けものフレンズR ”わたし”の物語   作:むかいまや

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https://seiga.nicovideo.jp/seiga/im9098445 より設定をお借りし、3話Aパート相当の物語を書きました。

色々忙しくて……古戦場って言うんですけど……

20/06/09 改稿


3-1

 太陽が空の頂点で照り輝き、わたしを照らします。雲に遮られることも無く届くその陽光は、わたしの背後にひとつの色濃い影を残しながら、まるで我こそが空の支配者であると主張するように浮かんでいます。

「ふう……」

 わたしは呟きます。ひとりでの道のりがこんなにも辛いものだとは思っていなかったのです。考えてみれば、わたしはジャパリパークで目覚めてからほんの少しの間ひとりで居ただけで、わたしの隣にはずっと彼女が居たのです。わたしという存在のちっぽけさを、矮小さを痛感させる自然の景色もあるのでしょう。あの夜以上に強い孤独とその悲しさを痛いくらいに感じていました。

 どれくらい歩いたかはわかりませんけれど、額から流れる汗や身体が訴える疲労の色からして、結構歩いたのではないでしょうか? 道のりはわかりやすいとは聞いていましたが、それにしたって地図も無ければ標識のようなものも見当たらず、自分が今どれくらいのところに居るのかさえわかりません。土地勘が無いということは、つまりは茫漠とした砂漠にひとり置き去りにされることと大差が無い……そんな事を、ふと考えてしまいました。

 

 周囲を見回してみると、右手側には雑木林のような木立があります。そして、左手側に道を少し外れたところに草原に一本だけぽつんと影を作っている木がありました。あそこで一休みするとしましょう。道を外れて歩きます。土道からくさむらへ、歩きづらさは格段に上がりますが、そこさえ越えてしまえば休憩できるという事実の為に、転びそうになりながらも進みました。

 間も無く木陰に腰掛けることが出来ました。草むらを通ったために感じる植物の青臭さも、日陰の涼しさや折良く吹いてくれた風の心地よさの為に、かえってわたしの心を高揚させてくれるように思われます。

 木陰特有の少しだけ湿っているひんやりとした空気を楽しみながら景色を眺めると、思っていたよりも高い位置から周囲を見回すことが出来ました。どうやら緩やかな勾配があったようで、ここはそのてっぺんのようです。遥か先まで続く草原の為に、緩やかな起伏も、それが為に起こる変化にも、今の今まで気付けなかったのでしょう。

「あ、あれは……『おうち』なのかな……」

 まるっこい屋根の、広場から少し外れたところにある建物。きっとあそこは『おうち』でしょう。そこから視線を動かして行くと、わたしの眠っていた建物を見つけました。結局謎だらけの場所。何らかの重要な役割を担っていたのだということを察することは出来ましたけれど、漠然とした感覚でしか理解できておりません。その詳細も、わたしが彼処に居た理由も、ヒントの欠片さえ手に入れることは出来ませんでした。

 いつか自分自身の事を知るために、きっとあそこに入ることになる。そんな予感はしていますが、今わたしに出来ることはありません。そういう意味では『あの場所』はわたしの無力感の象徴のようにさえ思えてきます。

 

 そういった建物を眺めていると、ますます彼女や彼女と過ごした短いけれど大切であった日々が思い起こされます。ですが感傷に浸る事は避けましょう。わたしが『やりたい』と決めたことの為に、わたしは進まねばなりません。

 数分ほど座り込んで休んだ後、わたしは立ち上がります。と……木陰を出る前に水を飲みましょう。水分補給は大事ですからね。わたしは鞄の中身をまさぐりましたが、目当ての水筒が見つかりません。イエイヌさんから譲っていただいた、大切な水筒。

「まさか……」

 彼女のおうちに忘れてきてしまった……のでしょう……見たところ鞄に穴もありませんし、水筒を取り出そうとしたのもこれが初めてですし……うっかりというか、抜けているというか……はぁ……。

 

――――――

――――

――

 話は数日前に遡ります。

 イエイヌさんと一緒に二度目の彼処の探索を行ってから数日間、わたし達はのんびりとした時間を過ごしていました。身体を癒やす為に、わたしがこのパークについて勉強する為に、そして、自分が何をするのか、したいのか……それを考える為に……。

 その間中、コヨーテさんからのアドバイスとそれによって浮かんだひとつの覚悟のようなものとがずっと頭の中を浮かんでは消えてを繰り返していました。けれども、わたしはそれを実行しようとか、イエイヌさんと相談しようとか、そういう事はしなかったのです。……あえて直視しなかったというと、わたしの不甲斐なさが目立ってしまいますが、実際のところわたし自身の身体の調子が戻ったのかどうかという不安や、イエイヌさんに私の思いを告げることをどうしても避けてしまっていたという事もありました。

 

 ある日のことです。かねてからのわたしの願いであったフレンズさんたちとの挨拶が一通り済んだ晩にイエイヌさんと交わした話が切欠でした。

 わたし達は夕日に染まった道を歩いていました。イエイヌさんはわたしの隣を歩いて満足げにいいます。

「これで近く住んでいるフレンズさんたちには挨拶が終わりましたね!」

「ですねぇ……中々アルマーさんとセンさんには会えないのは残念ですが……」

 わたしがそう答えると、彼女は少し考えるようにして言いました。

「うーん……どうしたんでしょうねぇ、お仕事が立て込んでる……とかでしょうか」

 彼女たちもこの辺りに居ることが多いそうですし、暫くすれば会えるとは思いますが……できる限り早く挨拶をしたいものです。

「そういえば、ラッキービースト……さん? にはお会いして無いですが……この辺りにはいらっしゃらないんですか?」

 イエイヌさんは首を傾げます。

「意識したことが無いですねぇ……うーん……いつも、こう……気付いたら居るんですけども……」

 はてさてどうしたことでしょうか。

「あ、でも、私もお話したこと無いですよ? ジャパリまんを運んだり、時々道を歩いていたりするところは見たことありますが……」

 うーん……名前の通り幸運でなければお会いできないのでしょうか? そんなことを考えながらおうちへの帰路を歩きます。

 わたし達の進む道には長い影が伸びていました。時間が経つのは早いもので、その日は確かお昼前くらいに家を出たはずなんですけれどね……

 

 大した時間はかからず、わたし達はおうちに戻りました。

「ただいまー」

 わたし達はこれまでそうしてきたように、ふたりで声をそろえて言いながら家に入ります。わたしはベストを脱いで手を洗い、椅子に腰掛けます。わたしが手を洗っている間、イエイヌさんは食事の準備をしていたようです。机にはジャパリまんとお水がふたり分並んでいて、彼女は椅子に座って待っていてくれました。

「ささ、ご飯にしましょう?」

「ありがとうございます、イエイヌさん。では、いただきます」

 イエイヌさんも同じようにいただきますと言って、食事が始まりました。食事の最中、不意にイエイヌさんが尋ねます。

「……ともえさんって、したい事ってあるんですか?」

「うーん……」

 もきゅもきゅとジャパリまんを咀嚼しながら考えます。『絵を描きたい』そう思ったのは事実ですし、あれ以来、度々絵も描いています。ですが、記憶が戻るようなことはありません。わたしは記憶を取り戻すために絵を描いているのではなく、思い出のひとつとして、『今度こそ』忘れてはならない大切な今の記憶の為に描いているのでそこは問題ないのですが……こくりと飲み込んで、答えます。

「絵を描くこと以外に、ですか?」

 何故遠まわりな言葉を出したのか? 自分自身が困惑してしまいます。絵を描くこと以外に、もうひとつやりたいこと……いいえ、『やらなくてはならないこと』はあるのです。ただ、ずっと口に出来なかっただけで……わたしを追い立てるようにじりじりと思考に浮かぶひとつの思いが、確かにあるのです。

 イエイヌさんはジャパリまんをもぐもぐと咀嚼しながらこくりと頷きます。

「うーん……ひとつだけ、あるにはあるんですが……」

 その言葉を聴いて彼女は目を輝かせました。

「んぐっ……なんですか? ぜひ教えてください!」

 飲み込んですぐに喋ると危ないんですけどねぇと思いましたが、口にはしませんでした。

「……その前に、聞いてもいいですか?」

 イエイヌさんははいと頷き、促します。きっとこのタイミングを逃すと、もう二度と聞くことは出来ない。そんな直感が、ふと、浮かびます。

「イエイヌさんは、ここを離れようと思ったことってありますか?」

 呆然としたようにわたしを見つめるイエイヌさん。

「えぇっと……どういう……」

「そのままの意味です」

 暫く考え込むようにするイエイヌさん。

 突如として室内の空気が重苦しくなります。こうなると判っていたから、聞けなかったのです。彼女がわたしに教えてくれた話。「ここに居なくちゃいけない」という言葉。その言葉は彼女がフレンズになってすぐに発した言葉。重要な意味合いを持つに違いない言葉です。それに対して、わたしは疑問を呈し、否定の言葉を告げるのです。彼女の心の為にも慎重に話を進めなくてはなりません。

「……私は、許されるなら……ずっと、ここに……」

 その言葉を聴いた私は、彼女をなるべく傷つけないように、そっと問いかけます。

「何の……為に、ですか?」

 再びイエイヌさんは考え込み始めました。何かを思い出すようにしたり、その理由を考えたり……悩んでいるイエイヌさんの姿を見ると、どこか罪悪感のような感情を抱いてしまいます。

「『何を』かは覚えていませんけれど……待つ、ため……?」

 イエイヌさんは苦しんでいるような、悲しんでいるような声で言いました。彼女は、もしかしたらわたしよりもずっと非情で冷酷な現実に直面しているように思われます。待つべき対象がわからないということは、待っているべきか否かという判断さえ奪います。離れることも出来ず、迎えにも行けず、ただここに居る。それはどれほど苦しいことなのでしょうか? わたしにはわかりません。

 ですが、イエイヌさんの思いは彼女自身を縛り付けている呪いのようにさえ感じました。

「……ごめんなさい。イエイヌさん、辛いことを聞いてしまいましたよね……」

 彼女は首を振りました。

「ともえさんが悪い訳では無いです……何も覚えていない自分が――」

 イエイヌさんは言葉を途切れさせます。

「ご、ごめんなさい、ともえさん。ともえさんの事を悪く言うつもりは……」

 記憶の欠落を非難するということがわたしへの当てつけになると感じたのでしょうか? わたしは、そんなことでどうこう思ったりなんて、しませんのに。むしろ、彼女の心遣いに感謝の気持ちを抱いたくらいです。

「イエイヌさん、落ち着いてください……考えすぎですって……」

 耳をしゅんと垂れ下げている彼女は普段の元気な様子とは違って、非常に儚げで物悲しく、弱弱しい印象さえ抱かせるものでした。わたしがこれから伝えようとする言葉が彼女を消し去ってしまうのでは無いかと思われるくらいです。

「イエイヌさん。わたしは……わたしは、旅に出ようと思います、期間はちょっとわかりませんが……」

 あぁ、言ってしまった。言わなければ何も動き出さなかったのに、言ってしまったから動き出さなくてはなりません。言葉を口にするということの、覚悟を示すということの、意味と義務と責任。それらがわたしにのしかかるようでした。

「た、旅……?」

 彼女は呆然としています。

「……近いうちに、ここを出るつもりです。早ければ、明日にでも……」

 イエイヌさんはがたりと椅子から立ち上がり、わたしの肩を掴みます。

「なんで……どうして……」

 彼女がわたしのことをどれほど思ってくれていたのか、それを強く実感しました。

「そんな……ずっと……」

 彼女はもう涙を流しそうなくらい打ちひしがれていました。彼女の綺麗な瞳は既に涙を湛えているかのようにさえ見えます。わたしは肩に掛けられた手を自分の手でそっと覆います。

「信じてくれっていうのはわがままでしょうけれど……最初に言っておきますね。わたしが決めた理由に、イエイヌさんが悪いとか嫌いになったとか、そういう考えはありません」

 そっと彼女に告げます。

「わたしが、わたしの記憶を取り戻すためです。旅を終えたら帰ってきます。そのときはよろしくお願いしますね、イエイヌさん」

 記憶を取り戻すために旅に出る。そういうと聞こえは良いでしょう。

 ですが、実際のところ、そんなに格好の良い話ではありません。旅をしたところで記憶が取り戻されると決まっている訳では無いですし、いくらジャパリパークの安全性が担保されていても――セルリアンという例外を考えなくとも――ひとり旅には危険が付きまといます。迷子になって、そのまま……だとか、崖や高所からの落下、予想さえ出来ないような事件事故……幾らでも危険や危機の可能性はあります。それでも……

「何かしないといけないって感じていました。コヨーテさんからの言葉もありますけれど、何よりも、あなたに頼ってばかりいてはダメなんだって、悩んでいたんです」

 彼女を否定するつもりも拒否するつもりも、一切ありません。けれど、彼女無しで過ごせるようにならなくては、わたしはわたしを見つけられないのだと思うのです。

 じっとイエイヌさんの顔を見つめます。彼女は俯いたまま口を開きません。

「それに、ですね。わたし、『あの場所』で結構大事にされていたじゃないですか。それを考えると、何かパークに手がかりがあるんじゃないかなーって思うんですよね」

 楽観的に過ぎるかもしれませんが、それもまた事実だと思われます。厳重に封鎖された建物、その中には用途がわからないけれども重要そうな機械類。そこに安全に閉じ込められていた少女……意味もなくそんなことをすることなど、まずありえないでしょう。

「わ……私も付いていって……良い、でしょうか……? いいえ、命令、してください……ついてこい……って……」

 イエイヌさんが苦しんでいるように、ふりしぼって言葉を発します。

「断ります」

 わたしの言葉を聴いて、肩に掛けられた手に力が加わりました。

「わたしは、大切な……大切なお友達に命令なんてしたくありません」

 心なしか震えた声になってしまいました。わたしの言葉には文字通りの意味の、極めて単純な意味もあります。ですが別の思いもありました。

 わたしはわたしの言葉で他者の心や意思を変えたくないのです。それが許されるのは生きるという行為の積み重ねという大切な証拠がある人間だけ。そう思えて仕方が無いのです。わたしには、今まで生きてきた事実が殆どありません。わたしの人生の証拠というモノは、せいぜいが一緒に眠っていた鞄の中身と少し思い出した記憶くらい。それは、彼女のかつての覚悟を否定するに足りるとは思えないのです。

「イエイヌさん。あなたはここに残りたいと言いました。それを否定なんか、わたしはしたくありません……落ち込まないで下さい、帰ってきますから……」

 その晩は、その一言を告げたきり、わたし達の間には会話も少なく、ずっと重苦しい空気が流れていました。

 

――――――

――――

――

 水筒を忘れたこと、それ自体がアクシデントではありますが、何よりもわたしにとってイエイヌさんから譲ってもらった大切なものを忘れてしまったという事実が、自分自身を責め苛むように感じました。その感情はちくりちくりと胸を刺し続けることは明白です。

 では、取りに戻れば良い……?それはそうなのですが、孤独を知ってしまったわたしは、今あそこに戻ってしまったら二度と進むことは出来ないでしょう。なし崩しにわたしはあそこに、『おうち』にとどまってしまうでしょう……それくらい、彼女との日々は魅力的で、愛おしくて……

「……よっし!」

 顔をぺちぺちと軽く叩いてわたしは緩やかな傾斜を下り、道に戻ります。水筒が無いということは割合に生命に直結しそうな重要な問題である気がしますが、まだ旅を諦めるほどではありません。イエイヌさんの『おうち』を出るときに彼女が教えてくれた言葉のお陰です。

 

 ・広場から伸びる道(ちなみに南)をまっすぐ行って、分かれ道を右側に進めばうみべちほー。左側に進めば『おうち』のあるちほーと同じそうげんちほーに行ける。

 ・道から進行方向右手側の少し離れたところに、道に沿う様にして川が流れている。川に沿って歩けばうみべちほーに行ける。

 ・そうげんちほーの側には『おうち』と同じような建物が幾つかある。

 

 簡潔に彼女は以上のことを教えてくれました。わたしはとりあえずの目標として、アルマーさん、センさんの足取りを辿り、追いつくことを定めていたので、まずはうみべちほーへと向う予定です。彼女達が今、何処にいるのかということはわたしはもちろん、イエイヌさんやその他のフレンズさん達でさえも殆ど知らなかったので、彼女達の足取りを追うのが手っ取り早いでしょうしね。

 と、それはそれとして……要するに水が必要になった場合、道を外れて川を目指せば良いということです。うみべちほーを目指す間は遠回りになる可能性もありますが、道を大きく外れることなく水分の補給が出来るでしょう。

 さて、道に戻ったら、そのまま林を突っ切って、目指す先は川ですね。……結局イエイヌさんにはお世話になりっぱなしです。自分の事を、「巣立ちを行う雛鳥だ」なんていう詩的に過ぎる表現はしませんけれど、もう少し自分で生きるということに真摯にならないといけない気がしますね……。

 道を横切り、林の中にわたしは進んで行きます。

 

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