けものフレンズR ”わたし”の物語   作:むかいまや

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https://seiga.nicovideo.jp/seiga/im9098445 より設定をお借りし、13話Bパート相当の物語を書きました。

っべえ、なげえ

20/06/19 改稿


13-2

 わたしもイエイヌちゃんやアムールトラさんと同じように荷台に乗り、ラッキービーストさんにそれを伝えると、車は動き始めました。ぶおおんという低い音を立てながら、車は道を進んでいきます。

 勢いよく流れる景色、心地よく身体を撫でる風、穏やかな振動、風の音、エンジンの音……そのどれもが、わたしに取ってどこか懐かしく心地よいものでした。

 イエイヌちゃんはきょろきょろと周囲を見回したり、恐る恐る顔を少しだけ出して地面を見てみたりと忙しない様子です。アムールトラさんは、ちょこんと端の方に座っています。正座を少し崩した姿勢……といえばよいのでしょうか? それとも、いわゆる『女の子座り』を堅くした感じ……? ともかく、そんな具合でじっとしていました。

「これは楽ちんですねぇ……」

 イエイヌちゃんが髪の毛を風に靡かせながら言います。

「本当に。疲れないですし、歩くよりもずっと早いですねぇ……」

 速度としては、わたしが歩くよりもずっと早いです。ですが、走れば流石に追い越せそうなくらいです。

「むぅ……」

 何故かイエイヌちゃんが頬を膨らませて、不機嫌そうな顔――と言っても眼は笑っていたので冗談でしょうが――をします。

「な、なんですか、急に……」

「私のほうがずっと早いです!」

 し、嫉妬……? 確かに全速力でこの車は進んでいません。ぼんやりとした感覚ですけれども、むしろ車としては遅いくらいな気がします。

 わたしは彼女の言葉にどう返事をしたら良いか少し考えてしまいましたが……ここは思ったことをはっきりと言いましょう。

「車と比べなくても……良いんじゃないですか……?」

 そう言うと、彼女は何かに気付いたかのように、手をぱちんと叩きました。

「くるま……! これってそういう名前だったんですねぇ……」

 あまりの緊張で、好奇心が抑えられていたんでしょうかね……。わたしは彼女の言葉にくすくす笑いながら、アムールトラさんに視線をそっと送ります。彼女は興味なさそうに座っていましたが、耳はぴくりと動いているようですし、わたし達やそこで起こる会話に、まるで関心が無いということでもなさそうです。

「そうですよ、車です。ヒトが移動するのに使う乗り物のひとつですね」

 イエイヌちゃんはふむふむと頷きます。

「昔のパークは車がいっぱいあったんですかね……? すごい便利ですし、速いですし……」

 わたしには昔の記憶が無いので、正解は知りませんけれど……。

「そんなに多くなかったんじゃないですかね……? フレンズの皆さんを驚かせてもマズいですから。どうなんでしょう?」

 わたしの考えにアムールトラさんが答えました。

「ゴリラも同じことを言ってたな」

 わたしとイエイヌちゃんは少しだけ緊張した面持ちで彼女の顔を見、言葉を待ちます。彼女は姿勢を崩さず、外の光景を眺めていたのですけれど、少しすると、訪れた沈黙が理解できないような、きょとんとした表情で、わたし達に顔を向けました。

「……以上だが?」

「あ、ありがとうございます……」

 わたしはなんだか言葉に詰まってしまいました。

 いえ、彼女が嫌いだとかそういう理由では無いのですけれど……アムールトラさんに対する第一印象が『怖い方』だからなのだとは思うのですが……。

「あ、あの……アムールトラさん、質問いいですか……?」

 イエイヌちゃんが小さく手を挙げて問いかけます。アムールトラさんは「何だ?」とイエイヌちゃんに答えるように促します。

「そ、その……ゴリラさんが言ってた一緒に来るフレンズさんってアムールトラさんってことで良いんですよね……?」

「そうだが? 不満か?」

 アムールトラさんはきょとんとした顔で首をかしげます。

 イエイヌちゃんの発言を心底疑問に思っているような顔ですし、これはこれで可愛げがある……というのはさておき、彼女の言葉には嫌味のような感情は籠もっていないように思われますが……。

「い、いえ……心強いなぁと思って……よろしくおねがいしますね、アムールトラさん……!」

 イエイヌちゃんはそう言ってぺこりとお辞儀をします。

「わたしからも、今日はありがとうございます。よろしくおねがいします」

 わたしもイエイヌちゃんに倣ってお辞儀をして、感謝の意を伝えます。

「ああ、こちらこそ」

 そう言って、彼女は再び視線を流れ行く景色に落とします。と、奇妙なモノを見つけました。

「あのぅ、アムールトラさん、何に乗ってるんですか……?」

 イエイヌちゃんもわたしの言葉でアムールトラさんが板の上に乗っていることに気づきます。

「……これか……? 板、だな」

 彼女はそう言うと、首を軽く捻って、思い出したように言いました。

「あー……悪い。これはゴリラが持たせたヤツだな。ともえなら使い方がわかるとかなんとか……」

 そう言って彼女は立ち上がってその場を動こうとしたのですけれども、わたしはそれを静止します。

「ちょ……危ないんで、止まってからで大丈夫です……」

 アムールトラさんは「そうか、悪いことしたな」と言葉少なに腰を下ろし、それまでと同じように座り直りました。

 なぜかイエイヌちゃんの方から笑うのを我慢するような声が聞こえたので、わたしは小声で尋ねます。

「ど、どうしました……? イエイヌちゃん……」

 イエイヌちゃんはわたしの耳元でそっとささやきます。

「い、いえ……なんだかイエネコちゃんみたいだなぁって思って……」

 んー……?

「どういうことですか……? 確かに同じネコさんでしょうけど……雰囲気とか、違いません?」

「イエネコちゃんも……ふふっ、あんなふうに仕切られたところに座るんです。なんででしょうね?」

 そう聞かれましても、わたしにもわかりませんって……。

 とりあえず、アムールトラさんは人見知り、もといフレンズ見知りさんなのかもしれませんね。ゴリラさんのお友達だからというのもありますが、悪い方では無いはずです。

 そう考えると、ゴリラさんの言っていた『可愛いヤツ』という言葉は、ぶっきらぼうだったり、ぶすんとしてる仕草とは裏腹に、うっかり屋さんな仕草を見せる様子のことを言っていたのかもしれませんね。ともすれば『怖い』という印象を与えてしまう彼女の仕草や容姿ですけれども……彼女、案外、天然さんな気がします。下手をするとドードーさんよりもうっかりさんで、不器用なのかもしれません……。まぁこれはわたしがそう思うというだけで本当にそうなのかはわかりませんけれども。

 わたし達のアムールトラさんへの印象が変わりつつある中、車はずんずんと進んで行きます。あっという間に、数日前、わたしが地図を書き写した別れ道へとやってきました。時間にして、おそらく数十分も経過していないでしょう。

 その景色を見て、ふと思い出したことがありましたので、運転席に居るラッキービーストさんに話しかけます。運転席の後ろ側の壁をとんとんと叩くと、車の速度は遅くなりました。

「ラッキービーストさん、先に行きたいところがあるんですけど……大丈夫ですか?」

 彼はわたしの言葉を受けて、車を一旦停めます。それに少し驚いた様な声をあげるイエイヌちゃんとラッキービーストさんでしたが、わたしは構わず会話を続けます。

「……ドコ?」

「少し戻って貰うんですけど、この道沿いで一旦停めてほしいんです」

「ワカッタ」

 ラッキービーストさんがそう言うと、車が道をいっぱいに使って方向転換します。

「停めて欲しいところでストップって言いますね」

 わたしの言葉に上半身を小さく折りたたむように会釈してラッキービーストさんは答えました。

「ラッキービーストって喋ったんだな……」

 アムールトラさんの疑問に、イエイヌちゃんが補足をするように答えます。そんな中、わたしは『アレ』の置いた場所を懸命に思い出そうとしていたのでした。

 

 道を戻り始めて数分、わたしはラッキービーストさんに車を停めるようにお願いします。車を降りて、わたしは周囲を眺めてから、林に入りました。多分、この辺の筈です。うろ覚えですけれど、あの時に休憩した大樹の位置からすると……自信はありませんけど。

「……ともえちゃん、どうしたんですか?」

 わたしに続いて車を降りたイエイヌちゃんとアムールトラさんは不思議そうな顔をしています。イエイヌちゃんはわたしに直接尋ねましたけれど、アムールトラさんは黙ったまま、わたしの言葉を待っているようでした。

「……他のラッキービーストさんと違うラッキービーストさんの話、イエイヌちゃんは覚えてます?」

 イエイヌちゃんは腕を組んでしばらく考えると、思い出したようでした。

「あー……壊れてるのを、ともえちゃんが見つけたんでしたっけ? この辺りなんですか?」

「ちょっと待て、何の話だ?」

 アムールトラさんが説明を求めます。わたしは発見を手伝ってもらおうと思って、改めて説明します。

「赤いラッキービーストさんが居たんです。動かなかったんですけど……お父さんの作ったものらしいですし、放ったらかしも可哀想なので……回収していこうかな、と思いまして」

 樹の根元にそっと置いておいた筈ですし、平穏な天候のこの辺りでしたら、大きく動くはずもありません。そう彼女たちに説明を加えると、わたし達は『彼』を探し始めました。

 

 数分ほどの時間をかけて、探し回ったのですが、どうにも見つかりません。

「……無いな」

「さっぱりですねぇ……ニオイとかもありませんし……流石にともえちゃんのニオイも消えちゃってます……」

 地面に落ちた木の葉や木の枝なんかをがさごそと動かしながら、おふたりがぼやきます。

「ですよねぇ……今度、探しに来ます」

 この後の予定も考えると、この捜索に時間をかけすぎるのは躊躇われます。

「ワガママを言って、失礼しました……。車にもど――」

 わたしの言葉を遮るように、車を運転してくれていたラッキービーストさんが言います。

「ともえ、コッチ」

 少しだけ急だったのでびっくりしてしまいましたが、わたし達は彼の言葉に従い、進みます。ラッキービーストさんの先導に従って少し進むと、『彼』はいました。

 わたし達が探していたところよりも数メートルほど広場に近いところの林の中、その一本の根本です。見つけたのが少し前でしたから、うろ覚えなのも仕方ないですし、イエイヌちゃんが言うにはわたしのニオイも消えていたそうですから、手こずるのも当然というもの。

 以前と変わらず、完全に動く気配のなくなった彼の姿は、どこか物悲しくもありました。けれども、今改めて見てみると、なぜだか使命を果たしたと言わんばかりの貫禄があるようにも思われました。誰かがわたしの為に作ったかもしれないもの。ゴリラさんから明言されていないものの、どうしてかそう思うのです。

 そして、『彼』の話をした時の前後関係から考えると、作者はお父さんか、それに近しい人の可能性が高そうです。そう考えると、ほんの少しでもわたしの今と昔とを結んでくれた存在がこのラッキービーストさんなのです。果たした役割は小さいかもしれません。もしかしたら、何の役割も果たしていないのかも……そうだとしたらあまりにも悲しいですが……それでも、わたしに取って昔を知るための手がかりであり、過去のどなたかからの、贈り物です。

「ここでしたか……」

 わたしは彼の頭に落ちていた木の葉そっと手で払い、彼を持ち上げます。不思議とずっしりとした重さを感じました。水を吸っているとか、中の機材が重いとか、理由はわかりませんけれど……今日やることが終わったら、『おうち』で日干しでもしましょうかね。

「よいしょっと……目的達成ですね。みなさんありがとうございました。ラッキービーストさんも――」

 わたしはしゃがんで彼と目線を合わせます。

「ありがとうございました」

「いえいえ、構いません! 見つかってよかったですね! ともえちゃん!」

 わたしはイエイヌちゃんの言葉に「はい!」と答えました。そして、アムールトラさんは周囲をきょろきょろと見回して、尋ねます。

「他に何か探すか?」

 わたしは首を振ります。

「いえ、他には……。この子の為に、わざわざありがとうございます、アムールトラさん」

 アムールトラさんは、首を振って「構わん」とひとこと。車に戻りましょう。戻るさなか、わたしは誰にも聞こえないくらい小さな声で、「お疲れさまでした」と両腕に抱えられた彼に感謝の言葉を伝えたのでした。

 

 車に戻って、ラッキービーストさんは運転席へ、『彼』は助手席の方へ置いておきました。そして、道を進み直し、別れ道をわたしの行かなかった方向……つまり海とは違う方向へと進んでいきました。

「やっぱり、こっちなんですね……」

 以前と同じように、陽炎のように揺らめく灰色の塊がぽつりぽつりと視界に入ります。その塊は、まだ小さいのですけれど、これから大きくなって行き、その形を明らかにするのでしょう。

「そうだ、イエイヌちゃんはセントラル行ったことあります?」

 彼女は首を振ります。

「無いですねぇ……。行こうって思ったことも、話も殆ど……私もそんなに前からいたワケじゃ無いからというのもありますけど……」

「そうですか……。アムールトラさんは……どうですか?」

 アムールトラさんは、それまでと同じように風景を眺めたまま答えます。

「ある。昔に、何回か、な」

「本当ですか……! どんなところか教えてもらっても良いですか……?」

 わたしの言葉に、彼女は眼を閉じて考え込みます。

「ぼろぼろになったいろんなものと……セルリアン。それくらいだったな」

「……っ」

 異様な重さを含ませた彼女の言葉に、わたしは言葉を失います。アムールトラさんの言葉にイエイヌちゃんが恐る恐る聞き返しました。

「まだセルリアンがいた頃……ってことですよね?」

 アムールトラさんは「ん」と同意します。

「あそこで何があったのかは、知らん。……ただ、一時期ヤツらがいっぱい居た。それを狩った。それだけの話だ」

「す、凄いですね……ありがとうございました。お疲れさまです……」

 わたしの口から出たのはお礼の言葉でした。自分でも少しばかり違和感はありましたが、それでも危険を放置せず、対処したということは、立派なことに違いありません。

 そんな言葉に、アムールトラさんはきょとんとした顔をして言いました。

「昔のことだ。お前には――」

 彼女はそこで言葉を止めて、言い直しました。

「悪い、言い方が悪かった。話すのは……そんなに得意じゃないんだ……。そう言ってくれて嬉しいよ」

 責められているのかもしれない、そう思って、少しだけ心臓が跳ねるようにどきりとしました。けれど、そうで無いことがすぐにわかりました。

 というのも、彼女ったらくすぐったそうな顔してるんですもの。

「……アムールトラさん、笑うと結構可愛いんですね」

 しん、と空気が静まります。耳に入るのは風の音とエンジンの音だけ……。

 わたしは視線だけ泳がせて、周囲の状況を伺います。イエイヌちゃんは、無表情でわたしの眼をじっと見ている……アムールトラさんは、あっけにとられたような顔でわたしを見ていて……。もしかして、悪い方に解釈されてしまったのでは……?

「あ、いや、笑ってないと可愛くないって意味じゃ……」

 数秒の沈黙の後、アムールトラさんは「そうか」と言い、視線を外へと向けました。「えぇ……?」と内心呟きながら、発言へのフォローを求めてイエイヌちゃんを見ると、彼女はぷくーっと頬を膨らませて、ずりずりとわたしの方に近寄ります。

「な、なんです……? あ、ち、ちょっと、や、やめ……」

 イエイヌちゃんはわたしのことをぽかぽかと叩きます。そりゃあ彼女だって手加減してくれています、当然、痛くないですけれども、あまりの事にびっくりしてしまいました。

 頬を膨らませた彼女に反抗する術など無く、わたしはなされるがままになります。そんな中、ゆっくりと大きく左右に振られるアムールトラさんの尻尾が視界に入りました。それと、同時に「何回目だろう、こういうの」という、自虐めいた思いもにわかに感じたのでした。口は災いの門って、言いますからねぇ……言葉には気をつけましょう。ハイ……。

 

 少しすると、イエイヌちゃんも機嫌を直したのか、わたしを叩く手を止めます。

「な、なんですかぁ……もう……」

 わたしの言葉にイエイヌちゃんはぷいとそっぽを向きながら答えます。

「ともえちゃんは皆さん褒め過ぎなんですぅー」

 拗ねてますねぇ、これ。

「思ったことを素直に言っただけなんですけども……失礼しました……」

 彼女は何も言わず、わたしの身体にぐりぐりうりうりと頭を擦り付けます。そのまま十数秒ほど経って、彼女の動きが落ち着いた頃を見計らい、わたしは言いました。

「……イエイヌちゃんが一番ですよ?」

「別に……ともえちゃんが悪いワケじゃないんですよ……? でもなんだか、ざわざわーってしちゃって……」

 彼女はわたしの脇腹に頭を押し付けて、うつむいたまま言いました。「だから甘えちゃうワケですか……」とは口にはしません。彼女、恥ずかしくて何処かへ行っちゃいそうですし、これ以上困らせるのも本意ではありませんから。

「……じゃ、もっと近寄ってください?」

 わたしは彼女の肩を寄せるように身体を引っ張ります。イエイヌちゃんは「ひゃっ」と驚きの声をあげますが、それだけで、特に抵抗もせずに引き寄せられます。そして彼女はわたしの右腕に抱え込まれるような姿勢になります。わたしは肩のあたりにある彼女の頭にそっと顔を埋めます。細やかに煌めく彼女の髪は、やっぱりどうしようもなく綺麗でした。それに、嗅ぎ慣れた、優しい匂い――

「……いい感じのトコ悪いが……飯食っておけよ? あっちじゃ落ち着いて食えんぞ?」

 呆れた様な声色で、アムールトラさんが言いました。

 わたし達は彼女の言葉を聞くやいなや、さっと離れます。

「ぇへん……イエイヌちゃん、ジャパリまんです。どうぞ……」

「……あ、ありがとうございます……」

 アムールトラさんにも渡すべきかと思い、彼女の方を見ると、元々用意していたのでしょう、既に食事を始めていました。相変わらず彼女は外に視線を送ったままでしたけれども、こちらの様子を伺ったのか、一瞬だけ目が合いました。

「……どうした?」

 わたしは「うふふ」と声が出そうになるのを我慢します。と、言うのも、彼女の顎の辺りにジャパリまんの欠片がくっついて居たんですもの。わたしが自分の顎の辺りを指し示すと、彼女はそれに気付きます。アムールトラさんはそのまま指で欠片をつまみ取り、ぱくり。イエイヌちゃんもどうやら一連の流れを見ていた様で、荷台の上で、不思議なくすくす笑いが広がりました。そんな風にしている間も、ごとごとと風景は流れていったのでした。

 

 食事を終えて、それから数分。車が停まります。エンジンの音が止まると、わたし達が乗った時と同じように、後部の仕切りが開きました。ラッキービーストさんは既に車から降りていて、わたし達が降りるのを待っていました。

「着いたか」

 アムールトラさんが車からひょいっと飛び降りて、身体を伸ばします。わたし達も(彼女の真似は出来ませんが)同じように自動車から降りて、こわばった身体を解しました。

 周囲には草原が広がっているので、まだ『セントラル』の中ではなさそうです。ですが、道の先にはやや『異様』とも取れる光景が広がっていました。そこには、古ぼけた街並みが佇んでいました。

 セントラルと草原との明確な境界線はありません。道は途中から舗装されたものとなっていきましたし、段々と建物が見られる光景になっていました。

 わたし達は車から降りて、周囲を伺います。『セルリアンが居た』という事実に必要以上におびえている可能性ももちろんあります。そういった事を踏まえて尚、どうしてか廃墟の陰を見つめていると、寂しい気持ちになるのです。それは、きっと、ヒトが『いた』という痕跡を、このパークの何処よりも色濃く残していて、そして、何処よりもひどく荒れているからでしょう。

 否応無しに寂しく悲しい思いに囚われてしまうのは、わたしが『ヒト』だからでしょうか?

 虚ろな思いを誤魔化す様に周囲を見渡します。道沿いには簡易的な休息所などもあれば、何かの事務所であったかの様な簡易的な小屋、わたし達が幾度か宿泊したものと同じような透明な小屋……そんなものがまばらにありました。

 そう言った何かの跡は殆どが風雨に晒された為に薄汚れていたり、染みが出来ていたり、蔦が這っていたりと、荒れ果てた様子を示しています。考えようによっては、ヒトの痕跡が自然に溶け込もうとしているとも言えます。それは植物が人工物を覆う様や、石片や木片が大地に溶け込もうとしている様子から伺えます。けれど、どうしようも無く寂しく、悲しく、何よりも虚しい……否定しようのない、虚無感に似た感情が胸に抱かれてしまいます。

 イエイヌちゃんはしっかりと身体を解すと、そのまま、荷台に乗った板を指差して尋ねます。

「アムールトラさん、これ……結局何なんですか?」

「さっき言ったとおりだ。俺も知らん」

 アムールトラさんの言葉を聞きながら、わたしはその板に近づき、観察します。アムールトラさんが先程言っていたことが確かなら、わたしなら何かはわかるはずなんですけれども……。

 見たところプラスチックか何かで出来ている板……少し埃っぽいですけれど、壊れているようなことは無いでしょう。試しに持ち上げてみると、するりと板が展開し、箱になります。

「これは……箱……というより、コンテナ……?」

 決まった動きをして、決まったとおりに開くコンテナ……。展開したコンテナのところどころには形状を固定するためのスライドが着いていました。それをぱちり、ぱちりと動かし、コンテナの形を固定します。

「つまり見つけたものをこれに入れろ、と……」

 イエイヌちゃんも、アムールトラさんも「ふんふん」という具合に頷きます。

「で、どうする? 持っていくか?」

 わたしやイエイヌちゃんが抱えるには少し大きいですけれど、身体の大きいアムールトラさんなら問題なく抱えられそうです。ですが……

「はっきり言うと、俺は身軽でいたい。お前らの護衛だからな」

 アムールトラさんの言葉にわたしは頷きます。

「そうですね……。一旦は置いていくということで……ゴリラさんには申し訳ないですが……使えそうなものがあるとも限りませんし……」

 イエイヌちゃんは頷きながら、わたしに同意の意を示します。

「……今日だけしか来られないという訳でも無いですし、じどうしゃを近くまで動かせば、それで大丈夫ですしね」

 決まりです、一旦はコンテナを置いていく、ということにしましょう。そうしてわたし達は歩き始めました。

 

 護衛のため、アムールトラさんが先を行き、その後ろをわたしとイエイヌちゃん。そしてその後ろを見守るようにラッキービーストさんが歩きます。自動車は停まったままですが、ラッキービーストさんに確認したところ、必要ならば内部にまで入れるとの事。途中で停めているのは、セルリアンが出てきた際に破壊されることを避ける為、そして、道路の安全を直接確認してから乗り入れたいという理由だそうです。

 舗装された道は今まで通ってきた土道よりも歩きやすく感じました。ですけれど、整備が殆どされていないのか、ひび割れていたり、草が生えていたり、塗装が剥げていたり……ボロボロの有様です。また、空は綺麗に澄み渡っているのに、陽光を遮る雲さえまばらなのに、視界の先にある建物達はどこか薄暗い印象を覚えます。それは、わたしの気のせいかもしれません。けれど、近づくにつれて、どんどんと大きくなる陰は重く、暗く、わたしにのしかかるようにさえ思われました。

「そういえば、何を探すんだ?」

 アムールトラさんが前を見つめたまま、尋ねます。

「オーブンのある場所を見つけたいんです。後は何か調理器具とか、雑貨とか……使えそうならお借りしようかな、とは思っていますが……」 

 そうです、一番の目的はオーブンの発見です。つまり、わたし達が目指すべき場所は、レストランや食堂などの、調理関係の道具が充実している場所か、あるいは小型の持ち運びが出来るオーブンの発見です。

 というのも、クッキーを作る上で、必要なモノとして、延べ棒ですとか、型ですとかそういった雑多な小物などよりも、完成させるための調理器具がわたし達の『おうち』には欠けていました。同様に『おうち』の周辺にもそういった施設はなかったのです。広場や、ゴリラさんの棲家、あるいはわたしの眠っていた『あの場所』などの、わたしが知る限りに於いては、簡単な作りのお店などはあっても、本格的に食事を作る場所は無いか、鍵がかかっていたりと言った具合で、必要なものを調達したり、お借りしたりということは難しいのです。

「おーぶん……?」

 アムールトラさんの疑問も最もですね……。

「ご飯を作る道具です……大きいものは運べないでしょうけれど、場所だけでも確認したいんです」

 フライパンとコンロでも作れるかもしれませんが、折角やるのならば拘りたいところ。可能ならばここにまた来るのも手間ですし、小型の家庭用オーブンを持ち帰りたいですが……それは難しい気がします。もしかすると、オーブンを見つけた場所で直接クッキーを作ることになるかもしれません。

「……よくわからんが――」

 彼女は塗装が剥げきったアーチ状の看板の先を指差します。おそらくあれは『セントラル』の入り口なのでしょう。看板の前後から建築物が多くなっていましたし、黒く舗装された道は、レンガの様なブロックが組み合わさって独特の模様を生み出している道へと変わっています。

「――あそこから先はお前の指示に従う。頼んだぞ」

「はいっ!」

 わたしは計画の成功を祈り、元気よく返事をします。再び歩き始めたわたし達は、まもなく『セントラル』へと入っていきました。

 

 『セントラル』のゲートをくぐり、道を進むと、周囲の光景はもっと陰鬱なものへと変わっていきました。

 この辺りはアーケード街だったのか、アーチ状の屋根に通路が続き、通路沿いには衣料品やお土産を扱っていた様なお店が立ち並んでいました。お店は内装が異なっていましたが、それもにわかに残る痕跡に過ぎず、内装は汚れていましたし、商品もほとんど撤去されていましたので、判断に困りました。それに、多くの場合シャッターが降りていて中を伺うことすら出来ません。

 目に入るのは、パークのシンボルと思しき『の』をかたどったモチーフがプリントされたシャツや、わたしの被っているものと同じ様なハットなどが中心です。それらも、ショウウィンドウに並べられていたり、窓越しの薄暗がりの中にかろうじて見える程度で、中に入って直接触れることも出来ません。この有様を見ると、『探検』などと称して盛り上がっていた自分がどこか奇妙にさえ思えました。

 不謹慎、だなんて言うつもりはありませんし思ってもいません。ただ、それでも、予想と大きく異なっていた事を考えてしまうと、どうしても、自分が滑稽なようで……。

「……なにもないですね、ホント」

 わたしがぼやくと、イエイヌちゃんは不安まじりの表情をします。

「見たこと無い景色で面白くはありますけど……なんというか、ぶきみ、ですね……」

 イエイヌちゃんの言う『不気味』というのも一理あります。

「もうちょっと明るければ違うんでしょうけど……」

 わたしはそう答えて視線を上にあげます。ここの屋根に使われているものが何かはわかりませんけれど、タダでさえ色が着いていて陽射しを遮るように出来ていそうなところに、一切の清掃が行われず、埃などの汚れが積み重なっている様子。なので、光は殆ど通路には差し込んできません。それに街灯の類も点いて居ないですし、『ヒトの営みの痕跡』という薄暗い印象しか与えないものが密集しているのです。

 明るさの程度としては森の中と同じくらいかもしれませんが、周囲の光景があまりにもうら寂しい為に、実際の薄暗さ以上に重苦しい空気を感じてしまいます。

「俺は平気なんだが……まぁ、確かに昼とは思えんな、ここは」

 アムールトラさんは夜目が効くから、というのもあるかもしれません。

「せめて地図があれば……もう少し動きやすいんですけどね……」

 わたしの愚痴に、ラッキービーストさんが応えました。彼は少し速歩きをして、わたしの前に立ちます。

「ともえ、モッテ」

 わたしは彼の言葉に首を傾げましたけれど、従います。しゃがんで彼を持ち上げると、意外と軽く、ラッキービーストさんと同じくらいのサイズのぬいぐるみや、お人形などと大差無く感じました。抱き心地も、ふわふわとしていて、悪くないです。

「……軽いですね、もっと重いと思いました」

 回収した『彼』の重さが際立っていただけで、案外この子の様な重さが普通なのかもしれません。

 彼はわたしの言葉を無視して、言いました。

「……ココカラ、マッスグススんデ、ヒロバを、ミギにマガッテ」

 ここは従うのが良いでしょう。彼らがこの『パーク』の管理人ならば地理や情報に疎いはずもありませんから。わたし達は彼の言葉に従って、進み始めました。

「そこに何があるんですか?」

 周囲を興味深そうに、あるいは警戒して、見回すイエイヌちゃんとアムールトラさんを視界の端に捉えながら、わたしはラッキービーストさんに尋ねます。

「ボクがアケラレル、レストランがアルヨ」

 つまり、そこで色々と見繕え、と言うことでしょうか?

 しばらく進んで、アーケードの中心部と思われる広場に到着しました。この広場を中心に、放射状に道が伸びています。その道沿いに幾つかお店があるようです。広場の上には天井が無く、光が差し込んでいました。ここだけが直接空を見ることが出来るようです。また、不思議と広場に近づくにつれて海辺の様なニオイを強く感じるようになります。

 広場に入ると、差し込む光を一心に浴びる広場中央のモニュメントが最初に目に入ります。けれど、それは植物かなにかを使ったモニュメントだったのか、針金の様なフレームが残っているだけで、草木の何もかもが無く、土肌が露出するばかりでした。

「ここを、右に……」

 ラッキービーストさんの指示に従い、右を見てみると、他の通路よりも、広く大きな道が伸びていました。きっと、大通りだったのでしょう。はっきりと見える訳ではありませんが、今回わたし達が入ってきた入り口とは違って、立派な門がありましたし、その先に海の様な煌めきに混じって、大きな建物が見えます。

「他に……行けそうなところはあります?」

 わたしは歩きながらラッキービーストさんに尋ねます。すると彼は「ケンサクチュウ」と言い、それから少しして、彼は首を降るように左右に小さく揺れます。

「そう、ですか……」

「ホカは、ソウコ――……ツイタヨ。オロシテ」

 着いた場所は、古ぼけた看板のレストランでした。看板の塗装は剥げきっていて、どんなお店だったのかはわかりません。大通りを抜ける潮風の為に、特にこの辺りの劣化は激しいようでした。

「……ここが、レストラン……?」

 わたしはそう言って、ラッキービーストさんを地面に降ろします。彼はそのレストランのドアの隣にある端末をじっと見つめました。一瞬の沈黙がわたし達に訪れます。そんな中、ピーっという電子音の後、かちりと鍵の開く音が響きました。大して大きい音ではなかったにも関わらず、周囲が沈黙に包まれているためか、それとも音の異質さの為か、いやに耳に響く音でした。

「……入りましょうか」

 ぎいっというドアの軋む音が響く中、わたし達はレストランの中へと入っていきました。

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