005
鬼ごっこ。
それは古くから多くの子供たちに親しまれてきた伝統遊戯であり、多くの子供たちに好まれてきた伝統遊戯でもある。
ルールは至ってシンプルで、『鬼となった者が逃げる者を捕まえる』という感じだ。これが地域によって『増え鬼』、『隠れ鬼』、『高鬼』といった風に派生していくわけなのだけれど、今回はそれについての説明というか紹介というか、比較的シンプルな情報開示は遠慮しておこうと思う――不本意ながらな。
『追い兎』から提示された五つ目の試練が『鬼ごっこ』だと聞かされた瞬間に疑問を抱いた俺な訳なのだけれど、そもそも考えてみれば“追う”兎である『追い兎』だからこその試練だと言えるのかもしれないと――すぐに思考を百八十度捻じ曲げることにも成功した。
しかし、そんなことなど今はどうでもいい。
昔や未来ならともかくとして、現在時点で――現在進行形で――今現在で、その情報はあまりというか全く持って必要がない。
必要なのは、たった一つ。
鬼から逃げる。
ただそれだけの――至ってシンプルな問題だ。
「っ……流石は兎っつーことか……速過ぎて全く持って振りきれねえ……ッ!」
「私も一緒に走る。そうすれば、もっと速度が出せるはず」
「今のお前は激しい運動ができるほど丈夫な肉体じゃねえんだよ! いいから黙って俺に身ィ任せて――任せつつ――なんか対処法でも考えててくれ! 自分で言うのもなんなのだけれど、長くは持たねえぞこのランチェイス!」
「……分かった」
“老い”たことで――肉体外部以外の箇所に“老い”を“負わされた”ことで、愛望は外からでは想像できないほどに想像を絶するほどの苦しみを“負わされて”いる。『試練の対価』といえば凄く納得できるようなものに聞こえてしまうのかもしれないのだけれど、『彼女が納得してるから』と言われれば受け入れてしまえるのかもしれないのだけれど、俺はそんなことで頷けるほど素直な人間に育ってはいない。
正反対のことを自ら行う天邪鬼の様に、
素直な気持ちを受け入れられないツンデレの様に――千石大和はあえて自ら四十八願愛望という『枷』を背“負う”道を選択する。
夜の街を駆け抜けながら、ちらっと後ろを振り返る。
巨大な白い兎が凄まじい速度で――目にも止まらぬ速度で――地面が抉れるほどの速度で“追って”くるのを確認するべく、俺は後ろを振り返る。
愛望から聞いた話だと、あの――というか現在進行形で俺たちを“追って”きている『兎』は、『追い兎』ではないらしい。
言うなれば、化身。
言うなれば、分身。
あくまでも愛望を試す存在であり、怪異本体とは別の存在。ゲームで言うところの召喚獣がベストな表現だと言えるのかもしれない。……いや、ちょっと違うか。
だけれど、化身だろうが分身だろうが本体だろうが、俺は愛望を逃がし続けるという唯一の役目は変わらないし変動しない。
俺の依頼の為として、
俺は愛望の為に行動する。
十字路を右に曲がり、縺れそうになる足に鞭を打ち、俺は必死に走り続ける。
「今回の勝利条件は!?」
「『制限時間ナシノ鬼ゴッコデ逃ゲル側ガ勝利スルタメニハドウスレバ良イカ、考エテ御覧?』って『追い兎』は言ってた。制限時間がないってことは、こちらから何かしらのアクションを起こさなければならないのかな……?」
「そりゃまた随分と丁寧な死刑宣告だな! まさに私刑宣告だよ!」
「因みに『捕マッタラ死ンジャウカラ、ソノツモリデ☆』とも言ってた」
「前から思ってたけどあのウサ公、流石にフレンドリーすぎやしねえか!? クラスの中に絶対に一人は居そうなキャラになってんぞ!」
そして最後の『☆』ってのはこっちをおちょくってるとしか思えない!
走りの勢いでずり落ちそうになっている愛望の身体を背負い直し、速度を更に一段階上げる――が、『兎』はこちらと同じように更に速度を一段階上げた。それもそれでこれもこれで俺の走りをおちょくってるとしか思えない。
怪異だからこその余裕なのか、怪異だからこその圧倒なのか。
いや。
そのどちらでもないだろう。
怪異はあくまでも世界そのものであり、怪異はあくまでも世界と関係した生き物ではないナニカでしかない。
存在自体が世界であり、
世界こそが存在であるのだから。
シャツが汗で肌に張り付き、喉が渇きを一心不乱に訴えてくる。はい分かったと言って水分補給をしたいのは山々なわけなのだけれど、相手が『試練』が『兎』がそれを許してくれるとは――赦してくれるとはとてもじゃないが思えない。
だとするならば。
決して使いたくはなかったが――というか、全ての『試練』で使用してはいるのだけれど。
あの『欠点』を使うしかないだろう。
制限時間なしの鬼ごっこの逃げる側の必勝法――というのにも、少しだけだが心当たりがあるわけなのだし。
「愛望。今からちょろーっと激しい運動するから、全力で全身全霊をかけて一心不乱に俺の背中にしがみ付いていてくれ――いいな?」
「うん。分かった。――――不本意だけど」
そして。
俺は滑りながらも急停止をし、摩擦音を夜の街に響かせながら、真正面から『兎』に立ち向かった――不本意ながらに。
006
今更言うのもなんなのだけれど、俺が愛望と関わりを持ったのには、とある『怪異』が関係している。
『炙り蝦蟇』と呼ばれる怪異が、俺たち二人の出会いにおいて、特別で特有なキーポイントとなっているわけだ。
さて。
俺と愛望の共同戦線成立に『炙り蝦蟇』が関係しているのは、愛望が怪異専門の何でも屋だから、という理屈で納得してもらえる――説得されてもらえると思う訳なのだけれど、問題はその外部にある。
何故。
『炙り蝦蟇』なのか。
別に怪異ならどんな怪異でもいいじゃないか、とツッコミを入れてくる方もいらっしゃることだろう。それは正しいし嬉しいし優しいし親切心でいっぱいな最高のツッコミ精神だ。今後とも大切に育てて将来は大人気のお笑い芸人にでもなってもらいたい――と俺は思う。
話を戻して。
怪異だったら何でもいいというのは言い得て妙な訳なのだけれど、俺としては『炙り蝦蟇』ではないといけない理由が――事情があるのだ。
理屈ではなく――理由。
事象ではなく――事情。
その二つの中には俺という存在――『千石大和』が主軸とされていて、必然的に『炙り蝦蟇』に関わらなくてはならない構図を生み出してしまっている。
その必然性を生んだのは、一体全体どういう理由なのか。
その必然性を生んだのは、一体全体どういう事情なのか。
それは、至ってシンプルで単純で単一な物語。
―――それは。
俺の中に『炙り蝦蟇』が融合してしまっているから。
あえて変な言い方をするならば、命の代わりに植え付けられた、というところだろうか。
幼い頃。
ちょうど十歳ぐらいの頃に大火事に遭った俺は、今にも死にそうだった俺は、生と死の狭間で揺れ動いていた俺は――
――『炙り蝦蟇』と出会ったのだ。
愛望から聞いた話だと、『炙り蝦蟇』は焼け死んでしまいそうな者――それも、薄っぺらい生への薄っぺらい希望を抱く者――の前だけに現れる、特殊で特異で特徴的な怪異であるらしい。
だからこそ。
幼い頃から『千石撫子』という実妹のせいで爪弾きにされてきた俺は――特に生への執着心が無かった俺だからこそ――『炙り蝦蟇』に出会うことができたのだ。
不幸な出逢いと言えばそうかもしれず、
幸運な出遭いと言えばそうかもしれない。
とにもかくにも死ぬはずだった俺の命に――実際はぽっかりと空いてしまった空洞に、『炙り蝦蟇』は住みついて。
寄生して。
憑依して。
侵略して。
強奪した。
俺の全てを『炙り蝦蟇』は奪い取り、『炙り蝦蟇』の全てを俺は受け入れた。
だから。
いや。
だからこそ。
俺はこうして愛望の為に戦うことができるのだ――不本意ながらな。
007
最初に取った行動は――跳躍――という至ってシンプルなものだった。
普通の人間であったら何の抵抗にも反抗にもならない。
しかし。
平凡なくせに普通じゃなくて、非凡じゃないくせに異常な俺は――俺だからこそ、そのシンプルなアクションが異常な事態を巻き起こす。
全長三メートルはあろうかとしか言えない程の大きさの『兎』の上まで跳躍し、くるっと姿勢を整える。
そして。
重力に逆らう形で足を振り上げた俺は、重力に従う形で足を振り下ろした。
ただそれだけの行為のはずが――八割ほどが『怪異』である俺が放った蹴りは、『兎』の脳天に炸裂した瞬間――全てを焼き尽くすかのような劫火を炸裂させた。
声にならない叫びを上げ、『兎』がこちらを振り返る。
血のように赤く染まった瞳で、『兎』はこちらを凝視する。
しかし、もう遅い。
今回の『試練』の必勝法とやらに気づいた俺は、枷を外された『炙り蝦蟇』は、その程度の威嚇では到底止められない。
燃え盛る頭部に着地し、傍にあった耳を蹴り飛ばす。
着火。
劫火。
焼失。
そんなシンプルな段階を踏むだけで、『兎』の耳が消え去った。
そして。
もう一本の耳に間髪入れずにもう一発。
先ほどと同じようなプロセスを辿り――先ほどと同じような末路を辿った。
と同時に。
頭部の炎が全身に回っていた『兎』はその巨体をふらつかせ揺らめかせ――音も無く静かに激しく倒れ伏した。
これが、俺が提示する必勝法。
制限時間無しの鬼ごっこという理不尽な遊戯の中で、追われる者が『鬼』に勝利するための必勝法。
「別に逃げる奴が鬼をブッ倒しちゃいけねえっていうルールはねえよな?」
勿論。
言い掛かりというか屁理屈でしかない。
この必勝法はあくまでも『「兎」が愛望に触れなければセーフ』という曖昧な確信に基づいた偽説であり、何も正攻法とか言う大それたもんでは決してない――断じてない。
反論しようと思えばいくらでも反論できるし、弁論しようと思えばいくらでも弁論に持ち込める。
俺の言い分はそれほどまでに不安定で、根拠も何もあったものでは“無い”、子供のような屁理屈だ。
我が儘。
といってもいいかもしれない。
……しかし、怪異の方は――世界の方は、俺の言い分を屁理屈を言い掛かりを認めたようで。
――四ツ目ノ試練、達成オメデトウゴザイマス――
という文字が俺たち二人の目の前に浮かび上がると同時に。
「っ」
と。
また一つ。
愛望の
火燐「火燐だぜ!」
月火「月火だよ!」
『二人合わせてファイヤーシスターズ!』
月火「最近やけに寒くなってきたねー。地球温暖化って言う割には、全然温暖化じゃないよね。言うなれば寒冷化だよ!」
火燐「でもよー月火ちゃん。この寒さにゃ地球温暖化が関係してるらしいし、そこは別に寒冷化って言い直さなくてもいいんじゃねぇの?」
月火「それじゃあ代わりに私は今の時代を『氷河期』と名付けよう!」
火燐「流石にそこまで寒くはないんじゃねーかなぁ!」
月火「予告編クーイズ!」
火燐「クーイズ!」
月火「ある言葉の文字を入れ替えると別の言葉が! ――というのを『アナグラム』と言うんだけれど、『火燐ちゃんと私の絆の重さを示す値』は一体なんと言うでしょう?」
火燐「グラムとかトンとかじゃねーの?」
『次回! 無物語、第肆話――「まなみラビット 其ノ肆」!』
月火「正解は『ファイヤーシスターズグラム』でした!」
火燐「誰も正解するわけねーしなんか凄く無理矢理だよ月火ちゃん!」