ダンジョンにアギトがいちゃだめでしょう。   作:リューイ

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 ダンジョンにアギトがいちゃだめでしょう。第4話です。
 読んでいただけると嬉しいです。




第5話 ベルのトラウマ

 翔一が豊穣の女主人から出るとベルを追って店外に出たアイズだけ一人が道の真ん中に立っていた。丁度いい、ベルたちがどちらに行ったか訊いてみようと翔一は声をかけた。

 

「すまない、ヴァレンシュタインさん、私は先ほど店を出て行った白髪の少年、ベル・クラネルの仲間で北氷原翔一と言うものだが、彼がどちらに向かったか見ていたら教えてほしい」

 

「あっち」

 

 アイズはそう言ってバベルの方角を指さした。

 

 ベルがどこに行ったか翔一にはすぐに察しがついた。恐らくダンジョンだ。辛辣な言葉の凶刃に膝を屈するのではなく。逆に奮起して強くなるためにがむしゃらに行動しているのだろう。

 

「そうか、ありがとう」

 

 そっけない態度だったがベルがどちらに行ったかがしれれば十分だった翔一はアイズに礼を言うとすぐにバベルと反対方向にあるホームに向かい、歩き出した。

 

「あの……」

 

 翔一の後ろからアイズが声をかけた。別に無視しても良かったが翔一はベルの行き先を聞いた借りもあったので止まって振り返る。

 

「なんですか?」

 

「私、あの子に謝りたい」

 

 あの子と言うのがベルを指しているのは直ぐに分かったがそれを何故アイズが自分に言うのか翔一には理解できなかった。

 

「……? 謝りたいのなら謝ればいいんじゃないですか?」

 

「私は怖がられている、謝りに行ってもきっと逃げられる」

 

 最初にベルを助けた時に逃げられたことを気にしているのだろう。「ああ」と翔一は納得したのか頷く。

 

(それにしても随分切なげな顔をするものですね)

 

 案外ベルにもチャンスはあるのかもしれない、翔一はベルの愛嬌ある顔を思い出しながらそう思った。

 

「クラネル君はあなたを怖がっているわけではありませんよ。ただ少し恥ずかしがりやなだけです」

 

 翔一はベルを擁護しながらこのことを何かに役立てられないかと考えた末、使えるかどうかも定かではない一計を案じる事にした。

 

「そうですね、直接だとクラネル君も恥かしがって逃げてしまうかもしれないので文書にしてみるのはどうでしょう。謝罪文をギルド経由ででもヘスティアファミリアに届けていただければクラネル君のもとに確実に届き、貴方の誠意も伝わるでしょう」

 

 それにギルドを経由した謝罪が文書として残っていれば何かの時に役立つかもしれませんからねと翔一は心の中で続けるのだった。

 

「わかった。やってみる」と頷くアイズに翔一は「それは良かった。では」と会釈してその場を後にした。

 

 

 

 

 店を出たヘスティアは薄暗い道を月明かりと民家や酒場の窓から指す微かな灯りを頼りにベルを追いかけ走っていた。しかし仮にもベルは冒険者だ。神の力を使わないヘスティアが追いつけるはずもなく、小さく見えていたベルの背中はやがて見えなくなった。

 

 それでもヘスティアは可愛らしいツインテールを振り乱し、息を切らしながら走り続ける。それは偏にベルの事が心配だったからだ。

 

 ヘスティアにはベルを一人で行かせてしまうともう戻ってこないんじゃないかという嫌な予感があったのだ。

 

 そして走って走って息も絶え絶えになりながらもダンジョンの入口、バベル前の広場にたどり着く。

 

(ベル君はダンジョン(ここ)にいる)

 

 ヘスティアは確信していた。しかしこれ以上は進めない。ダンジョンに入ろうにも神の力を使わなければ直ぐモンスターに殺され天界に戻ってしまうし、仮に神の力を使いダンジョンに入りベルを連れ戻したとしてもダンジョンに神が入ることを禁止しているギルドに確実に見つかり最悪天界に送還される。どちらにしてもヘスティアはベルと離れ離れになってしまうかもしれないのだ。

 

 しかしこのままベルを放って帰る事もヘスティアには到底できない。

 

 進むことも帰ることもできないヘスティアはどうしたらいいのか判らなくなり、街灯りも無く月も雲に隠れて真っ暗闇に塗りつぶされた広場で膝を抱えて座り込む。

 

「ベル君」

 

 ヘスティアの呟きは虚しいほど簡単に夜のしじまに飲まれて消えた。

 

 

 それから暫してヘスティアは、不意に人の気配を感じた。トントントンと時を刻む秒針のように規則正しく石畳を打つ革靴の足音を頼りに振り返ると夜の闇の中にうっすらと人影が浮かび上がった。

 

 どんどん靴音がヘスティアのもとに近づいて行く。それと同時に最初は陰しか見えなかった姿が雲間から指す月明かりに照らされ見えた。

 

「ショーイチ君」

 

 現れたのは翔一だ。

 

「そんなところに座り込んでどうしたんですか、立てますか?」

 

 翔一はヘスティアの手を取り立ち上がらせる。丁度翔一とヘスティアが最初に会った時と反対だ。

 

「ベル君が、ベル君がダンジョンに……」

 

「分かっていますよ。今から私が追いかけます。ヘスティアはホームに帰っていてください。しばらく帰らないと思いますので」

 

「かっ帰らないって」

 

 翔一の腕に縋りついていたヘスティアは彼の格好が酒場に居た時と違う事に気づく。大きなバックパックと直径30㎝ぐらいある樽を背負っていた。

 

「そのままの意味ですよ。クラネル君を見つけたら何日かダンジョンに籠って彼の経験値(エクセリア)を稼いでくるつもりです」

 

「なにも今日じゃなくたっていいじゃないか?」

 

「クラネル君のスキル憧憬一途(リアリスフレーゼ)は想いが続いている間しか効果を発揮しないのでしょう? それならスキルの使える今のうちに経験値(エクセリア)をためておくべきだ」

 

「確かにそうだけど、今回は」

 

 いやな予感がするヘスティアは翔一を翻意させようと彼の腕を強く掴んで必死に食い下がる。

 

「ヘスティア君、今最も憂慮すべきことは彼一人で暴走させてしまう事です。私も彼がここで潰れてしまう事を望んでいません。必ず連れて戻ってきます。あなた()達なら私が嘘を言っていないことは分かるでしょう?」

 

 そう言うと翔一はヘスティアの答えを効かずに彼女の手を優しく振りほどきダンジョンに進んでいった。

 

 翔一が嘘を言っていないことはヘスティアも理解していたが、同時に潰れたならそれまでの人間だと翔一がベルに見切りをつけてしまう様にヘスティアは思えた。しかし今、彼女には何も出来る事はない。神である故、祈るモノ()を持たぬヘスティアは祈ることさえできない。

 

 ヘスティアにできたのはダンジョンへ進んでいく翔一の背を見送り、ベルの身を案じる事だけだった。

 

 

 

 

 豊穣の女主人を出たベルは脇目も振らずダンジョンに一直線に行き、上層の洞窟域で昼間と同じように淡く光る岩を頼りにモンスター探して、防具もなしに挑みかかっていた。

 

 最初は素手で、途中からは落ちている石やモンスターが持っていた棍棒を奪って、がむしゃらに戦う。

 

 もっと! もっと!! もっと!!! ベルは傷つき血を流しながら次の獲物(モンスター)を探す。

 

 仄かなダンジョンの明かりに浮かび上がるその姿はさながら幽鬼の様であった。何がベルをそこまで駆り立てたのか、それは焦燥だ。

 

 アイズの隣に立つ資格がないそう言われたときベルはその通りだと思った。そして弱いまま何も変わろうとしなかった自分を恥じた。翔一に自分の倒す分を残すように言いはしても自分から積極的に前に出てはいかなかった。それは怖かったからだ。モンスターが、自分を殺そうとするもの、殺せるものが、ベルは自分の恐怖心に負けていたのだ。

 

 このまま何もしなければアイズへの恋心さえ恐怖からの逃避であったかのように思えてしまいそうだった。だがそれだけはベルは我慢ならなかった。

 

 その気持ちは今まで大した意味も分からずハーレムを作るって言っていた時とは違う、ベルの心から初めて芽吹いた本物の感情()だから。

 

「見つけた」

 

 ベルは新たな獲物を見つけた。緑色の小鬼、ゴブリンがベルに気づくことなく二体で歩いている。

 

「うおぉぉ!!!」

 ベルは鬨の声をあげ二体のゴブリンに突撃していく。

 

 わざわざ自分の存在をゴブリンに知らせるような愚行だが、今のベルには己を奮い立たせるのに、そして傷つき疲労した体を無理やりにでも動かすために必要なことだった。

 

 だが当然ゴブリンはベルに気づく。

 

 傷だらけのベルを見てゴブリンは然もいいカモが来たとばかりにニヤけた笑みを浮かべ、手に持つ棍棒を振り上げベルに向かってきた。

 

(……っ!! 負けるもんか!)

 

 ゴブリンの醜悪な笑みに竦みそうになる心を抑え込んでベルはさらに走る速度を上げる。

 

 蹴りの間合いに入るとベルは速度を殺さずに前蹴りを放った。ベルの爪先が身長1メートルぐらいのゴブリンの胸骨を砕き鳩尾のあたりに突き刺さる。

 

 その感触で一体目のゴブリンの絶命を確信したベルは素早く蹴り足を引き戻し、その足で踏みきってもう一体のゴブリンに拳を振り上げ飛びかかる。

 

「であぁぁぁ!!」

 

 渾身の力と全体重がかかった拳が頭に命中しゴブリンの首があらぬ方向に曲がり倒れていく。

 

 ゴブリン二体は倒されベルの経験値となった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、次」

 

 呼吸も整えず、魔石の回収もしないままベルは次のモンスターを探しに行こうとするが疲労で足元から崩れる様にその場で尻餅をついてしまう。

 

 

 丁度その時、翔一がベルを見つけた。

 

「クラネル君」

 

「僕はまだ帰れません」

 

 翔一が柔和な笑みを浮かべすぐ後ろまで来て声をかけるがベルは要件を言われる前に拒絶の言葉を紡いだ。しかし翔一もここで地上に連れ帰る気はさらさらない。

 

「そんなつもりはありませんよ」

 

「えっ」

 

「強くなりたいのでしょう?」

 

「……はい」

 

 翔一が自分を連れ戻しに来たのだとばかり考えていたベルは思わず呆けた顔で翔一を見上げたが、やがて力強く決意を示した。

 

 思った通りの答えに笑みを深めた翔一はベルを助け起こし、回復薬(ポーション)が入ったコルク栓で栓をしている試験管の様なガラス瓶を渡す。

 

 翔一に渡されたポーションを飲み干したベルの傷が見る見る内に癒えていき体力が瞬く間に回復した。

 

 そのあまりの効果に渡した翔一自身驚いていた。改めてこの世界の凄さを翔一は知った気がした。

 

「回復したら次はこれです」

 

 翔一は一旦バックパックを地面に卸し、その中から軽鎧とナイフを取り出してベルに渡した。

 

「クラネル君、目標のために努力することは良い事です。しかしがむしゃらに頑張れば良いと言うものでもない。今回のように防具も武装も無しにダンジョンに入るなど何の意味もないし、周りに迷惑をかけるだけだ。いいですか、努力と言うのはどれだけ頑張ったかではありません、どれだけ効率良く時間を使ったかです。それは覚えておいてください」

 

 ベルが軽鎧を受け取り装着している時、他人に上から目線で物を言うのが大好きな翔一はベルに説教を垂れる。薄っぺらな言葉だが今のベルには響くものが在ったのか、彼は神妙に頷いた。

 

 しかしその表情は先ほどよりは険は取れたがいまだに何時もの明るさは無い。

 

「そろそろ用意は出来ましたか?」

 

「はい」

 

 準備を終えたベルは防具がしっかり固定されているか触って確かめながら翔一に返事をする。

 

「では、行きましょう」

 

 ベルと翔一はダンジョンを奥へと進んでいくのだった。

 

 

 

 

 ダンジョンに潜って2日、ベルはひたすら戦い続けた。そして翔一はその姿を見守りつつ、本当に危険な時だけわずかに手を貸していた。

 

 この2日間2人で交代しながらわずかな睡眠はとったが基本戦い漬けでベルの疲労は限界ギリギリ、意思の力で無理やり体を動かしている様な物だった。だがそのおかげかベルの身体からは無駄な力は抜け、その動きは少し素直過ぎるきらいがあるがモンスターを処理するのに適したものとなった。

 極端な話、階層主やイレギュラーなモンスターなどとの戦闘以外においては対人戦闘時の様なかけ引きよりも素早く的確にモンスターを処理していく方が重要なのだ。

 

 その点、ベルの戦闘スタイルは良くなってきているのだが……変わっていないこともある。

 

 それは声を張り上げながら戦う事だ。

 

「うおぉぉぉ!!!」

 

 今も自らを鼓舞するように鬨の声を上げながら身長2m以上ある豚鼻のモンスター、オークと闘っている。

 

 ベルはオークの懐に跳び込み逆手に持ったナイフで首を薙ぎ絶命させてはまた別の個体に叫びながら吶喊していく。

 

 別に声を上げて戦う事は悪い事でもないだろうがベルのように高速で相手に迫り、一撃でその命を刈り取っていくスタイルには合ってはいない。むしろ息を潜め、なるべく相手に気取られぬ様にした方がいいに決まっている。

 

 翔一もそのことはベルに何度も言い聞かせては居たのだが一向に治らない。いつも素直なベルにしては珍しい事だった。それだけにその原因は容易く想像できた。

 

 トラウマ

 

 おそらくミノタウロスに殺されかけた事が尾を引いている。それで必要以上に恐れを抱いてしまうのだろう。

 

 まぁ萎縮して動けなくなっていないだけましではあるが。

 

 だがこのままで良いと言うわけでもない。

 

 翔一はベルが息を切らせながらもなんとかオークたちを倒し切った所で声をかけた。

 

「クラネル君、この階層での戦闘も大分慣れてきたようだし、そろそろ次に階層に行こうか」

 

 翔一はベルのトラウマ克服に一計を案じる事としたのだった。

 




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