けものフレンズR ”わたし”の物語   作:むかいまや

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https://seiga.nicovideo.jp/seiga/im9098445 より設定をお借りし、物語を書きました。

後日談です。

20/06/20 改稿


後日談

 眼の前に広がるのは、からりと晴れた青空と、濃さを増しつつある草原。そして、その一角に広がる濃い茶色の土。土は掘り返されたばかりでまだふわふわとしている箇所もあれば、時間が経過した為に少しばかり硬さを取り戻している箇所もあります。

「……こんなもんですかねぇ」

 わたしは手にした鍬を地面に置いて、ふぅと息を吐きます。そして、ぐーっと伸びをしてから、首に下げた手ぬぐいで額の汗を拭います。

「お疲れさまです! お仕事終わったんですか?」

 麦わら帽子を被ったイエイヌちゃんがコップにお水を入れて持ってきてくれました。わたしは彼女に「ありがとう」と言葉を告げて、受け取ったコップに口を付けます。

 ひと息で半分ほどを飲んで、その冷たさが過ぎたのか、頭がきぃんと言う痛みに苛まれます。とは言っても、身体に染み渡る様で、何とも美味しく感じられました。

「一応ラッキービーストさんに確認もしてもらおうかな、とは思ってますけど……」

 二週間ほど前から、わたしはお家の裏側に『畑』を作っているのです。幸い、道具も種もありました。

 パークの一角に『ヒトとフレンズが協力して作る』というコンセプトの小さな農園があったのですが、そこから鍬や鎌等の雑多な道具や肥料を借り、種はラッキービーストさんから一袋(と言っても何キロなんて重さではありませんが)を譲り受けました。

「クッキーの材料を育てるんでしたよね、楽しみです!」

 彼女は期待に胸を膨らませているようですけれど、わたしは彼女に釘をさします。

「成功すれば……ですけどね」

 わたしの目的は小麦の栽培です。

 というのも『クッキーを作る』という予定を達成する為にはどうしても小麦粉や米粉などの材料が必要です。そして材料はラッキービーストさんから譲り受ける形で用意は出来ます。けれども、今後継続的にクッキーを作ろうと思った時、それらを毎度毎度ラッキービーストさんに頼んで用意するというのは手間ですし、何より申し訳ないことです。一応、生産計画とかあるんでしょうし……。

 なかなか大変な道のりであることは察していましたが、今後の生活に幅を持たせられるなら、多少の苦労などは嫌う必要がありません。

「大丈夫ですよ! ともえちゃんなら上手く行きますって!」

「だと良いですけど……」

 病気になりにくく、どこでもよく育ち、収量も多い……という夢のような品種なのだそうですけれど、農作業なんてものはこれまでの人生で初めての経験ですし、色々とアドバイスが貰いたい所。また、収穫の後の作業などもまだ知識が足りませんので、勉強しないといけませんからね……。図書館に行って知識を得ると同時に、それを実践する必要を強く感じます。

 と、それはそれとして……。

「わたしはシャワー浴びてきますね。イエイヌちゃんはどうします?」

 イエイヌちゃんはわたしの質問にえへんと胸を張って応えます。

「テーブルと椅子を綺麗にして、皆さんをお待ちしてます!」

「なんだかお願いしちゃってすみません……」

 イエイヌちゃんは首を振ります。

 麦わら帽子をすり抜けるようにして外に出されている彼女の耳はぴんと張っていて、これからすること、起こること、その全てを待ちきれないと言わんばかりです。

「いえいえ! こういう時くらい頑張りたいですから!」

 わたしは彼女に感謝の言葉を告げ、シャワーへと向かいました。

 

 脱衣所に入ったわたしは服を脱ぎながら、この後の事を考えます。

 お世話になったフレンズさん達を招待して、みんなでクッキーを食べようという計画を少し前から練っていたのです。そしてそれが今日の午後、お昼から始まります。

 お世話になった方々、と言いましても、連絡が出来た方も居れば、そうでない方もいましたし、フレンズさんで賑わう場所を避けたいという方も居ました。なので、全員という訳にはいかなかったのですけれど、それでも何名かは来てくださることになりました。一応、連絡のつかない方やこちらに来ないと行っていた方には後ほど直接手渡しするつもりです。

 かなり遠回り(およそ九ヶ月ほどでしょうか?)して、ようやくこぎつけたクッキー……。それをドードーさんにプレゼントして、余ったものをわたし達だけで食べる、なんて勿体ないこと出来ませんものね。

 それに……今までお世話になって来たフレンズさんはいっぱい居ます。お裾分けと言うにはちょっと多すぎるかも知れません。けれど、独り占めはしたくないのです。

 アルマーさん、センさん、ロバさん、カルガモさん、フォルカさん、バンドウイルカさん、マイルカさん、コヨーテさん、ロードランナーさん、ドードーさん、ゴリラさん、ハクトウワシさん、ユキウサギさん、ヤブノウサギさん、イエネコさん、イリオモテヤマネコさん、アムールトラさん……。旅に出ている間だけでもこれだけのフレンズさんにお世話になりました。それに、今回使わせてもらう牛乳を用意してくれたフレンズさんもいるそうですし、その方にもご挨拶に行きたい所です。そうなれば、もっとたくさんのフレンズさんとお会いすることになるでしょう。

 服を脱ぎ終わり、わたしはシャワーを浴びます。そして、水が床に跳ねるノイズの様な、不思議な安心感を覚える音が浴室に響いて、それらはわたしの髪を、身体を濡らしていきます。

「ふぅ……」

 不意に腕に触れてみると、以前よりも少しだけ腕がしっかりしてきたような気がしました。筋肉が付いたということなのでしょうか? それもそうでしょう。レンガを運んだり畑を耕したり……どれも力仕事ですし……。

「一段落付いたら、遠出も良いかもですねぇ……」

 山の方に行く予定はありますが、それ以外では……今の所何も思いつきません。もしかしたらどなたかとお話の結果行き先を決めるなんてこともあるかもしれませんね。

 その後、浴室から出て、身体の水気を拭っている内に、ひとつ行き先を思いつきます。

「あっ……! 温泉!」

 あれこれあった所為で忘れていましたけれど、そう言えばあるんでしたっけ。イエイヌちゃんと一緒に……んふふー……旅、というよりも旅行という印象ですけれど、彼女と一緒に温泉に浸かるのはなかなか楽しみじゃないですか。

「そしたら、ラッキービーストさんかゴリラさんに話をしないとですねぇ……」

 ぶつぶつ呟きながら下着だけ身につけ、髪を乾かした後、普段の感覚で居間へと戻ると、ドードーさんとカルガモさんが居ました。おふたりは椅子に腰掛けて、ジャパリまんを食べているようでした。

「ひゃっ……し、失礼しました……すぐ服着ますので……」

 いくら同性と言えども下着姿で眼の前に出るというのは失礼ですし、それに恥ずかしいです……。

「んんー平気だよぉーゆっくりねぇー」

「……? いつもと格好違いますけど……どうしたんですか?」

 ドードーさんとカルガモさんの会話を聞きながら、わたしはいそいそと服を着て、おふたりの前に戻ります。どうやらドードーさんがカルガモさんに色々と洋服についてお話をしているようです。

「お、おまたせしました……」

「えへへーこんにちわぁ」

 首を少しだけ傾けて、微笑むドードーさん。

「……とっとと、こんにちは、ともえさん」

 カルガモさんは手を背中に回してこしょこしょと動かしていた手を止めて、ぺこりと折り目正しくお辞儀をしました。

「おふたりとも早いですね……もう少しかかると思ってましたけど……」

 わたしが油断していたというのもありますが、お昼過ぎ頃になってからここに集合する予定でした。今の時間はお昼過ぎというには少しばかり早いくらいです。

「えへへぇ……クッキー楽しみで、つい……」

 照れ笑いを浮かべながらドードーさんが言いました。

「それでですね、私はたまたま合流したので一緒に来ちゃいました……って、あら……」

 カルガモさんはそう言ってニッコリと微笑みました。と同時に彼女のエプロンの腰紐がはらりと落ちます。

「お着替え? できると聞いたので、つい弄ってたんですけれど、こ、これは……?」

 彼女は少しだけ慌てた様に自分の背中を覗き込もうとしています。

「なるほど、そういうことですか……あ、カルガモさん、背中、こっちに向けて下さい」

 わたしは彼女の腰紐を手に取り、蝶結びにします。

「ど、どうも……余計なことはしないほうがいいですねぇ……」

 わたしもドードーさんも乾いた笑いを漏らしてしまいました。

「良ければ結び方お教えしますよ……?」

「で、ではお言葉に甘えて……お願いします」

 わたしはカルガモさんのエプロンをするりと脱がして、実例で教えます。

「ここを通して、輪っかを作って――」

 ふんふんとカルガモさんが頷きながらわたしの手元をじっと見つめています。その後、わたしは彼女の手元を見つめながら間違いがあれば指摘していましたが、ふと別のことに疑問に思ってドードーさんに尋ねます。

「そう言えばイエイヌちゃんはどうしたんですか?」

「んーとねぇ、イエネコちゃん呼びに行くって外に出かけていったよぉ」

「ふんふん、なるほど……」

 でしたらそこまで時間もかからなさそうですねぇ……。

「ともえさんともえさん、これで大丈夫ですか……?」

 気づけばカルガモさんは綺麗な蝶結びを背負っていました。

「おぉ……わたしより上手じゃないですか……?」

 カルガモさんは照れているような、誇らしいような、そんな気持ちで顔を赤らめました。

「ほ、褒めても何もありませんよぉー?」

 そんな折、イエイヌちゃんが帰ってきました。

「戻りましたぁー」

「こんにちわー」

 勿論もイエネコさんも一緒です。彼女はお家の中をきょろきょろと見回していたので、わたしはベッドの上に腰掛ける様に促します。

「ここ? はーい」

 腰掛けるや否や、彼女は姿勢を崩し、上半身だけ横に倒します。

「あ、寝ないからねー」

 そう言って彼女はぐーっと伸びをしてから脱力しました。

「お行儀悪いですよー?」

 くすくす笑いながらですが、カルガモさんがちくりと注意をします。

「はぁーい」

 そう言われて、イエネコさんは上半身を起こしたのでした。

 

 暫く彼女達ががやがやとしている様子を見ていましたけれど、わたしは「よっし」呟いてから立ち上がります。

「わたしはクッキーの準備しますね。ちょっとかかっちゃいますけど、のんびりしててくださいね」

 わたしの言葉にみなさんが口々に手伝えることが無いかと尋ねますけれど、わたしは首を振ります。

「皆さんにごちそうするのが目的なんですから、のんびりしてて下さい」

 と、そこまで言って付け加えます。

「イエイヌちゃんものんびりしてて平気ですけど……どうします?」

 イエイヌちゃんは首を振りました。

「お手伝いさせて下さい!」

「わかりました、お願いします、イエイヌちゃん」

 わたしは頷いて、ふたりでキッチンへと入っていきました。

 

 わたしはキッチンにしまわれていたエプロンを身に着けます。その後、用意しておいたバンダナを三角巾代わりに被って作業を始めます。と言っても、大した作業はありません。用意をしながらも、背後からはお客さんとして迎えた皆さんの楽しげな声が聞こえてきます。

 わたしはイエイヌちゃんに牛乳を計量カップに移すようにお願いします。

「……ともえちゃん。これ、どこまで入れるんでしたっけ……?」

 レシピを見て、確認した数字を彼女に伝えます。

「わかりました! そーっと、そーっと……」

 心配になって彼女の手元を見てみると、牛乳の瓶をゆっくりと傾け、計量カップに注いでいました。心配のしすぎなんでしょうけれど、ゆっくりとし過ぎな所為で手元がふるふると震えてしまっていました。

「そ、そこまで緊張しなくても……」

「そ、そうですか!?」

 焦っているのか慌てているのか、奇妙なハイテンションでイエイヌちゃんが答えました。

「ま、まぁ……やりやすいように……」

 わたしは自分の作業に戻ります。わたしはボウルでバター(こちらも頂いた牛乳から作りました)を溶かし混ぜているところです。この後、イエイヌちゃんが計ってくれた牛乳とお砂糖、塩をバターと混ぜます。そして最後に、小麦粉の計量をしてからふるいにかけ、混ぜ込む、というのが今後の段取りです。

 案の定、イエイヌちゃんの作業のほうが先に終わり、わたしの作業をじいっと見つめています。

「終わったんですね、ありがとうございます。……あっちで待ってて平気ですよ?」

 彼女はゆっくりと首を振ります。

「いいえ、今はともえちゃんと一緒に居たいんです」

 また嬉しいこと言ってくれますねぇ……。

「わかりました。じゃあ、側に居てくださいね」

 そうしてわたしは作業に戻りました。

 

 しばらくして、生地が完成すると、わたしはボウルをキッチンの冷蔵庫に入れました。そして、部屋にお呼びさせてもらったラッキービーストさんを抱えて外に出ることにします。

「あ、ともえちゃん、どこ行くのぉ?」

 わたしが扉に手をかけたところで、ドードーさんが尋ねます。

「石窯に火を入れるんです。温度上げないとダメらしいので、今のうちにやっておきませんと」

「なるほどぉ……手伝うこと、あるぅ?」

「小さいですし、火も扱いますから……」

 ですが、わたしの言葉に彼女は首を振りました。

「でもずっと待ってるのも申し訳ないし……」

 わたしは少しだけ考えて、イエイヌちゃんを呼びます。

「イエイヌちゃーん」

 不思議そうにやってきたイエイヌちゃんにお願いをします。

「はい、なんでしょう? この後は外の片付けでしたっけ? 他にしたほうが良いことありました?」

「いえ、その外の片付けなんですけど、ドードーさんと一緒に――」

 ちらりと部屋を見回すと、どうやら他の皆さんもうずうずとしている様子でしたので、言葉を訂正します。

「――いえ、みなさんと一緒にやってもらっても大丈夫ですか?」

 イエイヌちゃんは「はい!」とこくりと頷き、部屋に来てくれていた皆さんもそれぞれに了承の意を示しました。

 わたしは一足先に外に出ます。すると、からりと晴れ渡る青空が、わたし達を迎えます。少しばかり湿気った空気はそのままですけれど、梅雨めいた気配はどこへやら。目に眩しい新緑が、陽光を受けて輝いていました。

 

 イエイヌちゃんは他の皆さんに机や椅子(どちらもあの喫茶店からお借りしたものです)の位置、邪魔そうな石や放置してしまっている道具を動かす先などの指示を出しています。そんな様子をどこか微笑ましく見ると同時に、わたしはお家の裏へと移動し、そこに設置した石窯の前にしゃがみ込みます。

「えぇっと、ラッキービーストさん。監督、お願いしますね」

 わたしはラッキービーストさんを地面に降ろしながら、そういいました。着地したラッキービーストさんはくるりと回転して、わたしの眼をじっと見つめて言います。

「マカセテ」

 わたしはポケットからマッチを一箱取り出し、擦ります。石窯が完成してから何度か練習もしていましたので、手間取ること無く、用意しておいた薪木や小枝に火が移り始めます。わたしはマッチを石窯の下段に放り込み、ラッキービーストさんに監督をお願いしました。

 この石窯は、薪木などの火を点ける段と、生地を入れる段とが上下で別けられているものです。レストランから拝借した鉄板を上下の仕切りに使い、その上にレンガを積むことで部屋を分けました。

 接着剤に使う粘度やコンクリートなどの扱いが必要かと心配でしたが、構造が単純なことと鉄板を天井・仕切り・床に使うことが出来たために案外簡単に作ることが出来ました。もしも火が外に出てしまったら、近くに用意してある水入りバケツや、ラッキービーストさんの力を借りて対処する手筈です。

 

 ぱちぱちと火が燃え移り、強く、激しくなっていく音を聞きながら、呟きます。

「温まったら中に生地を入れるんでしたっけね……。えぇっと、レシピと生地……」

 すかさずラッキービーストさんがわたしのフォローをします。

「オンドとヒはミテルカラ、ナカにモドッテイイヨ」

「ありがとうございます」

 わたしは小さくお辞儀をし、小走りでお家に戻ります。レシピを確認すると、百八十度で十分程度だそうです。

「……ラッキービーストさんに感謝ですね、ホント……」

 昔はわたしがよく料理を作っていました。お父さんは何故か料理はズボラでしたし、栄養バランスとか考えてなさそうだったので……。と、それはそれとして、なのでご飯作りは下手ではない自信があります。

 けれども、見たり手をかざしただけで温度がわかるかと言えば……そんなことは無理です。となると温度を測る手段がありませんから、焼きすぎてしまったり、生焼けになってしまったりという可能性は十分にあります。逐一生地の焼け具合を確認したりすれば良いんでしょうけれど、それも時間がかかってしまいますからね……。

 わたしは手を綺麗に洗い、その後、生地の入ったボウルとレシピを手に持って外に出ます。

 外では、既に机と椅子は綺麗に並べられ、皆さんがそれぞれに座ってお話をしていました。

「おー……早いですねぇ……」

 なんて言ってる場合ではありません。皆さんをおまたせしてるんですから、急いで生地の形を作りませんと……。

 石窯の近くに用意しておいた小さな台にボウルを置き、生地を乗せる鉄板を見据えます。

「ここに千切っては乗せ、千切っては乗せる……と……」

 何故か神妙な面持ちで生地に手を入れます。そして、生地の塊を直径二センチメートル程度の球体になるよう細かく千切ります。千切ったものは小さく手で形を整えて、押しつぶして、平たいクッキーの形へとあっという間に変化していきます。そして円盤状になった生地を、クッキングシートを敷いた鉄板の上へと並べていきます。

 と、作業を進めていると、ラッキービーストさんがわたしに声をかけます。

「ともえ、オンド、ヘイキダヨ」

「わかりました! ありがとうございます! ……うーん……」

 まだ三分の一も生地を別けられていません。どうしましょう……?

「んー急がないとですよねぇ……」

 わたしは生地を千切りながら、こね、つぶし……そんなふうに作業を繰り返し繰り返し進めていると、イエイヌちゃんが様子を見に来ました。

「ともえちゃん。どうですかぁ?」

 ボウルの中にある生地を見てみると、まだ半分ほど残っています。

「ちょっと遅れちゃうかもです……」

「りょーかいです! 皆さんに時間がかかるってお伝えしてから、私もお手伝いしますね!」

「なんだかごめんなさい……これくらいならって思ってたんですけどね……」

 イエイヌちゃんは首を振りました。

「いえいえ、私だってともえちゃんと一緒で、皆さんをお迎えする立場ですから! これくらい!」

 わたしは彼女に感謝の言葉を伝えました。

「っと、イエイヌちゃん。手袋外して、ちゃんと手を洗ってからお願いしますね。一応、念の為です」

 イエイヌちゃんは一瞬だけきょとんと首を傾げますが、「ともえちゃんがそういうなら」と納得したようにして、戻っていきました。

 

 その後、イエイヌちゃんの力もあってか生地の整形も終わり、鉄板を窯に入れます。

「そしたら十分ほど待つ、と……」

 生地の様子によって長くなったりもするでしょうけれど……それにしても十分は手持ち無沙汰です。

「ふむふむ……あ、ともえちゃん。今度作る時は私にやらせてもらってもいいですか?」

「良いですよー……いつになるのかはちょっとわかりませんけど……楽しかったですか?」

 イエイヌちゃんはにっこりと笑顔で頷きます。

「はい! やったこと無かったので! それに、最初のほうはなんだか形崩れちゃいましたし……りべんじまっち、です!」

「そうですか? 結構綺麗にできてたと思いますけど……」

 そんな風に言うと、彼女は嬉しそうにまた微笑みました。

 

 わたし達はラッキービーストさんに窯の番をお願いし、一旦テーブルの方へと戻ります。お家に入り、手をすすいでから外に出ると、コヨーテさんとロードランナーさんが到着していました。

「こんにちは、コヨーテさん、ロードランナーさん」

 おふたりは楽しそうな笑顔を浮かべながら「よう」とタイミングよく揃ってわたしに返事をします。

「クッキーだったか? 誘ってくれてありがとうな。……俺たちで最後か?」

 コヨーテさんの言葉に、ロードランナーさんが(何故か)答えます。

「最後じゃなさそうだけどな。けっこー声かけたんだろ? 椅子足りるのか?」

「あはは……それがですね――」

 わたしは今回の催しに来てくれる方を説明します。

 センさん、アルマーさん、マイルカさん、それと、ハクトウワシさんには連絡がつかなかった事。アムールトラさんとゴリラさんは辞退。イリオモテヤマネコさんからは気が向いたら、という返事を、ユキウサギさん、ヤブノウサギさんのおふたりは距離的に無理かも、ということだそうで……。

「――ということで、後は海の方からバンドウイルカさんとフォルカさんが来てくれるんだそうですけど……」

 天気があまりにも良い場合体調的に無理かも、とは聞いていましたので少しばかり不安です。

「こっちの方なら夏真っ盛りでも無ければ平気だそうですけど、距離もありますし、無理はして欲しくないので……なんとも……」

 わたしの言葉に苦笑いを浮かべるおふたり、後イエイヌちゃん。

「そ、そうか……」

 呆れたような返事に困ったような、そんな声でコヨーテさんは言いました。

「あ、そういえばイエネコちゃん」

 イエイヌちゃんがイエネコさんに尋ねます。

「イリオモテヤマネコさんって、結局……」

「んー……寝てるんじゃないかなぁ……遅れて来るかも?」

「……どうして一緒に来なかったんだ?」

 コヨーテさんが不思議そうにイエネコさんに尋ねますが、イエネコさんは笑ってごまかしました。そんなおふたりの様子を見かねたように、カルガモさんが腕を組んで呟きます。

「皆さんマイペース過ぎるんですよ。折角こういう機会があるのに、まったく……ねぇ、ともえさん」

「いやぁ……こればっかりは、皆さん都合もありますから……」

 わたしの発言も最もだと言わんばかりにカルガモさんは頷きますけれど、どこか釈然としない様子。と、ロバさんが何かを思い出したように言います。

「ロードランナーさん、昨日海の方からこっちに走って来てましたよね? お昼くらいでしたっけ。バンドウイルカさんやフォルカさんにお会いしました?」

 ロードランナーさんは話を振られて驚いたような表情をしましたが、頷いて返事をします。

「ん、そうだけど……あー、そういや海っぽいヤツ見かけたなー。林の方の……確か川沿いの辺りだったかな……」

 海っぽいってどう言う印象なんでしょう……? ん? となると……。

「でしたらバンドウイルカさんとフォルカさんですかね……来てくれているんでしょうか? 迷子になってたら大変です……それなりに距離もありますし……」

 わたしがそう呟くと、カルガモさんがさっと立ち上がって言います。

「私、ちょっと見てきますねー。そのおふたりでしたら、会ったことありますから」

「お願いしても大丈夫ですか……? 一応、ここの場所はお伝えしてあるので、そこまで迷ったりはしてないと思いますが……」

 カルガモさんは「任せて下さい!」と胸をとんと叩いてから、ゆっくり飛び立ちました。

 彼女の後ろ姿を見送っていると、アラーム音が石窯の方から響きます。時間になったのでしょう。ラッキービーストさんが鳴らしてくれる予定でしたから。

「とっとと、時間ですね。わたしは作業に戻ります。皆さんゆっくりしててください」

 わたしがそう言うと、イエイヌちゃんはぽんと手を叩いて立ち上がります。

「ともえちゃん、まだ、いしがまって温かいですか?」

「えぇ、暫くは火も残しておくつもりですが……どうかしました?」

 イエイヌちゃんは「んふふー」と笑みを零して、答えます。

「ハーブティーをみなさんにお出ししようかな、と思いまして……やかん、借りますね」

「なるほど……じゃあ、それはイエイヌちゃんにおまかせしますね。あ、でも気をつけてくださいよ、やけどしちゃいますからね?」

 イエイヌちゃんはこくりと頷いてお家の中へと戻っていきました。

 人数分の用意は大変でしょうけれど、茶葉は数日前に多めに頂いたので、余裕はあるはずです。

 ……ゴリラさん、わたしと会うといろいろな物をくれるんですけれども、どれも妙に量が多いんですよねぇ……。なんででしょう? そう言えば、お父さんが昔実家に帰った時の話してましたっけ……。「ばあさまはお腹いっぱい以上に食べさせようとする」でしたっけ……ゴリラさんもそういう気持ちなのでしょうか……?

 わたしは立ち上がり、石窯の前にしゃがみ込み、中を覗き込みます。熱された空気がわたしの顔に当たり、今この瞬間にも乾燥させきってしまうのでは無いかと思われました。

 意を決して、ミトンを手に嵌めて、鉄板を外に引きずり出します。

「よいしょっ……と……」

 熱された薄暗がりから取り出されたクッキーはこんがりと焼き上がっていました。

 甘い香りを堪能しながら、クッキーの様子を伺います。鉄板の上に並べられたクッキーは少しだけ膨らんでいるようで、また、蒸気が立ち上っているかのようにさえ思えました。

「ふんふん……こんなもんですかねぇ……」

 温度も時間もちょうど良かったのでしょう。ラッキービーストさんの管理のお陰ですね。

「ありがとうございました、ラッキービーストさん。この後も暫く火は入れておくつもりなんですけど……平気ですか……?」

 そう尋ねると、折よくイエイヌちゃんが水を入れたヤカンを持ってこちらに到着していました。

「お湯を沸かして、お茶を入れたいんです」

「ヘイキダヨ。デモ、キヲツケテネ」

 イエイヌちゃんとわたしは揃って「ありがとうございます」とお辞儀をします。

 その後、わたしは鉄板をそのまま作業台に置いて、熱を取ります。イエイヌちゃんは石窯のてっぺんにヤカンをそっと置きました。

 わたしはふぅと息を漏らして、呟きます。

「石窯、もうちょっと頑丈にしたほうが良いですかねぇ……粘土を隙間に入れたりとか……」

 そうは言っても、粘土なんてどこにあるのやら。

 わたしのボヤキにイエイヌちゃんが言いました。

「なんて言いましたっけ? えぇっと……こん……こん?」

「コンクリートですか? あれは……わたしが使うには難しすぎますねぇ……」

 イエイヌちゃんはがっくりと肩を落とします。

「そうですかぁ……」

「今度また、図書館で色々調べてみようかなーとは思いますけど……」

 そんな事をのんびりと話しながら粗熱が取れるのを待っていると、何やら皆さんの居る辺りが急に騒がしくなりました。

「……ん? おふたりとも到着したんでしょうか……? 思ってたよりも早い気も……」

 イエイヌちゃんはすんすんと鼻を動かしますけれど、クッキーの匂いが強すぎるのか眉間にシワを寄せます。少し見に行こうと思って立ち上がると、ちょうどこちらの方にバンドウイルカさんとフォルカさんがやってきました。

「おまたせっ! こんにちわ、ともえちゃん、イエイヌちゃん!」

「こんにちは。……遅くなってごめんなさいね、ふたりとも。思ってたよりも遠くて、時間かかっちゃったわ」

 わたしとイエイヌちゃんは挨拶を返すと、バンドウイルカさんは興味津々という具合にわたし達の背後を覗き込みます。

「ねぇともえちゃん、あれがクッキー?」

「そうですよー。今焼き上がったばっかりなんで、粗熱を取ってるところです」

 そういうと、バンドウイルカさんは「あらー」なんて言いましたが、わたしはどう反応したら良いのかわからず困ってしまいます。

「あ、あはは……まぁ、なので、おふたりともちょうどいいタイミングでいらっしゃったんです。お気になさらないで下さい」

 イエイヌちゃんがわたしの言葉を補足するように続けて言います。

「おふたりとも、あっちの席で待ってて下さい! 私もお茶を用意しますので!」

 わたし達の言葉を聞いて、フォルカさんがバンドウイルカさんの袖をくいっと引いて言います。

「ほら、ドルカ、行くわよ。ふたりの邪魔しちゃ、申し訳ないじゃない」

「うーん……それもそっか。じゃあお先に失礼するねー待ってるよー」

 彼女達が席に戻ってからまもなく、ヤカンのお湯が沸きました。イエイヌちゃんはヤカンをそっと火元から離して小走りでお家に戻ります。ポットと茶葉、カップを取りに戻ったのでしょう。そう言えば、ティーカップは人数分ありましたっけ……?

 わたしはイエイヌちゃんが物を取りに戻っている間、鉄板から注意しながら、お皿にクッキーを移していきます。何枚かはこの後ひとりでいらっしゃるらしいアムールトラさんの為に取っておくとして……。それでもだいぶ余裕をもって作ったからか、用意していたお皿に山盛りになってしまいました。

「わぁお……やりすぎですね、これは……」

 思わずわたしがそう呟いてしまう程度には、山盛りでした。

 落としてしまうのも困るので、一旦、戻します。おかわりということで都度都度運べば大丈夫でしょう、きっと。数が足りなくなったりした時は……連絡が付かなかった方には申し訳ないですけれど、また今度作ってお渡しするということで……。

「……ともえちゃん」

 いつの間にやら戻っていたイエイヌちゃんがわたしに残念そうに声をかけます。

「ど、どうしました?」

「コップが、足りなかったです……」

 やっぱり……。

「順番に飲んでもらうってことにします……?」

「それしか、無いですよねぇ……」

 バツが付いた、と言わんばかりにがっくりとしているイエイヌちゃんの肩をわたしはそっと手を添えます。

「大丈夫ですよ、皆さん喜んでくれますって」

 イエイヌちゃんは項垂れたままですが、ゆっくりと頷きました。

「わたしは先にお皿持ってっちゃいますね」

 わたしはそう言って、お皿を運びます。

 テーブルでは皆さん思い思いにお話に興じていたようですけれども、わたしの姿が見えるや否や、話を止めて、じっとお皿に乗ったクッキーを見つめていました。

「おまたせしましたー、クッキーです。おかわりもありますし、順番でイエイヌちゃんがハーブティーを作ってくれるそうですよー」

 そう言って、テーブルにお皿を置きます。すると、「おぉ……」ですとか「これが……」ですとか、感嘆の声がひそひそと、けれど確かに耳に届きます。コヨーテさんなんかは鼻を動かして甘い香りを堪能しているようでした。

「食べちゃってて平気ですよ? わたしはイエイヌちゃんのお手伝いもありますし」

 わたしの言葉にコヨーテさんが答えます。

「いや、お前達を待つのが礼儀ってヤツだな」

 コヨーテさんの言葉にカルガモさんとフォルカさんが頷きます。

「そうですそうです。みんな揃っていただきます、ですよー」

「そうよ、これだけ揃ってるんだもの、一緒に食べなきゃ損じゃない?」

 そんな彼女達の言葉を受けて、申し訳ないやらありがたいやらという気持ちです。

「お気遣いありがとうございます、皆さん。でしたら……多分もう少しでハーブティーも出来ますので、もうちょっとだけ、失礼しますね」

 わたしはぺこりとお辞儀して、イエイヌちゃんのお手伝いに向かいました。

 

 そして、紅茶を順番にお出ししながら、わいわいがやがやとしたお茶会が始まりました。

 みなさんおしゃべりをしたり、ハーブティーを堪能したり、クッキーをもぐもぐしたりと思い思いに過ごしています。わたしはお茶に口を付けたり、クッキーも味見程度で済ませてしまいましたが、皆さんが楽しそうに過ごしている様子を眺めているだけで、どこか満ち足りたような気持ちになります。

 イエイヌちゃんも、どこか満足そうに皆さんを眺めていて、こういった会を主催した満足感の様なものに浸っているようでした。

「……嬉しいですね、自分の作ったものを楽しそうに食べてくれるって」

 わたしは小さな声で、隣のイエイヌちゃんにそう伝えます。

 彼女は小さく頷きます。そして、クッキーを一枚とって、食べました。

「美味しいです、ともえちゃん……」

 しみじみとした風に言ったイエイヌちゃんの様子を見て、ドードーさんの事を思い出しました。

「ドードーさん」

 ドードーさんは一枚一枚を丁寧に、ゆっくりと口に入れて、瞳を閉じて、飲み込んで……何も知らない方からしてみれば大仰に過ぎる仕草をしていました。

「……なぁに?」

「美味しいですか?」

「うん……! 本当に、本当にありがとうねぇ、ともえちゃん……!」

 彼女は一息おいて、わたしの顔を見つめながら続けます。

「懐かしい味でね、優しい味なの。うん、美味しいよぉ……」

 今にも泣き出してしまいそうな笑顔で、彼女は言いました。

「なら、良かったです。また今度、作ったらお伝えしますね」

 ドードーさんは「うん!」と頷いて、ハーブティーを一口含みます。

 イエネコさんはお茶をふぅふぅと息をかけて冷ましていたのですけれど、それを止めて、わたしに尋ねます。

「ねぇ、ともえちゃん。他に何か作れるの? そのぅ……おんなじ様なのとか?」

 わたしは少しだけ考えてから、イエネコさんに答えます。

「んー……材料とレシピがあれば、なんとか。例えば今回と同じ様な材料と――」

 ふとドードーさんが持ってきてくれたリンゴの存在を思い出しました。

「そうですね、リンゴがあれば、アップルパイとか作れるか、も……ぉ?」

 わたしの言葉の途中で、具体的には『アップルパイ』と言った瞬間に、わたし達の背後でとさりと言う着地音がしました。

「アップルパイがあるのね!?」

 わたし達は驚きと共に背後を振り向くと、そこにはハクトウワシさんが居ました。それもかなりカッコいい(かもしれない)着地ポーズから顔だけこちらに向けて。

「いいわよねぇ、アップルパイ。素敵な響きだわ……こきょーのりょーり。そーるふーど……!」

 わたし達は唖然として居たのですけれど、ハクトウワシさんはスタスタと歩いてテーブルを覗き込みます。

「……な!」

 彼女はそう呟いて、我に返った様にきょろきょろと周囲を見回します。

「邪魔しちゃったみたいね、ごめんなさい……失礼するわね……」

 そして彼女は飛び去っていきました。

 数秒の後、わたしはゆっくり呟きます。

「せめて一枚くらいは食べていってくれても……」

 ロードランナーさんがぼそりと言いました。

「アイツ……あんなにヘンなヤツだったっけ……?」

 コヨーテさんが困ったような、けれど茶化すような、そんな具合でロードランナーさんに返します。

「今までで一番変だったぞ……? いつもはあそこまでじゃなかった気がするが……」

 わたし達は暫く、空を飛ぶハクトウワシさんの背中を見つめていました。

 見えなくなった頃、イエネコさんが「あ!」と大きな声を出しました。彼女の視線の先にはイリオモテヤマネコさんの姿がありました。

「……おはようございます」

 そう言って彼女はぺこりとお辞儀をしました。

「もう、リオちゃんったら、遅いよぉ」

 イエネコさんがリオさんに駆け寄って、彼女の手を引きます。

「こ……いえ、おはようございます、リオさん」

 リオさんはイエネコさんに手を引かれながらも言葉を続けます。

「今日は、ふあぁ……、おまねきいただききょーえつしごくです……」

 もにゅもにゅと言う具合で言い終わると、彼女は空いている椅子に座りました。イエネコさんは自分が確保していたクッキーの何枚かを薦めます。

「ありがとうね、イエネコちゃん。いただきます……」

 ひと口食べたらそのまま何も言わずにぱくぱくとすべて平らげてから、「んふー」と満足そうな鼻息を漏らします。

「美味しいですね、これ。まだあります?」

 わたしの顔をじっと見つめての言葉に、わたしはたじろいでしまいます。彼女の表情は見たことも無いような笑顔でしたので……可愛らしさに胸を打たれてしまったのです。

「あ、ま、まぁ……おかわり持ってきますね」

 わたしがそう言って立ち上がると、イエイヌちゃんも一緒に立ち上がります。

「私も次のハーブティー用意しますね! 失礼します」

 そんな風にして、その日の夕暮れまでお茶会は続きました。最後の方はクッキーもお茶もなくなってしまいましたが、みんなでお話をして楽しく過ごしたのでした。

 

 空が茜色に染まる頃、ナワバリから距離のある方々は帰宅の道につくことになりました。バンドウイルカさんとフォルカさんは二日ほどかけて帰ることになるかもしれないとのことです。泊まっていけばよいのにとお伝えしましたが、マイルカさんが他の島へと遊びに行っているようで、彼女の帰宅を待ちたいということです。

 そんな訳で、護衛も兼ねてコヨーテさんとロードランナーさんが一緒に送り届けることに決まりました。

「今日は楽しかったよ。ありがとうな、ともえ」

 コヨーテさんが夕焼け空に髪を煌めかせながら言います。

「わたしも楽しかったです。今日は来てくれてありがとうございました」

 考えてみれば皆さんそれぞれに遠い場所から来てくれたのは確か。わたしがお呼びして、来てくれたのだということだけでも本当にありがたいですし、こうして直接楽しかったと言ってもらえることのなんと嬉しいことか。

「本当は片付けも手伝いたいところなのだけど……ごめんなさいね」

 フォルカさんが申し訳無さそうに言いました。

「いえいえ、お気になさらず。やりたくてやったんですもの。その後のことも自分でやりますとも」

「私も居ますので!」

 イエイヌちゃんがえへんと胸を張るようにして付け加えます。

「じゃあ安心だぁ」

 微笑を浮かべてバンドウイルカさんが言いました。

「ですので、お気になさらず……。今度また、海の方にも遊びに行きますので、その時はよろしくおねがいしますね」

 わたしがそうおふたりに言うと、「もちろん!」と元気よく揃ったおふたりが返事をしてくれました。そんな様子を見ていたのか、ロードランナーさんが口を開きます。

「サバンナにも来いよなー。あ、あと、今度どっか行くときはあたしも誘ってくれても良いんだぞ?」

 彼女の言葉の後半の方はそっぽを向きながらでした。照れ隠しでしょう。

 わたしはイエイヌちゃんと顔を見合わせます。結構、わたし達、彼女に気に入られてるんでしょうか?

「でしたら、その時はよろしくおねがいしますね」

 わたしの言葉にイエイヌちゃんが楽しげに付け加えます。

「ですです! ロードランナーさんだって、みなさんだって、遠慮なく遊びに来て下さいね!」

 皆さんめいめいにわたし達の言葉に同意しました。

「じゃあ帰るか、今日はホント、ありがとうな」

 コヨーテさんの言葉に従うように、ロードランナーさん、バンドウイルカさん、フォルカさんは帰っていきました。

 そうしてしばらくすると、夕焼け空は段々と菫色に染まっていきます。そんな空の下、残ってくれていた皆さんと一緒に片付けを進めていましたが、皆様のお陰で予定よりも早く片付けが終わりました。

「ひと息ついたら、私達も帰りましょうか」

 カルガモさんがロバさん、イエネコさん、リオさん、ドードーさんに声をかけます。

「もう少しゆっくりしても平気ですよ?」

 寂しさからわたしは彼女達にそう言いました。

「んーそうだねぇ、夜になっちゃうしぃ……」

 ドードーさんの言葉を受けて、ぺこりとロバさんがお辞儀をして言いました。

「ですね、今日は楽しかったです。ありがとうございました」

 そんな言葉を聞いたか聞いてないか知りませんが、イエネコさんがあくびをひとつ漏らします。

「わたしは眠くなってきちゃった……ふわぁ……」

 イエネコさんのあくびに釣られてリオさんもあくびをひとつ。

「ふぁ……ん、美味しかったです……今度も楽しみにしてますねぇ」

 皆さんそれぞれに疲労の色や満足げな表情を浮かべています。リオさんは……寝過ぎじゃないですかね、なんて思いますけど、それはそれとして……。

「そうですか……わかりました。みなさんのお陰で楽しかったです、来てくれてありがとうございました!」

 その後、わたしとイエイヌちゃんは皆さんを見送りました。

 

 空は夜闇に濡れていて、星々の煌めきと月光とが部屋に差し込んでいました。すっかりと静けさを取り戻してしまったお家で、ふたりっきり。今日一日ずっとどなたかといましたから、ぼんやりとした寂しさをどうしても感じてしまいます。アムールトラさんにクッキーをお渡しするのも済んだ為に、もう今日はふたりっきりで過ごすこととなっています。

 彼女は今日の余韻を楽しんでいるかのように、瞳を閉じてベッドに丸くなっていました。尻尾がゆっくりと大きく振られていましたので、眠ってはいなさそうです。

 わたしはそんな彼女の隣に腰掛けて、彼女の頭にそっと触れながら言います。

「イエイヌちゃん、今日はお手伝い、ありがとうございました」

 イエイヌちゃんは瞳を閉じたまま、満足げに「ふふーん」と鼻息を漏らしてから、口を開きます。

「ともえちゃんこそ、クッキー作ってくださって、ありがとうございました」

 満足感にも似た感情がわたし達の中に漂います。

「あぁ、そうです。今度、ちょっと遠出しようと思ってます。山の方ですかね……」

 イエイヌちゃんは身体を起こして、わたしの顔を見ます。

「牛乳のお礼でしたっけ? 場所わかったんですか?」

「はい。コヨーテさんに教えてもらいました。……ここからだと見えないらしいんですけど、ゴリラさんのお家に行く道あるじゃないですか。あっちの方にずっと行ってから山に登って少しするといらっしゃるらしいです」

 わたしは過去も含めてその場所には行ったことがないのですけれど、確かあの辺りは牧草地とかなんとかって教えてもらった記憶もあります。詳しい話はまた、おいおい考えていけば良いでしょう。

 イエイヌちゃんは「ふんふん」と頷きます。

「お名前は……確かフリーシアンさんでしたかね。クッキーの材料はまだ残ってますし、また新しく作ってからお届けしようかな、って思いまして……」

「わかりました!」

 イエイヌちゃんは久しぶりの遠出に瞳を輝かせます。

「その時は一緒に、お願いしますね」

 元気よく彼女は頷いて、答えます。

「はい!」

 その後は、普段どおり食事をして、お風呂に入って、髪が乾いたら歯を磨いて眠りにつく。そんな一日でした。

 

 ベッドに入って、ぼんやりと考え事をしていると、隣からイエイヌちゃんの寝息が聞こえます。彼女の生命の音は、なんとも愛おしく、ふわりと香る彼女の匂いもあってか、どんどんと眠気が増していくようにさえ思われました。

 けれども、頭の中には考え事で一杯。数日以内に山に行くのは決定として……その次にしたいことについて色々と思いを馳せてしまいます。

 畑に集中するのも良いかも知れません。種も撒いていないのに収穫の心配をするというのはいささか気が早いですけれど、耕したばかりの畑を改良したり、農業の知識を得たりする必要があるのは事実です。

 はたまた、温泉を目的地として出かけるというのも魅力的です。結局、今の今までいけてませんからね。普段と違うところでイエイヌちゃんとのんびり過ごすと考えると思わずニヤニヤしてしまいます。それに、温泉であればロードランナーさんをお誘いすることもできそうです。山の方は気温が低いこともあって、彼女には大変でしょうから、今回はお話しなかったのですが……そればっかりでは何とも申し訳ない気持ちがしてしまいますからね。その為にも温泉の場所はどなたかに伺いませんと。

 

 そう言った細々とした思いの一方で、大きな問題が依然としてこのパークには残っています。それはこの島の天候についての問題です。わたしが『行く』ことはその場しのぎに過ぎません。今回はなんとかなりました。運良く、期間も短く、後遺症も無く解決しました。けれど次は? そのまた次は……? この問題にいつかわたしは真剣に取り組まねばなりません。例えば、わたしがパークから居なくなってしまうような自体が起こった時はどうなるのでしょう? あまりにも不吉な想像です……けれど、どうしても考えてしまいます。誰かを犠牲に島を守るなんていうことは、繰り返してはいけません。この問題をどうにか解決すること、それがわたしの『すべきこと』なのかも……なんて考えてしまいます。

「……考えすぎですかね」

 ぼそりと小さく呟いて、瞳を閉じます。

 そう言えば、他の島に『ヒト』が居たという話をマイルカさんがしてましたっけ。噂話、とマイルカさんは言っていましたから、事実かどうかはわかりませんけれど……もしかしたら、その方と会って話をしたら、この島の問題の解決に繋がる可能性だってありますからね。

 やることもやりたいことも、山積みに思えました。けれど、やれることをやるだけです。

 おやすみなさい、イエイヌちゃん。口だけ動かして、呟いて、意識を深いところへと沈めていきます。

 

 微睡みに溶けつつある思考で、ぼんやりと思いました。

 変わらないわけでも無く、変わるわけでもなく、ただある世界。そんな中に、わたしと、イエイヌちゃんが一緒にいられることの奇跡、あるいは、喜び。これから先、ずっと一緒に居られるのかと言うと、確信はありません。

 けれど、きっと隣に彼女は居るでしょう。きっと、わたしもそれを望むでしょう。きっと彼女もそれを望むでしょう。時には喧嘩もするかもしれません。時には泣いたりするかもしれません。それでも、絶対に、一緒にいることを望むと思います。そうして生きて行く。

 それがわたしの物語……いいえ、わたしとイエイヌちゃんの物語です。明日も、明後日も、その先もずっと、ずっと続いていく。そう思います。いいえ、そう信じています。

 

 

 

――――――

――――

――

 夜闇に沈んだ森をアムールトラは歩いていた。木々の隙間から、星の光が差し込む。空は黒い天幕に穴を開けた様に鈍色の輝きを満たしている。

 彼女はともえからクッキーを受け取り、縄張りに隠した後、日課の夜の見回りと散歩の為に縄張りから再び離れていた。そんな自らに課した任務の最中、彼女は立ち止まり、空を見上げる。周囲には誰もおらず、ただただ木々と岩とが乱雑に散らばるばかりであった。

「……良い夜だ」

 アムールトラはぼそりと呟く。誰に聞いてもらうでも無い独り言だったが、以前までの彼女であれば無駄だと断じていただろう。彼女は無駄を嫌い、効率を求める性格では無かったが、独り言を漏らすということは自らの気配を周囲に振りまくのと同じであると考えていた。

「ふん」

 喜びと呆れの混じった独り言を、つい、呟く。

 彼女の性格は甘くなった。それはあるいは油断だと取れるかもしれない。けれど、彼女自身はそんな変化を疎ましくすら思っていなかった。ともえやイエイヌとの交流に端を発して、彼女の交友関係はいくらか広くなった。以前までならばゴリラと、必要に応じてコヨーテと話すくらいだったが、ともえのお見舞いの際に出会ったドードーのお陰か、ゆっくりとではあるが、他のフレンズと話す機会が増えていった。

 月に雲が重なり、辺りが瞬時に暗くなる。アムールトラは、興ざめしたと言わんばかりに、視線を空から前に戻した。

 その時、唐突に後ろから声が聞こえる。

「ね、綺麗な空だよねー」

 一切の気配を感じさせなかったその声に、アムールトラは振替り、構える。攻撃の意思を感じさせなかったのは確かだが、未知の気配に変わりはなく、そして、同時に、アムールトラの警戒をさえすり抜けていた事の異様さに、彼女は瞬時に気付いていた。

「……誰だ?」

 くすくすと笑いを我慢できないような、茶化すような声色だった。

「やだなぁ、怖いよぉー」

 警戒を解かずにアムールトラは陰を見つめ続ける。声の出どころは岩の上で、何かが腰掛けているということだけが、暗闇の中、おぼろげに掴めた事実だった。

 雲が流れ、月光が再び辺りを照らす。暗がりから現れたのは、青空だった。

 夜闇にぽっかりと穴が開いているような、青色。銀色の月光を受けて尚、強い、吸い込まれるような青空。その青空の上に、サファリハットがひとつ被さっていた。ハットには羽根が飾られていないものの、デザインとしてはともえの物に似通っていた。

 じっと構えて観察している内にアムールトラは気付いた。目の前のそれがフレンズかヒトかはわからないにせよ、自分たちと同じ形をしている存在であり、ソレが自分に背中を向けて、岩の上に腰掛けているのだということ。

「ねぇ、襲ったりしないよ? 安心してったらぁ」

 違和感を覚えんばかりの鼻にかかった声ではあったが、敵意は感じられない。そう考えたアムールトラは姿勢を崩す。しかし、アムールトラは神経を張り詰めたままだった。それは、その青い存在が攻撃をしてこようものならば回避し、反撃できるようにするため。

「……お前は誰だ、と言っている」

 ソレはアムールトラが姿勢を崩したことを知ってか、ゆっくりとアムールトラの方を向く。

 ソレは少女だった。長い髪の毛をふたつのお下げにしていて、前髪は左目を隠すように垂らされていた。異様なのはその髪色。透き通るような青空の色。また、しっかりとアムールトラを見据えるソレの右目はぽっかりと穴が空いたような、宝石のように真っ青な――けれど光は決して通さない――ものだった。彼女が身にまとうセーラー服の様な衣装は藍の差し色が鮮やかであることや、小さな体躯にはやや大きいサイズであったが為に可愛らしくさえあったが、アムールトラからしてみれば彼女の姿はフレンズでは無いという事を証明する事実以外の何物でもなかった。

 彼女は黒い手袋を嵌めた手を顎にあて、考え込む。

「んー誰……誰ねぇー……んー」

 彼女は視線だけを動かして、下を見る。

「何だ、名前がわからないのか?」

 アムールトラは警戒を完全に解いていた。眼の前に居る存在は未知であることも、敵か味方かさえ不明であることも理解していたが、力に於いては完全に御せるという判断のためであった。

「あっ、そうだ!」

 彼女は、そう言って手をぱちんと大仰に叩く。まるで何かに気付いたかのようだった。

「私はねぇ、るり。そう、るりって言うの。よろしくね、アムールトラちゃん」

 茶化すような、戯けるような、そんな声色だった。


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