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「う、ん……」
柔らかに頭を撫でる感触に、目を覚ましました。その撫で方は、まるで生まれたばかりの赤ん坊を傷つけまいと気を配りながらも、胸に抱いた愛しさを一心に込めたような、そんな優しいものでした。そして、多分この温度と柔らかさはイエイヌちゃんのものでしょう。身に覚えがある様な気もしましたし、それに、彼女の嬉しそうな思いの籠もった吐息が聞こえています。それに、その手の動きは彼女の肩にわたしの頭を寄せるようなものなのですから。
姿勢の悪さなんか気にしないで、このまま眠ってしまいたいくらい……って、そうじゃないでしょう……!
「……イエイヌちゃん」
物思いに耽っている内に、いつの間にやらわたしは眠っていたようでした。
わたしよりも早く目を覚ましていたか、それともそもそも眠っていなかったか……それはともかくイエイヌちゃんはここぞと言わんばかりにわたしの頭を撫でていたのです。
「はい、何でしょう?」
そっとわたしの耳元で、囁くように彼女は答えました。きっとドードーさんに気を使って小声なのでしょう。ついでになんだか鼻息も感じますけれど、それはまぁ良いとして……。
「……起こしてもらいたかったです」
「あっ……ごめんなさい……ともえちゃん、疲れているんだと思いまして……」
そっとしておいてくれた、ということでしょう。
「いえ、わたしも頼んでなかったですし……言い過ぎですね、ごめんなさい……お気遣い、ありがとうございます、イエイヌちゃん」
イエイヌちゃんは軽く首を振り、「大したことはしてないです」と呟きました。
そんなやり取りの間もわたしの頭の上には彼女の手があったので、そっとその手を退かして立ち上がり、伸びをします。彼女の手が離れるのが心惜しい気もしましたが、甘えっぱなしでまた眠ってしまっては困りますからね。
イエイヌちゃんはなんだか名残惜しそうな表情ですけれど、そういうのは『おうち』に戻ってから、『ふたりっきり』でするべきことでしょう。
「んーっ……!」
伸びをしながら周囲を軽く見渡すと、周囲の木陰は少し伸びていて、空も透き通るような青空から少し白味がかったような昼過ぎくらいのお空模様。休憩にはちょうどよい時間が経過していたようでした。午睡なんて贅沢ですよねぇ。うふふ、眠る気はなかったのですけれど、なんだか得した気分です。
「よっし、じゃあ、行きましょうか」
そう告げると、イエイヌちゃんはこくりと頷きます。ドードーさんは船を漕いでいる訳では無いのですけれど、無反応でしたので、わたしはそっと彼女の肩を叩きます。
「ドードーさん、ドードーさん、出発しようと思うんですけど……大丈夫ですか……?」
けれども彼女はもにゅもにゅ言葉に成らない音を発した後、「らいじょーふー」というろれつの回っていない言葉を発しました。どうやら眠っているようですね……。
「……どうしましょう? 無理に起こすのも申し訳ないですよねぇ……」
イエイヌちゃんが困った感情をふんだんに含ませた言葉を発します。
「ふむん……」
彼女を無理矢理ではなく起こす方法……ひとつ案が思い浮かんだのですけれども、これを彼女に告げるのは後にしたかったのです。『おうち』に到着してから、しっかりと離しを詰めたかったのですから。
とはいえ、ここから『おうち』までの距離がイマイチ把握しきれていませんし、可能ならば夜営は避けたいところです。なので、休憩はしっかりするとしても、あまり時間をかけたくないのです。そうなれば、この言葉を彼女に告げる以外にこの場をすまーとに解決する方法は無いでしょう。
「ドードーさん。クッキー、つく――」
「くっきー!?」
凄い勢いで目が覚めましたね。むしろびっくりしちゃいます。
「……クッキー、作るお話をしたいんですけれども……」
「あ、寝ちゃってたんだねぇ……わたしぃ……ごめんねぇ……」
申し訳無さそうな表情になるドードーさんでしたが、わたしは首を振ります。
「いえいえ、わたしも眠っちゃってましたし……のんびり出来てちょうど良かったくらいです」
イエイヌちゃんもこくこくと頷いてわたしの言葉に同調します。
「さ、行きましょう? 皆さんのおかげでだいぶわたしも具合良くなりました」
わたしは座ったままのドードーさんに手を差し出し、促します。
「あんまりのんびりしてても夜になっちゃいますから、クッキーの話は歩きながらでいいですか? 一応考えてることをお伝えしたいんです」
ドードーさんは「うん!」と元気よく返事をしてくれました。そして、わたしの手を取ってく、立ち上がります。
そしてすぐさま――
「行くぞー! おー!」
ドードーさんは拳を天に突き出して元気よく宣言しました。急な大声に少しだけびっくりしちゃいましたが、わたしとイエイヌちゃんも彼女に倣います。
「おーっ!」
ドードーさんが続けます。
「くっきー! たべるぞーっ!」
楽しげな笑顔には、絶対にクッキーが食べられるのだという確信めいた思いがあるように見えました。
「た、たべるぞーっ!」
ちょっと楽観的に過ぎるのではないかという思いや、「行くぞー!」の後に「食べるぞー!」はちょっと違うのではないかという思いで困惑気味になってしまったのは、秘密です。とまぁ、そんな訳でわたし達は再び歩き始めました。
再出発してからというもの、特にアクシデントらしいアクシデントもなく、すいすいと道を進むことが出来ました。わたしの筋肉痛や疲労は先程の休憩の効果もあってか、殆どなくなっていました。
それに、話題には事欠かなかったわけですから、時間の経過や進んだ道のりを意識することもあまり無く、代わり映えのしなかった木立の景色はいつの間にか変化しています。気づけばお昼過ぎの空模様は過ぎ去り、茜色に染まった空が訪れていて、紅色の太陽から注ぐ光が、うっすらと木立に影を広げていました。
「そろそろ木立を抜けるとありがたいんですけどねぇ……夜になる前に……」
わたしはそう呟いて、イエイヌちゃんに視線を送ります。すると、彼女はなんだかそわそわした様子でした。
「……ど、どうしたんですか……?」
彼女はわくわくした顔でわたしの質問に答えます。その思いを表すかのように彼女の耳はぴんと立っていましたし、尻尾も愉快そうに左右に振られていました。
「ともえちゃんと一緒に『おうち』に帰れるのがなんだか嬉しくって……えへへ」
照れ隠しのように笑顔を浮かべます。
「おともだちと一緒に暮らすって、楽しそうだよねぇー。あんまりそういう話は聞かないけど……羨ましいなぁ……」
ドードーさんの言葉に、わたしは疑問を抱きます。
「てっきりわたし達みたいに一緒に暮らしてる方って居るのかと思ってました……」
「あー……そういえば珍しいかも、ですねぇ……」
ドードーさんもイエイヌちゃんも「うーん」と声を上げ、考え込みます。
「ナワバリもあるしねぇ……ケンカとか争い事なんてほとんど無いし、遊びに行ったりとか、お泊りだってするけど……いっしょに『暮らす』ってなると……うーん……」
「起きてる時間とか、好きな場所とか、そういうのもありますからね……」
イエイヌちゃんがドードーさんの言葉に付け足すように意見を述べました。
「そうなんですかぁ……色々難しいですねぇ……」
例えば棲家の問題――樹の上で過ごす子もいれば、地面に穴を掘る子もいる、木陰で眠る子、水辺でないと安心できない子――そんな様々な事情が皆さんそれぞれにあるわけですからね。
他にも食べ物の問題だってあるのかもしれません。もちろん、わたしの知る限りでは皆さんジャパリまんを食べて過ごしていますし、自然の動物とは異なった食生活なのは確か。
ですけれど、もしかしたら、ジャパリまんの中身はフレンズになる前の子に合わせて作っているので、ある程度親しい食性の子達がまとまっていた方が手間を減らせるという『ヒト』の思惑もあったのかもしれません。今はまとめて配っているのが主流のようですけれど、その頃に決まったナワバリや棲家が今でも引き継がれている……なんてこともありえそうですね。
ともかく、気候や食性、活動時間、住居……もっともっといろんな都合や条件があって、今のフレンズさん達の生活があるのでしょう。パークという存在がどれほど難しい条件の上で成り立っているのかということを、痛感してしまいます。
「なわばりが近くだから殆ど一緒に暮らしてるような仲良しさんも居るよぉ? さばんなの方に居る子とか、けっこーそんな感じかもぉ……?」
案外、単に寝たり休んだりという場所に固執しない、というだけかもしれませんね。ともかく、答えを見つけるには少しばかり難しい問題のようです。イエイヌちゃんと何の違和感も無く生活しているわたしが答えられないというのも少し変な気もしますが……。
「ふんふん……それと、もしかしたら、私がヒトと会いたかったというのも関係あるかもですね!」
ちょっとだけ、「ヒトなら誰でも良かったんですか?」とイジワルな質問をしたくもなりましたが、それはぐっとこらえて……。だって、イエイヌちゃんったら、信頼しきった笑顔でわたしを見つめるんですもの。
「そう、かもしれませんね……ですけど、わたしはきっとイエイヌちゃんだったから、一緒に暮らせているんだと思いますよ?」
わたしはイエイヌちゃんに、ふふっと微笑み返します。彼女の顔が少し赤いのは、きっと夕日の所為でしょう。それと、慌てふためいたように「わた、わた」なんて小さな声も聞こえましたが、追求するのは止めましょう。イエイヌちゃん、駆け出してしまいそうですからね。
「いいねぇいいねぇ……仲良きことは美しきかなかなぁ……」
なんだか蝉の鳴き声みたい……なんてツッコミは野暮ですね……。
とそんな下らないことを考えていると、イエイヌちゃんがぴくりと耳を動かして駆け出します。
「ちょ、ちょっと、イエイヌちゃん?」
その速度は決して速いものではなかったのですけれども、あまりに唐突でしたので、びっくりしてしまいました。けれど、彼女の後ろ姿を見送る内に、木立はまばらになって行き、彼女が駆け出した理由を、わたしも遅ればせながら、察することが出来ました。
その意図に気付いたわたしも小走りになって彼女の跡を追います。ドードーさんもわたしに少し遅れて……。そして木立を抜けた先で、イエイヌちゃんは前を指差していました。
「ともえちゃん! ドードーさん!」
そこは、わたしが目覚めてから一番長い間居た場所。
爽やかで、暖かな風が生まれる場所。そうして生まれた風が、草むらや木の葉をなびかせ、優しい音の重なりを生み出す場所。大切な彼女の大切な場所がある場所。つまり、草原の光景でした。
沈んだ夕日を受けて影を生み出す草むらは、日中の一面に広がる新緑では無く、空の色に染まったかの様な茜色となっていました。そして、長い陽光の為に草むらの陰は色濃く、まるで浮かび上がっているかのようです。
たった一、二週間ほどしか滞在していなかった筈なのに、たった数日ここを離れただけなのに、どうしてこんなに懐かしいんでしょう?
「なんだか少し離れてただけなのに懐かしいですねぇ……」
イエイヌちゃんはわたしの言葉に頷きます。
「ええ、本当に……」
旅が終わったという訳ではありませんけれど、どうしてかしみじみ思います。
「ふぅ、ふぅ……ようやくだねぇ……」
少し遅れて追いついてきたドードーさんは、少しだけ息をきらしていました。
わたしは彼女の言葉に同意しながら、辺りを見回します。多分、この辺りはわたしが海に行く途中で通った道だと思われます。均された土道の向こう側に広がる草原。その中にぽつんとひとつの大きい樹がありますから……あそこが以前わたしが休憩した場所なら、もう少しで広場が見えてくる筈です。
「あと、もうちょっとですね、イエイヌちゃん、ドードーさん!」
「はい! ……えぇっと――」
イエイヌちゃんは辺りをきょろきょろと見回してから、太陽の沈み具合を確認します。
「――夜になる前には『おうち』につくと思います!」
えっへんと胸を張って断言するイエイヌちゃん。この辺りの土地勘はまだわたしにはありませんから、きっとイエイヌちゃんの言うことは正しいのでしょう。
「わかりました……! 頑張りましょう!」
わたしの言葉の後に、「おー!」という声がふたつ、沸き起こったのでした。
イエイヌちゃんの言う通り、太陽が沈み切る前にわたし達は『おうち』に到着しました。
がちゃり、という音を響かせながら、ドアを開きます。わたしとイエイヌちゃんは「ただいまー」と誰も居ないのに挨拶をし、それを見たドードーさんは少しだけ戸惑った様子を見せながらも「おじゃましまぁす」と挨拶をしてくれました。
「――ふぅ、帰ってきたぁー……」
思わずそう呟いてわたしは荷物を部屋の隅に置きます。
「あ、じゃあ私はお水用意しますね!」
イエイヌちゃんはそう言ってとてとてとお台所の方へ……行く前に、うっかり忘れていたのでしょう、自分の肩から下げた寝袋を、わたしの寝袋の隣に置きました。
「はい、お願いしますね!」
「ありがとうねぇー」
わたしとドードーさんが彼女を視線だけで見送った後、ドードーさんは「どうしたら良いのだろう?」という具合に周囲をきょろきょろとします。好奇心もあるんでしょうけれど、こういった場所に来ることも少なかったのかもしれません。
「あぁ、失礼しました。どうぞ、おかけください」
わたしはそう言って椅子を引き、着席を促します。
「ありがとうねぇ、何から何までぇ……」
「いえいえ、折角のお客様ですもの、楽にしてください」
と、彼女が座った頃合いに、イエイヌちゃんはコップに水を入れて持ってきてくれました。わたしはイエイヌちゃんに「どうも」と告げて、椅子に腰掛けます。その言葉にイエイヌちゃんは「いえいえー」なんて言ったり……そんなやり取りをしながら、わたしは部屋を見回していました。
何も変わらない『おうち』の中……まぁ大きく変化してても誰か入ってきたのかと思っちゃいますから、良いんですけれども……変わることもなければ、変える方も居ないという、不変的であるということが、何よりも懐かしさを抱かせ、そして安心感を与えてくれ……ん?
「イエイヌちゃん? お話中申し訳ないんですけど……」
「はい?」
イエイヌちゃんとドードーさんは「水の出どころ」に関してお話をしていました。ただ、事が事なので、割り込むようになってしまいましたが、イエイヌちゃんに尋ねます。
「誰か知らない方の臭いとか、します?」
「ここでですか……? んー……」
イエイヌちゃんは再び立ち上がり、辺りをスンスンと嗅ぎながら探ります。
「どうしたのぉ……?」
「いえ……別になんてことは無いんですけど、違和感があって……」
このパークで泥棒だとかそんな心配はする必要無いでしょう。ですけれど、わたし達が居ない間に誰かここに入っていたのなら何か用事があったりですとか、困っていることがあるのかもしれませんからね。ご飯や寝るところ、過ごすところ……そんなことに困っている方が居るならばお手伝いしたいですし……。
「……特に無いですよ? 私とともえちゃんと、ドードーさんの臭いしかしませんね……」
イエイヌちゃんが戻ってきて言います。
「そうですか……んー、気の所為だったんですかね……失礼しました……」
「何か気になることでもありました……?」
イエイヌちゃんの問にわたしはベッドを指差して答えます。
「出発した時よりベッドが荒れてるような気がしたんですよねぇ……誰か来たのかな? と思いまして……」
「んー……?」
イエイヌちゃんはベッドをじいっと見つめて考え込みます。と、彼女は身体をぴくりとさせました。
「何か思い当たることでもありました?」
わたしが尋ねると、彼女はわたしの顔を見ないで応じました。
「い、いえ、な、何も……? き、気の所為ですよ、気の所為……。臭いも無いですし、皆、私のナワバリだって知ってますから、はいっ!」
何か思い当たること、あるんでしょうねぇ……。イエイヌちゃんの尻尾はなんだか忙しなく動いてますし、目を合わせようとしませんし。まぁ、無理に聞き出そうとは思いませんけども、彼女は何か知っていそうです。
何か隠し事してないよね? という思いも込めて、三秒ほど彼女の顔をじっと見つめていましたが、イエイヌちゃんは妙に目線を合わせようとしません。
「……イエイヌちゃんがそういうなら、そうなんでしょうね」
わたしがそう言うと、彼女の尻尾は安心したかのように力が抜けていきました。隠し事してるの、バレバレって感じですよねぇ。大事でしたら彼女も隠したりしないで、話してくれるはずですから、大した問題では無いのでしょうね。
わたしはそう納得して、言います。
「お話、邪魔しちゃってごめんなさい、ドードーさん、イエイヌちゃん」
「大丈夫だよぉ、ともえちゃん。……あ、そうだぁっ! この後、なにかするぅ?」
この後の予定……。とりあえず――
「お風呂、入りたいですねぇ……」
水で身体を拭ったりですとか、温めのシャワーですとか、色々やりはしましたが、お風呂には入れておりません。わたし自信、そんなにきれい好きかと言われると首をかしげるのですけれども、でもしばらく温かいお湯には使っていないというのは何とも気になるもの。
「おふろぉっ!?」
ドードーさんはご存知のようでした。
「懐かしいなぁ……うんうん……入れるのかぁ……嬉しいなぁ……」
ドードーさんは、ふんふんと楽しげに鼻を鳴らします。合わせて身体も小さく揺れていたのですけれども、きっと足をぱたぱた動かしているのでしょう。
「……ドードーさんはお風呂嫌じゃないんですね」
「うん! わたしは身体温めるの好きだからねぇー。もしかしたら、他の子はあんまり好きじゃないかもだけどぉ……そういう話、したことないからわからないかなぁ……」
ドードーさんの返事に、何とも意外さを覚えます。
「イエイヌちゃんは――」
彼女の方を見ると、何ともそわそわした感じ。
「き、嫌いじゃないんですよ……? ただ、自分のにおいが変わっちゃう気がして……」
あー、なるほど。イヌのフレンズさんだからでしょうか? ヒトであるわたしには感覚が理解できないものですけれども、『におい』というものへの立場の違いというかなんというか、納得出来ないことも無いですね。
「そういう理由だったんですね……毎度そわそわしてるの……てっきり水がきらいとか、そういうことかと……」
イエイヌちゃんは首を振ります。
「全然平気ですよ? ただ落ち着かないってだけです。それも出発の前くらいはへーきになってきましたし……」
彼女に無理をさせていたのでは、と思いましたが、それほど無理はしていない様子です。
「それに温かいお湯も気持ちいいですし、何より、ともえちゃんとくっついて居られるので嬉しいですから……」
イエイヌちゃんは、わたしが少しだけ抱いた申し訳無さが吹き飛んでしまうような朗らかな笑顔でした。とはいえ、そんな笑顔でなんとまぁ恥ずかしいことを……。聞いてるわたしの方が顔を赤らめてしまいそうなくらいです。
「そ、そうですか……」
「ともえちゃん、照れてるのぉ? やっぱり嬉しいのぉ?」
クスクスと茶化すように笑うドードーさん。どうやら形勢が悪くなってきたようです。
「ち、ちが……照れてなんか……。と、当然……嬉しい、ですけど……」
んふふーという、照れているやら興奮しているやらよくわからない音がイエイヌちゃんの方から聞こえてきましたが、あえて無視しましょう。ええ。
「……そ、それよりも!」
ちょっと大きな声が出てしまった気がしましたので、一拍置きます。
「し、失礼しました……。明日からの予定なんですけど――」
確認と相談も兼ねて、わたしはイエイヌちゃんとドードーさんに尋ねます。
まず、明日はのんびりしようということで皆の合意が出来ました。半日とはいえ歩き続けた訳ですし、わたしはそもそも結構な体力の消耗をしている訳ですから、それを皆さん考慮してくれたのでしょう。
その次の日は、ゴリラさんのところに行き、クッキー作りの為の材料や機材を確保出来るかどうかの確認をすると言う予定になりました。
今まで彼女のところへ向かうということを考えたことはなかったですし、その道のりをイエイヌちゃんも知りません。けれど、ドードーさんは元々道のりを知っていましたので、こちらも大丈夫。帰り道の途中でドードーさんはそのままナワバリに帰るそうです。単にそうした方が近いから、というのもありますし、お見送りするには遠い距離になってしまう以上、ゴリラさんのところで別れた方が無難なのでしょう。
最後に、どれくらいの間ここに居るのか、という問題。
こちらは明日から一週間ほどの予定で決まりました。記憶を取り戻す為の旅。それを続けることは変わりません。けれど、ここで身体を休めたり、次の行き先を決めたりというのも大事な話です。
今の所、行くアテがありませんからね。ゴリラさんとの相談の結果決まるかもしれませんし、決まらないかもしれません。けれど、旅に出たい……いいえ、はっきりと言いましょう、記憶を取り戻したいという思いは依然として胸の中で燻っています。その為のひとつの手段として、旅をするのだということはしっかりと認識し直しませんと。
『記憶を取り戻す』ということ。それは、今となっては、絶対に成し得たいという願いではないです。ですが、取り戻したいと思いますし、その為に出来ることはやれるだけやりたいのです。
十分ほどで相談は終わりました。
「――と言うワケで、相談は終わりですね……。それじゃあ、お風呂にします? それともご飯にします?」
確か、ジャパリまんの余りはあった筈……。わたしは隅においたカバンからジャパリまんをみっつ取り出し、テーブルに置きます。
「ごはん!」
ドードーさんが迷いなく答え、イエイヌちゃんも、わたしもそれに同意します。
ジャパリまんをそれぞれ手に取り、もぐもぐと各々のペースで食べ、その後はお風呂……。なんというか、今まで予定(というよりも、すべき事、でしょうか?)で埋め尽くされていたかのような日々が嘘のような気持ちです。
もちろん、ヒトにとって最も過ごしやすいであろう場所に、休息の為に、居るのですからそれも当然かもしれませんね。
では、イエイヌちゃんやドードーさんはどうなんでしょう? この『おうち』は彼女たちにとって過ごしやすい場所なのでしょうか?
というか……そもそもイエイヌちゃんは、何故ここに居たんでしょう? 「目が覚めたら――」という話は聞いていましたけれど……。それに、何故、ヒトが居ない世界なのに、ここだけこんなに機能や衛生がしっかりとしているのでしょう? 偶然にしては出来すぎている気もします。ヒトの痕跡が残っている場所はいくつもありました。海でのシャワーやお店の電飾。サバンナでの放送用機器……。けれどもここほど充実していない印象があります。
きっと考えても答えは出ないでしょうし、案外大した理由じゃないかもしれません。わたしは胸に浮かんだ疑問を、ジャパリまんと一緒に飲み込みます。
この後は待ちに待ったお風呂の時間ですからね。余計な疑問や心配を持ち込みたくありませんし。それに、ドードーさんだって居るんです。せっかくのお泊りですもの、楽しい時間にしたいのはきっとみんな同じ筈。考え事に夢中になって、ぼうっとする余裕なんて、ありませんよね。