転生業務課は本日も大忙しです 作:通りすがりのめいりん君@すきょあ
本編中に語る暇のなかったエルラドの勇者をピックアップした短編にしたいと思ってます。
EX1:エルラドの勇者①
その男は平凡な男だった。
特に運動が得意なわけでも頭がいいわけでもなく、2流とも3流とも取れるような大学を出て、これまた特に有名でもない普遍的な商社に務めている。
しかし、彼はとても満足していた。
それなりに裕福な家庭に生まれ、良い友人に恵まれ、職場では後輩に慕われて。職場の後輩であり歳が4つしたの女性と交際し、来年には婚姻の約束も控えていた。
私生活も仕事も充実。過不足があるわけでもない、ある意味では理想の人生とも言えるようなもの。
男の名はローガン・ウッド。イギリスはマンチェスターで生まれ育った英国紳士である。
だが、平穏で素晴らしい日常は意外と脆く、些細な事で瓦解してしまうものだ。
「やあ、エミリー。今日も素敵だね。そのブローチ、よく似合っているよ」
「おはよう、ローガン。ありがとう。これお気に入りなの。貴方から貰ったものだからね」
軽い朝の挨拶をした2人は「今日も仕事を頑張ろう」と言い合ってからそれぞれの持場へと着いた。
この日も普通の特筆すべきことの無い一日になるはずだった。
「エミリー、ディナーはどうする?」
「貴方と一緒ならどこでもいいわ」
「それならいつものレストランに行こうか」
「まだ少し早すぎるわ。どこかで紅茶でも飲みましょ?」
「いいね。そうしよう」
2人は気づかない。2人の歩く道の隣に広がる工事現場で何が起きているのか。頭上の方でギチギチと音を立て、倒壊しそうになっている資材のことに。
―ガラララァン!!!
刹那、けたたましい金属のぶつかる音と共に大量の
「エミリー!!」
彼女よりも早く異常事態に気づいたローガンはすぐさま覆いかぶさるようにして彼女を守ろうとする。
結果的にローガンの身を挺した
しかし―
「ローガン!しっかりして!ねえ!冗談よね!!」
情けも容赦も一切なく襲った鉄筋は人体を
頭部は
「返事をして!嘘よ!嘘って言って!!」
彼、ローガン・ウッドは32年の人生に幕を閉じた。彼女に庇い、腕を立て自らをシェルターにしたまま。どこか満足そうな顔で。
せめてもの救いは一番最初に受けた頭部の傷によって、痛みを感じる間もなく意識を失った事かも知れない。
***
不意に、男は
何処とも知らぬ、白い世界で。
「よくぞ来た。人間よ」
白い部屋でこれまた白い服に身を包んだ女性が男を見下ろしていた。
男はハッとした様子で起き上がると、自らの身体を触る。
「ゆ、め……?」
傷のない身体に困惑しながら男は目の前の女性に視線を送る。
絶世の美女。そう形容するのが正しいと思えるような長い黒髪を携えたやや長身で妙齢の女性。
「夢ではない。
「死ん……。やっぱり、そうなんですね……。でも良かった。エミリーがここに居ないってことは彼女を守り切れたのでしょう?」
「そうだ。其方の
女性の言葉は最後になにかが小声で付け加えられていたが、男にはそれが聞こえなかった。
「人生もこれからといったところでの死、後悔も多かろう。そこで―」
「―いえ、満足してますよ」
「愛するものを守り抜くその勇気に免じて異世界に転せ……はぁ?」
「私の人生にも意味があった。きっと私はあの時、あの場所で彼女を守るために生きていたんです。残された彼女は泣いてしまうかも知れませんが、彼女は強い人。きっと立ち直ってくれることでしょう」
「何を勝手な。それだと私が困る!」
「どうして貴女が困るので……。と言うか、貴女は一体何者なんですか?」
男は問う。ここが死後の世界だとするならば眼の前の女性がただの人間であるはずがない。
「よくぞ聞いてくれた。私はブーティカ。ブーティカ・エデン。女神が1柱である」
「は、はぁ。女神様、ですか」
通常であればただの痛い人だが、自分が死んだであろう出来事の記憶、そしてどこが上とも知らぬ白い世界が目の前の女性の発言に真実味を与える。
男はなんとなく女神の目的がわかるような気がした。自分の好きな
「其方には私の管理する世界で勇者として
「……えっと」
男は訝しんだように女神を名乗る女を目を細めて見つめる。
そんな様子に女神はにっこりと笑ったまま静かに青筋を立てていた。
「お主の献身と咄嗟の判断力が勇者に向いてると思ったのだ。お主ならば私の力を使いこなし、きっと世界を救ってくれると見込んでおる」
困惑した様子の男を後目に女神は続ける。
「これから其方を人として枠を超えし
「ちょ、ちょっと待ってください!私はやるなんて一言も!」
「
「おい!聞いてるのか!」
「では勇者よ。地上では欠かさずに協会へ脚を運ぶのだぞ」
「何を勝手な――」
もはや男の言葉なんて女神には届いてなかった。
詮索されるのはごめんとばかりに男を無視して地上へ落とす。
魔法と剣が飛び交う乱世の世界。エルラドへと。
***
男は再び目覚めた。
しかし今度は身体も動かず、声も出ない。目は開いているはずなのに視界はぼやけて何も見えなかった。
「(あらあら目が覚めたのね)」
誰かの声がした。どうやら近くに誰かが居るようだ。しかしその言葉は男の知らない言語だった。
少なくとも、英語、中国語、ドイツ語、ロシア語、日本語のどれでもない。確証は無いがイントネーションからしてヨーロッパ圏の言葉とも違うだろう。
「だぁ。ああだ!」
「(どうしたのヘンリーちゃん)」
なんとなく理解した。この言葉とは呼べない声は自分から発せられていると。身体が動かないのではなく、動いているけどそれをうまく知覚できないだけだと。
「ふあ、あ、ふぎゃああああ!!あああああ!」
「(よしよし、おっぱいが欲しいのね?)」
男は、赤ん坊に生まれ変わっていた。
首都から遠く離れた農村。その畜産農家の次男坊。ヘンリーとして新たな生を受けた男は、特に不自由もなく田舎の街で慎ましく育っていった。
あの女神には感謝の1つでも言いたいくらいに男は幸せだった。
この辺りは魔王領とも離れており、たまにはぐれの魔物が来るくらい。それだって村の男衆で退治出来るレベル。
危険も少なく、自然は豊か。地球に未練がないと言えば嘘になるが、この世界もまた良いと思えた。
男が5歳になるまでは。
この世界は5歳になると洗礼の儀を受け、神から何かしらの加護を与えられるらしい。
「汝、ライブストック村のヘンリーよ。其方は
街まで出向き、教会で洗礼の儀を受けた男は、高位の神父様にそう告げられた。
予想はついていた。だから洗礼の儀は受けたくなかった。
しかしこの世界のルールがそれを許さず。もし拒否すれば天罰が下るのだという。
洗礼の儀で祈れば加護を与えられ、力も付く。拒否すれば天罰、力は得られない。それどころかこの世界で無神論者は罪人だ。
だから皆、教会へ足を運んでは口を揃えてこう言う。
『ブーティカ様ありがとう』と。
酷いマッチポンプもあったものだ。
「勇者ヘンリーよ。貴様はこれから国の騎士団へ入り立派な勇者として活躍できるように鍛え直してやる」
屈強な騎士がまだ幼い男の頭をゴツゴツした手でぼふぼふと叩き、ガハハと笑う。
その日から男の平穏だった生活は一変し、助けなんてどこにもない規律という名の拘束具でがんじがらめになった生活が始まった。
まだ幼い男の身など関係なしに、容赦なく騎士団の一員として訓練を課される。
もはやそれは拷問に近かった。とても5歳の身体にかけていい負荷では無い。
普通の子供なら泣き喚き、1日たりとも出来なかったであろう訓練も男は元々30歳を超えた大の大人であった。
男としてのプライド、大人としての
そのお陰か、5年経ち、10歳となる頃にはとても子供とは思えない強靭な肉体、精神を手に入れ、もはや子供だからと
彼こそ勇者に相応しき御仁、女神の子だと持ち上げられる。
あまり嬉しくはない。
あれから何度か教会へ礼拝したが、女神は何も言ってこない。そもそも魔物の被害だって大した脅威にもなってない。
たまに小規模の群れが来る程度だが騎士団で十二分に対応できるレベル。
魔王にしたって情報が全くと言って良いほどにない。魔王領と呼ばれる魔物が湧き出る地域があると言うことだけ。
王は偵察部隊を編成して定期的に情報を得ようとしていると言っているが、それだって怪しいと男は思っていた。ずっと王城に居て訓練している身の彼だが、『いつ』『誰が』『行って』『戻った』のか1度たりとも噂すら聞いたことがない。
騎士団だけではなく街の人もそういった噂は流れていない。“影”と呼ばれる
正直な話、男は王の事を信用してなかった。何かにつけて「女神からの言葉」だのなんだのと
それでも王城に残り騎士団の一員として訓練に励むのは家族のため。もし男が騎士団を抜けたりすれば『勇者としての使命を放棄した罪人』として
だから男は王に魔王討伐への旅を命じられることになっている18歳までは耐え抜くと決めている。
絶対にもう家族を失いたくは無いから。
~あとがき~
こんにちばんわ。めいりん君です。
エルラドの勇者、ヘンリーの話ですが最近だと増えてきてるクソ女神系の転生ですね。
まあ、ヘンリーの場合は力事態は与えられているんですが。
話としてはどうして結界に隠れた何処とも知らぬ場所に息子と離れて暮らしていたのか、までの補足になるような物語になります。
正直、本編で軽く説明スべきだった話です……。
転生課も手直ししてもうちょい読めるようにしないととか、書ききったように見えて全然終わってないですね。
2部もプロットは出来上がってるけど書き始められるのはいつになることやら……。
頑張りますのでこれからもよろしくお願いします。
ではでは、また次回!