今明かされる衝撃の真実ぅ!
って言うほどじゃないですね、設定元を丁寧にやったつもりなので。一人称以外。
20/06/20 改稿
「ホントにここまでで良いの? 中まで送るよ?」
あたし達は、セントラルまで数百メートルというところで降ろしてもらいました。
「散歩もしたいですし、中は混んでますもの、平気です、平気」
――――ちゃんも同じようにお姉さんに説明しました。
「ふんふん。おっけー。じゃあ気をつけるんだよ、もえちゃん、――――ちゃん」
「はい! ありがとうございました!」
これは――――ちゃん。
「お姉さんも気をつけてくださいねー! しりょーづくり、頑張ってください!」
「もえちゃんに言われなくても……めちゃくちゃ厳しいんだから、博士……まぁいいや、じゃあねー」
そう言って、お姉さんは車のウィンドウを閉めて、道を戻っていきました。
「さてと、到着したらご飯にしよっか」
「そうですねぇ、もうお昼ごろですもんねぇ……どこに行きます?」
――――ちゃんが楽しげに尻尾を揺らしながら、尋ねます。
「ひとつ決めてたお店あるんだよね。行ったことなかったのに、建て替えだって話だし……そこで良い?」
お金の心配はしていません。お父さんからお金を貰っているというのもありますが、お小遣いだって使いみちが無く、貯まってばっかりなので結構余裕があります。
「もえちゃんが選んだお店ならどこでも!」
あたし達の第一目的地が決まりました。そこは大通りにあるカフェです。外見がとてもオシャレで、憧れのお店。折角だから行ってみたいのに、改装作業でしばらく入れないとなると、少し悲しいですからね。
のんびりと歩きながら、――――ちゃんが尋ねます。
「服、どうします? お店とか、色とか……」
あたしは思わず悩んでしまいました。
「現物見て決めようとは思うんだけどねー……うーん……ご飯食べながら決めよっか」
「ですね! 腹が空いてはなんとやら!」
……それはちょっと違うと思ったんですけれどもあたしは頷きました。
「あはは……。あ、着いたね、セントラル」
視線の先にはセントラルの出入り口を示す門がありました。普段からお客さんが多くないこの島では、基本的に住み込みの従業員の方や研究職員の方が利用するお店も多く、そういうお店がセントラルに集約されている節がありました。
「……なんだか今日はヒトが多いですね」
――――ちゃんはきょろきょろと周囲を見回して言いました。
「そうだねぇ……どうしたんだろうね……お姉さん休みみたいだから、暇なのかと思ったけど……」
職員の住居や研究施設等はそれぞれのエリアに点在していますし、お客さんの為の施設もあちこちにあります。なので、ヒトの往来は割とぐちゃぐちゃになっています。勿論、ラッキービーストさん達や職員の方々による管理がなされておりますので、それほど特定の場所がごちゃっとしたりは無いそうです。それに、そもそも宿泊施設はセントラルと海と山の三箇所に限定されています。
ですから、ここだけに人が集中するということもないはずなのですが……。
「いつもいろんなヒトが居ますけど……今日は特別多そうですね……」
「うん。……お店、入れると良いけど……」
レストランやお土産屋さん、場所に応じた機材の貸し出しなどはそれぞれのエリアにもあります。けれど、一番お店が集まっているのはセントラルでした。宿泊施設の件もあるので、人はいつも多いのですけれど、今日はもっと集まっているように見えます。
不思議に思いながらセントラルに入ります。電飾の光や、お店のBGM、話声、どこからか漂う食べ物の匂い……そんな色々を楽しみながら、アーケードを進みます。
アーケードを真っ直ぐ進んで、広場を右に。そこが大通り。人や車、時にはフレンズさんなんかも居て、わいわいがやがやという具合です。軒先にパラソルが幾つか咲いているところが、目的のお店です。
「……どうかなぁ……並んでるかなぁ……」
あたしが不安でつぶやくと、――――ちゃんが覗き込むようにして確認します。
「んー……? ちょっと見えないですね……見てきましょうか?」
「いいよぉ。すぐだし」
――――ちゃんは「それもそうですね」と落ち着いた様子で応えました。とは言え心配は心配。駆け足気味に歩いてしまいます。
すぐにお店の前に着きました。お店の中は人でいっぱいでした。幸い……と言ってよいのかわかりませんが、外の席はひとつ空いていて、あたし達は従業員さんに来店の旨を伝えます。運良く、外の席でふたり、そこに座ることになりました。
「……ねえ、もえちゃん」
――――ちゃんがメニュー表の表紙を眺めながら、尋ねます。あたしもメニューを眺めていたのですけれど、メニューから一旦目を話して、彼女の顔を見ます。
「なぁに? ――――ちゃん」
「ここのお店、なんてお店なんですか?」
あたしも手にしたメニュー表をじっくりと眺めます。アルファベットですけれど、文字の上に記号が付いていてまるで読み取ることができません。
「……? 英語っぽいんだけど……わかんないなぁ……」
ふたりしてああでもないこうでもないと悩んでいると、従業員さんがやってきました。
「ねにゅふぁーる、だよ」
その人は、白髪まじりの黒髪で、メガネを書けたおじさんでした。胸元を見ると『店長』と書いてありましたので、少しだけびっくりしてしまいます。店長さんは微笑みながら、机にお冷を置いてくれました。
「ね、ねにゅ……?」
――――ちゃんは復唱しようとしましたが、出来ずバツが悪そうな表情になります。
「どういう意味なんですか?」
あたしが尋ねると、店長さんは楽しげに応えてくれました。
「睡蓮……蓮の花だね。それのフランス語」
睡蓮と聞いて、あたしの胸がとくりと脈打ちます。
「店長さんが好きなお花ですか?」
彼はゆっくりと頷きます。
「植物が好きって言うよりも、好きな絵のモチーフなんだ。そこから取ったんだよね」
「それって、モネの……?」
あたしが尋ねると、店長さんは「ほぉ」と呟きます。
「知ってるんだねぇ……キミ、絵、好きなの?」
あたしは少しだけ緊張して返事は出来なかったのですけど、頷きます。
「そうかそうか、流行り廃りもあるけど、僕は――っと、失礼するね。オーダーが来たみたいだ」
店長さんは「注文決まったら呼んでね」と付け加えて、店内へと入っていきました。
「もえちゃん。その絵ってどんな絵なんですか?」
――――ちゃんがあたしに聞きました。
「画集あるから見せてあげるね。ちょうど借りてたんだ」
楽しみです、と彼女は頷いて、メニュー表をぱらぱらとめくり始めます。
メニュー表には、パスタとサンドイッチを中心とした軽食系、パンケーキやパフェなどのデザート系、紅茶やコーヒー等のドリンク系の三種類が中心でした。最後の方にはお酒の名前なんかも並んでいましたが、あたしにはさっぱりです。
「どうしよっかなぁ……」
色々と美味しそうな名前が並んでいて、目移りしてしまいます。
それから少しして、あたし達はメニューを決めて、注文をしました。そして話題は別のものへ。「お父さんに似合うのは何色なのか?」……。なかなか答えの出ない問に、あたし達は直面しました。
考え事をしている内に、店長さんが大きなお盆を抱えるように持ちながらテーブルにやってきました。
「はい、おまたせ。ナポリタンがふたつ。こっちがフレンズさん向けね。それと、メロンソーダとハーブティー。では、ごゆっくりどうぞ」
注文を頼んでから少しして、あたし達のテーブルに料理が運ばれてきました。ここのお店はフレンズさん向けの料理も出してくれていたんですね。ありがたいです。
ナポリタンはあたしが決めたら――――ちゃんも同じの、ということでした。メロンソーダは――――ちゃんで、ハーブティーはあたし。少しだけ背伸びしちゃいました。
ハーブティーに口を付けると、苦味と一緒に何とも言えない緑色の香りが鼻をくすぐります。心地良ささえ覚えるその香りを楽しんでから、ナポリタンのお皿を自分の身体に近づけると、トマトケチャップの焦げた匂いがお腹をくうと鳴かせます。
どうやら――――ちゃんもお腹が鳴っていたようで、ふたりして顔を合わせて「うふふ」と笑ってしまいます。
仕切り直し、と言わんばかりにあたしは咳払いをしました。
「いただきまーす」
あたしの声と一緒に――――ちゃんの声も聞こえました。そして、ふたりでご飯を食べながら、おしゃべりを続けます。ちょっとお行儀悪いですけど、これくらいなら良いですよね……?
「んっく……やっぱりあたしは赤色だと思うんだよねぇ……」
――――ちゃんはフォークで綺麗にパスタを巻き取ろうとして悪戦苦闘していましたが、気にせず尋ねます。
「むむぅ……むぅ……」
彼女は諦めたようにもう片手にスプーンを持ちます。そうしてなんとかナポリタンを巻き取りながら、答えます。
「私は……青か緑かなぁって思います。赤も悪くないと思うんですけど……ちょっと普段と違いすぎるかなーって思うんです」
そういうと、彼女はぱくりと一口頬張ります。もっきゅもっきゅと満足そうに咀嚼する彼女の様子を眺めながら、あたしは考えます。色、色……うーん……。
悩んでも悩んでも答えは出ません。そもそもお父さんがあたしの選んだ色なら何でも、とか言っちゃうからダメなんです。優柔不断なんです。考えても意味がなさそうなので食事を進めるとしましょう。お互いそう思っているからか、その後はお皿が空になるまで口数少なく食事は進みました。
溶けてしまうようなカノンの旋律を背景に、わたし達は気づけば食事を終えていました。
「ごちそうさまぁっ」
ふたりして満腹のお腹をさすりながら、飲み物を口に含みます。と、――――ちゃんの口の周りが真っ赤になっていることに気づきます。
「――――ちゃん、ちょっとごめんね」
あたしはテーブルに置かれた紙ナプキンで彼女の口の周りを拭います。
「もえちゃんだって、失礼しますねー」
彼女もあたしの口をナプキンで拭ってくれて……ふたりしてくすくす笑い。幸せな時間です。
「やっぱり、お店に着いてからにします? 色……」
――――ちゃんが諦めまじりに提案しました。
「だよねぇ……じゃあ、お店どうしよっか?」
そう言って、あたしは周囲をぐるりと見回します。服屋さん……お土産屋さんにもシャツは置いてありますけれど、服屋さん自体はそんなに多くありませんし……。
「もえちゃんのその服ってドコで買ったんでしたっけ……?」
今着ている服は黒い七分袖のシャツとデニム地のオーバーオール。シャツはお家にあったものですが、オーバーオールは先月買った服です。普段のあたしはあんまりこういう服を来ないのですけれど、お父さんとお買い物に行った時に、覚めるような青色に心惹かれてしまい、おねだりをしたのです。
「これ? 確か……あっちの通りの子供服売ってるお店だよ」
あたしが指差す先はセントラルでも特に従業員向けのお店が揃っている区画でした。
「そこっておとーさん向けの服って扱ってるんです?」
うろおぼえながらもお父さんが下着とか買ってた気がします。
「うん。そんなに量は多くなかったと思うけど……紳士服売り場もあったと思う」
ふむりと――――ちゃんが頷きます。
「じゃあ、この後はそのお店で……その後は……どうしましょう?」
お洋服屋さんの心当たりは幾つかありますが、どれもお高い印象のお店……。それを彼女に打ち明けるかどうか悩んでいると、不意に奇妙な話題が耳に入ります。それは隣の席だったのかもしれませんし、通りを歩く人々の会話だったのかもしれません。ともかく、今となっては事実かどうかの確認さえ……。
「他所でデカいセルリアンが出たんだと。パークは――」
崩壊。そう聞こえました。背筋がぞっと震えました。あたしは恐る恐る声のした方向を見ましたけれど、声の主の行方は知れません。
「……もえちゃん?」
――――ちゃんの声にあたしははっとします。遠く聞こえるカノンの旋律は抱いた感情とあまりにかけ離れていて、五感と思考が一致しないような不思議な感覚に襲われます。
「……大丈夫ですか? 凄い顔してましたけど……」
一瞬の間に、この生活が終わるという恐怖の予感が頭を過りました。パークから退去……? ――――ちゃんと離れ離れ? 学校のお友達とか、職員の皆さんとか、フレンズの皆さんと……?
「……だいじょうぶ、だよ。お父さん達が、きっと……。ううん、何でも……」
――――ちゃんはきょとんとしていますが、あたしはそれを無視して、ぬるくなったハーブティーを飲み干します。
「じゃあ、行きましょうか」
――――ちゃんは慌ててグラスに残ったソーダを飲み干します。「ずぞぞっ」という音を立てていましたので、注意をするべきだったのかも知れません。けれど、その時のあたしにはそんな余裕はありませんでした。
会計を済ませて、次の目的地を目指して歩きます。
広場に入ってすぐ、警報がなりました。今までに聞いたことのない様な、ぞっとする音でした。周囲は困惑と恐怖の声が、警報音に入り混じり、先程までの平穏な日々を感じさせる空気は、さながら地獄か、戦場か、そんな非現実の世界へと様変わりしつつありました。
「この音……確か……」
耳をふさぎながら、あたしは震えた声を出しました。自分でも信じられないくらい恐怖におののく声でした。
セントラルの大通りの方から何台かの緊急車両がサイレンを鳴らしながら、発進していきます。一部の車両からは屋内への退避を指示する車もありました。
「セルリアン……!」
――――ちゃんが、ぐっと身体を低くして警戒の姿勢を取ります。あたしは、きゅっと縮こまりながらきょろきょろと周囲を見回すくらいしか出来ません。
「もえちゃん。逃げて下さい」
彼女はこちらを見ないで冷静に言います。
「で、でも、――――ちゃん……」
女性のスタッフが駆け寄ってきました。今まで何度か見かけたことはありますが、お話したことのない方でした。案内スタッフの制服なので、接点もないのは当然……そんな事をぼんやり考えていました。
「ねえ! キミ達!」
恐る恐る振り向くと、彼女は必死の形相で、あたしの腕を掴んで言います。
「ここの子? 何でも良いわ。とにかく、中へ……セルリアンが……ううん、ここじゃダメね……車に乗って! 早く!」
彼女はあたしの腕を引いて、車に引っ張ります。
「ち、ちょっと!」
「――――ちゃんと、い、いっしょに……」
彼女はあたしの言葉を聞いて、あたしの近くに居た――――ちゃんに視線を向けます。
「そこの子も! あなたも来たほうが安全よ、早く……」
――――ちゃんは少しだけ警戒の姿勢を緩めて、あたしの方を向いて言いました。
「もえちゃん」
あたしの眼をじっと見つめて彼女は言いました。彼女の瞳は義務と責任に燃えていて、もうあたしが何を言っても抱いた決意を変えないという強い思いが伺えました。
「私はここに居ます。皆さんのお役にたてるかわかりませんけど……ひとでは多い方が良いですか――」
どごんと大きな物音が響きます。
物音の方を見ると、大きくて黒いセルリアンがすぐ目の前の建物に崩れ落ちるように倒れていました。広場のすぐそこまでジャンプでもしてきたのか、それとも視界に入っていなかっただけで元々そこに居たのかはわかりません。
あたしもスタッフさんも、――――ちゃんも、同じ一点を見つめてあっけに取られてしまいます。その一瞬で状況が変わりました。
ぎゅんと風を切るような音を立てて、ソレは――――ちゃんに腕を振り下ろします。殆ど同時のタイミングでスタッフさんはあたしを抱え込んで、あたしの身を守ってくれましたが、あまりの巨体から繰り出される、極めて速い一振りの為に、衝撃は相当なものでした。あたしはスタッフさんの腕の中、真っ暗闇でしたが、すぐそこから聞こえた音が静まると、急に視界が光に包まれます。
「ふぇ……え……? イエイヌちゃん……? おねえ、さん……?」
呆けながらも周囲を見回すと、信じられない光景が広がっていました。
セルリアンに取り込まれたイエイヌちゃんと、地面から飛んだタイルが身体を直撃して血を流して倒れるスタッフさん。何らの支障もなく、何らの意思も見せず、何らの躊躇いもせず、あたしを見つめるセルリアン。
あたしは、音もなく崩れ落ちます。こうなったのはあたしの所為でした。力の入らない四肢がそれを物語っています。すぐに逃げればよかった。立ち向かえるだけの力があればよかった。せめて彼女だけでも助かるように身体が動けばよかった。
そう思いながら、こちらにゆっくりと向かってくるソレの眼は、あたしの無力を嘲笑うかのようでした。そして、ソレがあたしめがけて腕を動かしました。
「これで終わり」
少女はそういって、わたしの顔を見つめます。後悔と自責の思いから来たであろう苦々しい表情だけ浮かべて、あたしはわたしをじっと見つめてました。その顔は、どうしようもなくわたしでした。
けれど、あたしの話を聞いたのに――いえ、わたしの過去を知ったのに、わたしの胸の中に、不思議と何の感情も湧いてきません。
「それで、どうなったんですか?」
お話が続くのかと思って、一応、尋ねます。
本心を言うならば、むしろ、小説や漫画の、しかも飽きてしまった作品に触れている様な、これ以上の興味すら抱けないような気分でした。だって、知ってるお話なんですもの。眠っている間、後悔なんてし飽きたくらいでしょうに。
「……知ってるくせに」
あたしは前に向き直りました。
「まぁ、そこまで聞けば、ねえ? 嫌でも思い出しますとも」
あたしはつまらなさそうに「ふん」と鼻を鳴らしました。
「セルリアンが退治された後、治療の為にあのカプセルに入れられて、眠ったままで……この前目覚めた。そういうことでしょう?」
わたしが大雑把な予想を彼女に投げつけるように言うと、あたしはちらりと一瞬だけこちらを見てから、前を向いて言いました。
「まあね、そうだけど。他に所々、覚えてることない? ゴリラちゃんが怖がってることとか、自分の身体のこととか……そういうの」
「わかるような、わからないような……ってところですかねぇ。それこそ貴方の方が知っているでしょうに」
「本当にそう思う?」
わたしは少しだけ考えて、あたしに言いました。
「頑張れば思い出せる……んですかねぇ。眼が覚めたら、がんばりますとも。応援しててくださいね、あたし」
わたしはそう言って立ち上がりました。別に行くアテもないのに、歩きたくなったのです。そして、適当な方向に、わたしは足を踏み出しました。もう、あたしの事を見つめる必要もないのです。
「がんばってねえーわたし」
あたしはわたしの方を見もしないで、ひらひらと手を振ります。
「まぁ、程々に。……じゃ、どうも失礼しました」
わたしもあたしの方を見ないで、ひらひらと手を振ります。
なんでお互いにそっぽ向いているのに手を振るのがわかるのかって、だって自分のことですもの。今も、昔も、自分は自分。やることの多少なんて、そんな変わりませんからねぇ。
記憶を取り戻しても、何も変わらない。そう思っていました。そう思いました。
わたしの生き方もイエイヌちゃんとの関係も……過去を思い出したところで何も変わりません。過去と同じようにわたしがイエイヌちゃんと接することは、きっとないでしょう。
時は移ろうもので、あの頃とは何もかもが違います。
イエイヌちゃんだって、きっと……いえ、確実に、あたしの事をイエイヌちゃんが覚えていなかったからというのも理由のひとつですが、あの時の彼女と今の彼女は、違うでしょう。なんとなくですが、そう思います。それなのに、あの時のイエイヌちゃんと同じように接することは、多分、それはわたしの自己満足です。
それだったら、わたしとイエイヌちゃんが過ごす内に、変われば良いこと。それがあの頃と同じであるというのなら、それで構いません。結果ですもの。わたしと彼女の関係は数学の答えや仕事の成果なんかじゃない。むしろ過程の方がずっと大事な、積み上げていくもの、続いていくもの、楽しんでいくもの、苦しんでいくもの、失敗も成功もするもの……。結果だけ見て、どうこうするようなものじゃありません。
……やっぱり、記憶なんて取り戻さなくても良かったんです。
不安だったわたしが、何が出来るかわからなかったわたしが、記憶が必要だって、思い込んでいただけ。だって、今度はあの子を救う為に身体が動いたんですもの。成功したのか失敗したのか、それは今はわかりません。これから先ずっとわからないかもしれません。
けれど、記憶が無ければ、何も出来ないわけじゃない。それが示せただけで、良かったんです。まぁ、思い出せて嬉しいのは確かなんですけどね。でも……やっぱり、今のわたしからしてみれば、記憶を取り戻せたことは、わたしに何か出来ることがわかったという事実のほんのオマケです。
それに、今更あの頃と同じ様にしようとして、何が出来るんです? 意味がありません。こうして今思うわたしがここに居るのに、あの時のあたしの真似をするなんて、ナンセンスです。過去を取り戻す、なんてのは不安を誤魔化しているに過ぎません。
それだったら、このまま生きるだけです。わたしはわたし。あたしはあたし。こうなったのなら、このまま進むだけなんです。あの頃のあたしが在って、今のわたしが居る。後悔しても、戻ろうとしても、意味はありません。ただ、わたしはわたしで居ればいいんです。そんな答え、とっくにわかってたじゃないですか。
「すっきりしたぁ……」
わたしはそう言って床に大の字に寝転がります。
どこもかしこも灰色まみれ。飽きてきちゃいます。そう思って、瞳を閉じました。
「どうなろうと、やれることをやるだけ。自分のためでも、そうじゃなくても……」
わたしは目を閉じたまま、呟きます。次に眼を開けると――