だから長いんだって、お前 って誰か言ってそうですね
20/06/17 改稿
ドードーさんが『おうち』に来た日の翌々日。つまり、ゴリラさんに会いに行く日が訪れました。
空はあいにくの曇り模様でしたけれども、暑くもなく寒くもなくと言った具合の気温で、長距離の移動にはちょうど良い塩梅の天気。時折、妙に冷たい風が吹くので、それが少しばかり困りますけれども、身体を動かし始めたら問題は無いでしょう。
「うぅっ……肌寒いですね……」
『おうち』から一歩外に出たのですけれど、ちょうど冷たい風がびゅうと一筋吹きました。その冷たさにわたしが身体を震わせると、イエイヌちゃんが心配そうに尋ねます。
「大丈夫ですか……? やっぱり今日は『おうち』に居ます……?」
「どうするぅ……? わたしは大丈夫だけどぉ……」
ドードーさんもイエイヌちゃんも心配しすぎですって。
「平気です。これくらいなら動けば暑いくらいでしょうし、クッキーの件がどうなるかで旅先が決まりますから、なるべく早いほうが準備もできます。それに何より、明日も天気悪いかもですし」
ドードーさんの記憶を頼りに考えを進めた結果、幾つかわかったことがありました。それは、材料についてはゴリラさん次第のものが多いが、自然にある植物を利用できる可能性があるということ。そして、機材はある『ちほー』に行けば使えるものがあるのではないか、という二点です。
「別の『ちほー』に行くなら、どんな場所にしたって準備しないとですし、材料だって遠出しなくちゃいけない可能性もありますから……」
ドードーさんは、悩んだ顔でわたしに尋ねます。
「わたしの所為で無理してないぃ……?」
わたしは笑顔で首を振り、その言葉を否定しました。
「誰かのお役に立ちたいんです。これくらい、全然。……それにクッキー作ってみたいっていうのはわたしのワガママですよ? ドードーさんのおかげで思いつきましたけど、でも、作りたいのはわたしですもの」
「そっかぁ……えへへ、ありがとうねぇ」
ドードーさんの言葉の後、少しの間を置いてから、イエイヌちゃんが尋ねます。
「……そのぅ、ともえちゃん」
「どうかしました?」
ほんの少し迷った様子を見せてから、イエイヌちゃんは口を開きました。
「その、セントラルへは……私も一緒に行って良いんですよね……?」
「へ……? 当然じゃないですか。むしろ、一緒に来てください?」
何を今更……と思ったのですけれども、旅に出た初日のやり取りを思い出すとイエイヌちゃんが不安になるのもわかる気がしてきました……。あの時は結構ひどいことしちゃった気がします。
イエイヌちゃんはわたしの言葉にほっと胸を撫で下ろしました。
「……行きましょうか。雨が振らないと良いんですけど……」
ドードーさんに尋ねると、彼女は外をじっと見つめてから、目を閉じて集中します。
「……うん。雨は大丈夫そう」
イエイヌちゃんもドードーさんの言葉に同意します。
「雨の臭いもしませんし、空気もそんなに湿って無いですから、すぐに雨になることは無いはずです。ずっと後でどうなるかはわかりませんけど……」
おふたりがそういうなら、天気の方は大丈夫そうですね。雨の臭い、と言われてもイマイチぴんと来ませんが、ここで長く暮らし、そしてわたしなんかよりもずっと優れた感覚を持っているおふたりの言葉は、十分信用に値します。
「それにね、ゴリラちゃんのおうちはけっこー近いんだよ? 天気が変わる前には到着するんじゃないかなぁ」
ふんふん、なるほど……。あ、そういえば……
「ドードーさん、聞いてなかったのも変なんですが、どっち方向に行くんですか?」
「んーとねぇ……ここからだとぉ……」
彼女は山の方を指差しました。
「あっちの方! 林と山のあいだ……くらい?」
わたしはドードーさんの説明を頭の中に浮かべた地図に当てはめます。彼女の言う通り、距離としてはさほど遠くありません。おそらく、わたしが眠っていた『あの場所』と距離は大差無いでしょう。
「ふむふむ……案内、お願いしますね」
ドードーさんは「任せてぇ!」と胸をとんと叩いて自信ありげな様子を見せます。
「じゃあ、出発です!」
そうしてわたし達は歩き始めました。
曇り空の下を歩くというのは何ともぼんやりした気持ちになるものです。もちろん、イエイヌちゃんやドードーさんと一緒におしゃべりをしながら歩くというのは楽しいものです。ただ、それとは別に気持ちがどこか盛り上がらないというかなんというか……。
たとえ風が冷たかろうと、燦々と輝く太陽や、底抜けに青い空を見ることが出来れば、気持ちもしゃっきりとするのですけれどもね……。曇り空というのは、なんだか空の底に自分たちが居るようで、まるで空が落ちてきてしまうようで、なかなか心が浮き立つこともありません。
それに、自分が明日から取り組むべき使命を確認する為にゴリラさんに会いに行くという意味合いもありますから、緊張しているのかもしれませんね。
木立に沿って山へと続く道を歩いていると、分かれ道に出ました。木立から離れる方へ曲がれば『あの場所』の方向です。『あの場所』のことを意識すると、どうしても胸がざわめきます。何か、まだあそこに残っているのかもしれないという思いや、わたしが何故あそこに居たのかなんていう答えの出ない問。そんなものが否が応でも胸に浮かんできてしまいます。
少し先を歩いて、案内をしているドードーさんが、分かれ道の真ん中に立ってわたし達に振り返って尋ねます。
「どーっちだっ?」
イタズラを思いついた子供の笑顔。彼女はまさにそんな茶目っ気にあふれる表情をしていました。
「わかるわけ無いじゃないですかぁ……。臭いをたどれば……うーん……」
イエイヌちゃんは目を閉じて地面に顔を近づけて臭いを嗅いでいます。その結果が出るよりも先に、なぜかわたしの足は動いていました。自然と、勝手に、まるで蛇口をひねって水を出すという行為に一切の違和感を抱かなかったのと同じくらい、当然のものとして、『あの場所』とは反対の方向へと足を踏み出していたのです。
その不思議さに、わたし自身に驚きが遅れてやってきたくらいでした。
「……! せいかぁい。ともえちゃん、知ってたのぉ……?」
「いや、知らないですよぉ。多分、勘……ですかねぇ」
沸き起こる違和感。文字通り『勘』としか言いようが無いのですけれども、当てずっぽうなら、何か一言言ってから選ぶでしょう。そういう『遊び』なのですから。それでも自然と足が動いたのは、何故……?
「それに、こっちか、あっちかしか無いじゃないですか、偶然ですよ偶然」
単に『あの場所』に行きたくなかったから、きっとこっちに踏み出したんでしょう。そう思って、自分を納得させます。
そんなやり取りがあって、再びドードーさんが先を歩き始めます。
「もうちょっとしたら、ゴリラちゃんのおうち見えてくるかなぁー」
ドードーさんが案内がてら呟きます。
「そういえば、どんなところなんですか?」
イエイヌちゃんが好奇心を抑えきれず、尋ねます。ちょうどわたしも興味を持ったところです。『長』という立場もありますし、ヒトの居た頃を知っている方です。ですから、他のフレンズさん達とは違ったところに住んでいそうなものですが……。
「んーとねぇ……白くてでっかい……かなぁ……?」
うーん、わかりませんね。
ただ、多分なのですけれども、自然にあるものを自分なりに加工して作ったものではなさそうです。ヒトが居た、使っていた建物を利用しているのでしょうね。
「あっ! あれあれぇ!」
彼女が指差す先を、覗き込むようにしてわたし達は観察します。
その先には、白く角張った建物の頂点が見えるばかりです。ただ、ほんの少し見えるだけでもそれがヒトによって作られた何らかの施設であることは察せられましたし、何よりも、『あの場所』と似通った雰囲気を纏っているように思われました。
「なんだか、ともえちゃんが居たところに似てる……ような……」
うーんと眉間にシワを寄せて遠くを見るイエイヌちゃんがぼそりと呟きました。
その言葉を聞いて、わたしも自分の考えを伝えます。
「わたしもそんな気がします……ヒトが作った建物なのは絶対なんでしょうけど、何のための施設なのかはわかりませんね……」
「んー……ゴリラちゃんもそんな事言ってたっけなぁ……。今は本当に寝泊まりしてるだけって話だけど、昔はヒトがいっぱい出入りしてたってぇ」
何かの研究施設か、それともパークの『お客さん』が利用した娯楽施設か……そんなことを悩んでいる内に、わたし達はゴリラさんの棲家に到着したのでした。
山の麓で、稜線に抱かれるようにして、その建物はありました。殆ど手つかずのようにさえ思える山の姿は、うっすらと雪が積もっているからか、曇り空に溶け合うようにしてそびえています。加えて、光に乏しい天気の為に、木立も普段よりも鬱蒼としていて、それら大自然の存在を普段よりも威圧的に感じてしまいます。
けれど、異質なくらい白いその建物は、木立を一望し、山を背にし、大自然の畏怖に対抗せんとするヒトの力と意思を感じさせました。その建物は左右対称のシルエットをしていて、さながら『洋館』と呼んで差し支えないような外見です。その中心に大きな扉がありました。
扉は木製の様で、風雨の為かそれともフレンズさん達がちょっかいでも出したのか、ところどころ欠けていたり染みができていたりしており、経過した時間を思わせます。それでも、濃い茶色に艶が感じられる程度にはかつての意匠の名残があり、同時に荘厳さも同様に思わせるものでした。
色褪せた様子が無いことから、壁面の色合いは当時のままなのかもしれません。ですけれど、地面に近いところでは壁に蔦が這っていましたし、一階の窓ガラスは殆どホコリが被っていて、薄汚れています。やはり、管理は最低限度なのでしょう。
少し歩みを進めて、敷地の中をぐるりと見回します。建物の規模の割に門や庭の類はほとんどありません。建物の壁や扉に繋がる道は、木立や山、あるいは道にすぐさま繋がっていましたし、飾り気もまるでありません。全体的に角張った、極めて実用的な建築なのか、前述した白い壁とガラス、そして、多少の植え込みがある程度です。
それはここが遊興の類を目的とした施設では無いということを示していました。それに、厳重な門や囲いが無い事も含めて考えると、入場者を制限、管理する必要があるような、重要だったり秘匿する必要がある研究を行っていた施設では無いということもわかります。
「おじゃましまぁーす」
ドードーさんが扉をぎぃっと押し開けます。わたしとイエイヌちゃんもそれに続いて中に入ります。
中は電気が着いていないからか薄暗く、眼が慣れるまで少しの時間を要しました。眼が慣れてから廊下を見回すと、下駄箱が右手側に置かれ、そこから先は一段ばかり高くなっていました。床面はつるりとなめらかなもので、壁面はざらりとした壁紙が中心。そして、ところどころにコルクの板がある程度。また、外装と同様に、白を基調とした内装で、奥の方には金属の扉が幾つかありましたが、その詳細は距離と薄暗さの為に判断が着きません。天井や、ところどころにある柱のような出っ張りはなにかの塗装がされているのか、うっすらと光沢を放っておりましたが、天井以外に、灯になるような機材は殆どありません。全体としては白を基調としたシンプルな内装、という感じでしょうか……。
幾分寂れているというか管理がなされていない様ですけれど、決して不潔な印象は感じませんでした。ラッキービーストさんが最低限の掃除はしているのかもしれませんね。また、無機質さをいやでも感じてしまうくらいの飾り気のなさのためか、『ここで暮らす』となると少しばかり落ち着かなさそうだなぁ、とも思います。
「んー? ドードーかぁ……?」
そんな返事とともに、一番近くにある引き戸が開かれました。ゴリラさんです。
「やっほーこんにちわぁー」
ドードーさんは楽しげに手を振ります。
「あ……ど、どうも……お邪魔します」
「こんにちは、ゴリラさん」
わたしとイエイヌちゃんも挨拶をすると、事情を察したのでしょう、ゴリラさんはわたし達に中に入るように促します。
「お前たちもか、よく来たな。まぁ、入れ。それと、ともえ、靴は脱がなくてもいいぞ」
「だ、大丈夫なんですか?」
わたしは靴を脱ごうとしゃがみこんでいたのですけれども、ゴリラさんの制止の言葉に身体が固まります。
「ん。他のヤツは靴を脱がんからな。むしろお前の靴下が汚れる」
あはは……なるほど……。
「ではお言葉に甘えて……お邪魔します」
彼女はそのまま、先程出てきた部屋までわたし達を案内します。
部屋は窓が多く、外の光が入っている為に廊下よりも多少明るく感じられました。部屋の片隅にはボロボロになったソファーがあり、その隣には小さなキャビネットがあります。キャビネットの上には色あせた塗装のポットがあり、また、小さく傘を被ったランプがありました。
そこから離れて部屋の中心部には数脚の椅子と大きな丸机が鎮座しています。机の上には新しいジャパリまんがふたつと、食べかけのものがひとつ置かれていました。きっと食事中だったんでしょうね。
「寝起きで悪いな。とりあえず椅子に座って待っててくれ。お茶用意するよ」
彼女はそう言って、キャビネットの上のポットを持ち、部屋を再び出ていきました。
ゴリラさんにお礼を告げ、わたし達は椅子に腰掛けます。ぐるりと部屋を見回すと、窓ガラスの無い壁にはつるりとした真っ白な大きな板がかけられていて、天井には不思議なごつごつした機械がありました。
「……ホワイトボードと、プロジェクター……?」
考えてみれば、ここはあまりにも広すぎます。十数人は余裕を持ってヒトもフレンズさんも入れるくらいの広さがあります。昔は何かの集まりに使われていた部屋なのでしょうか?
「なんですか? それ」
イエイヌちゃんが不思議そうに首を傾げます。
「えぇっと……あれは文字を書く板で、上のは映像……そうですね、動く絵を出す機械です」
ホワイトボードの方はどうやら納得言ったようですけれども、プロジェクターの方はいまいち納得が行かないようです。疑問を顕にしていたイエイヌちゃんの表情は、眉間にシワが寄った渋い顔になっています。
「あはは……説明難しいんですよ、上のヤツは……」
ドードーさんもお手伝いと言わんばかりに口を開きます。
「んーとねぇ……わたしも違うやつだけど似たようなの見たよぉ。あにめって言ったけど……うん、本物を見るのが一番わかりやすい……のかなぁ?」
アニメはちょっと違う気もしましたが、その言葉のおかげでひとつ思いつきました。
「えいぞー、あにめ……?」
イエイヌちゃんはぼんやりと繰り返し首を捻って悩んでいます。わたしはそんな彼女を横目にスケッチブックを取り出し、小さく絵を書いていきます。
「ともえちゃん? 何してるのぉ?」
ドードーさんはそう言ってわたしの手元を覗き込みます。イエイヌちゃんも考えを中断してわたしの真横へ。
「すぐできますよ。これなら多分わかると思うので……」
わたしが絵を書き進めている内に、ゴリラさんが帰ってきました。
「待たせたな……はいよ、ハーブティーだ……って何やってるんだ?」
ゴリラさんもテーブル越しに身体を乗り出してわたしの手元を覗き込んで、観察します。
「……なんだ、パラ――」
「黙っててください」
ネタバレされるのだけは勘弁願います。
「お、おう……悪い……」
彼女は椅子に深く座り直し、お茶をすすって何事か呟きます。「変わらない」だかなんだかとは聞こえましたが、スルーですスルー。
わたしの手元に置かれたお茶が冷えるよりかは早く、わたしの作業が終わりました。
「ふぅ。完成です……!」
「お、できたか」
「おぉー……! ところで、何なんですか? 同じ絵をいっぱい描いてましたけど……」
「見ればわかるよぉ。丁寧に描いてたもんねぇ、上手くいくといいねぇ、ともえちゃん」
どうやらゴリラさんの言葉もあってか、ドードーさんは答えを察したようですけれど……。
「ゴリラさん、その、さっきは失礼しました……」
出来栄えを確認するよりも先に、わたしはゴリラさんへの先程の失礼な発言を謝罪します。
「いや、あれは俺が悪かったよ。すまんな」
一拍置いて、彼女は言葉を続けます。
「まぁ、びっくりさせられるのはイエイヌだけだろうけどな。俺とドードーは知ってるっちゃ知ってるからな。だろ?」
「イジワルなこと言いますねぇ……」
口の端を「ふふっ」と釣り上げていたずらっぽい笑みを浮かべるゴリラさんをわたしは半目で見つめます。
「えへへぇ……気付いちゃったからなぁ……わたしもぉ……なんだかごめんねぇ」
「いえいえ謝ることじゃないですよ。思いついたのはドードーさんのおかげですもの」
わたしはドードーさんにそう伝え、スケッチブックを手に取ります。
「イエイヌちゃん、見ててくださいね」
イエイヌちゃんは不思議そうな表情のまま、スケッチブックを見つめます。そんな彼女の様子を見て、わたしはぱらぱらとページを弾くようにめくり始めました。試し書き無しの一発勝負で少しだけ不安でしたが、どうやら上手く行ったようです。
「わぁっ……動いて……」
歓心と疑問の入り混じった感嘆の声。これが聞きたかったんです。
「本当だぁ、綺麗に動いてるねぇ」
二度、三度と繰り返しめくります。その間中、イエイヌちゃんは瞳をきらきらさせてスケッチブックを見つめていたのでした。わたしは作ったものの出来栄えに満足げに鼻を鳴らして、スケッチブックを閉じます。
「これがアニメの例……ですかね。ちょっと違うかもしませんけど、映像っていうのも、だいたいこんな感じです。これがもっと綺麗にできて、音や色が着いて……それがドードーさんの知ってるものなんだと思います」
イエイヌちゃんはわたしの説明で少しだけ納得してくれたのでしょう。「ほへぇ」という不思議な声をあげました。
場が少し落ち着いた頃に、ゴリラさんがハーブティーをひと口含んでから、わたし達に他図ます。
「……で、今日は何のようだ? 別にパラパラマンガを見せて、そのついでのお茶って訳じゃないだろ?」
「そうですそうです。……えぇっと、お願いがあって来たんです。ね、イエイヌちゃん、ドードーさん」
同意を得ようと順番に顔を見合わせます。
おふたりが頷く様子をじっくりと観察するように見つめてから、ゴリラさんは言います。
「んー……出来ることと出来ないことと、色々あるぞ? それにあんまりともえを特別扱いできん。お前は忘れてるが、昔色々あった仲だ。やってやりたいことはあるが……これでも一応、『長』だからな」
わたしの過去に繋がりがあったこと、その事実は結構な驚きではありましたが、意外ではありません。何しろわたしの過去を、彼女は知っているのですから。それに、今の目的は『過去』ではありませんから、質問するのは後にしましょう。
「――実は、クッキーを作りたいと思ってるんです。そのために材料が必要なんですけど……」
わたしは言葉を選ぼうと言葉を一旦切ります。どうやらゴリラさんは腕を組んで頷いております。きっと『続けろ』という意味でしょう。
「わたし達では用意できないものがありまして、それをお願いできないかなーと……」
不安に思ってわたしはイエイヌちゃんとドードーさんの顔をちらりと見ます。彼女たちも不安と期待がないまぜになった表情をしています。
「そうだな……出来ないことは無い。ラッキービーストに話をすればなんとかなるだろうが……何が必要だ? 言ってみろ」
わたしは『おうち』で考えた材料を思い出しながら、彼女に伝えます。
「小麦粉、牛乳、砂糖……思いつくのは……はい、これくらいです」
ゴリラさんは、わたしの言葉をゆっくりと噛みしめるように確認し、口を開きます。
「それなら大丈夫だ」
「良かったぁ……」
ゴリラさんの言葉に、わたし達は胸を撫で下ろします。そして、『クッキーが作れる』という事実に喜びを抱こうとしたのですが……。
「ただそれだけで良いのか? 味付けとか香り付けとか……そういうのとか、後、細かい作り方はわかってるのか? それに、どこで作る?」
確かにまだ漠然と『出来るか否か』という問題が解決したに過ぎません。わたしは、今わかっている範囲で彼女に計画を話します。
「味付けや香り付けは、森の木の実とか使うつもりです。ただ……細かいレシピは手元に無いので今から調べられないかと思ってます。『としょかん』があるとドードーさんから聞いているので、そこにレシピ本があるかなぁと思いまして……」
ゴリラさんの反応を伺うと、やっぱり腕を組んで頷いています。わたしは否定されるようなことを言っていないということに安堵の思いを抱きました。わたしは緊張を解すためにお茶をひと口飲んでから、言葉を続けます。
「作る場所ですが……わたし達の『おうち』だと作れなさそうなので、別の所に……『セントラル』でしたっけ?」
わたしは確認しようとドードーさんの方を伺います。彼女はこくりと頷いたのですが――
「ダメだ」
「な、なんでですか……?」
ゴリラさんはわたしと視線を合わせないように顔を逸しながら続けます。
「あそこは……お前は特に、行かないほうが良い」
その言葉に、ドードーさんが答えます。
「あそこ、安全になったって皆言ってるよぉ……?」
何かを察したのか、イエイヌちゃんも口を開きます。
「セルリアンなら、私だって一緒に行くんです。私がともえちゃんを守れます……守ります……!」
おふたりの言葉にゴリラさんは首を振って否定します。
「セルリアンはだいぶ減った。あそこだけじゃない、ここには、もう殆どいない。ただ問題はそこじゃないんだよ、ドードー、イエイヌ……」
心配なのか、それとも恐怖なのか……それさえ判然としない、震えそうな彼女の言葉。数秒の間、辺りには沈黙が漂いました。沈黙は「よし」というゴリラさんの声で打ち破られます。
「……わかった。行っても良い」
「本当ですか!?」
わたしはゴリラさんの顔を見て聞き返します。彼女は真剣な面持ちで、わたしを見つめ返していて、その為にわたしはそれ以上何も言うこと無く、彼女の目を見つめて、言葉を待ちます。
「ただ、幾つか条件がある」
わたしは黙って頷きました。
「まず、ラッキービーストと同伴すること。これは緊急時に俺や他のラッキービーストに連絡が行く。道案内もしてくれるかもしれん。お守りだと思ってくれ。次に、ハンターと一緒に行動すること。出発の当日にお前のところに向かわせようと思う。それと……最後に、何か思い出したら……いや、何か違和感を覚えたら、誰かに相談すること。イエイヌでも良い。ドードーでも、コヨーテでも、俺でも……本当に誰でもいい。お前ひとりで抱えるな。……これを守れるなら、行っても良い」
彼女の提案した条件はどれも難しいものではありません。ラッキービーストさんと一緒に居るというのも、ゴリラさんが選んだ方でしたら、腕前は保証されているも同然ですし、その方と新しくお友達になれるかもと思えばむしろ楽しみなくらいです。ただ、最後のひとつ。これがわたしの胸に引っかかります。
「そこで……何かあったんですか、わたし……」
もう殆ど確信のような形となって、ずんとわたしの胸に落ちてきた不安感。
わたしの質問に彼女は数秒悩んでから答えます。
「……それは、俺が伝えることじゃない。だろ? わかる時が来るかもしれないし、来ないかもしれない。どうなろうと、お前はお前だよ。……ともえ、こんな言い方しておいて言うのも悪いが、気にしすぎるな。気楽に行け。俺が心配しすぎなんだよ。歳を取ったってことなのかもな」
自虐的な乾いた笑いを付け加えて、彼女ははぐらかします。
「ズルいですよ、そんな言い方……」
また沈黙が訪れてしまいそうだったので、わたしは慌てて付け加えます。
「クッキー、出来てもあげませんからね……?」
功を奏したのか、ゴリラさんは「ふふっ」と笑い声をあげました。
「材料な、結構面倒なんだぞ……? 時間もかかるし、ラッキービースト達の予定だってあるんだ。お前からの頼みじゃなかったらこんな事やらないんだがなぁ……それなのにお裾分けも無しか……悲しいなぁ、おい」
ゴリラさんはイエイヌちゃんに視線を送ります。それを受けたイエイヌちゃんはどう反応したら良いのか困ってしまった様で、なんだかあたふたしています。
「ちょっとぉ、ゴリラちゃん? ともえちゃんも、まったくぅ……」
ドードーさんがたしなめると、ゴリラさんは「悪い悪い」と頭を掻きながら謝罪の言葉を述べ、わたしも「失礼しました……」とひと言。
「さて、相談は終わりか? 折角用意したんだ、お茶を飲んでくれよ。図書館はその後だ、案内するよ」
そう言って彼女はコップを口に運びます。わたしも倣ってひと口。多少緊張がほぐれたのでしょう、味と香りを強く感じます。というか先程は結構緊張していたのでしょうね、殆ど味も香りも感じなかった気がします。
「……ハーブティーでしたっけ? 美味しいですね、これ……」
コーヒーと比べるのも、なんだか違う気もしますが、わたしはこちらのほうが好きかもしれません。
「ふふん、そうだろう。俺が葉っぱから選んで作ったんだ」
自信ありげにゴリラさんは笑います。そんなわたし達の様子を伺ってからイエイヌちゃんもそっと口にお茶を運びました。
「……にがいですぅ」
渋そうな顔をしたイエイヌちゃんの顔に、思わずわたしは微笑んでしまいました。
「そうか……砂糖も入れたんだけどな……追加の砂糖持ってくるよ」
彼女はそう言って、席を立ちます。彼女の背中は、いつもよりも猫背気味になっているように見えました。
後悔、あるいは、寂しさ。そんな感情が彼女に訪れていたのでしょうか? それか、もしかすると単に部屋が薄暗いからかもしれません。ただ、わたしは、彼女の後ろ姿がそう見えた理由にまるで思い当たらないのです。
3ヶ月サボってたのにハイペースなこの感じ……なにこれ