白い天井とくすんだカーテン。電灯は点いておらず、外から差し込む陽光の為に、部屋には優しげな日陰が生まれていました。
「……夢……?」
夢と言うには、はっきりと覚えている不思議な記憶。その記憶を通して、わたしが過去を取り戻したのだ……などと実感として抱いてはおりません。けれど、過去に何があったのか思い出せるようになっていることは事実で、どことなく誇らしくもあります。
首だけ動かして周囲を見回すと、白い壁紙が目に入りました。天井にも、壁にも埃や汚れなどは無く、少し日焼けしている程度です。ベッドも白色を中心とした清潔感を感じられるものでした。
ですが、あまりにも綺麗すぎて……なんと言えば良いのでしょう? 生活感がない、というヤツですかね? ちょっとした緊張感というか、落ち着かないような気持ちさえ抱いてしまいます。その緊張感は、シーツから香る糊の臭いの為に、一層、強まっていました。
また、身体の左側には何らかの機械があり、数字が細かく変化しています。その機械からはコードが幾本か伸びていましたが、その行き先はどこにあるのか、満足に動かない身体では判断しきれません。
「……病院……?」
首だけ動かしたところで全てがわかるワケではありません。身体を起こして、改めて周囲を確認したいところですが……上半身を起こそうと力を込めると、痛みが走ります。
「つっ、いっ……ったぁ……」
お腹の鋭い痛みと一緒に、全身に鈍い痛みが走ります。
こうなった理由……イエイヌちゃんを突き飛ばして、その後……わたしは……?
「どうなったんでしたっけ……? えぇっと……」
空が見えたところまでは、覚えてるんですけれど……。
けれど、記憶に残っているのはそこまで。他には何も思い出せません。
イエイヌちゃんは? アムールトラさんは? 他の色々なことも……気になって仕方ありません。 意識を失っていたのでしょうか? おそらくですが、自分で思い出そうとしても思い出せる類のものではない気がします。それよりも、わたしが考えなくてはならないことがある筈。
そう、ゴリラさんが何を恐れているのか、そして、自分自身の身体について……。心当たりがない……という訳では、ないのです。実のところ、喉元まで思い出せていそうな気もします。カプセルで眠っている間、わたしは何かを聞いていたのです。聞いていた、という事実だけ思い出せても意味がありませんが……。
考え事も纏まらず、思い出すべき事と直感した何かもまるで見当がつかず、ぼうっとしていると、少し開いた窓から、そっと風が吹き込みます。窓の外の景色はわかりませんが、青空ばかりが眼に入ります。漂う雲は、いつかと違って大きく膨らんでいて、べったりと張り付いたように動きません。まるで夏の空……。
どれくらい、眠っていたんでしょう? 満足に身体が動かせない以上、それを伺うすべなどありませんし……。イエイヌちゃんとアムールトラさんの安否が気になって仕方ないのですけれど……確認の術も思いつきません。
風に遊ばれた前髪が視界に入ります。
「真っ黒……昔と一緒」
吹き込んできた優しい風にカーテンがそよいで、視界をくすぐります。わたしは力を入れて、腕を持ち上げます。鈍い痛みがありましたけれど、我慢しながら腕を上げ、陽光に自分の手をかざします。左の手首にはチューブが刺さっていましたが、長さにはだいぶ余裕を持って取り付けられているのか、腕の動きには支障有りませんでした。そして、指先にあるのは桃色の爪でした。
「爪も……そっかぁ……」
両腕の力を抜くと、重力に逆らえずにベッドにばたりと崩れ落ちます。
わたしの身体の事……こんなころころと色が変わるというのは、やっぱりわたしの身体に何かしらの出来事があったのでしょう。海に行った時の最初の夜……確か爪の色は桃色だった覚えもあります。その時は何か気の所為だと思った筈ですけれど、こうなるとワケがありそうです。ですが、考えても考えても原因も、理由も、まるでわかりません。
こつこつと小さな足音が聞こえてきました。
元気とは程遠いその足音が、部屋の前で止まります。そして、がらりと部屋の引き戸が開きました。はっと息を飲む音が聞こえて、ばさりと何かが落ちる音がして、瑞々しく甘い香がかすかに漂います。扉の方に視線を向けると、イエイヌちゃんが涙を貯めながら、こちらを見つめていました。
わたしはわたしで、彼女が無事に眼の前に現れてくれたことに言葉を失いました。嬉しくて嬉しくて、なんと話しかければよいのでしょう? 申し訳なくて、情けなくて、なんと話しかければよいのでしょう?
迷っている間に、イエイヌちゃんがゆっくりと覚束ない足取りでこちらに近づいてきます。わたしは痛みすら感じず、イエイヌちゃんへと手を伸ばします。一歩ずつ、一歩ずつ彼女の顔に涙が溢れていき、思わずわたしさえ涙を流してしまいます。
「――よがっだぁ……」
彼女は鼻声でわたしの手をそっと握り、顔を擦り付けます。涙の粒が、手の甲に、手のひらに、指先に、染みるようでした。
「ごめんねぇ……イエイヌちゃん……」
嗚咽混じりに伝えられたのは、謝罪の言葉でした。その後はしばらく、お互い泣き声を上げながらくっついていました。
気づけば、ゴリラさんとラッキービーストさんが一緒になって部屋に来ていました。
「悪いな、ふたりとも。ともえと話がある」
ゴリラさんは扉の前に落ちていた花束を広いながら、言いました。
イエイヌちゃんは、ゴリラさんの話を聞いて立ち上がります。そして、そっとわたしの顔をハンカチで拭ってくれました。
「いったん、しつれいします……」
そう言って、名残惜しそうな表情を浮かべながらゆっくりと部屋を出ていきました。先程と同じくらい静寂に包まれた部屋なのに、足音は聞こえませんでした。
ゴリラさんはイエイヌちゃんが部屋から出ると、時間をかけてゆっくりと言葉を選んでから、言いました。
「……まずは、おはようってところかな」
そう言いながら、彼女はベッドの脇にあるサイドテーブルの花瓶の花をイエイヌちゃんが持ってきたものと交換しました。作業をしながら、何の気無しに言われた言葉でしたが、多分に心配の感情が含まれた声で、その声の為にわたしには申し訳無さしか湧いてきません。
「ご迷惑をおかけしました……」
「本当だよ、まったく……無茶をしてくれたな……」
声が震えているのは、怒りのためでない事を祈るばかりです。わたしは何度も謝罪の言葉を発していましたが、途中で彼女はわたしの言葉を遮りました。
「それはもういい。説教したくてここに来たんじゃないからな……反省くらい自分で出来るだろう。お前は……」
彼女は一拍置いて、続けます。
「まずはイエイヌとアムールトラについてだな。ふたりともちょっとした怪我をしたくらいで、元気だよ」
「良かったです……それだけで、無茶した意味があります……」
ゴリラさんは眉間にシワを寄せて、非難げにわたしを見つめましたが、何も言わずに続けます。
「どういう戦いがあったのか……ってのはまた今度ふたりから聞いてくれ」
彼女はわたしが頷くのを見る為に一拍だけ間を置きました。
「……で、お前の身体に何があったのかだな。腹に瓦礫が――金属の棒だったかな、貫通。少し遅れてたら、死んでた。処置がどうこうとか置いといても、普通なら後遺症が残っただろうってさ。わかるか、その意味が」
ぞっと怖気が走るようでしたが、気になるのは『普通なら』という文言。
「わたしが、普通じゃない、ってことですか……?」
「まぁ、そうなるな……。勿論、ここの設備が使えたからなんとかなったってのもある。それ以上に……あー……」
ゴリラさんはどう伝えたら良いのかと思案げでした。なんとなく、ですが、わたしは彼女が何に悩んでいるのかを直感的に悟りました。
「ゴリラさん。記憶。戻りました。……お父さんの名前、言ったほうが良いですか?」
彼女はわたしが記憶を取り戻す為に関与をしないようにしてきましたから、それに纏わる情報の為に、言い淀んでいるのだと思ったのです。一応、お父さんの名前を彼女に伝えます。
どうやらわたしの予想は当たっていたようで、彼女はあっけに取られた後、そっと微笑みます。
「そうか、良かったな、もえ」
「ともえです。そう呼んで下さい。……あの頃には戻れませんし――」
わたしはそっと扉の向こうに視線を送ります。
「――あの子の為にも……お願いします」
ゴリラさんも扉のほうをちらりと見ました。そして少しだけ考えるような素振りをします。
「まぁ、お前が言うなら良いが……もえって呼んでも怒るなよ?」
わたしは彼女の言葉にくすりとします。
「少し前だって……いえ、大丈夫ですよ」
ゴリラさんは「ん?」と不思議そうな声を出しますが、咳払いをしてから、話を本題に戻しました。
「ごほん。まぁ、それなら話しやすい。お前が昔セルリアンに取り込まれて、救出されて……その後、カプセルで治療された。それはわかるな?」
わたしは頷いて、言葉を促します。どういった治療法でカプセルを利用したのか、それはわたしにはわかりません。ですが、あの中にずっと居たのは事実です。
「その影響で、お前の身体はヒトにしては不思議なことになったらしい。俺を含めてフレンズじゃ説明が難しいそうだから、こいつを連れてきた」
ゴリラさんは彼女の膝の上に置かれたラッキービーストさんの頭をぽんぽんと叩きました。
「カワルネ」
「はい、お願いします」
「ともえノカラダハ、フレンズとオナジヨウニ、サンドスターヲ、タメテオケルヨウニナッタヨ。ソモソモ――」
曰く、セルリアンに『輝き』を奪われた為に昏睡状態になったわたしは、『輝き』を補充するためにあのカプセルの中に入れられていたそうです。しかしながら、然るべき時に然るべき処置をしなかった――つまり、カプセルから出るべきときに出ず、強制排出を待った――為に予定よりも長期間サンドスターに晒され続けたそうです。
そして、過剰なサンドスターの供給に大して、わたしの身体が、フレンズさん達と同じようにサンドスターそれ自体をエネルギーとして蓄積出来るようになった……ということだそうです。この変化が、『進化』に値するのか『変異』に値するのか、その判断は難しいそうです。加えて、記憶喪失の原因は事件のショックと身体の変調、カプセルからの脱出という環境の激しい変化に起因するのでは、という予想をラッキービーストさんは下していました。
淡々と発せられた言葉に、わたしは疑問の感情と、不思議な納得感という相反する感情を抱きました。
「ど、どういう……でも、それって……もしかして……」
頭の中でひとつの仮説が生まれました。ラッキービーストさんはわたしが何か言おうとしているのに気がついているのか、わたしの言葉を待っているかのように何も言いません。
「……わたしの髪の色とかが前と違うのってそれで……?」
「ソウダヨ。……ともえノカミノケや、ツメ、ドウコウのイロガチガウノハ、ソレガゲンイン」
けれど、それらの色が昔の色に戻っていることの説明にはなっていません。
「アトハ、タイナイのサンドスターをツカッテ、ケガやヒロウのカイフクもシテル」
無意識の内に、と彼は付け加えました。そのまま彼は幾つかの要点をわたしに説明します。
わたしの身体は、およそフレンズ一体程度の量を蓄積するということ。他のフレンズと異なってサンドスターの摂取は生存に不可欠では無いということ。セルリアンと違って、フレンズから奪う形でのサンドスターや『輝き』の摂取は不可能だということ。島に居る限りは、ジャパリまんの摂取などを通じて、自然と身体にサンドスターが蓄積していくということ……そんなところでしょうか?
彼の話が終わると、そこから予想できた答えをひとつ、ラッキービーストさんに尋ねます。
「……えぇっと、つまり、髪とかの色が戻ったのは貯まっていたサンドスターを使いきったから、ということですか?」
「ソウダネ。シバラクスレバ、モドルヨ」
なるほど……わたしの身体、そんな不思議なことになってるんですね……。喩えて言うならば、わたしの髪や瞳、爪の色は、電子機器に於けるバッテリーランプの様な役割を果たしている……のでしょうか?
「トーサカが居れば、理由や原因。後は治し方とか……そういうのも詳しくわかったかもしれんが、ラッキービースト達だけじゃ、これが限界だ。まぁ、わかる範囲では命に別状が無いどころか、救ってくれるチカラだろうな」
ゴリラさんは言葉を続けます。
「……アイツはな、お前を治療することに最後まで悩んでた。ここにひとりにして、それでお前が幸せになれるのか、お前を生き延びさせるのは、自分のワガママなんじゃないか、ってな」
ゴリラさんの言葉に、すぐには答えられませんでした。
幾つかの可能性が頭を過ります。
もし、フレンズさん達がパークから消え去っていたら? 自然の中で生存する野生動物達の中にわたしはひとり取り残されたでしょう。その危険性は考えなくともわかります。仮に危険でなかったとしても孤独に震えていたでしょう。もし、治療が失敗していたら? 誰にも気づかれること無く彼処で永遠に眠っていたのかもしれません。もし治療が成功していても、カプセルが開かなかったら? 意識を取り戻したわたしがあの中で餓死していたかもしれません。もし、もし……いくらでも悪い想像は出来ます。けれど、そうならなかった。そうはならなかったんです。結果論ですけどね。
数分か、数十秒かは定かではありませんが、沈黙が部屋に漂います。わたしは、それを破るために口を開きます。
「わたしは、今、幸せですよ。それだけは、お父さんに伝えたい……ですかね……」
そんな事、できそうにもないのが少しだけ悲しいです。
「……なんにせよ、だ。お陰で前回も、今回も、お前はなんとかなった……そういう話だ。どう捉えるのかは、お前に任せるよ、ともえ」
無茶はするなと言いたげな、非難混じりの言葉に聞こえました。
「……はい」
「一応、完治まではもう少しかかる。ラッキービーストの見立てじゃ二週間くらいだそうだ。お前の体質が無かったら、もっとかかるんだぞ? ……しばらくはここでゆっくりしてろ。安静にな」
ゴリラさんはそう言って、部屋から立ち上がります。
「ラッキービーストはここに置いてく。聞きたいことがあれば教えてくれるんじゃないか? それと何かあった時にもこいつに伝えろ。俺のところに連絡が来るよう頼んである。本とか欲しかったら明日にでも持ってくるが……いるか?」
彼女の言葉にわたしはゆっくり考えて、答えます。
「スケッチブックと色鉛筆。それと……レンブラントの画集をお願いします」
「あいよ。……そいつ、誰だ?」
彼女は不思議そうに聞き返しましたが、まぁいいか、と呟きます。
「画集な、了解。じゃあ、俺は失礼するよ」
「はい、本当にありがとうございました。おかげさまで、本当に……助かりました」
ゴリラさんはわたしの言葉に「ん」と軽く返事をして、部屋を出ていきました。部屋を出てすぐにイエイヌちゃんの声も聞こえました。やっぱり居たんですねぇ。
扉越しに聞こえるお話では、今日一日はひとりにさせろ、とのことらしいです。わたしに反省を促したいのかもしれませんし、お腹の傷が理由かもしれませんが……。イエイヌちゃんが居ないのは寂しいですが、まぁ考え事をするにはもってこいです。それに、ラッキービーストさんも居てくれますからね。ひとりでは、ありません。
イエイヌちゃんとゴリラさんの声が聞こえなくなって、足音が消えて……少しすると日が傾き始めてきました。部屋にはラッキービーストさんとわたしのふたりっきり。考えてみれば、ラッキービーストさんとふたりっきりになるのは初めてですし、近くにイエイヌちゃんが居ないというのも初めてです。
なんだかそわそわしながらちらりとラッキービーストさんを伺いますが、特に変化は見られない様子。こちらから話しかければ違うのでしょうけれど……正直な所、何を話したら良いのかさっぱりです。それに、身体を動かして気を紛らわせようにも、痛みで満足に動けない以上、出来ることと言えば考えることと、空を眺めること……それくらいです。
「……思い出さなきゃ」
あたしが、わたしに仄めかしたことのひとつ――『わたし自身の身体について』――は解決しました。けれどもうひとつの『ゴリラさんが恐れていること』……心当たりも何も、無いのです。
「多分聞いても教えてくれませんよねぇ……」
内容次第、かもしれません。ですが、わざわざ彼女が恐れているのだと言うのであれば、もしかすると『長』として対処しなくてはならない問題の可能性だってあります。そうなれば、わたしを含めた他の方にむやみにお話することは避けるでしょう。混乱を招きかねませんもの……。
それに、セントラルに向かう以前の彼女の様子を考えると、その可能性は高そうです。結局の所、ゴリラさんはなにかの問題を今抱えていて、それをわたしには……いえ、おそらく殆どのフレンズさんには、話そうとしていない。
「……はぁ」
ため息をついて、視線を空に向けます。
だいぶ時間が経っているのか、いつの間にか空は茜色になっていました。そして、菫色に染まった雲がぼんやり漂っています。透き通るような朱色と、徐々に色を濃くしていく夜の色。空の神秘を目の当たりにしたのは、いつもこれくらいの時間でした。グリーンフラッシュ、天使の梯子、オーロラ……あれら自然の生み出す神秘は、わたしの心を励ましてくれていた気がします。
空を眺めていると、逆光の為にどなたかはわかりませんが、フレンズさんが空を飛ぶフレンズさんの姿が視界を横切りました。けれど、それ以外に変わりはなく、外からは木の葉のざわめきも風の音も、フレンズさん達の話す声も、何も聞こえてきません。空を眺めながら耳に入ってくるのは、機械のぶぅうんという低い駆動音だけ……。
「カプセルの中に居るのと、あんまり変わらない感じ……?」
不意に思い出したのは『あの場所』……お父さんの仕事場の事。
あそこではわたしの治療が行われていましたが、本来ならば何らかの形でサンドスターを対象とした研究が行われていたのでしょう。そうでなければ、わたしが彼処に居た理由もわかりませんし……。
「退屈です……ねぇ、ラッキービーストさん?」
ラッキービーストさんはわたしの方をちらりと見て、返事に困ったように身体を傾けます。
「あはは……あ、そうです」
ひとつ聞いてみましょうか。
「お父さんの研究内容ってなんだったんですか?」
ラッキービーストさんにそう尋ねると、一瞬だけ彼の瞳は瞬いて、そしてゆっくりと説明してくれました。
「サンドスターノシンタイ、オヨビ、ブッタイニオヨボスエイキョウにツイテダネ。アトハ、フレンズノシンタイのカンリとチョウサギョウムダヨ」
ふむふむ。結構難しそうなことやってたんですね……お父さん……
「――お父さんなら、何が起こっているのかわかったんですかねぇ……」
オーロラ……綺麗でした。きっとわたしはあの美しさを、雄大さを、優美さを、描くことは出来ないでしょう。イエイヌちゃんと見ることが出来たのは幸いです。もし、叶うのなら、お父さんとも一緒に……あれ?
「……ラッキービーストさん」
疑問がひとつ、唐突に生まれました。オーロラって、ここだと普通に見られるものなんですかね……? なんというか、その、もっと寒いところでしか見られない印象です。
というのも、オーロラが生まれる詳しい仕組みは知りません。ですが、色々と複雑な条件が整って初めて見られるものだということは、わたしにだってわかります。そして、このパークでそれが見られるようなことがあるとしたら、文字通り、奇跡……なんですけれど……。もし、そうであるのならば、ゴリラさんはあんな表情をしない筈です。アレコレ言い伝えもあるのかもしれませんが、少なからず『科学』の事を知っている時代の方……。何か、嫌な予感がしました。
「ナニ?」
わたしはゆっくりと考えてから、尋ねます。
「オーロラって、ここで見れます? ここの空で……」
ラッキービーストさんは逡巡することなく、答えました。
「アリエナクはナイヨ。デモ、カンソクレイはナイヨ」
えっ……?
「無い……? そんなこと……じ、じゃあ、この前の、この前のあれは……何だったんですか……?」
わたしの言葉に、ラッキービーストさんは不思議な返答をしました。
「セキュリティクリアランス、カクニン。キミツジョウホウへのアクセス、ショウニン」
わたしは唖然としながら、彼の言葉を聞いていました。
「オンセイキロク、サイセイ――」
そして、その言葉が終わってから彼の口から繰り出されたのは、お父さんと誰かが話す声でした。その内容は、きっと非情に過ぎる現実です。知りたくはないけれど、知らなくてはならない事実。そして、わたしにはどうにもできそうにない、悲しい問題……。その会話が事実であるということは、ラッキービーストさんが言うからという理由もありました。
けれど、わたしが、わたしの耳で、直接聞いていたのだという事に……気付いてしまったのです。
ラッキービーストさんの音声記録を聞き終わる頃には、もう外は夜でした。部屋の電灯が点いていない為に、中は薄暗く、冷えた風が吹き込んでいました。空に浮かぶ下弦の月が、わたしを嗤っているようにさえ見えます。
「……」
わたしは口を開くこと無く、考えます。ラッキービーストさんの……お父さん達の言葉が事実ならば、いずれ、ゴリラさんは……。
そのつもりで居るに違いありません。でなければわたしや、他の方に言わない理由もわかりますし……おそらくゴリラさんの次に年長者であるドードーさんとお話する意味もわかりますもの……多分、ゴリラさんの次がドードーさんなのでしょう。そういう決まりなんでしょうね。だから……
そこまで考えて、わたしは首を振りました。それだけは、どうにかしたいです。そんな事を彼女達に強いてはいけません。
考えなくてはなりません。わたしに何か出来るのか、何か出来ることはないのか……。彼女や、彼女達が犠牲にならず、問題を解決し、全てを丸く収める方法……。
あぁ、あるじゃないですか。たったひとつの冴えたやりかたってヤツが……。それはわたしにしか出来ないこと。今まで過ごしてきたパークへの恩返し。……やるしか、無いでしょう。