012
私様が本格的に定期的に大和と親しくなったのは、小学校に上がったばかりの時――乃ち、小学校一年生の入学式の後からだった。
自分でも自覚している通り、他人からも意識されている通り、私様は他人と違って特殊な性格の持ち主だ。それは幼い頃からも変わらず腐らず、それが原因で私様は他人から少しばかり距離を置かれてしまっていた――友達が一人も作れずにいた。
彼らには悪気はないということは分かってはいたけれど、
それでも流石に幼心には比較的甚大なダメージが与えられてしまっていた。
しかし。
だけれど。
それでも――私様は比較的明るく振舞った。
他人から距離を置かれないように、他人から拒絶されないように。
なによりも――友達を一人でも多く作れるように。
私様は明るく楽しく振舞った。
しかし、結果は散々。空回りもいいところであった。
元から基から、私様は他人に受け入れられてもらえるような人格を形成してはいない。他者からは理解も共感も感動も感激も信頼も――プラスの関係をただの一つとして向けられることはない、そんな人格を形成してしまっている。
まるでそれは、美術館に飾られている絵画のような扱いで。
まるでそれは、動物園に飾られている猛獣のような扱いで。
まるでそれは、テレビに出演している芸能人のような扱いで。
誰からも彼からも何物からも認められず受け入れられず。だというのにそれでも私様は他人からのプラスの感情を望んでいて。
それこそが空回りだと、幼いながらに気づいていながら。
それでも私様は空回りを続けるしかなくなっていた。
そんな、時。――そう、そんな時だった。
私様が千石大和と――
――自分の存在に価値を見出せていなかった、可愛そうな幼馴染と親しくなったのは。
013
気づいた時には、左腕を噛み千切られていた。
痛んだ時には、佳乃が俺を噛み千切っていた。
ギリギリ人間、という状態の佳乃の身体は“オオカミ”のような毛皮に覆われ、“オオカミ”のような爪や牙なども見て取れた。――やっぱり人間なのは本当にギリギリのようだ、とギリギリの意識の中で思ってみたり。
憤怒の形相で俺の左腕を噛み砕く佳乃は、憤怒の視線で俺を睨みつけていた――獲物を狙う“オオカミ”のようだと思った。
憤怒を司る、絶滅危惧種。
鋭い爪と牙で獲物を屠り、怒りのままに行動する野蛮な肉食獣。
そんな猛獣のような変貌を遂げてしまった――現在進行形で変貌してしまっている佳乃を冷や汗交じりで見つめながら、眺めながら、警戒しながら、俺は愛望に問いかける。
怒りを受け入れる覚悟を決めながら、問いかける。
「ま、愛望……不本意ながらに質問だけれど、あの怪異の正体って何だ……?」
「――あ、えと……多分、《御悪咬み》だと思う」
あまりの展開に混乱しているようだけれど、それでもきちんとしっかりと本領を発揮してくれる愛望に、俺は少しばかりの――いや、凄く大きな感謝を向ける。
噛み千切られた左腕の傷跡を《炙り蝦蟇》の炎が癒していくのを感じながら――そして、目の前で俺の左腕を咀嚼している信愛すべき親友で幼馴染みな廿楽佳乃を警戒しながら、俺は愛望に先を促す。
愛望は言う。
「《御悪咬み》は、女性の怒りを糧に生きる怪異、のはず。自分が巣食った女性の怒りが限界を突破した時、《御悪咬み》はその母体の意識を“咬み”殺し、その怒りの対象を“噛み”殺す。……種類というか種族上の分類は《レイニーデヴィル》や《障り猫》と同じなのだけれど、大和はよく分からないだろうからとりあえずは割愛」
「……ありがとよ」
相変わらずな愛望の相変わらずの気遣いに、俺こと千石大和も相変わらずな感謝を述べる。
炎が俺の左腕を復元する中、愛望は護符を懐から取り出して佳乃を警戒しながらも、俺が望むがままに話を続ける。
「《御悪咬み》の駆除方法は多くある。でも、それは今回は当てはまらない、と思う」
「時間がねえ。掻い摘んで要所要所だけを言ってくれ!」
「今の状況で《御悪咬み》を駆除する方法は、たった一つ」
そこまで言った愛望は、彼女にしては珍しく顔を苦しそうに歪め、目尻に涙を浮かべながら、俺に同情心に溢れた視線を投げかけながら――
「廿楽佳乃ごと《御悪咬み》を消滅させるしかない」
――最悪の手段を提示した。
014
千石大和は面白みのない人間だった。
幼いくせに他者とは一線を置いていて、幼いくせに他者とは違う生き方を望んでいた。
彼の幼馴染みである私様はそんな彼の態度が『千石撫子という実妹が原因』だということを知っていたけれども、それでも私様はそんな大和が気に食わなかった――好きになれなかった。
だが、しかし。
そんな態度の大和だからこそ、私様を特別扱いしなかった。
誰彼構わず平等に扱う大和だからこそ、私様は気楽だった。
好きではないが嫌いでもなく。
嫌いではないが好きでもない。
そんな、微妙で曖昧な関係が、何故か凄く心地よく。
そんな、奇妙で気楽な関係が、何故か凄く楽しくて。
好きでもなく嫌いでもなかった大和の事を、
嫌いでもなく好きでもなかった大和の事を、
私様はいつの間にか――廿楽佳乃はいつの間にか。
どうしようもない程に、好きになってしまっていた。
015
佳乃を殺すしかない。
そんな、最悪で最低な手段を提示された俺は、思わず奥歯を噛み締めていた――歯が砕け散ってしまうのではないかというぐらいに、奥歯を噛んで噛んで噛み締めていた。
信愛すべき幼馴染みで親友な廿楽佳乃。
親愛すべき親友で幼馴染みな廿楽佳乃。
そんな、特別で特殊で特徴的な存在を、この世から抹消しなければならない。
不幸にも《御悪咬み》なんていう怪異に憑かれたばかりに、廿楽佳乃は殺されなければならないという。
……そんなの、認められるはずがない。
他の誰でもない、佳乃の親友で幼馴染みな俺が、千石大和が、そんな結末を認めるわけにはいかない。
彼女の怒りを受け止めなければならない俺は、
彼女が怪異化してしまった原因を作ってしまった千石大和は、
ここで命を賭してでも、彼女を救わなければならないのだから。
そんな、俺の馬鹿げた意思が伝わったのか。
愛望は小さく溜め息を吐き、それでもどこか嬉しそうな笑顔を浮かべ、
「――でも、私は更なる手段を提示できる。大和も廿楽佳乃も、そして私も。皆が皆、全員が全員、笑って泣いて楽しんで――そんなハッピーエンドを迎えることができる最善策を、私なら提示することができる」
「愛望……」
「分かってる、分かってるよ、大和。誰かを殺してはい解決、なんて、認めるわけにはいかない。私は大和の思行くままに、大和は自分の思行くままに――この悲劇を解決する。後で大和は痛い目見るかも、だけど……それぐらいの覚悟はとうにできている、ハズだよね?」
「当たり前だ。元凶は元凶らしく、どこぞの魔王のように痛い目見てやるよ」
「うん。それでこそ、私の夫」
その言葉の直後、佳乃が《御悪咬み》が高らかに鳴いた。
悲しそうで辛そうで、哀しそうで嫌そうで。どこにもプラスの感情なんか含まれていない遠吠えを奏でながら、それでも佳乃は泣いていて。
鳴きながらも、泣いていた。
啼きながらも、泣いていた。
幼い頃からプラスの感情を求め続けてきた廿楽佳乃は今も尚――マイナスの感情に押し潰されそうになっていた。
俺は、千石大和は覚悟を決めた。
目の前の幼馴染みを救う為、目の前の親友を救う為。
誰もが幸せの最高のハッピーエンドを実現するため、俺は左手をぎゅっと握りしめる。
016
私様が大和に告白したのは、高校二年生になったばかりの頃だった。
家の都合で私立高校に行けなかった私様は、自分の都合で私立高校に行った大和を呼びだし、恥を我慢して胸を抑え、顔を赤くしながら告白した。
親友で幼馴染み、などという関係から、一歩でも前進したいという意志の下。
私様は決死の角度で告白した。
だが、しかし。
私様の告白を受けた大和は、凄く困ったような顔を浮かべ、
『…………少し、考えさせて、くれねえか?』
その言葉以降、大和は私様から距離を置いた。
あえて私様を避けるように行動し、私様と出会っても全速力で逃げ出す。
私様の親友で幼馴染みな千石大和は何かを怖れるように私様と距離を空け、そのまま一年という長くて長くて長すぎる時間を流れさせた。
たった一度の告白が原因で。
たった一度の望みが原因で。
大和からの“愛”を“望”んだ、そのたった一度の過ちが原因で。
私様は全ての幸せを失った。
一歩だけ、一度だけ。
その凄く儚い前進を望んだばかりに全てを失った廿楽佳乃は、どうしようもない程に歪んで歪んで歪んで歪んでしまっていた。
つまり、私様は大和に見捨てられたのだ。
つまり、私様は大和に嫌われたわけだ。
つまり、他人から距離を空けられて悲しんでいた私様に、大和は彼らと同じことをしたわけだ。
つまり、他人とのコミュニケーションを望んでいた私様に、大和は悲しみを与えた訳だ。
それがただ単純に、
それがただ只管に、
悲しくて辛くて哀しくて。
そんなマイナスな気持ちを大和に向けてしまう自分自身が、
悲しくて辛くて哀しくて。
私様という存在が、どうしようもない程に傲慢で我が儘な人間になっていってしまっているように感じられてしまって。
人を愛する事自体が間違いだ、と言わんばかりの“怒り”が私様の中で渦巻いて、渦巻いて渦巻いて渦巻いて――私様を“オオカミ”のような獰猛な猛獣へと変えていった。
理性を捨てた、本能のままに生きる獣のように、私様を変えていった。
全ての事がありとあらゆる事が、私様にとっての“怒り”となって、私様を蝕んでいった。
助けを呼ぶこともできずに、抑えを利かせることもできずに、私様はただひたすらに蝕まれていき。
そして、気づいた時には。
私様が大和に二度目の告白をした直後には。
私様が大和にフラれた数秒後には。
“怒り”という感情以外のすべての理性が――
――望まぬままに飲み込まれていってしまっていた。
真宵マヨ! 次回予告をお読みの皆さん、コンバトラー!
この世のすべての騒動・珍事件・ハチャメチャに物申したい私こと八九寺真宵ですが、今回は初めての出番ということでハイテンションシンドロームで行きたいと思いマッ駿河!
人々の常識は結構簡単に塗り替えられていくものですが、それでも結局は元に戻ってしまうものこそが常識だと私は思う訳なのです!
地縛霊が実は物質干渉能力を持っている、なーんて常識が認められない世界をめざし、やっていきたいわけなのでございます!
それはそうと、最近やけに阿良々木さんがウザ絡みしてくるこの現状を、私はどうにかしたいと思っています。
抱き着かれたり匂いを嗅がれたりキスされたりするのはまだ我慢できますが、流石に振り回されたり高い高いされたりするのは我慢行かない訳ですよ!
まぁ、結局はそれでも状況は改善されないのですが!
世界の常識と同じように、結局は元通りになってしまう訳ですよ!
『次回! 無物語、第拾參話――「よしのウルフ 其ノ陀」!』
そろそろ私の出番が来てもいい頃じゃないです仮面ライダー!