登場人物
司令官
自堕落で仕事が嫌いで、ちょっと酒を飲みすぎるのがたまに瑕。
根は悪い奴ではない・・・たぶん。
雷
元気印の駆逐艦。
最近、仕事をさぼり勝ちの司令官に手を焼いている。
※
本作品は落語の演目「芝浜」を元ネタにしています。
作成において、5代目立川談志と3代目古今亭志ん朝の芝浜を参考にしました。
「司令官!起きてったら!」
耳をつんざくような声に驚いてオレは布団から飛び起きた。
「な、なんだ!火事か!」
寝ぼけ眼にあたりを見回すとそこはいつものオレの部屋で、秘書艦の雷がチョコンと正座しているだけだった。
「何を寝ぼけているのよ、司令官。おっしっごっとっよ!さぁ、早く支度をしてちょうだい」
雷は、腰に手を当てると鼻息を荒くしてまくし立てた。はぁーん、そういうことか。全くびっくりして損したぜ。
「今日は、休みだ。オレが今決めた。鎮守府の他の艦娘にもそう伝えてくれ。じゃ、お疲れ」
オレは雷の顔を見ずに一気に喋ると、頭から掛け布団をかぶり防御態勢に入った。オレはまだ仕事なんか行く気はないのだ。やる気のない時は何をしても上手くなんていきっこない、そんなときは家で酒でもかっくらうに限る。雷は呆れた顔(顔は見えないが雰囲気でなんとなくわかる)でため息をついた。
「もう半月もそればっかりじゃない。お家に居てもお酒を飲んでばっかりだし・・・。そろそろいい加減に司令官が来てくれないと、艦娘だけでは限界があるのよ?」
「そんなこと知るか!時が来たら働くんだよ!」
オレは布団をかぶりながら突っぱねた。雷がしばらく黙り込んでしまったので、掛け布団の隙間から少しばかり目を出してみるとすっかり意気消沈した様子の雷が見えた。
「な、なんだよ。いきなり、大人しくなりやがって」
布団の隙間からオレが見ていることに気づくと、雷は自分の膝先あたりに視線を落とした。
「昨日の夜、大本営から通達があったの。至急、日常業務の報告されたしって。きっと最近司令官が休みがちでろくな戦果を挙げられていなかったからだわ。それでなくとも日頃から大した働きもできてなくて、資源の配給もどんどん減らされているのに・・・。どうしよう司令官、このままじゃもしかしたら鎮守府が解体されちゃうかも」
シュンと縮こまるのが見えるようだった。・・そんなこと言われたって今日は仕事なんか行きたくないったら行きたくない。それは確定事項だ。何人たりともそれを覆すことはできない、がしかし・・・むむむ。
「・・・わかった、わかったよ。仕事に行くよ」
オレは布団から這い出すと、軽く頭を掻いた。
「えっ、ホント?」
「だが、しかしだ!」
ずいっと人差し指を雷の顔に近づけた。雷は目を白黒させている。
「な、なに?」
「もう一晩だけ酒を飲ませてくれたら、明日からちゃんと仕事する」
雷の顔がみるみるとあきれ顔に変わっていく様はなかなかに面白かった。頭に手を当ててため息をつくと不承不承ながら了解してくれた。約束だからね、と何度も何度も念を押しながら酒保へと出かけていく雷の後ろ姿を見送った。
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「司令官、起きて!・・・ねぇ!起きてったら!」
「・・・う、うーん、やめろ・・・やめろったら!」
ぺちぺちと頬を叩く手がうるさくて払いのけた。
「もう!早く起きてってば」
「まったく、乱暴な起こし方しやがって・・・。もう少し優しい起こし方はできないのかよ!」
「そんなこと言ったって、何度声をかけても起きないんだもの。さぁ、そんなことよりも早くお仕事に行ってよね」
そう言うと雷は、オレの足先の極限まで引き延ばしたそば生地みたいな掛け布団を片し始めた。それをぼぅっと眺める。くせ毛が上下にかすかに揺れているなと思った。
「いやー、なんてーか。仕事は明日からでも・・・」
「駄目よ」
オレの言葉を最後まで聞くこともなく、ぴしゃりとはね付けられてしまった。その一言からは絶対に覆さないという意思を感じる。
「昨日、司令官は言ったわ。もう一晩お酒を飲ませたら、ちゃんとお仕事に行ってくれるって。約束よって言ったら、ちゃんと頷いたわ、わかったって言ったわ!司令官、男に二言があるの!」
オレの鼻先に自分の鼻先を当てんばかりに身を乗り出して、オレに訴えかけるようにまくし立てた。その目は真剣そのもので直視は躊躇われた。
「・・・いや、しかしだな。行かないとは言わないけどさ。もう半月以上も仕事に出てないんだぜ。軍服もそのままだ。流石にヨレヨレの軍服を着て神聖な司令室で執務にあたるなんてとてもじゃないけどできないぜ」
それを聞くと真剣そのものだった雷の顔が、ぱっと笑顔に変わった。
「いつでもお仕事に出られるように、ばっちりアイロンがけはできているわ!」
綺麗にたたまれた軍服を差し出すとにっこりして、小首を少し傾いで見せた。
「革靴も手入れしてないし・・・」
「ばっちり綺麗に磨いて玄関に出てるわ!」
「軍帽は・・・」
「はい!ブラッシングもちゃんとしてるからね!」
「煙草・・・」
「ハンカチちり紙と筆記用具、お弁当諸々と一緒に鞄に入れてあるわ!」
ますます口角が上がっていく笑顔が小憎たらしい。
「よく手を回したもんだな、まったく」
悔し紛れにボヤきつつ、仕方ないので軍服に着替えて身支度を整えた。
「今日はきっと天気が良いから、海沿いを歩いていったらきっと気分が良いわよ」
「うるせーやい」
恨めしさを訴えるオレの視線など気にも留めずニコニコしている。
「行ってらっしゃい」
雷はいつまでも手を振って見送り続けていた。少なくともオレが曲がり角を曲がって視界から消えるまでは。
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オレは道々ため息を吐き吐きテックテックと鎮守府を目指したが、怠さで気持ち重い足先を交互に突き出す作業は骨が折れた。
朝露で空気が湿っているせいか道の先はぼやけて見えて、湿り気のある土の感触にいら立ちがつのる。まったくさっきから人とすれ違うこともない。誰よりも早くから遅くまで働けども働けども大本営からは次々指図が飛んでくる。やっと仕事に(自己判断で)切りをつけ、家に帰れば秘書艦様のお小言だ。というかあいつ今日は非番じゃねぇか。なんで当たり前のようにオレの家でオレに世話を焼いてんだよ。余計なお世話だよ、ったく。良い仕事じゃねぇな、司令官てのは。
ボヤキが止まらなかったが、どうにかこうにか鎮守府の正門までたどり着いたオレは愕然とさせられた。守衛がいない。それどころか門がピッタリ閉ざされていて中に入れやしない。
これはどういうことかと辺りを見回してみたが人の気配もない。どうしろってんだと独り言ちてみたが状況は変わらず。手持ち無沙汰でふっと何気なく鎮守府の構内に目をやると、オレはさらに度肝をぬかれることになった。何気なく視界に入った時計台はまだ開門の時間まで1時間も前を指していた。
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また家まで戻って出てくるほどの時間はないので、オレは鎮守府近くの浜まで出てきた。
浜には人影はなく波の音しか聞こえない。革靴と靴下を脱ぎ、適当な流木を見つけると流木に向かって荷物を次々に投げつけ、最後に自分のケツをどっかり投げ出した。
煙草を取り出して火をつけ吸い付いてみるが、まるでいら立ちが収まらない。道理で行き道に人っ子一人顔を見かけないし、お天道様も顔を出さないわけだ。答えは簡単、みんなまだ寝ているからだ。
雷のやつ、時間を間違えやがったな。あいつ時計も読めないのかよ、馬鹿が。ああ、いらいらする。くそっ、帰ったら額が真っ赤になるぐらいにデコピンしてやる。
腹の中でゴウゴウと釜を焚きつけているような気分を落ち着かせるために煙草をもう一吸いしようとしたときだった。鎮守府の方から時計台の鐘の音が響いてきて、思わずオレは体をびくりと強張らせ、煙草の灰が太ももにポトリと落ちた。イライラしている時は些細な事に堪らなく腹が立つ。さらにどこにも文句をつけようがないので行き場の無い苛立ちが下っ腹あたりにつのる、ムカつく。
中腰のような体勢をとりながら太ももの灰を落としていると、ゆっくりと光がオレの足先まで伸びてきていることに気づいた。
ふっと顔を上げると、水平線の向こうからゆっくりゆっくりとお天道様が顔を覗かせているところだった。
朱色と濃紺の対比の丁度真ん中で力強く輝くお天道様の光にオレの腹の中につのる諸々は消えていって、なんともさっぱりした気分になっていくのを感じた。
ふふ、お天道様も世間を分け隔てなく余すところなく照らして仕事に励んでんのに、オレが腐ってるわけにはいかないか。
オレは顔の前でお天道様に向かって両の手のひらを力いっぱい2度打ち鳴らした。乾いた音が鳴るたびに背筋がぴしりとただされる気持ちだった。
さて今日からまた改めて頑張んなきゃな、鎮守府へと向かおうと合わせた手を解いた時だった。
波打ち際でぷかぷかと見え隠れしているものにオレは気づいた。ズボンの裾を膝辺りまでまくり上げるとその場へ駆け出した。じゃぶじゃぶと海に入っていき波打ち際で波に揺られているそれを掴み上げてみると持ち手の付いたトランクケースだった。
なかなか上等そうなトランクだ。なるほど、上等なトランクは水に浮くと聞いたが本当らしいな。オレの安月給ではそうそうお目にかかれるものじゃない。水にぬれちゃいるが乾かせば質屋で金に換えられるかもしれない。幾分重みも感じるので、もしかしたら中身も。
臨時収入にウキウキしながらオレはトランクを浜へ引き上げると中身を検めるために留め金を外しトランクを開いた。
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オレは玄関の引き戸を力まかせに叩いた。
「おい雷、開けろ、オレだ!」
後から冷静になって考えてみると、自分の家なのだから鍵を使ったらいいだけの話なのだが、その時のオレは気が動転していて、すぐに家の中に入ることができないという状況に怒り半分、焦り半分で雷を呼ぶことしか頭になかった。
「な、何?どうしたの、司令官。い、今開けるから待って」
尋常ではないオレの様子に、雷も慌てた様子で鍵を開けるのに手間取っている。しかし、オレはそれ以上に動転していて「早くしろ、早くしろ」と何度も小さく呟きながら今来た道を何度も何度も見返した。
やっとのことで鍵が開くと、間髪入れずに家の中に飛び込んだ。家まで一目散に駆けてきた疲れがどっと押し寄せてきて上がり框に座り込んだ。
「司令官、大丈夫?い、一体どうしたの?」
雷が心配そうにオレの顔を覗き込んだ。
「お前、時間を間違えたな」
「ご、ごめんなさい・・・。うっかり時計のねじを巻き忘れていたみたいで時計が止まりっぱなしだったの」
「そんなことは、もうどうでもいい。・・・ちょっとこっちに来てくれ」
オレは雷の手を掴むと革靴を雑に玄関に脱ぎ捨て、居間まで引っ張っていった。
「さ、さっきからどうしたの司令官。ちょっと様子が変よ」
心配そうな、オレの様子を伺うような表情で雷はおろおろとしている。
オレは雷の前にトランクケースを差し出すと、固く握りしめていたトランクケースの持ち手をやっと手放した。
「な、何?これ・・・」
不思議そうに雷はトランクケースを見つめた。
「お前が時間を間違えたことにオレは鎮守府の正門前で気づいたんだ。だから、時間をつぶそうと近くの浜で煙草をふかしてた。その時に波打ち際をぷかぷかしているコイツを見つけたんだ。中を見てみろよ、驚くぞ」
少し落ち着いた様子のオレに安心したのか素直に、しかし、やや恐る恐るといった感じで雷はトランクケースの留め金を外してケースを開いた。すると見る見る内に肩を強張らせてひきつった表情に変わった。
「し、司令官・・・中に一杯、一円券が入ってる・・・」
「そうなんだよ、えらい額の金が入ってるんだ。・・・ちょっと数えてみようぜ。束になって入っているから一束の数を数えたら全体の額がわかるはずだ」
「え、ええ・・・勝手に触っても大丈夫なのかしら」
戸惑う雷に半ば無理やりに束の半分を押し付けると、おっかなびっくりな手つきでゆっくりと数え始めた。
「ちゅう、ちゅう、たこ、かい、な」
「・・・なんか婆臭い数え方だな」
「へへ、おばあちゃんに教えてもらったの」
照れたように雷が笑うが、今はそんなことはどうでもいい。手の束を顔の前で振って数えることを催促する。しばらくは金を繰る音と段々と小声になっていく数え歌だけが聞こえた。
「2500円あるぞ!(国家公務員の初任給が75円)」
雷に自分の受け持ち分の金を渡すと、オレは我慢できずに万歳のように両こぶしを頭の上に突き上げた。腹の底からはふつふつと何か幸福感とも喜びとも言えそうな、何だか走り出したくなるような気持ちが沸き上がってきていた。
雷は数えた分の束を戻してトランクケースを閉めると、おずおずとオレに尋ねた。
「・・・司令官、このお金どうするの?」
「そんなの使うに決まってるだろ!こんだけあれば、しばらく酒に困ることもないぜ。オレが拾ったんだ、もうこれはオレのもんだ」
「でも、落とした人がきっといるわ」
「海ん中で拾ったんだ、海でまかり通る法なんてないぜ。神からの授かりものみたいなもんさ」
「そ、そんなこと言ったって・・・」
オレはまごつく雷にお構いなしにつづけた。
「そんなことよりも宴会だ、宴会。鎮守府の艦娘を呼んで来いよ。常日頃からあいつらには緊縮緊縮で締め上げるばっかりだったからな、ちょっとは還元してやんないと」
「ええ!?・・・で、でもまだ朝も早いし、みんなまだ集まってないわよ。それに、いきなりそんなことを言ったってみんなをびっくりさせちゃうだけだわ」
「それもそうか・・・。じゃあ、酒だ。酒を買ってきてくれよ!こんな大金があるんだぜ。何かに使いたいじゃねぇか、このままじゃ生殺しもいいところだ」
「酒保も同じよ。・・・昨日の飲み残りのお酒があるけど、それでも飲む?」
「飲む!」
間髪入れずにオレがそう答えると、雷は急いで台所へ向かい猪口と徳利をお盆に乗せて持ってきた。
それを受け取るとオレはまず1杯、胃に流し込んだ。・・・美味い。こんな美味い酒は飲んだことがないかもしれない。もう仕事にいかなくてもいいと思うと、こんなにも酒が美味くなるなんて知らなった。オレはすいすいと猪口を空にしては、また徳利から酒を注ぐことを繰り返した。
ほろ酔い加減になり、とても晴れ晴れとした気分だ。あの金があれば、もう働く必要はない。そう、もう働かなくていいのだ。こんなに素晴らしいことはない。これからは好きな時に酒を飲んで好きな時に寝る、そんな生活ができる。まるで夢のようだな、そう思うと顔がにやつくのを止めることができない。
・・・ああ、だいぶ酒がまわってきたらしい、頭がぼうっとしてきた。でも大丈夫。このまま1日中寝ようが、何をしようが別に何にも気にする必要な・・・ん・・・。
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「司令官、起きて!・・・ねぇ!起きてったら!」
「・・・う、うーん、やめろ・・・やめろったら!」
ぺちぺちと頬を叩く手がうるさくて払いのけた。
「もう!早く起きてってば」
「まったく、乱暴な起こし方しやがって・・・。もう少し優しい起こし方はできないのかよ!」
「そんなこと言ったって、何度声をかけても起きないんだもの。さぁ、そんなことよりも早くお仕事に行ってよね」
「はぁ!?・・・仕事なんてもう行く必要ねぇだろ。あれがあるんだから」
「あれ?・・・あれって何のことを言っているの、司令官」
「・・・だから、浜で拾ってきた2500円だよ」
「2500円?何のこと?」
雷は鳩が豆鉄砲を食ったような顔して小首を傾げた。オレは少々イラつくのを感じたが我慢してまた1から説明してやった。
「酒を飲ませたんだから仕事に行けってお前が泣きつくから仕方なしにオレは仕事に行った。けど時間を間違えて起こされたせいでオレは鎮守府の前で待ちぼうけを食った。だから浜で時間をつぶしていたら、波打ち際でぷかぷか浮いているトランクケースを見つけたんだよ。そのトランクケースを家まで持って帰ってきてお前と一緒に中を検めたら2500円が入ってたんじゃないか!その2500円だよ!」
雷はきょとんとした顔で話を聞いていたが、話を聞き終わった瞬間に得心した顔になり続いて眉と口を八の字にした妙な顔になった。
「なるほどね、だからさっきから妙なことばかり言っていたのね。寝てる間も散々変な寝言を言っていたし、司令官はきっと夢を見たのよ」
それを聞いた瞬間に頭に血が上るのを感じたオレは、食って掛かろうとしたがそれを制するように雷はずいと手のひらをオレの目の前に突き出した。
「いい、司令官?確かに私は仕事に行ってもらおうと司令官を起こしたけど、私が御勝手にちょっと戻っている隙に司令官また寝ちゃったじゃない。もう1度起こそうとしたけど全然起きてくれないから、もう1日だけ我慢して明日からお仕事に行ってもうおうと思ってお家のことをしていたのよ。そしたら昼頃くらいから何だか嬉しそうにブツブツ寝言を言い始めて、いきなり司令官飛び起きて家を飛び出していって隼鷹さんとか那智さんとか赤城さんとか駆逐艦のみんなを連れてきて、宴会を始めちゃって散々飲んで食べて騒いで寝ちゃって今私に起こされたのよ。いつ2500円の入ったトランクケースなんと手に入れたの?」
雷は一気に言い切ると、スカートを少し拳に握りこみきっとオレを見据えた。
オレを見据える雷の視線に何だか圧倒されるような気持ちになったオレは、すでに雷に食って掛かろうとしていたことなんて忘れて肩をすくめて小さくなっていた。しかし、オレも男なわけでここで引き下がるわけにはいかない。
「いや、そんなこと言ってもだな。オレは確かに鎮守府の近くの浜でトランクケースを拾ったんだ。・・・そうだ、鎮守府の時計台の鐘の音だってちゃんと聞いたんだぜ、オレは」
そうだ、確かにあの時オレは時計台の音を聞いた。それがあの場にいた証拠になりはしないかとオレは一抹の希望を得ていたがそれはあっさりと霧散してしまった。
「鎮守府の時計台の音はすごく響くからこの家からでも聞こえるわ。ほら今聞こえているのがちょうどそうよ」
・・・確かに聞こえる。じゃあ、オレは大金を得た夢を真に受けて宴会を開いて散財した間抜けということか。いや、ただの間抜けならまだいい。こんな緊縮を徹底されている中、業務を放り出して艦娘共々どんちゃん騒ぎをしていたことが大本営に知れたら軍法会議ものだ。青くなっているオレに雷は追い打ちをかけるように続けた。
「司令官、こんなこと言いたくないけど、お酒ばっかり飲んでいるからこんな夢と現実の区別のつかないようなことしちゃったのよ。それに、この支払いはどうするの?」
すっと差し出されたのは、宴会費用の請求書だった。その額は2500円なしでは払い難く、かといって、働かず酒を飲んでばかりで貯金の1つもできないオレが自腹を切るのも無理が過ぎる程度のものだった。
しかし、だからと言って鎮守府の金を使い込んでみても、オレが借金をこさえても、いずれは大本営にばれてお咎めを受けることになるだろう。
オレは頭が真っ白になるのを感じ、はっと立ちあがると箪笥をひっかきまわして衣類やら貴重品やらをまとめ始めた。
「い、一体どうしたの司令官?」
オレは手を止めると、雷の両手をがっちり掴んで首を垂れた。
「雷、頼む!オレと一緒に逃げてくれ!このままじゃ、どんな罰を受けるかわからねぇ!」
取り乱すオレとは対照的に雷はとても穏やかな口調だった。
「司令官、落ち着いて。ここから逃げ出さなくたって、司令官が一生懸命に鎮守府でお仕事さえしてくれれば、私がきっと何とかしてみせるわ!」
オレはそれを聞くと、勢いよく顔を上げて雷の顔を食い入るように見つめた。雷の顔は一点の曇りもない優しい笑顔だった。
「・・・わかった。今度こそ一生懸命に働くよ。酒だってもう飲まない。雷、お前に誓ってもう絶対に酒を飲まずにまじめに働く。だから頼むよ、何とかしてくれ!」
「本当?じゃあ、約束だからね!この雷様に全部、任せなさい!」
雷はポンと自分の胸をたたいて見せた。
オレはそのあとすぐに家を飛び出して、鎮守府へと向かった。
~~~~~~~~~~~~~
「ただいま」
一声かけると、パタパタと奥から雷が出てきた。
「お帰りさない、司令官」
雷は笑顔でオレから鞄を受け取ると、居間へとまた戻っていく。その後にオレも続いた。オレはひと心地をつきたくて座卓の前にどかりと座り込み、胡坐をかいた。すると雷がほうじ茶を湯飲みに入れて持ってきてくれたのでそれを一口すすった。
「いやあ、今日は疲れたよ」
「昇進式だったものね。偉い人とか久しぶりに会う人とか沢山いて大変だったでしょ」
そう、今日はオレの昇進式があった。鎮守府での式典の後、上司や同僚や昔に世話になった指導官などなど付き合いの酒宴があって、やっとの思いで開放されてきたというわけだ。
「ああ、大変だったぜ。みんな、まさかお前が同期の出世頭になるなんてって頻りに驚いていてな。式に出席してた後輩に向かって、人間は働いてなんぼ、目の前のことに一生懸命にならなけりゃいけないんだって説教したら、みんなお前が言うなって大笑いだったよ」
「ひどいわ。この3年間の司令官の頑張りを見れば驚くことも笑うこともないのに。本当に司令官は頑張ったもの。一生懸命頑張って戦果もたくさん挙げて勲章ももらったもん」
雷は冗談っぽく唇を尖らせてみせてから笑った。オレは少し気恥ずかしさを感じて話題を変えようとした。
「まぁそれ以上に、オレが酒をやめたことの方がみんな衝撃を受けていたな。3度の飯よりも酒が好きてなもんだったのにってさ」
オレは軽く笑って見せたが、雷はそれを聞くと少しだけ目を伏せた。
「ふーん、・・・司令官、お酒、飲みたい?」
唐突にそんなことを聞くものだから、オレは少しばかり面喰ってしまった。
「いや、まったく。今はこのほうじ茶なんかの方が美味くていいや。茶と一緒に甘いもんでも食えれば最高さ」
「そうなんだ・・・」
そう呟くとしばらくの間、黙り込んだ後に意を決したように雷は顔を上げた。
「司令官、聞いてほしい話があるの」
「話?いいよ、別に」
「あともう1つ。話が終わるまで何も言わずに話を聞くと約束してほしいの」
妙なことを言うなとは思ったが、雷があまりに真剣な目をしているのでオレはいいよと了承した。すると雷はすっくと立ちあがると押し入れから汚いトランクケースを取り出してきて、座卓の上に置いた。
「なんだ、この汚いトランクは?」
「司令官、中を確かめてみて」
言われるがままにオレはトランクケースの留め具を外しケースを開いた。その瞬間オレは瞬きを忘れた。中には大量の1円券の札束が詰まっていた。
「お、おい!?この大金は一体なんだよ」
驚くオレにお構いなしに雷は「司令官、トランクケースとケース一杯のお金に覚えはない?」と聞いた。そう言われた瞬間、オレは今日まで全く気にも留めていなかった3年前のあることを思い出していた。
「ある。オレは3年前、鎮守府近くの浜で2500円の入ったトランクケースを拾った夢を見た」
「・・・あれ、夢じゃなかったの。本当に拾ってたのよ」
そう言われた瞬間、頭に血が上るのを感じた。
「お前!あれは夢だってオレに・・・」
「話は最後まで聞くって約束よ!」
雷はオレの言葉をそう言って遮るとオレの顔をじっと見つめた。その目は少しばかりうるんでいるように見えた。
「・・・わかったよ、最後まで聞く」
もち上げたかけた腰をもう1度下した。それを見ると雷はありがとうと呟いて、たどたどしく話し始めた。
「お酒を飲ませて司令官が寝ちゃった後、私、大淀さんに相談しに行ったの。司令官は平気だって言ったけど、もしこのお金を使って司令官が大変な目にあったらどうしようって怖くなったから。大淀さんに理由を話してこのトランクケースを見せたら、このお金を鎮守府の近海で見つけたのなら、鎮守府の近海はすべて陛下のものだから陛下にお伺いをたてなきゃだめだって言うの。お伺いを立てる前に1銭でも使ったら大変な罪に問われるから、早く大本営を通して陛下にお伺いを立てるべきだって。でも、いきなりそんなこと司令官に言ったらますますお仕事のやる気をなくしちゃうわって私、大淀さんに言ったの。そしたら、お酒に酔って寝ちゃったならトランクケースを見つけたこと自体を夢にしちゃえって。だから、司令官に夢だ夢だって言ったら、司令官は人が良いから本当に夢にしちゃって・・・。それから人が変わったように司令官は仕事に精を出してくれて、私、嬉しくて嬉しくてたまらなかったし、感謝しきりだったわ。トランクケースは落とし主も見つからなかったから、最近の司令官の勲功を評価して陛下から下賜されたのよ。このお金を司令官に見せたのは、もし司令官がまた、ずぼらしても鎮守府のみんなの練度も上がったからフォローしていけると思ったからなの」
そこで1拍の間を置くと雷は頭を下げた。
「これで全部、話したわ。司令官こんなにも長い間、嘘をつき続けてごめんなさい、打ったって構わないわ。もう雷のことを信じられないかもしれないけど・・・でも最後にはきっと許して。お願い」
見ると雷は服の裾の辺りを力いっぱい握りこんでいる。
「・・・おい、顔を上げてくれ。」
雷はゆっくりと顔を上げた。目にはいっぱいの涙をためて口をきゅっと結んでいる。
「謝らなきゃならないのはオレの方だ。まったくバカはオレの方だぜ。金を見つけたときオレは嬉しくてたまらなかった。けど、こんなの使っていれば無くなるのは道理だぜ。しかもこの金にもし手を付けていたら、間違いなく刑務所行き、職も何もかも取り上げられて前科持ちじゃ野垂れ死にが関の山だ。なんとかなったのは雷、お前のおかげだ。ありがとう」
そう言った瞬間、安堵したのかぽろぽろと雷の瞳から雫が落ちた。
「おいおい、泣くな泣くな」
オレは慌てて親指で雷の目元をぬぐった。
「えへ、えへへ。ごめんね、司令官。安心したらつい止まらなくなちゃって。でももう大丈夫。・・・そうだ!司令官、お酒飲む?この話をした後に機嫌直ししてもらおうと思ってお酒を用意しているのよ!」
「本当か!」
「うん!ちょっと待ってて」
そう言うと雷はぱたぱたと御勝手にかけていった。しばらくしてお盆に徳利が数本と御猪口を乗せて戻ってきた。
「はい、どうぞ!」
雷はオレに御猪口を渡すと、並々と酒を注いでくれた。
オレはうれしさのあまり、思わず「暫くだな、元気にしてたか」と酒に語り掛ける始末だった。その3年ぶりに拝む透明な液体は何よりも澄んで見えて手が震えるのを抑えるのが大変だった。
「雷、飲むぞ?」
「ええ、どうぞ」
「本当に飲むぞ?お前がいいって言うから飲むんだぞ。お前との誓いを破るわけじゃないぜ」
「そんなのわかってるわよ」
笑顔の雷と御猪口を交互に見た後、御猪口を顔の前にかかげて少しの間じっと中身を見つめてからオレはそっと御猪口を座卓の上に戻した。
「司令官、どうしたの?」
「やめた。また夢になるといけねぇ」