事務所にやってきた環は、プロデューサーの机にボトルシップが置かれているのを見つける。
机の上にはボトルシップの中を覗かないようにと注意書きが書いてあったが、環は注意書きを見る前に中を覗いてしまい……。

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環と瓶の船

「おやぶんおはよー!」

 今日は劇場に行く前に事務所に寄ることにした。

 特に理由はないが、なんとなくおやぶんに会いたくなった。劇場まで大した距離ではないので少し寄るくらいなら何も問題ない。

「あれ、おやぶんいないの?」

 しかし事務所を見回してみても人の気配はしない。もしかすると皆どこかへ出かけているのかも知れない。

 しばらく待ってもいいが、ただ待っているだけというのも暇というものだ。暇つぶしになりそうな物がないか探してみる。すると、おやぶんの机の上にいつもは置かれていない物を見つけた。

「空き瓶の中に船がある! でもどうやって作ったんだろう」

 瓶というのは不便なもので、ペットボトルのように分解が容易なわけではない。はさみでは切れないし、折り曲げられもしない。その上唯一中に通ずる道である口の部分は小さく、指が一本入ればいい方だ。

 その瓶の中に、明らかに瓶の口より大きい木の船が浮かんでいる。

 持ち上げて左右に振ってみるが、船の傾きだけ変わらない。中に水が入っているわけでもなく、本当に浮いている。中を覗いてみるが、一体どういう仕掛けなのか分からない。

 机の上にさらに何かが置いてあるのが見えたので、焦点を合わせる。

 『ボトルシップの中を覗かないように』

 ボトルシップとは何のことだろう。これのことだろうか?

 もう覗いてしまった。そう思いもう一度手に持ったボトルを見ようとしたが、手元には何も残っていなかった。さらには先ほどまであったはずの机もなくなっていて……。

「ええっ、ここどこ!?」

 明らかに、先ほどまでとは違う場所にいた。蛍光灯の灯りはなく、代わりに部屋を照らしているのは木の柱につるされたランタンだった。どう考えても事務所の中ではない。しかし、つい先ほどまでは間違いなく事務所にいたはずだ。

 混乱する頭を落ち着かせようとしていると、同時に不安が込み上げてくる。

 どこかも分からない場所にたった一人でいる。その事実を認識し始めていた。そして早く戻らなくては、とも思い始めていた。理屈なんてものはない。環自身の直感がそう告げていた。

「おやぶん、おやぶんどこ! めぐみ、あかね、みんなどこにいるの!」

 叫んで返事を待つが、帰ってくるのは自分自身の反響した声だけだ。

 何か行動を起こす度に、孤独であるという事実がより鮮明になっていき、不安が膨らむ。

「早く帰りたいよう……」

 口からは自然と弱音が出てきてしまう。

 しかし、誰もいないのであればじっとしていても何も起きない。迷子になったときは動かないようにとことはから言われていたが、今はどう考えても迷子などではない。確かにそれほど頭がいい方ではないとは思うが、直感はあまり外れない。

 根拠のない自信に背中を押され、木の柱につるされたランタンを手に取り移動する。この部屋にいるということは、どこかに入り口があるはずだ。この部屋への入り口ということは、この部屋からの出口に等しい。

 探してみれば案外簡単に見つかるもので、部屋の壁伝いに歩くとすぐに見つかった。途中に自分の身長と同じくらい大きい船の模型を見つけたが、今はそのようなものに気を取られている場合ではない。

「あれ、開かない?」

 扉は確かに壁とは区切られているものの、まるで壁に取っ手がついているだけのような頑丈さでビクともしない。揺らしてみてもドアだけが揺れるということはなく、完全に壁に張り付いてしまっているような感覚だ。

 ランタンを置いて壁に足をつけて全体重をドアにかけてみても、全く動く気配はない。引いてだめならということで、試しに押してみたり体当たりしてみたりしても何も起こらない。

 少し、疲れてしまった。

 胸のざわつきはあるものの、今のところ身に危険が迫っているということはない。少し座って休もう。ランタンを再び持ち上げて手頃な椅子に腰をかける。

 ガタンという音とともに、腰掛けたはずの椅子が沈み込む。体重を腰に預けていたため、必然的に後ろに倒れ込んでしまう。

「いたたもう、なんなの」

 休むことさえ許されないというのか。それとも、諦めかけていた自分への応援か。部屋がゆらりゆらりと上下に揺れ始めた。

 同時に、部屋が一気に明るくなる。どういう仕組みか、部屋中のランタンに火がついている。

 明るくなって初めて気がつく。白い棒状の物体に。

「これって……がいこつ?」

 ドラマや映画のセットで見たことがある。頭の骨やどこの骨か分からない骨が壁の近くに転がっている。骨は、なぜか壁のある一辺、船の模型が置いてある辺りにまとまっている。そして、その模型はどういう原理か上下に揺れていた。

 模型が上に浮けば強い重力を感じ、模型が下に沈めばふわっとした浮遊感がある。

「もしかして、一緒に動いてるのかな?」

 そうならば、船を傾ければこの部屋も傾くのではないか。そう思い、船の先端をゆっくりと上に傾けてみる。同時に、強い衝撃とともに部屋が左に傾く。やはり、連動しているようだ。

 しかし、それが分かったからといって何かが起こるわけではない。不思議な現象ではあるが、外に出られるきっかけにはならない。

 軽くため息をつきながらも、他にも何かあるかも知れないと船をいろいろと触ってみる。その度に部屋が揺れて不快だったが、その不快感に見合うものは見つけられた。

 船の奥の方、壁に不自然に設置されている扉がある。

「これってもしかして」

 軽く人差し指で弾いてみると、部屋が揺れると同時に扉の方からドンという音がする。

 間違いない。扉の中が今自分がいる場所のはず。ならば、この扉を開ければ自分も外に出られるはずだ。

 扉の取っ手をつまみ、引っ張るといとも簡単に開いてしまう。同時に、背後から光が差し込み、風が髪を撫でた。

「やった! これで外に出られるぞ!」

 うれしさのあまり、ランタンを持つことも忘れて外へと飛び出す。

 そこには、あからさまにこの世の生き物ではない。見たこともない大きな生き物が今にも船に飛びつこうとして──。

 

 

 

「あ、環やっと起きた。んもー事務所に来たら床で寝てるんだもん、びっくりしちゃったよ~」

 めぐみの声がする。しかし何を言っているのか分からない。目に焼き付くのは、船を飲み込もうとするソレで……。

「わっ、環が吐いた! 大丈夫環?」

 体全体が拒否反応を示している。全身に力が入らず、何を考えても浮かぶのはあの忌ま忌ましい光景。

「環、今日は休もう? ね、家までちゃんと連れて行くから」

 誰かに背負われるが、もう何も考えたくない。何も見たくない。何も聞きたくない。

 それが一番、ソレから遠ざかる方法なのだから。


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