けものフレンズR ”わたし”の物語   作:むかいまや

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なんでナンバリングしちゃったんだろう……


後日談4-3

 おふたりと別れてから、時間は経って夜。遠くから虫の声が聞こえて穏やかでのんびりとした牧場の夜というのも今まで過ごしてきた世界とは異なった趣を感じます。それに、外から差す月光がログハウスをぼんやり照らしていて、なんとも幻想的な光景です。

 風の音は聞こえないのですが、ずっと上空では風が強いようでぐんぐんと雲が流れています。ですから、ログハウスに差し込む光がゆっくりと辺りを明滅させているかのようで、その為にますます情緒的な空気を強まっているのだと思われました。

「……眠れない」

 ぼそりと呟いたわたしの言葉は、頭の隣に積まれた羊毛に吸い込まれていきます。

「……」

 視線を隣に向けると、寝袋の中にすっぽりと収まったイエイヌちゃんがすうすうと眠っている顔が見えました。月光の残滓に照らされた彼女の顔は穏やかそのものです。イエイヌちゃんの熟睡の理由は、もしかしたら脇に寄せておいた〝ふわふわ〟に頭を乗せているからかもしれません。わたしはなんだか申し訳なくて頭を床にあてています。勿論寝袋越しに、ですが。

「……はぁ」

 何というか、寝床が変わって眠れないなんてことは無いはずなんですけれども……旅だってしてきましたから。

「仕方ない、ですかねぇ……」

 一旦外に散歩にでも行きましょうか。

 わたしはそう考え、音を立てないようにそっと寝袋から身体を出し、外へを向かいました。

 

 外に出ると、ひんやりとした夜の空気がわたしを迎えます。

「んー……っ!」

 伸びをすると、こわばった身体に冷えた空気が染み込むように感じられました。

「さて、と」

 ぐるりと周囲を見渡すと、夜の帳が降りたという言葉の通り真っ暗です。けれども、ささやかな月光に照らされた牧草や建物の壁は冷たくも柔らかな光を放っていました。

「知らないところに行くのは、うん、迷子になりそうですし……」

 誰に言うでもなく呟いて、わたしは昼間に居た休憩所を目指して歩みを進めます。ついでに、ランタンにも光を点けておきましょう。星や月の光があると言えども夜は夜。気をつけませんと。

 昼間と変わらないふわふわとした牧草を踏みしめて進むと、さほどの時間もかからず休憩所へと到着しました。ベンチに腰掛けると、じんわりと木材の冷気がお尻から登ってくるようでした。

 視線を麓の方へと向けると、真っ暗なベールで隠されたかのように闇だけが広がっていました。ですが、ところどころに光点があるのは、まだ通電している街灯やバス停の光でしょう。

 そして、視線を遠く遠くへと動かしていくと、きらきらと輝く海面が見えます。海も砂浜も、ずっと遠くですからさざなみの音も聞こえませんし、砂浜を歩く時のぎゅっという音もわかるはずもありません。けれど、きらめく海面を眺めているとそれだけであの場所の音や空気が頭に過ります。

「――でも、うん……懐かしい……」

 考えてみれば、旅の最初の目的地だったワケですから、大事な思い出の場所でもあるのです。お父さんの描いた絵を見て、わたしが絵を描きたくなって、そんな過去からの思いが伝わった場所でもあるのです。不思議としんみりした気持ちになった私の胸に「また海へ」という思いがどうしても過ぎってしまった程です。

 ここから見た景色を描くのも、良いのかもしれません。だって、旅路の半分を――と思っている内に月が雲に隠れ、途端に辺りに陰が訪れます。周囲の景色が一面に暗くなり、些かの驚きの思いを抱いていました。

 が、不意にわたしは声をかけられました。

「こーんばーんわっ」

 気配さえ感じなかったのに、あまりにも唐突でわたしは身体をぴくりと跳ねさせてしまいました。

「ひゃっ!」

 声の主はくすりと笑ってわたしの隣に腰掛けます。わたしと彼女の間に、ひとり分の余裕を開けてあるのが、彼女の遠慮の気持ちなのか、それとも警戒の現れなのか判断に困ってしまいます。

「あはっ、ごめんねぇー」

 鼻にかかった、甘い声に少しばかり間延びした言葉……一瞬だけドードーさんの事を思い出しましたが、けれど、まったく聞き覚えの無い声です。

「……どなたですか……?」

 パークの中である以上、邪悪な存在だと疑ったワケではありません。多少の疑問の思いこそありますが、それ以上に相手に対する好奇心のほうが勝っているくらいです。脇に置いておいたランタンの光を声の主の方へと向けると、暗がりの中に声の主の姿が浮かび上がります。

 はっと息をのむほどの、綺麗な青い髪。青空色の髪。瑠璃色の髪。満面の笑みを讃えた幼さが強く残る少女の顔。垂れ目から伸びる視線はわたしの方へと注がれています。好奇心というよりも、きっと情愛や親愛の思いが多分に込められているのでしょう。一切の警戒の色を含まないことは、わたしにさえわかりました。

「あーそっかそっかぁ、はじめましてだったねー……あたしはるり、よろしくね、ともえちゃんっ!」

 何というか、距離が近すぎる……気が……? けれど悪い子ではないのかな、と感じました。

「え、えぇ……よろしくおねがいします。というか、初めて、ですよね? どうして名前を――」

 わたしが尋ねると、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべます。

「んふふーイエイヌちゃんとお話したのは知ってるでしょ? あの時にねー」

「なるほど……びっくりしちゃいましたよ、急で」

「ごめんねぇっ。えへへ、ともえちゃんとお話出来て嬉しくて、つい」

 そこまで言われて悪い気はしませんけれども、なんだか不思議な子です。

「そんなに嬉しいですか? 別にお昼にだってお話は出来ましたよ?」

 彼女は腕を組んで悩むような表情を浮かべます。

「んー色々と忙しいのよ? あたしも。うんうん」

「は、はぁ……そうですか……」

 何というか会話が噛み合っていない気がしてしまいます。

 言葉に詰まったわたしに、るりさんが尋ねました。

「眠れなかったの?」

 心配そうな表情。この短時間の間に彼女は表情がころころと変わります。少しオーバーアクションなきらいもあるのは、可愛らしくもありますが、あざとさのようなものも感じてしまいます。

「えぇ、久しぶりに遠出して興奮しちゃってるんですよ、きっと」

 自虐めいた呟きに、彼女は小さく笑います。

「あはは、なんだかわかるなぁ」

「るりさんも旅を?」

 わたしが聞き返すと、彼女はむっとした表情になりました。

「る、り、ちゃ、ん!」

「は、はぁ……るり、ちゃんも――」

 途端にるりさんも表情をにこやかなものに戻します。

「――旅に出たことがあるんですか?」

「ううん。行ったことがあるだけだよー」

 彼女はベンチに腰掛けた所為で浮いた足をぱたぱたと前後に揺らします。

「サバンナも行ったしぃ、草原も行ったしぃ……山とか、湖とか! 色々行ったよぉー」

 ……えっへんと言わんばかりに腰に手を当てる彼女でした。

 わたしよりもずっと幼い姿をしていますけれども、ドードーさんのように、わたしよりも年上さんなのでしょう。

「……! わたしよりもベテランさんなんじゃ……?」

 わたしの言葉に彼女は首を振ります。

「それはね、違うよ」

 彼女の声色が変わった気がしました。

「旅じゃないよ、あたしのは。行っただけ。わかるかな、わからないかな、どっちでもいいけど」

 彼女の顔からは表情が消えていました。けれどわたしの目をじっと見つめています。わたしには、それがわたしの何かを伺っているように見えました。

「……旅と移動の違い、みたいなことですよね?」

「うん、まぁ、そうなのかな」

 彼女はすうっと息を吸って、吐き出します。その瞬間にはもう、彼女の視線は海の方へと向いていました。

「旅っていうのは、気持ちが繋がったり、何かを手に入れたり、前に進んだり、そういうことをして初めて旅だと思うんだ。あたし。だから、何も無いあたしがしたのは、移動。どう取り繕ってもそれ以上のものじゃない」

 彼女の様子があまりにも急変したので、心配に思ったわたしは、彼女の背中に手を伸ばします。

「だ、大丈夫、ですか……?」

 はっと彼女はわたしの方へ向き直ります。

「! さ、さわら――」

 彼女が言葉を言い切るよりも先に、わたしの手は彼女の背中に触れていました。触れた途端、彼女はびくりと身体を跳ねさせます。そして、不安とも焦りとも取れない表情をわたしに見せます。そんな顔を見せられて、一層わたしには彼女の気持ちが心配になります。何か、思いつめたような、困りきったような、そんな顔ですもの、手助けになれば、そう思ってしまいます。

「だいじょーぶですよ、落ち着いてください」

 彼女の中で、何かが燻っている。それをぼんやりと感じました。

 彼女の背中をひとつ撫で、ふたつ撫で、そうしている内に彼女の表情は困惑の色を残したままでしたが、徐々に明るいものへと変わっていきました。ほのかに温かくわたしやイエイヌちゃんよりもずっと小さな背中を撫でていると、次第に彼女の気持ちも落ち着いて来たようです。

「何か困ったことでもあるなら、相談してください? 力になれるかはわかりませんけど……辛そうにしてる方をただ見てるっていうのは、わたし、嫌ですから」

 彼女はわたしの眼をじっと見つめて、口を少しだけ震わせましたが、すぐに首を振って立ち上がりました。それこそぴょんと飛び跳ねるかのように大げさに。

「……ごめんね、心配させちゃって……。ぃよっし!」

 るりさんは自分の頬をぺちぺちと数度軽く叩きます。

「もうだいじょーぶ! えへへ」

「本当に大丈夫ですか……? 無理はしちゃダメですよ?」

 彼女は「んふふー」と満面の笑みを浮かべます。

「へーきへーきぃ。あ、そうだ! ともえちゃん!」

 彼女はわたしの前に歩きます。

 座ったままのわたしの視線よりも少し上にある彼女の瞳を、わたしは見返します。

「なんでしょう?」

 彼女は少しだけ悩んだのでしょう、一瞬だけ視線をわたしから外しましたが、すぐにわたしの顔に視線を戻します。

「あのねぇ、えへへ、しつれーだったら、ごめんねぇ……その、ね……握手、したいな……」

 彼女はわたしに手を差し出して、そう言いました。

「それくらい、全然」

 わたしは立ち上がって彼女に手を差し出します。

 彼女はゆっくりとまるで怯えているかのように、まるで触れることを恐れているかのように、ゆっくりと手を伸ばして――

「! ごめんね! また今度!」

 さっと手を引き戻して、彼女はだぁっと駆け出してしまいました。

「へ? えっと……」

 みるみる内に彼女の背中は小さくなっていきます。

「き、気をつけてくださいねー!」

 そう声をかけるので精一杯でした。彼女は後ろ手で大きく手を振って応じてくれましたが……。

 ぽかんとしながら彼女の背中を見つめていると、あという間にに彼女の姿は森の中へとかき消えます。

「不思議な子……」

 そう呟いた頃に、るりさんの消えた方向と反対の方から、ラッキービーストさんがとてとてと歩いてきていました。

「ともえ、モウオソイヨ」

 わたしとイエイヌちゃんを案内してくれた方では無いでしょうけれど、わたしを案じる言葉にどこかありがたさを抱きます。

「はい、もう寝ようと思います……。巡回ですか……? お疲れさまです、ラッキービーストさん」

 彼はお辞儀をするように小さく身体を揺らして、別の方向へと歩いていきました。

「――ん、ふ、ゎあ……戻りましょ……」

 俄に覚え始めた眠気のせいで、帰りの道のりは往路にもましてふわふわとした心地でした。

 

 ログハウスに戻ったわたしは、すぐに寝袋に潜り込んで瞳を閉じました。すぐにでも眠れそうな、そんな感覚の中でちょっとした疑問が頭を過ります。

 

 フレンズの皆さんは、理由はともかく、自分の種としての名前と個としての名前が同じです。例えば、それこそ〝イエイヌちゃん〟のように……。そして、今まで出会った方の中で、個としての『名前』を持つ方はいらっしゃいませんでした。恐らく今のパークの中では〝わたし〟くらいなのではとさえ思っていました。

 では、るりさんは? フレンズ……? にしては『名前』があるという違和感を覚えてしまいます。彼女が『名前』をもらったフレンズさんなのだとしたら、珍しいかもしれませんが納得出来ます。けれど、皆さんの話では身体に何らかの特徴があるのがフレンズさんです。耳や尻尾、羽、服装……では、るりさんは……? 髪の色……わたしみたいにサンドスターの影響で身体に変化が……? ヒト? フレンズ? どちらなんでしょう……?

 そんな思考は重くなった瞼に、身体に、押しつぶされて無くなります。

 

 彼女が何であれ、仲良くなることは出来ますから。今度お会いした時に直接聞けば良いのです。

 確信めいた思いを抱いて、わたしは眠りにつきました。

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