無物語【完結】   作:秋月月日

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 文章力やら内容設定の向上の為、あえて難しいとされる物語シリーズものを投稿します。

 受験が終わるまでは超亀更新になりますが、受験が終わってからは結構更新速度が上がる予定です。

 それでは、無物語第一話、まなみラビット其ノ壹――スタートです。



第壹話  まなみラビット 其ノ壹

 千石撫子(せんごくなでこ)という“人形の様に”可愛い実妹の話をしよう。

 幼い頃から“人形の様に”育てられた、可愛い可愛い千石撫子の話をしよう。……一応は家族構成や俺の立場などを付与した方が良いのだろうけれど、この話に俺の個人情報とか両親の詳細情報などというものは全く持って必要ないので、今回はあえて省かせてもらうことにし、省略させてもらうことにし、簡略化させてもらうことにする。

 あえて彼女の外見を述べるのならば、“日本人形の様”という表現が最も合うような気がするのだけれど、ここはきっちり彼女の兄として自分なりの見解を述べたいと思う。今は俺は一人暮らしで彼女とはあまり接点も何もあったものではないのだけれど、それでも一応は彼女の兄としての仕事を果たしておきたいとは思っていたりいなかったり……いや、ここは自発的というか意志的な意味で『言わせてください』と頭を下げておくことにしよう。

 彼女の美点を挙げる際に絶対に外せない部分というのは、“人形の様に”整った顔と“人形の様に”艶のある黒髪だろう。両親が全身全霊をかけて、全力全魂をかけて育て上げた――磨き上げた可愛い可愛い千石撫子は、同年代というよりもどの年代の異性が見ても心を奪われてしまう――そんな“人形の様な”少女だった。

 彼女に目立った欠点はない。

 彼女は目立たない欠点を持っている。

 人に見られること・人を見ること、人に触られる事・人に触ること――そんな人間としての喜びを、千石撫子は心の底から拒否してしまう。否定してしまう。拒絶してしまう。――逃避してしまう。

 しんどいことや頑張ることを心の底から嫌い、『私が怒られれば済むことだから』と達観した大人の様に――悟った修行僧の様にありとあらゆることから逃げてしまう。――そんな、いろんな意味で“純粋で純白で純潔な”少女。

 それが、千石撫子という、“人形の様に”可愛い可愛い実妹だ。

 人を信じず人を疑わず、完全に無関係で完全に無関心。そこには自分が確立されてはいるのだけれど、他者を取り巻く環境における自分は確立されてはいない。

 どこに居ても一人きりで。

 どこに居ても一人ぼっち。

 どこから見ても“人形の様に”可愛らしい女の子のはずなのに、百八十度見方を変えると――どこから見ても“人形の様に”浮いた女の子になってしまう。

 同じ意味のようにも取れるのだけれど、

 同じ意味とは絶対に受け取れない。

 そんな儚く頼りなく幼く眩しい千石撫子の実兄――今はほぼ接点なんてものはないのだけれど――としてこの世に生を受けた俺は、果たして一体どういう存在としての生を与えられたというのだろう?

 え?

 話の前後が繋がっていないって?

 いやいやいや、そんなことはないと俺は思わざるを得ない。

 撫子の情報を提示したのはあくまでも俺の存在に注意を向けさせるためであり、別に可愛い実妹を自慢して紹介して自賛したいわけではない。多分。おそらく。めいびぃ。

 さぁさぁそれではやっとついに始められる――俺の紹介を始められる。

 テレビの前の皆様に――画面の前の皆様に――俺の前の皆様に、俺の、親切だけれど記憶には残らない、歴史にも残らない、心にも残らない物語を伝えよう。

 阿良々木暦(あららぎこよみ)という少年を主軸とした物語の傍らで密かに展開されていたが、ありとあらゆるいろんな意味での事情により――“無かったことにされた”物語を伝えよう。

 

 

 青春は、忘却“無”しには語れない――――。

 

 

 

 

 

 

 

 001

 

 

 

 

 

 千石大和(せんごくやまと)という無駄に狙ったように思えてしまうあざとい名前こそが、千石撫子の実兄である俺の正式名称であり、フルネームであり、戸籍名である。

 地方都市にある私立直江津高校の三年生であると同時に、阿良々木暦といういろんな意味で悪目立ちする同級生のクラスメートでもある。自分で言うのもなんなのだけれど、成績や運動神経といったものは狙ったように全国平均。将来の夢は公務員で好きな食べ物はカレーライス、という何処にでもいるように見せかけておいて実は何処にもいないような高校生である。

 あえて外見を述べるとするならば――紹介するとするならば、無造作な黒髪に平凡な顔立ち、そして中肉中背といったところであろう。生まれつきというか物心ついた頃から『目つきが悪い』と友人たちや両親から――更には実妹にまで言われてきた実績を持っているが、その『目つき』を差し引いて鑑みれば俺は何処にでもいそうだけれど何処にもいない普通の平凡な男子高校三年生ということになる。

 

 名字以外は、だが。

 

 因みに更なる情報開示をしておくと、俺の得意科目は現代国語で苦手科目は数学だ。好きでも嫌いでもないのは英語と地理で、得意でも苦手でもないのは物理と化学。理系か文系かと問われれば『文系』ということになるのだろうけれど、正直言ってどちらも大した差はないのでここは『理文系』とお茶を濁すことにする。

 さてさて。

 俺の実妹である千石撫子が阿良々木暦に何かしらの救いを受けた後の某日。

 帰りのホームルームを終えた俺は席替えという名のくじ引きによって与えられた自分の座席――廊下側の一番後ろの席でぼーっと天井を見上げていた。眺めていた、と言った方が正しいのかもしれないのだが、とにかく俺は首を折って顔を上げて目線を天井に向けていた。

 他の連中――クラスメート達はさっさと帰路に就いているようで、教室内にはちらほらとしか見知った顔を確認することができない。見知った顔がたくさんいるわけではないのだけれど、それでも一応の知り合い達の顔はちらほらとだけ確認できた。

 

 そんな、知り合いの内の二人。

 

 阿良々木暦と羽川翼(はねかわつばさ)は、仲睦まじい様子で二つの机を囲んでいた。あえて詳細染みた情報を開示してみるならば、二人の間にある机の上には勉強道具が並べられていた。

 二人はただの友達だ。

 しかし、二人を他者から見たら、仲睦まじすぎる友達だ。

 今年の四月から接点がある俺な訳だが、あの二人の仲の良さはある意味でもそれ以外の意味でも流石に異常だと思えてしまう。

 

 というのも。

 

 阿良々木暦という高校三年生には戦場ヶ原(せんじょうがはら)ひたぎという絶世の美少女の恋人がおり、毎日のように見張られているようなデレられているようなツンツンされているような――そんな見てて飽きない関係を築き上げているはずなのだ。……あくまでも俺視点の話、という話だが。

 他者の立場から言わせてもらえば、阿良々木暦と戦場ヶ原ひたぎの間に目立つような接点はほとんどなかった。見えなかった。感じなかった。

 しかし、彼らは恋人同士になった。

 意味が分からない、という感想を抱くのは仕方がないにしろ、訳が分からない、という感想を抱くのは到底許されざることではないのであろうか? プロセス不明で結果だけを提示された者の立場から言わせてもらえば、「お前ら意味分かんねえよ」と肩を竦めることしかできない訳なのである。

 ある程度のモノローグと回想を終え、俺は欠伸を噛み殺す。眠気はないが欠伸は出る。皆様にそのような経験はないだろうか? 因みに俺はある。それも現在進行形で。

 キィ、と木製の椅子を鳴らす形で背を反らし、長時間の着席により固定された背骨を無駄に音を立てて鳴らしていく。この快感がたまらない、という訳ではないのだけれど、それでも少しは快感を覚えてしまうというのは俺が平凡すぎる人間であるからこその感想なのだろうか?

 そんな終わりなき自問自答の中、俺は暦と目が合った。詳しく言えば、羽川がトイレに行ったせいで暇な状況に立たされてしまっていた故にきょろきょろと周囲を見渡していた――そんな阿良々木暦と目が合った。

 暦はシャープペンシルでこめかみをコツコツと突きながら、

 

「何で大和はまだ帰ってないんだ? なにか委員会の仕事があるわけでもないだろ?」

 

「理由はないが事情はある。待つ気はないが待っていないと怒られてしまう――というか無表情で怒ってくる女の子がいるわけなので、俺はこうして無駄な時間を過ごしているわけだよ――暦クン」

 

「……お前も一応、受験生の一員なんだよな?」

 

「不本意ながらな」

 

 と、俺は答えた。

 と、暦に言われている俺な訳だが、今現在の学力と今現在の志望校を同時に挙げて思考した結果、今から必死に勉強する必要もない――という受験生失格な結論に至ってしまった。というか、俺の学力は今現在の暦よりは十分に高いと言えるレベルなわけで、今現在は俺よりも低い学力しか持っていない暦が俺に偉そうに受験生が何たるかを騙ることは到底許されることではない。

 許されることではないが、俺はあえて許そうと思う。

 俺と暦は友達ではないが、千石撫子という一人の少女という名の接点があるので、互いのことを許し合えるほどの関係は築き上げることができているのだ。

 

 不本意ながらな。

 

 前に挙げたような感じで暦と雑談する中、俺はチラッと教室の掛け時計に視線をやった。因みに羽川は未だに戻ってこない。女子に聞くのは失礼に値するとは思うのだけれど、トイレで一体何をしているのかについての質問を浴びせかけてやりたい気持ちだと――そんな気持ちだということを今この場にいない羽川翼にぶつけてやりたい俺がいる。

 

 不本意ながらな。

 

 現在時刻は午後五時十七分三十三秒――というか今は四十秒。

 秒針を律儀に追っていたらきりがないため、今は午後五時十七分――いや、正確にはちょうど十八分になったところだ――とだけ言っておこう。

 これはあくまでも俺の予想でしかないのだけれど、“彼女”は午後五時二十分ちょうどに俺の前に現れるだろう。やってくるだろう。推参するだろう。

 何で俺が“彼女”に絡まれることになってしまったのかについては話すと長いので省略――機会があったらその時に話そうではないか――しようと思う。リアルな文字数としては三千六百二十二字ぐらいを要してしまいそうなので、ここは“省略”という二文字に簡略させてもらうことにする。

 

 不本意ながらな。

 

 チラチラと時計と暦を交互に見る。動く秒針と動く暦のアホ毛を交互に見る。

 そして約二分後。

 その少女は現れた。

 

「お待たせ」

 

 と言いながら、その少女は現れた。

 その声は、真後ろから聞こえてきた。前を向いていたから彼女は俺の視界の外に居て、俺は彼女の前にいるから彼女の視界の中にいる。

 くるっ、と後ろを振り返る。

 「あ、四十八願(よいなら)じゃん」という暦の言葉を無視しながら、俺は後ろを振り返る。

 そこには、感情の欠片もないような顔立ち――というけれど結構な美少女――を持つ、小柄な少女が立っていた。

 夜の闇の様に黒い髪をショートにしていて、長い前髪によって左目だけが隠れている。身体の凹凸は目立つほどではないがそこそこあって、胸に関して言うのなら、片手で揉めば心地の良い感触が返ってきそうな大きさだ。因みに俺は巨乳でも貧乳でもない、普通サイズが好みです。

 夏服の袖を捲ったその少女は相も変わらず感情のなさそうな冷たい目で俺を眺め、見つめ――平坦で単調な声で声をかける。

 四十八願愛望(よいならまなみ)という夢と希望と愛と願いに溢れた名前を持つ少女は、両手で鞄を持ったまま、綺麗な姿勢で立ったまま、表情をピクリとも変えないまま、俺に声をかける。

 

「授業で不明な点を、先生に聞いていた」

 

「相変わらず真面目だなぁ、愛望は。人を待たせておいているにもかかわらず、自分の用から済ませるなんて、愛望は相変わらず真面目だなぁ」

 

「大和は優しいから。優しいからこそ迷惑をかける」

 

「意味分かんねえ……」

 

 と、俺は溜め息交じりに言ってみる。

 そんな感じのやり取りを今から続行しても良いのだが、せっかく愛望がやっと愛望が現れたので、今日はこの辺で帰らせてもらうことにしよう。

 恋人でも親友でも幼馴染みでも腐れ縁でもない、ただの友達という関係の四十八願愛望と帰るために、この座り慣れた椅子から重い腰を上げることにしよう。

 鞄を掴み、立ち上がる。

 そのタイミングで羽川翼が教室に入ってくるのを視界の端に収めながら、そのタイミングで教室を出ていく四十八願愛望に苦笑を浮かべながら、俺は暦に軽く手を振り、

 

「それじゃあ暦、また明日」

 

「ああ。また明日」

 

 特別仲が良いわけでもない阿良々木暦に再会の約束を一連の流れで取り付けた。

 

 ――――不本意ながら、な。

 

 




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 次回もお楽しみに!

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