無物語【完結】   作:秋月月日

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第拾參話  よしのウルフ 其ノ陀

 017

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、真っ白な天井が拡がっていた。

 白すぎて逆に不健康な印象を与える天井は、あまり見覚えのないものだった。

 白濁としていて白狂としていて白乱としている。

 そんな白一色で染め上げられた天井が、私様の目に映り込んできていた――入り込んできていた。

 よっ、と上半身を起こそうとするが、腕に取り付けられた点滴がそれを妨害した。空に飛び立つことを禁止された鳥のようだな、と自嘲気味に独り言をほざいてみる。

 と、そこで。

 私様はやっとその事を思う事が出来た。

 

「私様は……何でこんな所にいるんだ?」

 

 

 

 

 

  018

 

 

 

 

 

「本当にこれでよかったの、大和?」

 

「何度も言ってるだろ、愛望。俺にはこんな事しかしてやれねえんだよ」

 

 街のとある場所にある病院の外庭のベンチの上で、俺と愛望はそんな会話を繰り広げていた。俺は服も体も傷一つ無いピッカピカの状態だけれど、愛望に関しては身体のあちらこちらに包帯と湿布が貼られまくっている。何で女子の方が傷ついてるんだよと言われれば閉口するしかないのだけれど、これは不本意ながらに炙り蝦蟇のせいなので俺は何も言えないですと答えるしかないのだ。――不本意だけどな。

 結局あの後。

 廿楽佳乃が《御悪咬み》に身体を乗っ取られた後の話だ。

 《御悪咬み》ごと佳乃を滅するしかない――という最悪な手段以外の手段を愛望に求めた俺は、佳乃を相手にしながら愛望からの情報をなるたけ早めに収集した。

 何をすれば良いのか。

 何をしたら良いのか。

 佳乃を救うために必要な事を一つとして聞き漏らす事がない様に――全てを頭に入れるために、俺は愛望からいろんな情報を与えられた。

 その中で、俺がやらなければならなかった事。

 佳乃を救うための前段階として必要だった――ある一つの第一段階。

 そう。

 その第一段階というのが――

 

「それでも、やっぱり、あのキスは許せない」

 

「そこで俺が責められる訳が知りたいのだけれど……」

 

 暴走中の佳乃の顔を固定し、彼女とキスをする――という事。

 つまるところの、マウストゥマウス。

 つまるところの、人工呼吸。

 つまるところの、接吻だ。

 愛望の話によるとだけれど、《御悪咬み》というのは自分が取り憑いた女の愛情の急激な上昇に滅法弱いらしい。怒りを糧として生きる怪異なだけあって、怒りとは正反対に位置している感情である愛が天敵であるらしい。

 つまり。

 胸に燻る怒りの量を愛の量が飛び越えれば、《御悪咬み》は勝手に弱体化していくという事なのだ。

 怒りの炎と愛の炎。

 どちらが勝つなんて俺には全く分からないが、それでも俺は愛望に言われたことをやるしかなかった。――それ以外に、俺が出来る事なんてどこにもなかった。

 だから俺は。

 千石大和は廿楽佳乃の攻撃を掻い潜りながら彼女の顔を両手で抑え、

 実の恋人の目の前で、親友で幼馴染みな少女とアツイ接吻をしてしまった――という訳だ。

 キスの直後に俺は愛望に蹴り飛ばされ、

 キスの直後に佳乃は赤くなって制止し、

 キスの直後に愛望は陰陽札を利用した。

 愛望の札を額に貼られた佳乃は数秒間ほどオオカミのような唸り声――というか遠吠えを夜の街に響き渡らせ、それからさらに数秒後にいつも通りの彼女の姿へと回帰し、その直後には力なく地面に崩れ落ちてしまった。

 それはまるで、原動力を失ったロボットの様で。

 それはまるで、銃で撃たれた狼の様だった。

 

「私もこのままじゃ、嫉妬で怪異になっちゃうかも」

 

「頬膨らませながらそんな事言われても説得力がなぁ……」

 

 戦いを終わらせた俺と愛望はその場で救急車を呼び、佳乃を含めた三人で仲良く病院送りとなってしまった。「三人仲良く」という理由で一つの病院にされてしまった訳なのだけれど、俺と愛望は朝目覚めると同時に病室から抜け出した。

 そもそもの問題で。

 俺は外傷や内傷に対する治療というものを必要としない。

 俺の身体の傷ついた箇所は炙り蝦蟇が勝手に修復するからな。

 俺は常に無傷なのであり、俺は常に傷だらけなのである。

 

「まぁ、いいや。とりあえず支度して学校に行こうぜ。一応は入院って事になってたんだから、遅刻しても許されるだろ」

 

「あぅっ。傷だらけだから、抱いてもらわないと、歩けない」

 

「せめて顔を赤らめるぐらいはしてくれないかね愛望さん」

 

 そうは言っても愛望が傷だらけなのは事実な訳で、俺は溜め息を吐きながらも彼女の身体をお姫様抱っこで抱え上げた。

 人形のように軽い愛望の身体は両腕に全くと言っていいほど負担を与えず、逆に彼女の柔らかな感触が俺の精神に多大な負担を与えていた。

 お姫さん抱っこ。

 その抱え方をするときは、女性のひざ裏と背中の中央より少し上に触れなければならない。

 いや、ひざ裏ならまだいい。

 問題は、もう片方。

 背中の中央より少し上。

 その箇所に当てる腕の部分は、手首よりも下の部分だ。――つまり、手首より上の部分は身体の側面に触れさせなければならない。

 女性の身体の側面。

 それは、女性の胸に手が少しだけ触れてしまうという事なのだ!

 

「……えっち」

 

「お前不可抗力だって分かってて言ってんだろ」

 

 それでも愛望は顔を赤らめる事すらしないので、俺の中の罪悪感は完全に消失してしまっている。付け加えるなら、羞恥心もどこかへと旅立ってしまっている。

 相も変わらず無表情で無頓着で無愛想な愛望を抱えた俺は、病院の入退場ゲートへと歩を進めていく。目的地はただ二つ。愛望の家と俺の部屋である。

 と。

 退場のための一歩を踏み出した――その直後。

 

「待ってくれ――大和!」

 

 思わず後ろを振り返る。

 振り返った先にいたのは、

 親友で幼馴染みな少女であり、

 幼馴染みで親友な少女が――

 

「大事な話があるんだ!」

 

 ――真剣な面持ちで立っていた。

 

 

 

 

 

  019

 

 

 

 

 

 気づいたら、大和の元まで走ってきていた。

 彼の場所を探すのはあまり難しい事ではない。――何故なら、私様は大和の親友で幼馴染みだからだ。

 親友の場所を探す、というのなら話は別。

 幼馴染みの場所を探す、というのなら話は別。

 しかし。

 親友で幼馴染み、幼馴染で親友――そんな世界で一番特別である千石大和の場所ならば、私様は世界のどこに居ても五分で特定できる自信がある。

 いやまぁ、そんな前置きは置いておくとして。

 そろそろ本題に入らせてもらおう。

 

「私様が貴方様にこれから言う事を真剣に聞いて、真剣に考えて、真剣に答えてくれ。曖昧な返事は許さない。イエスかノーか、はいかいいえか。その四つの言葉以外の発言は許さない」

 

「……了解」

 

 そう言って恋人の少女を先ほど座っていたベンチへと降ろす大和。相変わらず無自覚で無意識なところで優しい奴だ。――だからこそ、私様はコイツに惚れてしまった訳なのだけれど。

 さて、これで準備は整った。

 私様の心の準備は整った。

 それでは皆様方様、耳をかっ穿ってよく聞いておけ。

 私様の、

 廿楽佳乃の大告白を!

 

「私様は貴方様が好きだ。愛している。ずっとずっと昔から好きだ。貴方様に恋人がいるとかいないとか、貴方様が私様を嫌っているとかいないとか、そんなことなどどうでも良い。私様が貴方様に伝えることはただ一つ。私様が貴方様に提案する事はただ一つ。私様が貴方様に提示する事はただ一つ」

 

 さぁ、言おう。

 この事件の発端となってしまった、あの言葉を。

 さぁ、言おう。

 私様と大和の関係が拗れてしまった原因である、あの言葉を。

 

「――私様と付き合ってくれ! 絶対に幸せにするから!」

 

 顔が熱い、耳が熱い、目頭が熱い、胸が熱い、体が熱い。

 どう考えても――考えずとも分かるほどに、体に異常を来たしている今の私様。

 しかし、だからどうした。

 私様は大和の返事を聞くためだけに今まで頑張ってきたのだ。その程度の障害、私様の敵ではない!

 目じりに涙が浮かぶのを自覚しながら、私様は大和の目を真っ直ぐと見る。

 目視し、直視する。

 そして。

 大和は、千石大和は、私様を真っ直ぐと見ながら、困ったように苦笑を浮かべ、

 

 浮かべ、

 

 浮かべ、

 

 浮かべ――――。

 

 

 

 

 

  020

 

 

 

 

 

 時は流れ、二学期の始業式。

 千石大和のクラスは騒然としていた。

 実力テストの一日目が終わった、その日の帰りのホームルーム。

 皆が明日の実力テストのために早く帰ろうとしていた――その矢先。

 

「はいはい。それでは皆に重大発表だ」

 

 生徒達を視線で静まらせ、担任の教師は嬉しそうな顔で言う。

 

「今日からこのクラスに、新しい仲間が加わる事になる」

 

 その言葉に、クラス全体が騒然とする。

 その言葉に、千石大和は首を傾げる。

 こんな時期に転校生?

 高校三年生の二学期に、受験本番が近付いてきたこの時期に――

 ――転校生が来るだって?

 少なからず――というかどう考えても違和感しかない異例の事態。

 異常で異端で異例の事態。

 騒然として動揺している生徒達の視線を受け流しながら、先生は「それでは入っておいで」と扉に向かって声をかけた。

 ガラッ、と開いた扉の先に。

 皆の視線が集中した――その先に。

 その少女(・・)の姿はあった。

 

「――――――、あ」

 

 その言葉が零れたのは、大和なのか暦なのか羽川なのか戦場ヶ原なのか。

 それともはたまた、彼らのクラスメイトの誰かなのか。

 とにかく、いま大事な事は。

 教室に入ってきたその少女が、こちらが気圧されてしまう程に魅力的な少女であるという事だ。

 少女は黒板の前まで歩み寄り、慣れた手つきで無駄に達者な名前を書いた。

 達筆すぎて逆に読めない程の達者な筆捌きで、少女は自分の名前をチョークで書いた。

 

「公立生方高校から転校してきた廿楽佳乃だ! 趣味や特技についてはこれからのコミュニケーションでいろいろと聞いて知ってほしいと思っている! クラスの皆様方、これから卒業まで短い間、どうぞ楽しくよろしく頼む!」

 

 その言葉の直後。

 佳乃は大和の方を真っ直ぐと見て、

 豊満な胸を張り、ポニーテールを顔の動きに合わせて揺らし、大和を指差しながら――

 

「一度の失恋ぐらいで諦める私様ではない! これからは超至近距離――いや、超絶的に超弩級な超至近距離で貴方様へのアプローチを続けていくから覚悟しておく事だな!」

 

 ――こう言った。

 

 

 

 千石撫子の実兄である少年の話をしよう。

 阿良々木暦が紡ぐ物語の傍らで、誰にも認知されない事で“無かったこと”にされた、とある少年の物語を紡いでいこう。

 記憶にも歴史にも心にも残らない――何も無い物語の話をしよう。

 

 青春は、忘却“無”しには語れない。

 

 




 という訳で、【無物語】はこれにて終幕です。

 愛望との恋人同士である大和は、佳乃が転校してきた後に、どういう物語を繰り広げていくのか。

 それを騙ら“無”いのが、この物語らしいところでしょう。

 記憶にも歴史にも心にも残らない物語と銘打ってますが、読者さま方の記憶と歴史と心に少しでも残ってくれたらな――と思います。

 それでは、この作品に関してはここで筆を置くことにして。

 皆さまの青春が“無”い物語にならないよう、祈っております。

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