ベビースパイダー嬢は青春ブタ野郎に夢を見る   作:紺野咲良

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第11話

 ずっと、良い子の仮面を被り続けてきました。

 でも、あなたの前では……わたしは、わたしらしくいられたんです。

 ねぇ、先輩。

 運命の出会いって、もっと劇的で、もっと特別なものと思っていました。

 だから、これはそう大それたものではなく。誰もが経験するような、ごくごくありふれた、ただの青春の一ページ……なのでしょうね。

 きっと。

 

 

    ◇    ◇

 

 

「ん……」

「気が付いたか」

 うっすらと目を開ける。

 いつもながらの代わり映えしない『糸』だらけの光景。もはや幾重にも織り込まれた『布』と称した方がいいほどの膨大な量。

 でも今はそんなものにでも感謝をし、心の底からほっとしていた。

 まだ、目は見えているのだから。

 まだ、時間は残されているのだから。

「ここは……?」

「病院だ」

 そう言われてみると病院特有の独特な香りや雰囲気がするし、綾音(あやね)が寝かされているベッドのシーツのぱりっとした手触りも病室のそれらしい。左手の手首あたりに何かの違和感があるのは、かすかな痛みから察するに、点滴をされているようだった。

「……されちゃいましたか、病院送りに」

 咲太が救急車を呼び、病院へと送り届けてくれたのだろう。だいぶ語弊があるが、これも言い様によっては『病院送り』だ。咲太に流れている不穏な噂も、もしかしたらこんなシチュエーションから派生してしまったのかもしれないとも思ってしまう。

「噂に(はく)がついたら秦野(はだの)のせいだからな」

「責任は取りかねます」

 直後、足音が聞こえてくる。

 闖入者(ちんにゅうしゃ)と咲太との会話の内容に聞き耳を立てていると、その正体は医者だとわかった。どうも咲太がナースコールを押して呼んでくれたらしい。

 まだ頭が若干ぼんやりしてるみたいだの、受け応えはきちんとしているだの、ありがたいことに咲太が代わりに答えてくれている。なぜか医者とのやり取りがずいぶんと慣れている様子なのは少し気になったが。

「顔色も大分良くなりましたね。特別これといった異常も見られません。栄養失調に、寝不足、心身の疲労が原因でしょう」

「……そう、ですか」

 相槌(あいづち)がワンテンポ遅れてしまった。

「あの……入院、とかは……?」

「その必要はなさそうです。今日中にお家に帰れますよ」

「……」

 今度はとうとう放心気味に黙り込む。

 世間一般的な反応としては、胸を撫で下ろす場面のはずだ。無言で悲壮感ただよう表情をいつまでもさらしていては、何らかの気がかりがあるのかと、さすがにそろそろ心配されてしまうだろう。

「良かったな」

 そんな綾音の様子に目ざとく気付いたのか、咲太が声をかけてきた。はっとして、ぎこちないながらも微笑んでみせる。

「……はい。ありがとう、ございます」

 医者が言うからには間違いないのだと思う。ろくに食べず、ろくに眠れず、心身共に疲弊してしまっていた自覚はある。だが、綾音の身に降りかかっている本当の異変には、医者にでさえ気づいてもらえない。その現実をここにきて痛感した。

 それでも取り乱したり、食い掛かったりはしない。

 ネットで散々調べてきたことだ。ここで過剰に騒いでも無為に時間を浪費するだけだし、下手をすれば違法薬物の接種を疑われたり、精神異常者扱いをされてしまう。それは綾音の望むところではなかった。

「趣味に没頭するのも構いませんが、しっかりと睡眠はとってください。それと、無理なダイエットも控えてくださいね」

「……?」

 怪訝(けげん)な表情で咲太の方を見やるも、そっぽを向かれてしまった。

 どうやら眠っている間に事情の説明をしてくれていたらしい。日常的に夜更かしをして、近頃では減食ダイエットに励む、すこぶる不健康な生活をしていた不良少女。きっとそんな説明を。

「面目ないです」

 否定してもややこしいことになるだけなので、おとなしく受け入れる。咲太には、後でたっぷり文句を言ってやると胸に誓って。

「あまりお兄様を心配させてはいけませんよ」

「……はいっ?」

 思わず声が裏返ってしまう。

 先ほどより一層怪訝な顔で再び咲太を見やると、「話を合わせろ」と死んだ魚のような目で訴えかけてきた。

「ご……ごめんなさい……」

「ま、大したことなくて何よりだよ」

 妹の無事に安堵(あんど)する、人並み程度にやさしい兄。そんな立ち位置らしい無難なセリフ。

「点滴が終わる頃、また来ますね」

 こつこつと踵を鳴らし、医者が退室していく。

 その足音が遠ざかり、静寂が訪れた頃合いを見計らって、口を開いた。

「……なんですか、お兄さまって」

 咲太へ向けた、恨めしい気持ちが満載の眼差し。

 色々と言いたいことがてんこ盛りであったが、特にその一点に関しては大至急はっきりさせておかねばならなかった。

「身内って言っといた方が手間が省けるんだよ」

「それは……そうなのでしょう、けども」

 それにしたって、こんな兄など持ちたくない。

「秦野だって、無理なダイエットがたたって倒れただなんて、両親に知られたくないだろ?」

 こういった場合は真っ先に身内へ連絡がいってしまう。あの両親が仕事を投げ出してまで駆けつけてくるとも思えないが、スマホぐらい手に取って確認しただろうし、そんな労力でさえ、かけさせてしまうのは嫌だった。

「ま、まぁ……そうです、ね……」

 要するに、付き添ってくれるために、綾音の両親へ迷惑をかけないために、偽りの兄妹を演じてくれたということになる。

 率直に言って、限りなく完璧に等しい配慮だった。地面にめり込ませる勢いで頭を下げ、感謝の気持ちを述べたい気持ちでいっぱいだった。

 その相手が、咲太でさえなければ。

「……」

 尊敬なんて、したくない。

 やさしくなんて、されたくない。

 もう、これ以上は……。

「それとも彼氏とでも言っておけばよかったか?」

「お心遣い痛み入ります、お兄さま」

 心の一切こもっていない、得意の作り笑顔で即座に応じた。あっけらかんと、とんでもないことを言い放つ咲太に内心舌打ちをしながら。

 

 ふと、窓の外に視線を向ける。

 当然そこにあるのも、まったく代わり映えしないカラフルな糸だらけの景色。そんなことわかりきっている。

 気にしたのは、時間帯。

 どうやら日は沈んでしまっているようだが、そこまで薄暗くもないように見えた。

「今、何時ですか?」

 点滴が終わり次第学校へ向かえば、部活動が終わる前に着けるかも……佑真や理央と会えるかもしれない。交際して間もないのだから、一緒に帰宅の約束だってしている可能性だって大いにある。運よくその場面に出くわすことができたなら、二人の関係を元に戻すことができるはず。

 綾音に与えられた猶予(ゆうよ)が、あとどれほどあるかわからない。

 一分でも、一秒でも、早く安心したかった。

 早く……楽に、なりたかった。

「知らん」

 この先輩は本当にブレない人だった。

「いやいや……病人にまで意地悪しないでくださいよ」

 思わずこぼれる苦笑い。

 肩透かしを食らった気分だが、おかげで肩の力もだいぶ抜けた。どんな状況においても空気を読まず、重苦しくなりかけた雰囲気すらをもことごとくぶち壊すことができるのは、もはや咲太の才能だと思う。

「無いんだよ、時計が」

「へ?」

「病室には置かないとこも多いからな」

 それは初耳だった。(うなず)きつつ、「へー」と(つぶや)く。

「でしたら、スマホなんかは?」

「あいにくそんな便利な物は持ってない。なんてったって僕は、原始人だぞ」

「なんですかそりゃ」

「前に古賀に言われたんだよ。『今時ケータイも持ってない原始人』ってな」

 このご時世において文明の利器を所持していない、時代錯誤(さくご)の原始人。なかなか言い得て妙だ。

「そういうことだから、時間なら自分で確認してくれ」

「もうっ、使えない先輩ですね」

「なんだよ、せっかく鞄持ってきてやったのに。ほら」

 ぼすん、と何かがベッドの上へ乗せられたようだ。流れから察するに、おそらく綾音の鞄なのだろう。

 記憶がおぼろげだが、そのまま帰宅するかもしれないと、念のため鞄を持って海まで移動したことを思い出す。咲太がこうして拾ってくれてなかったら、今頃は七里ヶ浜の砂浜へ放置されたまま。最悪、誰かに盗られてしまったり、波にさらわれてしまったりしていたはず。

「さっすが頼りになる先輩です」

「だろ」

 視界の正面は、ほぼ(ふさ)がっていた。端の方にあるわずかな隙間に鞄の姿をとらえ、引き寄せる。手探りで中身を漁り、スマホを取り出す。親指でボタンを押してみようとしたら、あるはずの物がそこになかった。少しうろたえるも、スマホが上下逆さまだっただけらしい。

「秦野、お前……まさか、目が?」

 そんな奇妙な行動をしていては、さすがに勘付かれてしまうのも無理はない。

「いえいえ、まだ見えてますよ。かろうじて、ですが」

 もはや隠し通せる気もなかったので、おとなしく認めておく。

「でも、こうして近づければ、はっきりくっきり見えますし」

 ほんの、十センチメートルぐらいだろうか。そこまで近づけさえすれば『糸』にさほど邪魔されることなく、比較的鮮明に見える。スマホの液晶画面を見てみれば、午後五時を回ったところだった。

 点滴の残りの量を見るに、まだまだ時間がかかりそうだ。この分だと学校へ到着するのは、七時近くになってしまうだろうか。

 これでは、たぶん今日はもう……。

 そんな胸中の焦りが表情に出てしまわぬよう(こら)え、笑顔で咲太へと向き直る。

「さくたろ先輩のご尊顔だって、ちゃーんと拝めますから」

 たとえて表現するならば、ピースがごくごくわずかだけ埋められたジグソーパズルのように、咲太の体の部位がところどころ見えているだけ。目を合わせようとしても片目づつしか視界に収まらないし、口の動きを見ようとすれば今度は目が隠れてしまう。お世辞にも『見えている』と言っていい状態ではなかった。

 こんな視界では、歩くこともままならないだろう。今日はなんとか家まで帰れたとしても、明日にはこれよりも悪化してしまうかもしれない。

 だとすれば、今とっておくべき策としては。

「さくたろ先輩。ひとつ、無理を承知で……」

「断る」

 ずいぶん前にもこんな対応をされた覚えがある。なんだか懐かしい。

「あの、まだなんにも言ってないんですけど」

「どうせ明日の朝、家まで迎えに来てほしいとかだろ?」

「うっ」

 悔しいが、ご明察。

「秦野の家って、僕とは正反対の方角だったよな。どんだけ早起きさせる気だよ」

 これまたおっしゃる通り、おそらく普段の通学時の二倍か三倍の時間を費やす羽目になる。無論その分だけ早く起きてもらわなければならない。

「そこをなんとか。一生のお願いです」

「お前が僕の家まで来て起こしてくれるっていうなら考えるぞ」

「それ、なんか意味あるんですか?」

 外を出歩くことが困難を極めそうだからこそのお願いだというのに。学校よりも遠い咲太の家まで出向くなど、本末転倒もいいところ。

「まぁ……断られる気しかしていませんでしたし、構いませんけど」

 一つ、大きなため息をつく。

 そうは言っても、ここまではっきりとした拒絶を食らうとは思ってもいなかった。毎度毎度、この先輩は綾音の想像の上をいともたやすく超えてくる。普段は冷たいようで、ごくまれに気遣い上手。実はやさしいようで、見ての通りの人でなし。

 また一つ、大きく息を吸って、吐く。

 今度は先ほどのため息とは違う、緊張を和らげるための深呼吸。

「ごめんなさい」

 ベッドに座ったまま、上半身を大きく折りたたみ、頭を精一杯深々と下げる。

「どうした、急に」

「ほら、その……いろいろと、ですよ」

 合わせる顔がないと、そのままの姿勢のまま、歯切れも悪く答える。

 すっかりタイミングを逃してしまっていたが、言わずもがな謝っておくべきだった。ただ、そうするべきと思ったものの、謝るべき事柄が多すぎて、具体的にどこをどう謝ればいいのかは(きゅう)してしまった。

「秦野は知らなかったんだろ」

「はい?」

 のっそりと顔を上げ、首を捻る。

「上里のこと」

「……えぇ、まぁ」

 声が小さくなる。曖昧な笑顔になる。

 完全に失念していただけで、知っていたはずだった。沙希の名も……そして、佑真の彼女だということも。

「怒って……ないんですか?」

「怒ってないように見えるか?」

「はい、そう見えます」

 これまで交わした綾音とのやりとりは通常運行だったように思えるし、今しがたの咲太の声からも綾音を責めるような響きが一切感じ取れない。表情からも怒りの色は汲み取れないし、すっかり見慣れた眠たげな目をしている。こう見えて実は業腹(ごうはら)なのだとすれば、恐るべきポーカーフェイスだと感心してしまう。

「当然だろ」

 咲太が小さく、ふっと笑ったかと思うと、

「あたっ」

 油断しきっていたら、デコピンをいただいてしまった。

 条件反射で額をさするも、やはり痛みはまったくない。

「怒ってるに決まってる。僕を巻き込むなって念を押しておいたのに」

「むぐ……」

 相変わらず自分本位で薄情な言い分だと思うが、今回のことは反論できない。まんまと咲太が懸念した通りの……いや、それ以上の状況に陥ってしまったのだから。

「だから、さっさと治せ」

 ゆっくりと、大きく頷く。

「はい、早急に皆さんの糸を結び直します」

 どんなに困難だろうと、それだけはまっとうしてみせる。それこそが与えられた猶予で成すべき、最後の使命。

 その想いだけが綾音を動かしていた。綾音の心を、繋ぎとめていた。

 けれども、ピンと張り詰めた想いの糸は、あまりにも細くて、今にも千切れてしまいそうなほど脆くて。早急に、と口にしたのも、無論のこと咲太のためでもあったが、何よりも綾音自身のため……自らの心残りを無くし、早く楽になりたいがためだった。

「今日はもう遅くなってしまったので、明日になってしまうかと思いますが……」

「そうじゃない」

「はい?」

「お前の思春期症候群を、だ」

 何を言われたか瞬時にはわからず、目をぱちくりさせる。

「……そちら、ですか」

 弱弱しい苦笑いがこぼれた。

 思春期症候群が解消さえすれば、それによる全ての影響もきれいさっぱりなくなるという話も聞いたことがある。綾音の場合であれば、糸を断ち切り、捻じ曲げてしまった関係性が元通りに戻るのだと思う。当事者となった経験のある咲太が『治せ』と命じてくるあたり、なおさら信憑性(しんぴょうせい)が高まる。

 きっと、万事が収まるはずだ。綾音も、平穏無事に高校生活を送れるようになる。それが皆にとっての最善策なのだろう。

 だが、それでも。

「たぶんですけど……思春期症候群を治すのって、本人の意思が大事なんだと思うんです」

「だろうな」

 思春期症候群とは、不安定な精神から発症してしまう、心の病。ゆえに解消するにも、綾音本人の精神的な面が最も重要視されると推測する。

 だというのに。

「でも……治したいと、思えないんですよ……わたし」

「は?」

 咲太が()頓狂(とんきょう)な声を発する。

 無理もない。綾音自身、妙なことを口走った自覚はある。

 けれど、それが偽りない本心だった。

「ずっと、付き合ってきたんです。たくさん、お世話になったんです。わたしの願いを、叶えてくれたんです。だから、その……愛着が湧いてしまったと言いますか……」

 申し訳なさそうに、ぎこちない笑みを浮かべながら、ぽつり、ぽつりと続ける。

「この先もずっと一緒に在るものだと、どこかで思っちゃってました。心の拠り所でした。依存さえ、しちゃってたと思います。わたしにとって、なくてはならない存在にまで昇華してました」

「……」

 口を挟まず、傾聴(けいちょう)の姿勢を保つ咲太。

 何を考えているのか、表情からは読み取れない。すぐに茶化されたりするかと予想していたのに、一見して真摯(しんし)な雰囲気を(かも)し出されていると、非常にこそばゆい。あげく、こんなにも素直に自らの胸中を吐露(とろ)した経験など無かったなと思い、ますます照れくささが込み上げてきてしまう。

 それらを誤魔化すような乾いた笑いをこぼし、頰をぽりぽりと掻きながら、なおも続けた。

「なので……都合が悪くなったから、『はいさよなら』ってのは……なんか、違うかな、って。思っちゃうんですよねぇ……」

 こんな状況に(おちい)ってなお、失ったときのことを考えると胸が締め付けられてしまう。

 こんな状況に陥ったのも、愚鈍で未熟な自分が背負っていくべき罰だと感じてしまう。

 この思春期症候群が導き出す結末を見届けたいと思ってしまう。最期の時まで共にあるべきだと、内なる自身が訴えかけてくる。

 そんな心境でいたら、治るものも治らない。

 綾音に、この病は……治すことなど、できない。

 考えれば考えるほど、その思いは高まっていってしまう一方で。思春期症候群により生み出される糸は、綾音の思考までをも縛りつけ、雁字(がんじ)(がら)めにしてしまっている。

 これは完全なる、負の連鎖。

「だから……わたしは、これでいいんですよ」

 独り言のように呟き、なにとなしに天を仰ぐ。

 そこにあるのはもちろん空ではなく、天井のはずだった。その天井さえも、ろくに視界に映っていない。ぼんやりと、糸だらけの虚空を見つめる。

 ほどなくして脳裏をよぎったのは、無二の友人である恭子(きょうこ)のこと。

 綾音の症状や、想いの全てを知られたとき、彼女はどんな反応をするだろうか。

 泣いてくれるだろうか。いや、きっと憤慨(ふんがい)するだろう。なんでもっと早く話してくれなかった、なんで頼ってくれなかった、と。そして必死になって説得してくるに違いない。諦めないで、必ず解決策を見つけてくるから……そんな風に。

 そういった光景がありありと目に浮かび、恭子には悪いと思うが、自然と頰が緩んできてしまう。彼女と出会えたことは、綾音にはもったいないぐらいの幸運だった。

 でも。

 それに引き換え、両親は。

「……」

 心が、すっと沈んでいく。

 これまでも、この先も、思春期症候群のことを両親に話すつもりは微塵(みじん)もない。ゆえにどんな反応をされるのか、まったくの未知数ではあった。

 しかし、想像することだけならできる。できてしまう。

 いつになるかはわからずとも、いずれ綾音が不登校になっていることが両親の耳にも届き、詰問(きつもん)される日が来るだろう。(いさぎよ)く正直に綾音の身に起きている異変を事細やかに話したところで、まともに耳を傾けてもらえず、妄言かとあしらわれる。最悪精神に異常をきたしたのかと、どこぞの施設へ隔離、及び監禁。そうしておよそ人間らしい扱いなどされず、そのまま生涯を終えることにさえなってしまうかもしれない。

「……ご安心ください。さくたろ先輩と皆さんの関係は、元に戻してみせますから」

 (つの)っていくわだかまりをどうにか抑え込み、にっこりと有無を言わさぬ笑顔で告げる。

 それを受けた咲太は、疲れたような……心底面倒くさそうなため息をついた。

「秦野がそれでいいって言うなら、別にいいけどな」

 いまいち煮え切らない様子で頭をがしがしと掻きながら、言葉を続ける。

「けど、これだけは約束しろ」

「はい?」

「ちゃんと、学校には来いよ」

「……」

 言葉に詰まってしまった。

「僕に(つか)える後輩なんだろ。だったら立派に勤め上げてみせろ」

 はっとして、咲太の方を向いて固まってしまう。

 ありがたい申し出だった。涙が込み上げてきてしまうほどに、心からそんな日々を望んでいた。

 しかし、おもむろに(うつむ)き、首を横に振る。

「それはもう、できません」

「なんでだよ」

 今日この後、一人で家に帰ることぐらいはおそらくできる。しかし明日、学校へ無事にたどり着ける自信は皆無だ。

 どんなに多く見積もったとしても、確実に一週間以内には全ての視界が視界が閉ざされてしまうだろう。ましてや思春期症候群による影響が、それだけに留まるとも限らない。さらなる心身への異変が襲い掛かってくるかもしれない。

 学校に通い続けることは、現実的に考えて不可能だ。

 でも……理由は、それだけじゃない。

 仮に何らかの奇跡が起き、思春期症候群が解消されたとしても、もう。

「わたし、あなたの傍に居る資格、ないんです」




すこーし他のことに取り掛かってしまい、更新が遅れてしまいました…申し訳ないです。
ちまちまと再開いたしますので、よろしければお付き合いくださいませ。
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