無物語【完結】   作:秋月月日

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 八九寺真宵ちゃんが成仏するシーンで号泣してしまった今日この頃。



第貮話  まなみラビット 其ノ貮

 002

 

 

 

 

 

 この俺、千石大和が四十八願愛望という少女のことを語るには、今現在所持している情報があまりにも少なすぎるため、必然的ながらに多くのことは語れない。

 だが、多くは語れずとも、少しばかりの情報開示をすることは可能なので、俺はこの場をお借りして“四十八願愛望”という愛と望みと願いに塗れた少女を軽く説明しようと思う――不本意だけどな。

 

 四十八願愛望は『怪異』を専門とする何でも屋である。

 

 『怪異』については後程説明することにし、まずは四十八願愛望の仕事についての確認作業に移ろうと思う。

 何でも屋、と一概に言っても一言では語れない程の仕事であり、更に彼女は一途な思いで一生懸命にその仕事に勤しんでいる。

 仕事の内容としては文字通り、『怪異』関連のお悩み解決。

 『怪異』に付き纏われて困っています、『怪異』に命を狙われています、『怪異』に取り憑かれているかもしれません。――そんなお悩みを抱えた者達を救い、高額の『対価』を要求する。

 それが、四十八願愛望の『何でも屋』家業の実態だ。

 『対価』と言っても別に金銭的なものとは限らないし、別に金銭的なものに限っても良い。――とにかく『対価』となるものさえ用意すれば、四十八願愛望はどんな依頼でも受けてくれる。

 どんなに非人道的な依頼であっても。

 どんなに反政府的な依頼であっても。

 四十八願愛望はそれ相応の『対価』を受け取れば、受け取りさえすれば、それ相応の『働き』をしてくれる。

 それが、四十八願愛望の『何でも屋』家業の実態だ。

 俺が彼女と知り合ったのも、その『何でも屋』が関係している、と言えば虫が良い話に――小説の様に創られた感でいっぱいな話になるのだけれど、真実はギブ&テイクな感じだったりする。

 彼女に俺は依頼をし、

 彼女は俺に頼ってきた。

 順序としては俺が先なのだけれど、結果的に、互いに互いを求める結果となってしまった。俺の特異な体質――いや、ここは『怪質』と言った方が正しいのだろうか? ――を必要とした四十八願愛望は、俺の依頼を叶えるための『対価』として、俺に協力を要請してきた。

 彼女が恥を忍んで――無表情がデフォだからよく分からないけれど、彼女がほぼ赤の他人だった俺に頼んで要請して懇願した協力の内容は、たった一つ。

 

 追い兎。

 

 正しくは、『追い兎』という『怪異』の攻略を手伝ってほしい。

 というものだった。――不本意ながらな。

 

 

 

 

 

  003

 

 

 

 

 

 私立直江津高校の校門を潜って夕方で夕暮れで夕陽に染まった街に出た俺と愛望。彼女は終始無言で無表情で俺の隣を歩いていて、俺はぼーっと空を眺めながら見上げながら凝視しながら彼女の隣を歩いていた。

 その様子は恋人同士のようには見えず、

 その様子は友達同士のようにも見えない。

 偶然に同じ帰り道同士の学生二人が偶然同じタイミングで偶然同じ速度で歩いている。

 それが妥当な表現だろう。別に愛望に特別な感情を抱いているわけではないのだけれど、これはこれで男として見られていないようで悲しくなってしまう――そんな純粋で繊細な男心に苦しめられているんだと、俺は自分で思っている。

 大きな交差点に差し掛かり、点滅していた信号が赤へと変わる――と同時に俺と愛望は足を止めた。予め打ち合わせしていたかのようなグッドでベストでジャストなタイミングで、俺と愛望は足を止めた。

 決して多いとは言えない数の乗用車が俺たち二人の前を横切っていく。ここの信号は赤から青に変わるまでの時間が長いことで有名で、逆に青から赤に変わるまでの時間が短いことで有名だ。逆だったらいいのに、と今まで何度思ってきたことだろう――まぁ、あえて誰にも言わないのだけれど。あえて言うのは恥ずかしいし。

 そんな天邪鬼信号の下で――四十八願愛望はポツリと呟く。

 

「今日は、浪白公園だって」

 

「今日の試練の舞台はあの公園なのか? やっぱりというかなんというかの気持ちで言わせてもらうのだけれど、あそこって目立って何もないぞ? あえて言うなら、ブランコと砂場があるだけの無駄に広い公園ってことになるのだけれど」

 

「人目が少ない方が良いって、『追い兎』は言っていた」

 

 と言って愛望は少しだけ俯きがちに、

 

「……それに、早く七つ全部終わらせないと、私の身体が持たないから」

 

「残り三つだったよな、試練って。今の時点でどことどことどことどこが『老い』たんだ?」

 

「声色、左肺、大腸、左目」

 

「見事なまでに嫌がらせとしか思えない『負債』だな……」

 

 『試練』というのは、彼女が追われ続けている――というか、追われないように奮闘している『怪異』が原因の怪奇現象のことを指す。

 

 『追い兎』

 

 種類としては『ランプの魔神』や『猿の手』に近い。というか、『猿の手』を悪化させたような感じの『怪異』だと言える。

 『追い兎』は心の底から願いを抱く者の前だけに現れ、『願イヲ一ツダケ叶エテヤル』と頭に直接語りかけてくる。そこで恐怖したり警戒した時点で『追い兎』は何処へともなく消えるのだけれど、今回はその先の段階まで到達しているため、俺はあえてその先についてを話そうと思う。

 第一段階をクリアした者に、『追い兎』はもう一度だけ問いかける――『願イヲ一ツダケ叶エテヤル』ともう一度だけ問いかける。

 その問いに『イエス』と答えた者は『試練』に挑戦する権利が与えられ、逆に『ノー』と答えた者は、『追い兎』についての記憶を抹消され、何事もなく平和な日常へと帰還することができる。

 そして、四十八願愛望は『イエス』の方。

 自らの意志で『試練』に挑戦することを選んだ、馬鹿で間抜けで心が強い――生粋の愚か者なのだ。

 『イエス』の意志を表明した者に、『追い兎』は最後に告げる――『七ツノ試練ハ七日間。乗リ越エラレレバ願イハ叶イ、耐エラレナケレバ死ガ訪レル――マァ気楽ニ頑張ッテ』と最後に告げる。

 その言葉を遺した『追い兎』は何処へともなく消えていき、『声』だけが願った当人の頭の中に届いてくる――という話であるらしい。

 『声』の役目は至ってシンプル。

 『試練』の内容を、開始時刻を、実施場所を、勝利条件を伝える――ただ、それだけのシンプルな役目だ。

 ここまで話したわけなのだから、ここからは『負債』についての話をしよう――不本意ながらな。

 『追い兎』は挑戦者を四六時中一日中ずっとずっと見張っていて、その者の後を『試練』が終了するまで、ずっとずっと永遠に永劫に“追い”続ける。逃げることは不可能で、倒すことは不可能で、封印することは不可能だ。

 無害故に最強。

 最弱故に有害。

 そんな矛盾しているようで矛盾していない、そんな存在である『追い兎』は、挑戦者が試練を一つクリアする毎に、一つの『負債』を“負わせる”。

 願いという名の楔を“負った”『追い兎』は、願いという名の楔に“追われた”人間に――願いの重要さを教え込むかのような負債を“負わせる”のだ。

 その、重く苦しく痛く辛い負債とは――

 

 “老い”。

 

 肉体の外部ではなく、肉体の外部以外の全てが物理的に“老い”る。

 筋肉や内臓、脳に眼球に骨に神経――さらには声や感情まで。肉体外部以外のありとあらゆる部分を“老い”に“追い”やり、願いが叶うその日まで挑戦者を苦しめ続ける。

 その痛みに耐えてこその願いだと――その身に直接教え込むために。

 願いを叶えるためにはそれ相応の『対価』なんだと――その身に直接教え込むために。

 その点から考えてみると、考えてみればみるほど、四十八願愛望が『追い兎』と似通った人間なのだということを思い知らされる。

 片や、依頼主に『対価』を求め、

 片や、願い主に『対価』を求める。

 似て非なる者同士の戦い、と言えばしっくりくるのだろうけれど、果たしてそれは適した正しい表現なのだろうかと、俺は自分に問いかける――自問自答して思考する。

 そして、俺はふと思う。

 自分が“老い”ることさえ――下手を打てば死亡してしまうことさえ覚悟した四十八願愛望は、いったいどんな願いを『追い兎』に願ったのか――偶然的に偶発的に『協力者』となった俺は、不本意ながらに自問する。

 

「何をぼうっとしているの?」

 

 突然聞こえた鈴のような声――しかし、その声には起伏も抑揚も存在しない。“老い”てしまった声色は、機械の様に単調でシンプルな声色へと変化してしまっている。

 愛望は無機質な瞳で俺を見上げ――唯一残された右目で俺を見上げ、

 

「信号、変わったよ?」

 

 

 

 

 

 004

 

 

 

 

 

 浪白公園。

 まず最初に疑問に思うのが、この公園の読み方だろうと――俺は皆様方に提示する。

 『ろうはく』なのか『なみしろ』なのか。

 はたまたそのどちらでもないのか。

 これまで多くの人間たちが――俺や暦を含めた多くの人間たちが、この謎に直面してきたのだけれど、誰もきっちりとはっきりとした答えを提示することはできていない。

 つまるところ、個人の好きな風に読んでください――というわけだ。

 不本意だけど――不本意だけど、納得するしかあるまい。

 不本意だけどな。

 さて。

 さてさて。

 愛望と共にその公園へとやって来た俺は、この公園唯一の遊具であるブランコに、薄っぺらい鞄を立て掛けた。もちろん、その隣に彼女の鞄も立て掛けた。外見からは予想することもできないのだけれど、彼女は予想もできないほどの“老い”に苦しめられている。こんな小さな動作でも、身体に異常を来たしてしまうかもしれない――故に、俺が彼女の代わりに動くのだ。

 ふらふらと今にも倒れそうな愛望の肩を支える。

 彼女は無機質で無個性で無感情な無表情を俺に向け、

 

「ありがとう、大和」

 

「礼なら全てが終わった時にしてもらいてえもんだな。俺は暦と違って善人でも偽善者でもない訳なのだから、こんなどうでもいいことで礼を述べられても困惑するしかねえんだよ」

 

「……でも」

 

「何でそんなに頑固なんだよお前は……」

 

 はぁ、と俺は深く溜め息を吐き、

 

「分かった分かった。今の礼はちゃんときっちりしっかり受け取っとくから、さっきの俺の言葉をしっかりきっちりちゃんと胸に刻みつけといてくれ。そして全てが終わったら――礼の言葉と共に俺の依頼を達成してくれよ?」

 

「……分かった」

 

 彼女の声が“老い”てさえいなければ、もっと高いテンションでの会話が楽しめるのだろうか? そもそも本来の『四十八願愛望』を知らない俺では、その疑問に答えを――真実を突きつけることは出来ない。

 無知で無駄で無謀な俺は、一心に一身に一進に頑張る彼女のために掛けてあげられる言葉を知らない。

 ただ、頑張れ、と。

 そんな無責任な言葉を、全てを悟ったかのように――知ったかぶって告げることしかできないのだ。

 それが何でか悔しくて、それが何でか悲しくて。

 俺は愛望の頭を乱暴に撫でた。このどうしようもなくやるせない――だけれど俺を苦しめるもやもやを払い除けるかのように、俺は愛望の頭を乱雑に撫でた。

 それが、偶然的にもジャストなタイミングだったようで。

 愛望は「分かった。頑張ります――『追い兎』さん」と相変わらずの無表情で小さく小さく頷いた。

 

「今回はどんな『試練』なんだ?」

 

 と、俺は彼女に問いかける。

 無責任に問いかける。

 彼女は――少女は――愛望は――四十八願は――願いのために頑張る少女は、漆黒の暗闇の中に浮かぶ幽霊船のようなぼんやりとした瞳を俺に向け、

 

「――鬼ごっこ」

 

 直後。

 『浪白公園』の入り口から――入り口をぶち壊しながら――

 ――その『試練』はやって来た。

 




火憐「火憐だぜ!」

月火「月火だよ!」

『二人合わせてファイヤーシスターズ!』

火憐「いやー、ついに始まったな“無物語”!」

月火「なんで“無物語”なのか見当もつかないけどね」

火憐「しかも初っ端からシリアス全開!」

月火「挑戦だね!」

火憐「予告編クイズ!」

月火「クイズ!」

火憐「“シリアス”って聞きようによっては“死リアス”に聞こえないか?」

月火「凄く無理矢理だと思うけど……」

火憐「つまり、“死リアス”とは“リアス式海岸に行くと死んでしまう”という暗号だったのだ!」

月火「無理矢理繋げた!?」

火憐「因みにあたしはそんな過酷な状況下でも生きていける自信がある」

月火「確信じゃないところが悲しいね」


『次回! 無物語、第參話「まなみラビット 其ノ參」!』


月火「遅ればせながらこの作品のタイトルは『なきものがたり』って読むらしいよ?」

火憐「今更過ぎるわ!」

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