けものフレンズR ”わたし”の物語   作:むかいまや

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幕間です。箸休めです。

20/06/08 改稿


幕間1

 イエイヌさんの勧めに従って食事を取ります。

「いただきます」

 彼女もわたしに倣っていただきますと言いました。そういえばひとつ思いあたることがあります。

「イエイヌさん。あのぅ……お風呂って使えますか?」

 口をもきゅもきゅさせながらイエイヌさんは不思議そうな顔をします。

「えぇっと……うーん……?」

 時々こくりと喉を動かして、ジャパリまんを飲み込みながら応えるイエイヌさん。

「あー……飲み込み終わってからで大丈夫ですよ……」

 マナー、大事ですよ。イエイヌさん。飲み込み終わった彼女が口を開きます。

「失礼しました……そもそもお風呂ってなんですか?」

 うーん……

「そうですねぇ……イエイヌさんは水浴びってしますか?」

 はいと彼女は首を縦に振ります。

「ここから少し離れたところに川があるのでそこでしますよ? それがどうかしました?」

「冷たくないですか……? それがお湯で出来ると思ってもらえれば」

 イエイヌさんは目をきらきらさせ始めます。

「本当ですか? 水浴びは好きなんですけれど、最近は寒くてめっきり……どうやるんです?」

 先程わたしが考えたとおり、自動的に与る恩恵はともかく、何らかの操作をする必要のある機能はフレンズの皆さんに取って、関係の無い世界の話であるのかもしれません。

「まだ試した訳では無いのでどうなのかはわかりませんが……ご飯を食べ終わったら試してみますね」

 ご期待くださいとはいえません。何しろこの『おうち』の機能がどれくらい維持されているのかがわかりませんもの。

 

 ○

 お風呂場に入り、確認をします。

「こっちのつまみが温度……? こっちが水の栓で……こっちがシャワーと蛇口の選択、と……」

 だいたいわかりました。仕組み自体は然程複雑ではないようです。わたしは袖を捲りながら軽く水で浴槽や浴室を流しながら、お湯の温度を確かめます。

「水が汚れているようなことも無いですし……何なんでしょう、本当に不思議……一体誰が管理や掃除をしているんでしょう……?」

 後はお湯を貯めるだけ。手を拭ってテーブルに戻りましょう。

「イエイヌさん、大丈夫そうですよ。暫くお待ちくださいね」

 イエイヌさんは楽しそうに尻尾を振りながらいいました。

「ともえさんともえさん! 私にも使い方教えてもらえますか?」

 そんな風に頼み込まれては断ることが出来ません。

「良いですよ、こっちへ」

 辛い現実から目を背ける。そう言ってしまえばそれまでですが、彼女の為にも、わたしの感情を癒すためにも、楽しく愉快な出来事が大いに越した事はありません。特に、今は。

 

 わたしの説明を聞くイエイヌさんの姿は本当に楽しそうでした。わたしが彼女に何かを教えるたびに「ほへぇ」だとか「はふぅ」だとか感心したような驚くようなそんな声を上げていましたし、何よりも彼女の暮らしが良くなることへの貢献が出来ているということがわたしにとっての救いにも似た恩返しに思われます。

 そうこうしている内にお湯が貯まりました。

「どうします? イエイヌさんから先に入りますか?」

 わたしの言葉を聴いた彼女は何故か驚いた表情になります。

「えっ、一緒に入るんじゃなかったんですか?」

 えっ、一緒に入るつもりだったんですか?

「だ……大丈夫ですか? 恥ずかしかったりとか……」

 わたしは困惑から問いかけます。すると彼女は答えました。

「恥ずかしい……? それよりも、使い方とかまだわかっていませんし、一緒の方が楽しそうなので……」

 イエイヌさんは本当に頼み方が上手ですね……寧ろ手玉に取られているのではとさえ思えてきます。彼女の性格からしてそんなことは無い、と断言できるのですけれど。

「わかりました。じゃあ一緒に入りましょう」

 彼女は嬉しそうにはいと答えて浴室に入っていきました。

「待って、イエイヌさん、待って、ちょっと、お願いですから待ってください」

 何故服を着たまま……あぁ、そういえば、そうでしたね……

「な、なんです? ともえさん」

 首を傾げるイエイヌさん。

「服、脱ぎましょう?」

 一瞬だけ、「へ?」という具合の疑問を示しましたが、彼女はすぐに理解が行ったようです。顔を真っ赤にしながら黙りこくってしまいました。少なくとも、彼女の知る『水浴び』とわたしの言う『お風呂』が違うということは伝わったようです。

「はい、上着を預かりますね。シャツ、脱げます? ボタンはこうやって……」

 わたしは彼女に近づき、シャツのボタンをひとつ外します。イエイヌさんは慣れない動きに戸惑いながらもシャツを脱ぎ終わりました。

「スカートは……えーっと、ここにジッパーがあるので、下ろしてから脱いでください。肌着はそのまま脱いでもらえれば大丈夫です……って、イエイヌさんこんなに長い手袋と靴下つけていたんですか? そりゃあ暑い訳ですよ……って首を振ってもダメです。外してください。裸です、裸になってください」

 もしかしたら今日で一番疲れたかもしれません。彼女が恥ずかしそうに浴室に入っていくのを見送ります。

「ちゃんとお湯につかる前に身体を流してくださいね?」

 イエイヌさんの頭がこくりと動くのを確認して、彼女を見送ります。すると、途端にわたしの心の中にとてつもない罪悪感のような恥ずかしさのような感情が沸き起こります。

「……わたし、かなり大変なことをしてしまったのでは……?」

 如何に綺麗に彼女を脱がせるかに腐心していたので、彼女の身体、肌だとか、彼女の肌着のデザイン……そういった詳細は記憶にありませんが、かーなーり、大変マズイことをしていた気がします。

「うん、これはタイヘンにタイヘンなことをしましたね、わたし……」

 

 わたしも服を脱いでお風呂場に入ります。イエイヌさんは濡れた髪を浮かべながら、背中を見せて湯船に使っていました。

「ご、ごめんなさいね、イエイヌさん。ちょっとやりすぎましたね……」

「い、いえ……ともえさんの言うとおりなのが正しいのでしょうし……」

 彼女はそうはいうものの、こちらを向いてくれませんし、声もなんだか震えて聞こえます。わたしも身体を軽く流して、湯船に入ります。

「よいしょっと……失礼しますね」

 わたしの後ろ髪も彼女と同じように湯船に浮かんでしまいますが、かまいません。

「ふぅ……温度も丁度良かったですね」

 そう言って彼女の方を見ると、恥ずかしげに膝を抱えるようにして座っています。なんだか心なしか震えているようですし、同性のわたし相手に恥ずかしがりすぎなのでは……? とも思います。

 彼女達フレンズが『毛皮』と称するもの(つまりは服ですけれど)を全て脱ぐということはまずありえない話なのかもしれません。となると、極めて特殊な状況に混乱することさえあっても、羞恥の感情は余り起こらなさそうな気もしますが……まぁ良いでしょう。

 不意にわたしの左腕が彼女の右腕に触れていることに気付きます。滑らかで柔らかで、そして何よりもわたしが思っていたよりもずっと白く透き通る彼女の肌は、恥ずかしさや何らかの性的な意図すら排除された、極めて純粋な美しさ、或いは愛おしさのようなものさえ覚えさせるものでした。

「イエイヌさん……綺麗ですね……」

 何を言っているんでしょう。わたし。

「そ、そんなこと言われても……」

 戸惑うイエイヌさん。それはそうでしょう。彼女の普段の服装からして、表に出す肌は顔と首元だけ。そこさえ、じっくりと見られて綺麗だなどと言われる事はまずあるはずが無いでしょうし……

「ご、ごめんなさい……身体と髪を洗いましょう? さ、一旦出てください」

 そう告げると彼女は立ち上がってくれましたが、わたしは……何故でしょう。驚愕というか感動というか……何かの完成した彫刻がそこにあるようにさえ思われました。いえ、わたしも女性ですけれど、素直に憧れてしまうようなそんな美が確かにそこに……どうやら、わたしの方が混乱しているように思われます。

「ちょっとごめんなさい、先に失礼しますね」

 そういってわたしは冷水を浴びます。身を切るように感じられるほど冷たいものでしたが、お陰で少し意識がしゃっきりしたように思います。

「さ、どうぞ、こっちに来てください」

 イエイヌさんはおずおずと、それでいてわたしの奇行を不思議そうにしながら浴槽を出たのでした。

 

 イエイヌさんの身体と髪を一通り洗い終え、わたしも自分の身体と髪を洗い終えます。イエイヌさんのふわふわとしつつもさらさらとした髪と自分の汗できしきしとしてしまった髪を触って比べてみると、何故だか無性に悲しいような気持ちにもなりましたが、それはそれです。そんな悲しい気持ちをあてつけるようで申し訳ないのですが、身体はきっちりと洗って差し上げました。イエイヌさんはわっふわっふとくすぐったがったりしていましたが、お構い無しです。

 

 お互い肩まで湯船に浸かりながら、言葉を交わします。

「そういえばともえさん、不思議な爪の色ですね……」

 彼女はわたしの手を取っていいました。並べてみると、はっきりと判るその色の違い。イエイヌさんは肌の色に少し桃色が加わったような可愛らしい色合い。わたしの方はといえば、緑色。時折青色に近づいたりもしていますが……

「わたしも不思議に思っていたんですよ……緑色だったり青色だったり……見え方も時々に違うんですよねぇ……」

 彼女は不思議そうにじっと見つめて、わたしの爪を引っ掻いたり光に透かしたり……わたしと同じようなことをします。つい、くすりと笑ってしまいました。

「どうしました? 私何か変なことしちゃいました……?」

「いえ、わたしと同じ事をしていたので」

 ふたりで軽く笑いあいます。

「綺麗な、色ですよ」

 彼女はじっとわたしの目を見つめて、しみじみといいました。わたしはなんだかくすぐったいような心地がしてきます。

「さっきの続きです!」

 照れ隠しでイエイヌさんのわき腹をくすぐります。

「ちょっ……や、やめ……わふっ!」

 そんな感じで、時間が過ぎていきました。お互いのぼせ気味になってしまいましたが、まぁ、仕方が無いことでしょう。楽しい時間が過ぎるのは早いものです。

 

 お風呂から出てベッドにもぐりこみます。部屋の電気を消してわたしもベッドに入ります。イエイヌさんはどうやら結構な眠気に襲われていたようでした。

「おやすみなさい、ともえさん」

「はい、おやすみなさい、イエイヌさん」

 お互いに就寝の挨拶を交わし、数分も経つと、イエイヌさんの可愛らしい寝息が聞こえてきました。余程疲れていたのか、それともお風呂に入ったからか……

 

 

 目を閉じて暫く経ちますが、どうにも眠れません。わたしは彼女起こさないように、そっとベッドを抜け出します。ちょっと夜風にあたりますかね……


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