無物語【完結】   作:秋月月日

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第肆話  まなみラビット 其ノ肆

 008

 

 

 

 

 

 『鬼ごっこ』の翌日、俺と愛望は学校を欠席した。

 別に俺自体は大した傷も疲労もダメージも“負って”いない訳なのだけれど、愛望の方は凄く致命的で致命的な致命的すぎる“老い”を“負わされ”ていた。

 

 聴覚以外の感覚の“老い”。

 

 分かり易く言うならば、今の愛望には『四感』と呼ばれるものの全てが使用不可能なレベルにまで“老い”てしまっている。

 視覚、嗅覚、触覚、味覚。

 唯一聴覚と右目の視覚(何故かは分からない)だけが無事な訳なのだけれど、それ以外の感覚が“老い”てしまっている時点で、愛望は普通の日常生活すら送れない始末となっている。

 たった一度の願いのせいで。

 願いが叶うその日まで、

 願いを叶えるために必要な全てを奪われてしまった皮肉な少女。

 四十八願愛望。

 そんな残酷で悲劇的で皮肉な少女は現在、俺の家のベッドの上で熟睡している。もしかしたら起きているのかもしれないが、彼女は元からリアクションとかアクションとかが薄すぎるため、こっちとしては気づくこともできない。『試練』が終われば普通の明るい性格になるのだろうか、とは思ってはみるけれど、そもそもこの少女は元からこんな性格っぽいので、そのたった一つの希望は打ち砕かれてしまうんだろうな、と。

 俺はどうしようもないことを思ってみる。

 四十八願愛望という皮肉な少女を見ながら思ってみる。

 と。

 

《またネガティブ思考な考察を並べておるのか、大和?》

 

「いきなり目の前に現れんなビックリすんだろ」

 

《それは嘘じゃな。オレとお主は文字通り一心同体。まさに読んで字の如くな関係じゃ。自分を見て自分が驚くなど、そんなことが起きるわけがないじゃろう?》

 

「うるせえよ」

 

 そんな凄く嘘くさい口調で言葉を並べているのは、俺が寄りかかっている小さい円形のテーブルの上にいつの間にか出現していた――赤くて見た目ゴツゴツした蛙の怪異だ。もう一人の俺、とでも言ってもいいかもしれない。

 炙り蝦蟇。

 俺の薄っぺらい命を喰らい、俺の薄っぺらい命を繋ぎ止めた、何がしたいのかよく分からない存在自体が意味不明な怪異である。

 昨晩の俺の劫火も、元はと言えばコイツの能力。全てを炙る大蝦蟇である炙り蝦蟇の、数多くある能力の一つ。俺の命と引き換えに与えられた、日常生活においては全くと言って良いほどに必要ない、無駄で無謀で無茶な能力。

 そんな摩訶不思議な『怪質』を俺に与えた炙り蝦蟇は、カエル特有のぱっちりとしているくせに何を考えているのかよく分からない目を俺に向け、

 

《あの娘。『試練』を終える前に死んでしまうのではないか? 度重なる“老い”のせいで心身ともにボロボロじゃ。逆に良く今この時まで生きているのう、と賛美を送りたい気持ちすら覚えるぞ?》

 

「アイツは死なねえよ。俺が死なせねえ。最悪でも、俺の依頼を達成してもらうまではアイツを死なせるわけにはいかねえんだよ」

 

《まだ諦めておらんかったのか……》

 

 と、炙り蝦蟇は溜め息を吐く。

 俺も、炙り蝦蟇と同じように、返す刀で溜め息を吐く。

 

「お前が望んでたことだろう? 『炙り蝦蟇の正体を明らかにする』って問題はさ。なんでお前がすでに超絶諦めムードなんだよ意味分かんねえふざけんな」

 

《そうは言うけどのう、大和。オレ等『怪異』は存在自体が不明瞭な存在じゃ。近くにいる人間によってキャラも変わるし個性も変わる。言うなれば、周囲に振り回され続ける存在なのじゃ。そんな自分の正体を明らかにしたところで、大した進展にはならないとは思わんか?》

 

「ぶっ殺すぞクソガエル。そういう風に諦めてんならもう少し早めに言えっつの。お前があと一週間でも早くそれ言っときゃ、こんな意味不明で摩訶不思議で理解不能な『試練』になんて関わる必要はなかったんだ」

 

 と、俺はぶっきらぼうに嘘を吐く。

 別に、炙り蝦蟇が諦めていようがいなかろうが、俺の中に炙り蝦蟇が居ようが居なかろうが、俺が愛望に依頼をしていようがいなかろうが、ぶっちゃけた話、俺は今と同じ立場に立っていたことだろう。

 根拠はない。

 根拠はないが、根幹はある。

 俺は、千石大和は、そういう人間だ。

 そういう半怪半人だ。

 昔から『千石撫子』の存在によって両親から爪弾きされるように生きてきた俺は、逆に、俺と同じような境遇の者――凄くどうでもいいことを願う人間のことを放っておけない体質になってしまっている。

 別に。

 阿良々木暦みたいな善人という訳ではない。

 いや。

 阿良々木暦みたいな偽善者に憧れたことならある。

 でも。

 阿良々木暦みたいな存在になりたいかと言われれば、俺は正直言って、首を横に振るだろう。

 確信はある。根拠もある。

 千石大和という薄っぺらい人間は、根本から根底から根幹からそんな薄っぺらい人間なのだ。

 千石撫子という可愛い妹に嫉妬していて、千石撫子という気の毒な妹に同情している。矛盾しているようだけれど、俺にとっては矛盾でもない――表裏一体な気持ちだ。

 だからこそ――いや、だからなのか。

 蛇に巻かれた少女の兄である俺が、

 蛙に救われた少年と化してしまったのは――そういうことが関係しているのだろうか。

 不本意ながら、確信はない。

 そもそも。

 俺という存在が生まれてきたこと自体、もしかすると、千石撫子という一人の少女を際立たせるための必然だったのかもしれない。

 三竦みの関係の様に。

 蛙は蛇に弱いように。

 俺は、千石大和は――千石撫子に弱いのかも――

 ――しれない。

 

 

 

 

 

 009

 

 

 

 

 

 それから。

 俺と愛望は二日ほどをかけ、二つの試練を乗り越えた。試練の詳細についてはあえて語る必要はないだろう。別に面白いわけでも愉快なわけでも快活な訳でもないのだから。

 だが。

 この二つの試練によって、四十八願愛望がどこまで“追い”込まれてしまったのかについてだけは、俺はしっかりと語ろうと思っている。

 俺が言いたいからではない。

 彼女の苦しみを少しでも分かち合ってやりたいからだ――不本意ながらな。

 彼女は。

 四十八願愛望は。

 声色、左肺、大腸、左目、右目の視覚を除いた形の四感に続き、続く形で――身体の自由と声帯までもに、“老い”を“負わされ”てしまっている。

 既に彼女は、見ることと呼吸すること以外の全てを、『追い兎』によって奪われてしまっているのだ。

 今の彼女は俺に伝えられないし、今の彼女は俺を感じられない。

 今の彼女は俺を嗅げないし、今の彼女は俺に心配できない。

 ただ、見て聞いて呼吸をして思考するだけの。

 ただの人形と化している。

 そんな、あんな、こんな、どんな状態になっても願い続ける願いとは。

 “負わされ”続けながらも“追い”続ける願いとは。

 一体全体どういう願いなのだろう? 

 欲に最も執着しなさそうな四十八願愛望が、全てを悟ったかのような態度の四十八願愛望が、今この瞬間にも死んでしまいそうな四十八願愛望が、全てを投げ打ってでも捨ててでも棒に振ってでも叶えたい願いとは、一体全体どういうものなのだろう?

 残る『試練』はあと一つ。

 この『試練』を乗り越えさえすれば、彼女の、四十八願愛望の願いが、『追い兎』によって叶えられる。

 しかし。

 その願いを成就させたところで、今の彼女は果たして嬉しがるのだろうか? 願いが成就したところでその願いを享受できない今の彼女は、一体全体何を考えているのだろう?

 もしかしたら。いや、もしかすると。

 『試練』中の“老い”は無かったことにされるのかもしれない。これは願いを叶えるまでの試練の一つであり、願いの大切さを思い知らせるための痛みであり、願いを叶える大変さを分からせるため艱難辛苦なのかもしれない。

 だと、するならば。

 俺は全力で愛望を――今の生きる人形と化した愛望を、全力でサポートしなければならない。

 特に大した接点も“無”く、関係も“無”く、好意も“無”かった(・・・)彼女の為に、俺は全力で努力し尽力し胆力するしかないのだ。

 不本意ながらな。

 

 

 

 

 

 010

 

 

 

 

 

 そして。

 毎度おなじみ浪白公園で『試練』の連絡が来るのを待っていた俺と愛望だったわけなのだけれど――

 ――なんと、最後の『試練』が向こうの方からやって来た。

 開始時間や場所なんて伝えたところで無駄だから、とでも言いたげに、『追い兎』の方から俺たち二人の前に現れたのだ。

 愛望を背負ったまま『追い兎』に向き直り、俺は呟く。

 愛望の代わりに、俺は呟く。

 

「これが、『追い兎』……」

 

《久方ぶりに姿を見たが、いやはや、相も変わらず摩訶不思議で不可思議で不思議なものじゃのう》

 

 頭の上で相変わらずわけのわからないことを言っている『炙り蝦蟇』をスルーしたいのだけれど、今回ばかりはコイツの言い分に全面的に賛成だった。同意だった。

 追い兎。

 サイズとしては普通の兎を人間ぐらいの大きさにした感じで、両目は熱血の様に冷血の様に鉄血の様に鮮血の様に真っ赤に染まっている。

 『兎』という名前の癖に白の体毛はなく、代わりとばかりに『兎』という字が蠢くように『兎』としての形を模っている。

 それはどうしようもなく気味が悪く、

 それはどうしようもなく怖ろしかった。

 しかし、俺は――いや、愛望は、コイツに立ち向かわなければならない。

 『追い兎』が提示する、『最後の試練』に挑まなくてはならない。

 しかし。

 『追い兎』は何を喋るでもなく何を聞くでもなく何を見るでもなく何をするでもなく、ただただそこに立ったまま、ただただそこに存在していた。

 『試練』はどうした?

 もう、愛望の頭に内容を叩き込んだとでも言うのか? いつも通りに相変わらずに、愛望に内容を伝えたとでも言うのか?

 伝えたところで話せないし動けない愛望に、内容を伝えたとでも言うのか?

 そんな、怖ろしい想像をしながらも、俺はゆっくりと愛望の方を振り返る。

 残酷で皮肉で悲哀で悲劇的な少女の方を、振り返る。

 

「まな、み……?」

 

 愛望は、泣いていた。

 動くことも話すことも伝えることもできない愛望は、無事な右目と“老い”た左目から、大粒の涙を流していた。震えることも喘ぐこともできない呻くこともできない愛望は、ただひたすらに泣いていた。

 その時。

 俺は気づいてあげるべきだった。

 いや。

 気づかなければならなかった。

 愛望がどういう『試練』を与えられたのか。

 

 

 愛望が。

 どういう『願い』を“追い”続けてきたのかに。

 

 

 気づかなければ、ならなかったのだ――――。

 

 




火燐「火燐だと思うぜ!」

月火「月火だと思うよ!」


『ややこしいわ!』


火燐「ついにそろそろクリスマスだな月火ちゃん!」

月火「ついにそろそろクリスマスだね火燐ちゃん!」

火燐「やっぱクリスマスといったらケーキだよなクリスマスツリーだよな! なぁなぁ、兄ちゃんに全力で媚び売って最高に高いクリスマスケーキ買ってもらおうぜ!」

月火「それはどうなんだと私は思うけど……」

火燐「予告編クイズ!」

月火「クイズ!」

火燐「クリスマスクリスマスって盛り上がってるけどさぁ。ぶっちゃけた話、キリスト教を全力で追い出そうとしていた国の盛り上がり様とは思えねぇよなぁ」

月火「そうだよねー。しかも最近は、キリスト教と仏教の他にもたくさんの宗教を取り入れ始めてるもんね」

火燐「だろー? ハロウィンとかバレンタインデーとかホワイトデーとかイースターとか!」

月火「ホワイトデーは微妙な線じゃないかな……?」


『次回! 無物語、第伍話――「まなみラビット 其ノ伍」!』


火燐「初日の出なんかも楽しみだよな!」

月火「火燐ちゃんだけは宗教の壁云々のツッコミをしちゃいけないと思う!」

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