の大きな動きと比べると、だいぶ小さなものになっていました。
「……はいぃ……」
「ほら、イエイヌちゃん、あーんしてください」
イエイヌちゃんは、ほえ? という具合にきょとんとした顔でわたしを見返します。わたしはそっと手元のジャパリまんをちぎり、彼女の口元へと動かします。すると、イエイヌちゃんは少しだけ頬を赤くしながら、ぱくりとわたしの指ごと口の中へ。少しだけびっくりしながらイエイヌちゃんは慌てて指から口を離します。
「ひ、ひつれいひまひた……」
落ち込んだイエイヌちゃんを励まそうと思ってのことでしたけれども、ドードーさんがにたにた笑いを浮かべたままこちらを見つめています。
「ドードーさん? どうしました?」
わたしはドードーさんの方を向いて、じいっと彼女の眼を見つめます。
「んー? 別にぃー? 微笑ましいなぁって思っただけだよぉー?」
そんな風な反応をされると、なんだか悔しいというか、巻き込んでしまえというか……そんな良くない思いが芽生えます。
イエイヌちゃんの方に視線だけ向けると、彼女と目が会いました。わたしがこくりと頷くと、イエイヌちゃんも同じように頷きます。恐らく、同じ考えが浮かんでいるのでしょう。
「イエイヌちゃん、お願いします」
「はいっ!」
イエイヌちゃんはやおら立ち上がり、わたしはよっこいせ(口には出していませんよ? レディですもの)と膝に手を当ててなんとか立ち上がります。
「ね、ねぇ……ど、どうしたのぉ……?」
「はい、ドードーさん、口開けてください?」
「えぇー恥ずかしいよぉ……」
立ち上がり逃げようとするドードーさんをイエイヌちゃんが背中からぎゅっと羽交い締めにします。
「えっ、そ、そこまで、するぅ……?」
痛む足を半ば引きずるようにしながらわたしはドードーさんに近づきます。事情を知らない方からしたら、わたし達の様子はさながらホラー的な何かに見えたことでしょう。
「しますとも」
わたしがそういうと、観念したのでしょう、ドードさんはゆっくりと口を開き――
そんな感じの朝ご飯でした。
時間を今に戻しましょう。
イエイヌちゃんはわたし達に樹の根元で待つように告げ、水を汲みに行きました。彼女が行った理由なのですけれども、ドードーさんはこの辺りの土地勘が無いと言う一方で、イエイヌちゃんは、少し先に川がある『気配』がわかるとのこと。それであれば、おふたりとも土地勘が無いとはいえ、気配を辿れる彼女が水辺に行くのが妥当、という判断の為です。なので、わたしとドードーさんは二人きりで休憩中です。
歩いている内にも多少身体の具合がよくなったのか、全身の鈍痛とも仲良くやっていけそうな具合にはわたしの体調も回復していました。なので、軽く伸びをしたり、ストレッチをしたりしながらイエイヌちゃんを待つことにします。ドードーさんはなんだか手持ち無沙汰のようでしたけれども、座っている内に、日差しを浴びて身体が温まったからか、うとうととしています。
「ねぇ、ともえちゃん」
なにか思いついたのでしょうか、ドードーさんがわたしに尋ねます。
「ほっ、ふっ……ふぅ、どうかしましたか?」
立ちながら身体を捻って居たのですけれども、姿勢を戻して、ドードーさんに向き直ります。
「んー……答えづらいなら、いいんだけどね……んーと……」
ドードーさんは言葉を選ぶように悩みます。わたしは何も言わず、彼女の言葉を待ちます。
「旅、楽しい?」
何を今更、と思ってしまいます。
「えぇ、楽しいですよ。イエイヌちゃんのお陰でもありますし、皆さんのお陰でもあります」
ドードーさんはうんうんと頷き、言葉を続けます。
「じゃあねぇ……もしも、そのぅ……何も思いせないかもって考えたこと、ある……?」
申し訳無さそうに、慎重に、探るような質問でした。わたしは、彼女の問に少しだけ驚きました。ひと息置いてから、彼女の問に応えます。
「……そうですね、ありますよ? でもそれでいいかなぁって」
ドードーさんは「どういうことぉ?」と聞き返しました。
「んー……これはゴリラさんにも言ったんですけど、わたしはわたしなんだって思ってるんです。昔のことを思い出す為に、旅をしてるのは確かですから、思い出せたらそれが一番です。けど、旅の最後に何も思い出せなかったとしても、旅をしたことは、事実ですから」
彼女はわたしの言葉を聞いて、ふんふん頷きます。
「うんうん。大事だよねぇ……それじゃあ、だいじょぶだねぇ、ともえちゃん」
「何が大丈夫なんですか……?」
ドードーさんは首を捻り、眉間にシワを寄せて「うーんとねぇ」と呟きました。わたしは彼女の言葉を待つように、そっと彼女の隣に座ります。
「……頑張ってもどうしようもないことって、あるでしょぉ?」
「えぇ、そんなことばっかりですよ、ホント……」
昨日といい一昨日といい、わたしには到底出来ないことを平然とやってのける存在を目にし続けたのですもの、彼女の言葉は嫌でも理解できます。
「んーとねぇ……どう頑張ってもダメで、それで落ち込んじゃわないよね? って、心配に思ったの」
「あぁ、そういうことですかぁ……」
わたしは腕を組んで彼女の言葉になんと返そうか考えます。
「さっきも言いましたけど、わたしだけだったら辛い旅でも、皆さんが居るおかげで楽しんでいられるんです。もし、何か最後に嫌なことがあっても、きっと皆さんが居てくれるなら、楽しくなれますよ、きっと。そう思うんです」
ドードーさんは、わたしが緊張していたときに見せたのと同じ微笑みを浮かべ、何かを言おうとしたのですけれど――楽しげな歩みで帰ってきたイエイヌちゃんの気配に気付いたのか、いつもの楽しげな 人懐っこい笑みになります。
「――帰ってきたねぇ、おかえりぃー!」
ぶんぶんと楽しげに手を降るドードーさんにイエイヌちゃんも「戻りましたぁー!」と大声で返事をし、手を振り返します。それを境にイエイヌちゃんは小走りになってわたし達のところへ駆け寄ります。
「ふぅ、戻りました! ともえちゃん!」
イエイヌちゃんの尻尾は楽しげに揺れていましたし、何より心底「楽しい!」と主張したいかのような誇らしげな笑みを浮かべています。散歩というのも楽しかったのでしょうし、他者の役に立つ仕事を買って出た喜びもあったのかもしれませんが……そんなに楽しいものだったのでしょうか……?
「おかえりなさい、イエイヌちゃん」
「お水です、どうぞ」
彼女の差し出した水筒に手を伸ばそうとしたのですけれど、わたしはその手を止めます。
「イエイヌちゃん、お先にどうぞ」
「……? 私はもう飲んできましたし、へーきです! ささっ、どうぞ!」
わたしは「それもそうか」と納得し、彼女から水筒をひと口飲みます。
「ふぅ、本当にありがとうございました、イエイヌちゃん!」
「えへへぇ……どういたしまして!」
そう言って、イエイヌちゃんはわたしの隣に座ります。そして、そのままわたしの左肩に頭をことりと載せます。
「出発ですけど……もう少し休憩させてもらってもいいですか? イエイヌちゃんもお疲れでしょうし……」
自分本位な言い方になってしまいましたけれど、多分「イエイヌちゃんが疲れてるから」と直接言うと彼女は首を振るでしょう。ですから、わたし自身の体力がそれなりに回復していたとしても、こう尋ねた方が無難だと思われたのです。
ドードーさんもイエイヌちゃんも、おふたりともわたしの言葉に賛同し、しばしの休息。具体的な時間を誰も明言しないのは、なんというか、パークならでは、なんですかねぇ……。
おふたりとも、目を閉じて物思いに耽っているのでしょう。それか、暖かな陽射しの中うたた寝をしているか……。それを問いかけるのもなんだか憚られるような、のんびりとした空気が、辺り一面に漂っていました。いっそのことわたしも眠ってしまおうかと思いましたけれど、そうしてしまえば出発の音頭を取る者が居なくなり、きっと夕暮れ時に出発することになってしまう気がします……というか、確実にそうなります。そもそも、そんなにわたしは眠くないですし……。空でも眺めてのんびりしましょう。そうですね……あの大きな雲がここから見えなくなるまで、それか……あの樹の影が他の影に消えるくらいまで休憩……?
気持ち次第、そう考えて、のんびりしましょう。筋肉痛も、まだ残ってますから……。
空を見上げてぼんやりしていると、昨晩見かけた不思議な光景を思い出しました。それは、昨晩のお祭り騒ぎの一幕です。
わたし達は、『打ち上げ』とも呼べるような騒ぎには後から参加しました。『狩りごっこ』が終わってすぐにユキウサギさんのお見舞いの為、会場を離れたのです。
向かった先は、先日ゴリラさんとお話をした場所。つまり、陸上競技用のトラックの脇の小屋でした。小屋につく頃には既に『狩りごっこ』の会場では大騒ぎが始まっていたようで、その騒がしくも楽しげな声は小屋にも届いていました。そんな浮足立つような空気の中、わたしとイエイヌちゃんは、ユキウサギさんと付添で一緒に居たヤブノウサギさんに簡単な謝罪と、具合の確認をしました。彼女達はどうやら自分の体調の心配よりも『狩りごっこ』の結果の方に強い関心を向けていたので、そちらのお話も……。ちなみに、ハクトウワシさんの冗談は通じませんでした。いや、ホント、ケーキのひと切れってどういう意味なんでしょう?
と、これは前置きです。わたし達が会話を終え、『狩りごっこ』の会場に戻る頃には、空は菫色に染まり、茜の色は地平に限りなく沈み切っていました。そして、会場につくやいなや、あちらこちらでわたし達は質問攻めに会いました。「何をやっていたのか」ですとか、「おつかれさま」ですとか、「あたし達ともやろうよ!」というお誘いですとか……。そんな色々なやり取りの後、わたしの疲労の色が強くなったのを察したイエイヌちゃんがわたしを会場の端に立つ樹の下へと連れて行ってくれました。
「ふぅ……疲れましたねぇ……」
わたしがそうぼやくと、イエイヌちゃんは申し訳無さそうに笑いました。
「ホントですねぇ……あ、でも悪く思わないであげてください。皆新しいことにキョーミシンシンなんでしょうし……」
「なんというか、目が覚めるずっと前でもこんなに質問攻めになったことって、無いと思います」
わたしは少し皮肉が過ぎたかと思ってごまかし笑いをあげます。イエイヌちゃんも呆れたような困ったような笑顔を再び浮かべました。
「あはは……私も初めてあんな光景見ちゃいましたよ……あっ、ゴリラさん、こんばんわ!」
イエイヌちゃんは言葉の途中で立ち上がり、ぺこりと軽くお辞儀をしました。わたしも立ち上がらなくてはと思ったのですけれど、それはゴリラさんに静止されました。
「いいっていいって、疲れてるだろ? 質問攻めもな、見てたよ。……っとこんばんは、ふたりとも」
からかうように笑って、彼女はわたし達の隣にどっかりと腰掛けました。
「改めてお疲れ様。頑張ったな、お前達。作戦については聞かせてもらってたし、びっくりはしなかったが……思いついてすぐあれほど出来るってのもなかなかだな。やっぱりお前達はむ……」
彼女は言葉を途中で切り上げ、悩んだ顔になります。わたしもイエイヌちゃんもどうしたのかと思い顔を見合わせました。
「ど、どうしました……?」
「ん……、いや、なんでも無いよ。仲がいいなって思ったんだが、なんと伝えたらオシャレか悩んじまってな」
「オシャレ……?」
「そうか、知らんか……オシャレとはだな――」
イエイヌちゃんが聞き返すと、ゴリラさんは『オシャレ』について懇切丁寧に説明を始めました。わたしはあんまりオシャレはしませんけれども、指す意味合いはわかりますから、彼女の言葉は殆ど聞いていませんでした。
代わりと言ってはなんですけれど、その間、わたしはぼんやりと他のフレンズさん達がジャパリまんか何かを賭けてレースをしたり追いかけっこをしたりなんていう騒がしげなやり取りを眺めていました。
もう夕暮れというには遅い時間だからか、フレンズさん達から離れたところや樹の上で丸まって眠っていたりする子がいました。かたや、これからが本番と言わんばかりにお話に興じる子や駆け回る子、飛び回る子……眼前の光景は多少の落ち着きが生まれていたとは思いますが、まだまだ騒がしさを感じる空気でした。
そう思っていた矢先、不意に周囲の空気が変わりました。戸惑いの声をあげる子、感嘆の声をあげる子、眠ってしまった友達を起こす子……そんな色々の様子だったのですが、皆して空を指差していました。わたしもその空気の所為で空に視線を移します。そこには――
「イエイヌちゃん! ゴリラさん! あれ!」
視線の先にあるものについて思考を巡らせるよりも先に、お話に熱中していたおふたりに声をかけ、空を指差します。
「わぁ……綺麗ですね……!」
イエイヌちゃんは、空に浮かぶ輝きを、彼女の双眸いっぱいに煌めかせるくらいにじいっと見つめました。
「っ……」
一方で、ゴリラさんは言葉に詰まったような音を出し、顔をしかめます。まるで、見たくないものを見てしまったかのような、嫌で嫌でたまらないものを見てしまったときのような……ここでわたしが目覚めてから、ここまで嫌悪の思いを明らかにした顔を、見たことがありませんでした。
「ゴ、ゴリラさん……? ど、どうしました……?」
だって、彼女がそんな表情をするなんて、おかしいんですもの。
空に浮かぶのは、一時として同じ色を発することなく、一時として同じ形と成ることはなく、空の見せる煌めきの不思議の、自然の生み出す神秘の、その極地と言ってしまえるほど美しい輝き。月明かりを、星明かりを覆い隠す強い光。そして、つと生まれ、つと消え、儚さを湛えた、光。青に、赤に、紫に、緑に色とりどりの輝き。……きっと、めったに見られるものでは無いはずで、そして、美しいもので……そんな存在なのですから。うっとりこそすれ、嫌な顔なんてするはずが無いのに……。
「い、いや、なんでも無い……」
そう慌てて言って、彼女は腕を組んで考え込み始めます。彼女の視線は空ではなく、地面。そんな違和感に思いを巡らせるよりも、その時のわたしは、目の前に広がる光景へのため息まじりの感動を口にすることで精一杯でした。
けれど、なんとなくではあっても印象に残ったことは間違いないでしょう。だって、今、その時の出来事をこうして思い返しているんですから。
「……オーロラ……綺麗……」
わたしもイエイヌちゃんもじっと空を見つめて、曲芸のような光のダンスを見つめていました。そうしている内にどんどんと光の帯は薄く、弱くなり、そうして消えて無くなりました。
消えて一瞬の間があって、辺りでは先程のような盛り上がりを再び見せ始めます。その全てが感動の声でした。ひとつとして何かを不安がったり、嫌がったりする声なんて無く……。
「……ゴリラちゃん、いい?」
いつの間にやらわたし達のところへ来ていたドードーさんがゴリラさんの肩を叩きます。驚いたように身体をぴくりと動かしたゴリラさんは、頭を軽く掻いて、ドードーさんに頷きます。
「悪いな、ともえ、イエイヌ。ちょっとドードーと話がある。じゃあ、また今度会おうな」
そう言って、彼女達はその場を離れたのでした。
「……何かあったんですかね?」
イエイヌちゃんに尋ねましたが、彼女も首をかしげます。
「うーん……そういうこと、なんですかねぇ……」
彼女達の力になれないかと言う思いもありましたし、単なる好奇心もありました。けれど、ゴリラさんは『長』ですから、何か喧嘩騒ぎでも仲裁に行ったのかもしれません。きっと大したことは無いだろうと言う結果に、わたし達の答えはまとまりました。
「よう!」
何かもやもやとした空気を抱いたわたし達に、ロードランナーさんが声をかけてきました。
「あぁ、こんばんは、ロードランナーさん」
わたし達が挨拶を返すか否かくらいの食い気味な勢いで彼女は口を開きます。
「お前達、あたし達の頑張り見たよな!?」
えっへんと胸を張るロードランナーさんでしたけれども、わたしは何事かと疑問の声を出してしまいました。
「ん? ん……?」
ちらりと横を見るとイエイヌちゃんも不思議そうな顔をしています。
「わたし達との勝負の件……じゃないですよね……?」
わたし達の言葉にロードランナーさんはがっかりとうなだれます。ころころと見せる様子が変わるので可愛らしくもありましたが、あまりにも悔しげでなんだか申し訳なくなってきます。
「お前達なぁ……あたし達と、プロングホーン様とチーターのヤツの試合があったんだぞぉ!」
それは興味ありますね……。
「えっ! そうなんですかぁっ!」
イエイヌちゃんもどうやら同じようです。
「実はわたし達、ユキウサギさんのところへ行ってたんです……」
事情を説明すると、「なら仕方ない」という具合で納得はしてくれましたが、それでもなんだか悔しげな様子。
「じゃあ聞かせてください、その勝負の話」
わたしがそう促すと、ロードランナーさんはふふんと自慢げな音を出して、語り始めたのでした。その内容は、彼女らしさあふれる擬音たっぷり目の躍動感に満ちたものでした。皮肉じゃありませんよ? 面白かったんです。それに、わたしも彼女たちの姿を見たかったですとか、もしかしたらわたし達がプロングホーンさんとチーターさんと対峙出来たのでは、何ていう思いが湧いてきたくらいです。
ですけれど、どうしても、ゴリラさんの振る舞いが不思議で、ちょっとだけ胸にしこりのようなものが出来ていたことに、会話のさなかに気づいたのでした。