獣の本能に従い生を満喫しろ。さすれば汝の欲する答えが見つかるやもしれぬ。
ここには煩わしい『ヒト』の営みは存在しない。
ただ生きろ。それこそが――
パスの機能がおかしいのでやめてみました。
『Fateシリーズ』(c)TYPE-MOON
ラッキービースト「ここは『ジャパリパーク』だよ。みんななかよくすごしてね。ケンカはだめだよ」
草原を走破する一匹の『フレンズ』――
それは白い
かつて生物界の頂点に君臨していた『
生物であるならば生きるために必要となる『餌』を求める。それがこの世界――ジャパリパーク――には圧倒的に不足していた。
かつて多くの動植物が居たであろう世界は死に絶えたかのように静かであった。しかし、絶滅したわけではない。
数こそ少なくなってしまったが生きている生物が居る。
それらは『フレンズ』と呼ばれ、新たな生態系を築き上げた。
「……うぉえ……」
満足な餌を得られなかった黒い獣は木陰で黄色い胃液を涙目で吐き出す。
活動するのに必要な栄養が足りなく、満足に動けないでいた。けれども、それでも獣は駆け続けた。
生きるために――
地面に生えている草は苦く、木の実も少ない。
天候こそ恵まれていたが湖は不衛生で飲み水として使うには抵抗を覚えるほど不味い。
それでも激しい嘔吐と下痢を覚悟で飲み続ける。
「……この地での生活も限界か……」
自分の記憶にある世界の秘密――
かつて何かを得るために多くの命が失われた。今は『争い』が無く平和になった
ヒトが作り上げた負の歴史は
それなのに獣は飢えに苦しんでいる。
自給自足すればいいと獣自身も頭では理解している。だが、長くヒトの文明を忘れ、獣の本能に従った生活が
圧倒的な食糧難という障害に。
雨季の到来はまだ少し先だ。水源とタンパク元の確保が最優先事項となっている。
獣は普通の生物とは違う。
『フレンズ』として生活を始めたからとて何かが変化したわけではない。ただ、その名称が他の獣に浸透していたので
(……慢性的な飢えで判断力が鈍い……。……かつて『サーヴァント』であった我には考えられない)
想定外の事態である。
そのサーヴァントであった時は飢えなど起こりえない。または気にする余裕もなく消滅する運命であった。
それが今では飢えに苦しむ事態だ。
(……言葉を使わなければ忘れてしまいそうになる。しかし……、獣としての本能に身を任せてしまうと……、長くは持ちそうにない)
無理にでも言葉を発するようにしてみたものの進展は見込めなかった。
仲間を見つけて事態の進展を模索しようとしたのはごく最近だ。なにせ獣は基本的に孤独である。家族形態以外は敵しか居ない。
黒いフレンズもそう思っていたので、長く疑問を抱かなかった。
(……気が付けば肩口に張り付いていた黒い
と、思考を巡らせようとしたところで腹が大きく鳴った。
余計な思考は体力を無駄に消費する。それを補うには狩りをしなければならない。
圧倒的に不足する栄養を補うために。
性別は
身体を申し訳程度に覆っているのは肩口に張り付いていた魔猪の毛皮。
尻からは二本の白い尻尾が生えており、頭部にも獅子の如き獣耳がある。
かつてサーヴァントとして現界していた月の狩人『アタランテ』のバーサーカークラスが黒いフレンズの正体である。
戦いから解放された彼女は広大な『ジャパリパーク』で余生を過ごす事になった。
どうしてこの場所に居るのかと言えば記憶に無い。何らかの目的から解放された後、どういうわけが
『ジャパリパーク』という名称はボロボロに朽ち果てていた立て看板に書かれていた。おそらく広大な敷地の名称だと思われる。
動物というか
(……水源を拠点とすれば他のフレンズが来ると思っていたが……、ここより過ごしやすい場所にでも居るのかもな。……といっても他も似たようなものの気がするのだが……)
飲み水に浸かっている貴重な水とて身体を洗う事にも使用する。
そうしないと痒みでもっと気が狂いそうになるからだ。
アタランテが見つけた水源は他にもあり、周りは砂漠化しているわけではないので最低限の危機は
水さえあればまだなんとか出来る、そう信じて。
「……口の利けるフレンズを何匹が残しておくんだったな……」
この地に生息する動物の殆どがヒト型。
元々は動物本来の姿を持っていたが何らかの原因によりヒト型――二足歩行――生物に変異してしまった。しかもどう見てもヒトが獣の振りをしているような風貌である。獣的な凶暴性は無く、人間の少女が駆け回っているようにしか見えない。
手足は元々の獣の毛皮で作られたような手袋や靴を履いている――そうとしか見えないものだ。更に頭部に獣耳があり、側頭部には人間の耳がある。
彼らは知能が高く、言葉も通じる。そして、自らを『フレンズ』と呼称していた。――アタランテも彼らに倣って自らをサーヴァントではなくフレンズと呼称することにした。
獣からヒト型に変異した事は理解しているようだが、元の獣についての愛着などは出ない。そういう生き物である自分に何の疑いもない、という風にしかアタランテには見えなかった。――耳が四つある事にも関心が無さそうだった。
そんなフレンズを飢えにより噛み付き、喰らったのは一度や二度ではない。
今でこそ罪悪感を覚えるが元々が動物である為、獣としての特性――獣化――もあいまったのか、
(……確かに肉の味は格別なものであった。出来る事ならもっと文化的に処理すれば腹を壊すことも無かっただろうに……)
フレンズとして生活を続けてきた為か、どんどん野生化している気がする。いずれは知能を失い、本能のみで行動するようになるのではと。
元々がバーサーカークラスである。いずれは――と思わない事もない。
当てもなく放浪すること幾週間――
最初こそは二足歩行生物として振舞ってきた。しかし、気が付けば獣の如く四足歩行になっていた。そして、それが当たり前のように違和感もなくなり、無意識下で唸っている始末。
交流を深めようと誓ってきたヒト型のフレンズを見つけた途端に襲いかかり、何の躊躇もせずに噛み付いていた。
全てが終わった時に
地面に転がる喰い掛けの死体に悲しみこそ憶えたが涙するほどではない。この世は弱肉強食である、と本能が伝えてきた。
だが――
(元々が獣であったフレンズがヒト型に変異しただけだ。……これは人間ではない。ニンゲンらしきものであるだけだ)
運の悪いことに人間的に思考できるのは僅かな期間だけ。
多くは野生動物と遜色ない凶暴性に支配される。
かつて自分は
何の関係もないフレンズが無為に犠牲になる。
見た目は小さな子供なのに――
今の姿になる以前の自分では考えられない凶行である。だからこそ自己嫌悪が凄まじい事になっていた。
(憎い、憎い、憎い! 何もかもが憎くて仕方がない!)
そう思っても冷静な自分もまた存在する。
そんな感情は今更何の役に立つのか、と。いや、意味などない凶暴性に覚えていてはただの獣――
元の優しい自分を取り戻したくはないのか、と問いかけてくる。
それが出来れば苦労はしない、と言い返したい気持ちは湧くもののすぐに霧散してしまう。
「ガアアァァァ!」
慟哭するアタランテ。
思い出したように叫んだところで事態が変わるわけもなく。それでも叫ばなければ収まらない黒い感情。
激しく憎悪する気持ち。それは果たして誰に向けられたものなのか、今は思い出せない。
あるいは自分に向けてのものかと思った事も随分と昔のように思えてきた。
飢えは感じるが一向に死の気配はなく、不死性でも宿したのではないかと思うほど。
サーヴァントとしての『霊核』が無事である限り、アタランテに死は訪れない、とでもいうように。
そして、時を忘れてさまよい続けて新しい水源を発見する。
川自体は早期に見つけていた。初期に放り捨てたフレンズ達の血によって汚れたために忌避していた事を思い出す。
誰が
草原を駆け続け、幾体かのフレンズの死体を通り過ぎ、何度無意味に咆哮したのかも忘れて――
そうして見つけた新しい水源には何体かのフレンズが楽しそうに過ごしていた。
(……ま、まだ理性が残っているならば……、襲ってはいけない。……ソレが例え美味そうに見えてもだ)
恒久的な空腹こそあるもののヒトの言葉を忘れるほど野生化していない事を確認する。たったそれだけのことでも今はとても嬉しかった。
自分はまだ誰かと会話ができる生き物だと――
そう思いたい自分を自覚する事が出来た。
だが、久しく他人と言葉を交わさなかったため、どういう挨拶をすればいいのか。そんな簡単な事も分からなくなっていた自分に驚く。
(……相手はまだ私に気づいていない。……腹の音が今ほど煩いと感じたことがないくらい
ヒト型になったフレンズ達は獣から人間らしさが備わり、二足歩行での移動も苦にしない。
身体の変化について深く疑問視していない為か、どれも楽しそうに遊んでいた。
走る時こそ四足動物らしくなる事がある以外は――やはり――人間の子供にしか見えない。
だが、それでも彼らは野生動物が変化した存在だと思う。
(彼らとて腹が空けば何かを食べなければならない。そのありようはやはり野生動物としか言いようがない)
そうだとしてもヒト型としての異常性に疑問を抱かないのは謎である。
時には何も知らないままの方が幸せだと思うことはあるけれど。
何を言ったところで元の姿に戻れる方法が無い今は余計な忠告は無駄でしかない。
彼らが動物からヒト型に変異した主な原因は遠くに見える山だという。
火山活動によって発生した
その原因は周りで輝く『サンドスター』なる物質だという。
小さな立方体が輝いており、一定時間が経過すると消滅する。試しに触れてみたが何も起きなかった。ヒト型フレンズが触れても何も起きなかった。
動物の時に触れなければ意味がないようだ、と。
フレンズ達は動物時代であれば縄張り意識を持ち、決して仲良くなろうとはしない筈だ。それがヒト型になってから馴れ馴れしいというか、フレンズの名に相応しい協調性を身に着けたようで、争いごとを見たことがない。
獣であるならば食べるために行動するものだが――
(……仲がいいだけでは腹は膨れない。彼らは空腹を克服でもしているのか? ……そんなわけはないと思うのだが……)
ヒト型になったことで色々と常識に変化が生じ、弱肉強食の本能を失ったと考えると納得できそうになる。
しかし、それでも生物である限り飢えからは逃げられない。
(……彼らのように何の
距離を取って観察を続けるアタランテをもし別のフレンズ達が発見したならば獲物を狙う様子に見えた事だろう。
全身ズタボロの獣ほど危険なものは無い。それが自然界の常識だ。だが――
それでもフレンズ達は何の恐怖も抱かずに近づくかもしれない。新しいことに興味を持ち、ヒト型となった彼らは無垢の子供と変わらない。
アタランテは今の自分の姿がどうなっているのか考慮に入れていない。それは姿鏡のようなものが無いから仕方がないとも言える。
もし、水辺などに自身の姿を映せばフレンズ達と仲良く触れ合えるとは到底言えない事を知る筈だ。
血走った瞳。手負いの獣特有の威圧感。
なにより
その強烈な飢えを
一人で行動することに寂しさを感じていたから。
願う事なら別の方法で食料を調達したい。その気持ちが
しばらくフレンズ達の楽しそうな様子を窺っていると自分はこのまま近づかない方が幸せなのではないかと思えてきた。もちろん、それはそうなのだが、と肯定するものの――
この施設に最初から居たわけではない。部外者である自分の行動はおそらく間違っている。そんな事が脳裏を駆け巡る。
(彼らはどうやって食料を調達している? ……私は……それを今まで知ろうとしなかった)
激しい飢えによって理性が保てなかった、というのは言い訳に過ぎない。それでも自分は知るべきだった。
本来サーヴァントは魔力さえあれば食料を必要としない。その筈だったのだが、どういうわけか今までの常識のようなものが作用していない。
姿形を保ちつつ全く別の概念に挿げ替えられたような――
(……今でも恐ろしいと思う。自分がいつまた獣へと変じるのか、と。理性を保つのにも体力を使う。早めの食料調達を確立しなければ……)
目に付くフレンズが全て食料になってしまう。それだけは避けたかった。
しかし、現実は思っているほど残酷であった。
目の前に美味しそうな小動物がウロチョロしているだけで襲いたくなる。それが正しい事であるかのように。
(……しかし、圧倒的に……肉が食べたい……。それだけでは駄目なのだが……)
そもそも初期の段階で激しい下痢に見舞われ、空腹と糞尿の匂いに耐えかねていた。
草木だけでは苦いだけで腹は満たされず。
そうして気が付けば動物を狩っていた。いや――フレンズを狩った。
どうしてそのような事態になったのか、全く覚えていない。ただ、空腹に耐えかねた後の食事は
そう。とても美味かった。だからこそ我慢することが辛い。
食欲との戦いに耐えつつ今に至る。そして、だからこそ理解した。
取り返しはつかない。けれども方法を変える事は出来る、と。
――もし、可能であれば許しを請いたい――などと言うつもりはない。
目に付く獲物は全て食料だ。それが自然界の
アタランテは出来る事なら思考を放棄したいと何度も思った。けれども、この世界の事を知りたいという欲求によって今に至る。
それは世界を知らなければならない気がしたから。ただそれだけが理性を繋ぎとめているような気がした。
(種を増やさなければ私は……永劫の飢えに苦しむ。それでいいのか? ……理性の無い獣は哀れだと思わないのか……)
そんなことを繰り返せば腕が使い物にならなくなる。
どこからか魔力を補充すれば傷が治るかもしれない。けれども、そんなことをいつまでも続けられるわけがない。
理性と本能が争い、アタランテの表情は獰猛な肉食獣へと刻一刻と変化していた。
口からはだらしなく
水分補給は充分に出来るので渇き自体は問題にならない。
性的興奮は多少あるとしても食欲が今は何よりも優先されていた。
無意識に地面や岩などに爪を立て、厚い吐息を漏らす。
(……あー。どうしようもなく……腹が減る。……肉に噛み付きたい……。だが、相手は小さい子供だ。
理性が充分にあったならば子供を襲うことは決してない筈の彼女の頭は少しずつ浸食されていた。既に何匹かのフレンズを手にかけている。今更だ、という思いも手伝っていた。
本来『ジャパリパーク』内に居るフレンズ達は仲良くする傾向にあり、充分な食事が与えられている。しかし、今は管理する側の存在が無い。
アタランテもフレンズ達にも窺い知れない事態が起きていたのだが――それを知るすべがどちらにも無かった。
だからこそ、危険な猛獣たるアタランテに対抗するすべは――
そして、アタランテ自身が幸せになるすべは――
果てして何が正しくて何が間違っているというのか。
今まさに一つの結論を出したアタランテが一歩前に出ようとする。
ここはジャパリパーク。多くのフレンズ達の楽園である。――つい先日までは確かにそうだと――
明るく照らされた舞台の中央に向かうアタランテ。その歩みは自信に満ち溢れ、堂々とした
黒い毛皮を申し訳程度に身に着けており、腰に届くほどの――紫色が僅かばかり混じる――白く長い髪が荒々しく揺らめいていた。
頭頂部には大きな獅子の耳があり、お尻から白い短めの毛並みで覆われた尻尾が二本。
そんな彼女を取り囲むように左右から人間の子供ほどの大きさのフレンズ達が集まっていく。
アタランテ「……私以外の……、フレンズの存在が空気だ……」
現場に到着した途端に一気に落胆の様子を見せる。そして、両手を腰に当ててため息をつきながらアタランテは言った。
そんな彼女を不思議そうに眺めるフレンズ達。まるで言葉の意味を理解し損ねたように。
サーバル「君ってどんなフレンズ?」
アタランテ「私か? しいて言えばサーヴァントというフレンズだ」
カラカル「へー。そうなんだー」
ジャガー「へー。そうなんだー」
フォッサ「へー。そうなんだー」
フェネック「へー。そうなんだー」
アルパカ・スリ「へー。そうなんだー」
ライオン「へー。そうなんだー」
ヘラジカ「へー。そうなんだー」
アタランテを見上げるように。一斉に同じ音程の口調で言うフレンズ達。
単一的な感想にアタランテは驚き、気味が悪いと思いながら一歩後ずさる。しかし、フレンズ達の純真な眼差しで意識を無理矢理押しとどめる。
ハシビロコウ「……じー」
サーバル「このあたりにセルリアンっていう危険な存在が居るんだ。気を付けてね」
アタランテ「心配は要らない。我が宝具にて殲滅する」
アタランテは弓を弾く動作を見せる。
すると一堂は同じセリフで感心を表現した。
初めて見る動作に驚いたり、興味を持ったり、真似したりと様々に。
フレンズ達のオウム返しの様子にアタランテは苦笑をにじませる。そして、現場の空気に必死に耐えた。
ここで舞台が暗転し、月が現れる。夜の演出が完了したと同時に舞台袖から『ラッキービースト』が現れる。それはピコピコと足音を鳴らしながら舞台中央まで進む。
アタランテだけがラッキービーストを気に掛けるがフレンズ達は無視した。まるでそこに何も存在していないかのように。
フレンズの誰もかれもが注目しない様子に
アタランテ「そういえば作中には出てこなかったが、こいつは何なんだ?」
サーバル「ああっ、いつのまに」
大きな音を鳴らしながら歩いていたのにフレンズ達は今――ラッキービーストの存在に――気が付いたように驚きを現す。それを見たアタランテはフレンズ達に対して驚いた。
アタランテ「……私の目が悪いのか……、それとも……」
ライオン「我々は『ボス』って呼んでる」
驚きの様子は立ちどころに霧散し、
フレンズ達の態度の切り替えにアタランテは疑問と不安を同時に味わっていた。
驚いたかと思えば次の瞬間には今までの事が無かったかのように笑い出すのだから。
フェネック「フレンズ達に対しては何もしゃべらないんだ」
フェネックの言葉に一堂が頷く。
同じ言葉を発すると危惧したが動作だけで終わった。その様子にアタランテは安心して胸を撫でおろす。
毎回
スナネコ「ジャパリまん。食べる?」
アタランテ「是非、いただこう」
これさえあれば作中では悲劇にならずに済んだのに、と思いつつスナネコから丸い『ジャパリまん』を受け取った。
舞台の中央で美味しそうにジャパリまんを食べるアタランテ。周りでは賑やかな会話が続く。
その後で舞台の照明が少しずつ暗くなり、完全に暗転した後に大きな幕が垂れ下がる。