わたし達は休憩所のベンチに腰掛けて、のんびりとした空気を満喫していました。
フリーシアンさんは丁寧に包みを開き、クッキーの香りを楽しむように鼻を近づけます。
「……甘い匂い……ジャパリまんとは違うけど……うん、いい香り」
香り自体を味わっているかのようにおっとりとした仕草には、〝牧場らしさ〟と言えるような雰囲気を感じます。
「ささ、どうぞどうぞ」
イエイヌちゃんが勧めると、フリーシアンさんはクッキーをひとつつまみ、口に近づけます。そして、さくりとフリーシアンさんがクッキーを食む音が響きました。幾度かの咀嚼を終え、こくりと飲み込んだ彼女は頬をほころばせて声をあげます。
「……んーっ!」
楽しいのか、それとも興奮しているのか、彼女の尻尾が小さく揺れているのが視界に入りました。ちりんちりんと楽しげな鈴の音が心地よく響きました。
「どうですか?」
わたしが尋ねると、フリーシアンさんは笑みを浮かべたままわたしに顔を向けます。
「美味しい……今までで一番かも、です」
わたしは思わず笑みを浮かべてしまいましたが、それはイエイヌちゃんも同じだったようです。彼女も満面の笑みでわたしの手をきゅっと握りました。わたしもイエイヌちゃんも、知らず「良かったぁ」と小さく呟いていました。
フリーシアンさんが手をぱちんと叩きます。
「あ、そうです! お礼にミルク用意しますねぇ」
「い、いえ、お構いなく……」
イエイヌちゃんの言葉を聞きながら、わたしは辺りの建物を伺います。決して長距離の移動では無いにしても、わざわざご足労願うというのも失礼です。
「手間も時間もおかけしてしまいますし――」
「いえ! すぐですから! ちょっと眼をつむっててくださいねー」
彼女はわたし達の言葉を気にせず、ほらほらと両手を促すように動かします。
「す、すぐ……?」
わたしは疑問に思いながらも眼を閉じます。イエイヌちゃんもきっとわたしに倣ったのでしょう。少ししてから「うんしょ」とフリーシアンさんが小さく声を出しました。
「はーい、大丈夫ですよぉー」
それこそ先程の掛け声から殆ど一瞬。数秒の間さえ置かずに放たれた言葉に、どうしても困惑の思いを抱いてしまいます。
「ど、どういうことで……す……って――」
フリーシアンさんは両手に瓶を持ってわたし達に差し出していました。
「すぐって言ったじゃないですかぁ、うふふ」
どこか満足げな顔でしたけれど、手品や魔法の類のように思えてしまいます。
「ど、どこから出したんですか……? ニオイも急に……」
イエイヌちゃんが周囲を不思議そうに見回していました。そんな様子を見ているフリーシアンさんはぴくりと身体を跳ねさせて視線を逸します。
「ど、どこからって、も、もう……やーですよぉーまったくぅ」
わたし達の頭上には「?」のマークが浮かんでいたでしょう。恐らく、誰が見てもそれを理解できた筈です。
「――と、ともかく! どうぞ、飲んでください」
ほらほらとやっぱり手を動かしながらフリーシアンさんはわたし達を見つめます。
「で、では――いただきます……!」
わたしもイエイヌちゃんも不思議と揃って動き、ひと口含みます。少しだけひんやりとした液体が舌に触れ、仄かな甘味と独特の香りが広がります。とろりとさえしているかのような感覚を嚥下すると、お腹の方へと冷感が下っていき、収まりました。
「……! 美味しいですぅー!」
イエイヌちゃんがはたはたと尻尾を揺らしてフリーシアンさんに微笑みかけました。
「うまく言葉に出来ないんですけど……何というか、新鮮……? ともかく美味しいです!」
フリーシアンさんはわたし達の言葉に嬉しそうに頬を綻ばせ「うふふー」と満足そうに声を漏らします。
「よかったぁー……苦手な方も居るって以前聞いたことありましたので、お口にあうようで嬉しいです!」
わたしは口の中に残る味と香りを堪能しながらも、ふと気づいたことがありましたのでそっとイエイヌちゃんに顔を寄せます。
「イエイヌちゃん、じっとしててくださいね」
「へ? は、はい」
きょとんとした彼女を尻目に、わたしはそっと親指で彼女の上唇をなでます。指には白い跡が残って、わたしはそれをズボンの裾で拭います。
「おひげ、ついてますよ」
「し、失礼しました……」
わたしの言葉に、イエイヌちゃんは慌てた様子で口の周りを拭いました。わたしもフリーシアンさんも思わず微笑を浮かべてしまいます。
一拍程の間をおいて、フリーシアンさんがわたし達に訪ねます。
「ところで、くっきー、でしたっけ? どういう風に作るのか教えてもらってもいいですか?」
「えぇ、構いませんよ。えぇっと、まずは――」
わたしは必要な材料や調理の手順、ようするにレシピを思い出しながらフリーシアンさんにお伝えします。イエイヌちゃんはフリーシアンさんと一緒に相槌を打ったり、わたしの説明に補足をしてくれたりという具合です。
わたしの言葉とフレンズさん達の言葉は意味がズレてしまうことがありがちです。例えば〝ごはん〟という言葉ひとつとっても、彼女たちにとってはジャパリまん以外に指すものは多くないでしょう。けれども、わたしからすればその言葉の持つ意味合いは比べようもなく広いはずです。むろん、知識をひけらかすつもりはありませんし、彼女たちを馬鹿にするつもりもありません。ともかく、イエイヌちゃんが言葉を補ってくれるというのは非常にありがたいことです。わたしと、他の方々をつなげてくれるというと、ちょっと大げさですかね……?
「――と、こんな感じです」
フリーシアンさんはふんふんと頷きながら考え込んでいます。
「あの、私からも質問良いですか……?」
イエイヌちゃんがフリーシアンさんに尋ねます。はっと少しだけ身体をぴくりとさせて、彼女はゆっくりと頷きました。
「えぇ、なんでしょう? ……あ、ミルクについては秘密ですよ?」
イエイヌちゃんは苦笑いを浮かべながらも口を開きます。
「あはは……わかりました。……えっと、クッキーのことが気になるのはわかるんですけれども、どうして作り方を……?」
「そういえば……。もし良ければわたし達のお家に来て、一緒に作りますか? 機会があれば、ですけれど……」
今までお譲りしてきた方からは、感想をいただけた他にも色々聞かれましたが、コレほどまでに詳細に作り方を尋ねられたことはありません。
フリーシアンさんは視線をわたしからちらりと外しました。
「んっとですね、興味がありそうな子が居て……ジャージーちゃんって――」
「呼んだかね」
不意にわたし達の後ろから声がかけられました。
「ひゃっ!」
わたしは驚きで身体を跳ねさせてしまいましたが、イエイヌちゃんはぺこりと会釈を返し、フリーシアンさんは胸元で小さく手を振っています。
振り返るとそこには腕を組んで立っているフレンズさんがいました。
彼女は肩まで伸びたベージュの髪の毛で、もみあげは小さな赤いリボンで纏めています。頭の横側に近いところからは垂れた大きなお耳。やや釣り眼気味の半目には好奇心が見え隠れしているように思われました。また、彼女は白衣に似た丈の長い上着を一枚羽織って居ますが、少しばかりベージュの色が混じった所もあります。羽織りの下には紺色のベストに赤色のスカート。スカートの裾には白いフリルがあり、スカートから伸びる足は膝上まであるソックスを履いています。真っ黒なローファーの背後には髪の毛と同じ色をした尻尾がゆらゆらとしています。尻尾の先にはフリーシアンさんと同じような赤いリボンが結われていました。
「やあ、フリーシアン。それと……イエイヌとともえ、だったね、よろしく。私がジャージーだよ」
「こちらこそよろしくおねがいします、ジャージーさん」
イエイヌちゃんが座ったままの姿勢でお辞儀をしました。そして彼女はそのままわたしの方を手で示しました。
「で、こちらがともえちゃんです」
「失礼しました、気づかなくって……よろしくおねがいします、ともえです」
挨拶を済ませると、ジャージーさんはフリーシアンさんの隣に腰掛けました。フリーシアンさんは既にスペースを作るために少しばかり横にズレていたようです。……そのお二人のやり取りだけで彼女たちの間柄が何となく察せられます。仲良しさん、なのでしょう。
ジャージーさんは「ふぅ」と小さく息をついてからわたし達を見つめます。その瞳は新しい世界に触れたとき特有の煌めきのようなものを伴っていました。
「それでだね!」
彼女は前のめりになりながら言葉を続けます。
「私にも詳しく教えてくれないかな? りょーりというのは興味があるよ」
「と言いましても……他に作れそうなものは――」
わたしが腕を組んで考えていると、フリーシアンさんの言葉がちらりと耳に入ります。
「まったく、困ってるじゃないですか」
「いやいや、知識を増やしたいのは当然だろう?」
イエイヌちゃんも乾いた笑い声を漏らしていますが……。
さて、他に何か作れるものでもあるのでしょうか? そもそものことを言ってしまえば、火がここではない以上、なかなか難しいお話です。材料だって圧倒的に不足していますし……
「ごめんなさい、ジャージーさん――」
その後、わたしは彼女に無理だと判断した理由をお伝えしたのですが……彼女の表情はみるみる内に残念そうな渋いものになっていきます。
「――というわけで、ちょっと難しいかな、と……。わたしにもうちょっと知識があればよかったんですけれども……すみません……」
ジャージーさんは首を振り、口を開きました。
「いやいや、ともえの所為じゃ無いよ。教えてくれてありがとう」
フリーシアンさんはジャージーさん咎めるかのように、肩を小さくすくめました。
「そうですよ、ジャージーちゃんが知りたがりなのが悪いんです」
「い、いえ、それは悪いことなんかじゃ……」
わたしの言葉にイエイヌちゃんがぱちんと手を叩きます。
「でしたら、皆さんで図書館に行く、というのはどうでしょう?」
イエイヌちゃんの提案にジャージーさんは「ほほぅ」と楽しげに呟き、フリーシアンさんは申し訳無さそうな顔を浮かべます。
「なるほど、確かにそうですね……小麦粉と牛乳を使った料理なら……時期を選べば作れそうですし……となれば、おふたりにも協力してもらったほうが良いですし……その時はご一緒してもらえますか?」
わたしがそう言うと、ジャージーさんが嬉しそうな表情を浮かべながらわたしの手を握ります。
「そうか! いいね、その時が楽しみだ。こちらこそよろしく頼むよ」
そう言うと、次に彼女はイエイヌちゃんの手を握ります。
そしてきゅっと強めに握って、手を離した彼女を見て、わたしは口を開きました。
「いえいえ、お役に立てるなら、ですよ。……となると――」
その後、わたし達は具体的な連絡方法や、目安の時期などについて話を進め始めます。そのお話が終われば旅の話をしたり、この辺りのことについてお話をしたり……ゆるやかに時間は過ぎていきました。
気付けばもう時間は夕方。
掴めそうなくらい近かった空は燃えるような茜色に染まり、手を伸ばせば自分の手が燃えてしまうのでは無いかと、どこか躊躇われてしまうくらいです。時折、吹く心地よいひんやりとした風が、緑色の匂いで鼻をくすぐって来て……思わず浸ってしまう程。茜の中に在って、緑色の風というのも不思議な話です。
それに、梢の揺れる音もどこか違うのでしょう、お家の周りで聞こえる風の音は絵画で例えるならば背景や陰の色、主線を際立たせる為のもの、けれど、自らの存在を主張する音。そんな印象です。
一方、こちらで聞こえる音はと言えば、さらさらとか細げで、けれども耳を傾ければしっかりと聞こえるものでした。先程の例で言うならば、陰や主線にはならないくらいのか細い存在感なのに、存在に気付けばアクセントとして胸にすとんと落ちてくるような、差し色みたいな印象です。……この比喩が伝わるのかどうかはわかりませんし、わたしの感覚に自身があるワケでもないのですけれど、そう思えました。
フリーシアンさんが立ち上がりながら言います。
「さて、お話はコレくらいにしましょうか」
「っと、もう夕方かね。時間が経つのは早いねぇ、本当に……」
どこかしみじみとした雰囲気を纏いながらジャージーさんは言葉を続けます。
「ともえとイエイヌはどうするんだね? 私達は日が沈んだら寝るけれど……アテはあるかい?」
わたしもイエイヌちゃんも、ジャージーさんの言葉に顔を見合わせます。
「そういえば……どうしましょう、ともえちゃん」
「完全に忘れてましたねぇ……荷台に寝ます? 寝心地悪いかもですけど……」
悩むわたし達に、フリーシアンさんが手をぱちんと合わせて、言います。
「それならいいところあるんですよ、最近使ってないんですけれど……とりあえず行ってみます?」
「ん? 眠れるような所あったか……? あー、あそこか……」
ジャージーさんの言葉に少しだけ先行きの不安さを感じましたけれども、他にアテもないわたし達です。イエイヌちゃんの顔を伺うと、不思議そうに眉間にシワを寄せてわたしの目を見つめ返してくれました。暗にわたしに従うのだと主張しているように受け取れますが、なんとも言えませんねぇ……。
「えぇっと……折角ですので、案内していただけますか?」
フリーシアンさんは「ええ」と微笑み、立ち上がったのでした。
牧草のふわふわとした心地を楽しみながら、フリーシアンさんの後に続きます。
「この先の……えっと、あそこです」
彼女の指差す先には何棟かのログハウスがありました。見た所、広さとしてはわたし達のお家と比べると同程度か少し広いくらいです。
「中、入れるんですね」
利用された痕跡、とでも言えば良いのでしょうか? ログハウスのどれもがそういった痕跡を残していないことに気付いたのか、イエイヌちゃんが聞き返しました。フリーシアンさんは頷いて、イエイヌちゃんに返事をします。
「この前……と言っても結構前ですけど、急に寒くなった時あったじゃないですか、下の方で雪が降ったてた日」
おそらくは、わたしが施設に眠りに行った日の辺りを指すのでしょう。わたしもイエイヌちゃんも返事をして話を促します。
昔を思い出すかのように腕を組んでジャージーさんが言葉を引き継ぎます。
「あの時は私もフリーシアンも冬の用意してなくてなぁ。で、あの中で過ごしたんだ」
フリーシアンさんは「寒かったよねぇ」と身体を縮こまらせてぼやきました。ジャージーさんは小さく首肯します。
「一応、見ての通り私達はやり過ごせたがね」
……あの時の異常気象の原因とその解決方法。それを他のフレンズさんには話したことがありません。知っているのはイエイヌちゃんとドードーさんとゴリラさんくらいでしょうか? もしかしたら察しているフレンズさんもいるかもしれませんが……。
少しだけ間を置いて、イエイヌちゃんが口を開きました。
「なるほど……こっちの方だと寒そうですもんね……」
「そうなのよ! 雪だって降るし、風も冷たいし……もー大変でしたよぉ……」
フリーシアンさんはそう言って、わたし達から一番近くのログハウスの扉に手をかけました。
「うん、開いてますね」
がちゃりと彼女は扉を開いたのですが……扉を開いた先を見て数秒ほど固まり、大きな声をあげます。
「……あーっ!」
「すわ! どうした! ……そうかぁ……そうなるのかぁ……」
ジャージーさんが慌てた様子でフリーシアンさんに駆け寄ります。が、彼女も中を覗き込んで数秒固まり、振り返ります。
「……すまん」
わたし達は事態を飲み込めず、ふたりして首をかしげたのでした。
困惑を胸に歩みを進め、フリーシアンさんとジャージーさんの背中越しに部屋の中を覗き込みます。
「……なるほど」
わたしの言葉にイエイヌちゃんも思わずぼやきます。ただ、わたしと違って少し楽しげな声でした。
「もっふもふ……ですねぇ……」
フリーシアンさんとジャージーさんの乾いた笑い声が耳に届きました。
部屋のおよそ半分ほどを占めていたのは、もふもふとした白い毛玉でした。〝最近使われていない〟という言葉が意味するように、中は少しばかり埃っぽくもありましたが、汚れに意識が向くよりも遥かに存在感のある白い毛玉……。柔らかそうですし、中に入れないというほどでも無いのですが……。
「えっとですねぇ……そのぅ――」
フリーシアンさんは申し訳無さそうな顔をして、わたし達にお話をしてくれました。
要約するとこうです。
雪の降った日に寒いからということでこのログハウスに集まった。その折、一緒に避難したヒツジさん、アルパカさんと一緒に過ごしたのだそうです。その晩、みな口々に言ったのだそうです。「寒い」「毛があったかそう」「ずっと残ればいいのに」「次の冬はあったかいだろうね」と。
異常気象はすぐに終わりましたが、今年の冬が終わった時(恐らくわたしが目覚める前後でしょう)に刈られた毛を「残っていれば良いな」ということでこのログハウスに残しておいたのだそうです。ヒツジさんとアルパカさんだけでなく、他の生え変わりをするフレンズさんのものもあったようで、その量は見ての通り……。
フリーシアンさんはぱちんと両手を合わせ、わたし達に謝罪します。
「普段は消えちゃうので忘れちゃってたんです……」
それはそれで不思議なんですけどね? とは口にしません。
「いえ、ふわふわで気持ちよさそうなくらいですし、ねぇ? イエイヌちゃん」
「はい! ジャンプしていいですか!?」
ニコニコとしながらイエイヌちゃんは尋ねますけれども……
「流石にそれはどうなんでしょう?」
ジャージーさんは困ったように首をかしげて考え込み、その後わたし達の方を伺います。
「んー……邪魔になって申し訳ないんだが……大丈夫そうか? 捨てるには惜しいし、かと言って他に置き場も無いんだ」
「大丈夫ですよ。先程も言いましたけれど、むしろ気持ちよさそうなくらいですから」
わたしの言葉にイエイヌちゃんも頷きます。
「後は……そうですね、水場とジャパリまんを配ってる場所を教えていただければ大丈夫です。これでも野宿だってしてますから、へーきです」
「そうか……狭くなるが、すまん」
「私もすっかり忘れちゃってました……すみません……」
おふたりともしゅんとしています。
「いえいえ、気にしすぎですって。わたし達だって泊まるつもりではいましたけれど、無計画過ぎましたから……」
「そうですそうです! それに、えへへ、ふはふはしてて気持ちよさそうとか思っちゃったり……」
フリーシアンさんが「ふふっ」と小さく笑い声を漏らします。
「それは保証しますよー。ね、ジャージーちゃん」
ジャージーさんはフリーシアンさんの言葉にうんむと頷きます。
「私達もアレくらいもこもこになりたいくらいだね。冬が楽そうだ」
ちらりとイエイヌちゃんの視線を伺います。彼女は微笑みを浮かべていますけれども、よく考えたら夏場は大変そうな格好です。
「……夏場大変そうですよ……? イエイヌちゃんだって麓でしんどそうにしてましたし」
「ですです」
イエイヌちゃんの言葉に、ジャージーさんは「そうかぁ」と残念なのか楽しんでいるのか、定かでは無い言葉を漏らしましたけれど、すぐに気を取り直します。
「――よっし、寝る場所が決まったということで……後は水場とジャパリまんだったか、案内しよう」
わたし達は「お願いします」と揃って声を出したのでした。
その後はおふたりの後に続いて案内をしてもらいました。水場もジャパリまんの配布場所もさほど離れたところには無く、しばらくの逗留であれば何の不自由もなさそうです。再びログハウスの前に案内してもらう頃には既に陽は沈みかけていました。
「じゃあ、また明日かな、ふあ……ぁ」
ジャージーさんに釣られたのか、フリーシアンさんはあくびを噛み殺すようにしました。
「……ですねぇ、あ、そうです、おふたりは明日の予定とかあるんですか?」
「んー……特には決まってないですね。クッキーをお渡しするのがそもそもの目的でしたし」
イエイヌちゃんの方を伺うと彼女も同じことを考えていたのか、わたしの顔を見つめ返して頷きます。
「あ、でも絵は描きたいですかね……折角ですし。後は散歩したりとか……?」
「ともえちゃんともえちゃん」
「どうかしました?」
聞き返すと、イエイヌちゃんは少しだけ悩んだ素振りをしましたが、口を開きます。
「その……走ったりとかしたい、です……大丈夫ですか……?」
わたしは思わず、うふふと微笑み返してしまいます。
「勿論ですとも」
イエイヌちゃんは「やっほう」とバンザイします。どうしても微笑んでしまいますよねぇ。
「と、言う感じです」
フリーシアンさんはくすりと笑みを漏らしました。
「本当に仲が良いんですねぇ。良ければ色々とご案内でもと思いまして。ジャージーちゃんも一緒に、ですよ?」
最後の方はジャージーさんに視線を向けて言っていました。それを受けたジャージーさんは「もちろん」と言わんばかりにゆっくりと頷きます。
おふたりの提案はなんともありがたいお話です。知らない所を探索するというのは楽しいことですけれども、言い方を変えると『当て所無く彷徨う』ということで……なかなかに大変なことですからね。
「ありがとうございます! でしたらお言葉に甘えて……時間はどうしましょう?」
わたしの言葉に、フリーシアンさんは頬に手をあてて、しばらく考え込んだ様子を見せました。
「えぇっと、いつでも大丈夫ですが……そうですね、お昼前で良いですか? 私もジャージーちゃんもご飯はゆっくりなので遅くなっちゃいますし……」
「わかりました! イエイヌちゃんも大丈夫ですか?」
「はい! フリーシアンさんもジャージーさんも、ありがとうございます!」
フリーシアンさんは「いえいえ」と言って、腕を組んで考え込みます。
「となると……どこへ行きましょう? 案あります? ジャージーちゃん」
急に話題を振られたからか、ジャージーさんは些か驚いてしまったようです。
「ん? 私に聞くのか……? ふーむ、むむ……」
とは言え、彼女達にとってはもう眠い時間なのでしょう。おふたりとも揃ってふあぁと大あくびを漏らします。
「すみませ……ふぁ……ん……今日はこの辺りで失礼します、おやすみなさい、ともえさん、イエイヌさん」
「すまんね、ふたりとも。明日はよろしく頼むよ。どこに案内するかは考えておく。じゃ」
わたしとイエイヌちゃんはナワバリに戻っていくフリーシアンさんとジャージーさんの背中に手を振って見送ったのでした。