無物語【完結】   作:秋月月日

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第陸話  まなみラビット 其ノ陸

 015

 

 

 

 

 

 追い兎。

 その怪異は結局のところ、『願いを叶えるためには自分で頑張らなくてはならない』という極々普通のことを思い知らせるためだけに存在する、文字通り教訓を体現したかのような怪異なのだろう。

 願いを叶えるためのステージを用意し、

 願いを叶えるまでに試練を与える。

 そんな、厳しいけれど何処か甘い――だからこそ怖ろしい怪異だと、俺は今更ながらに振り返りつつ思ってみる。

 全てを乗り越えた俺たち(・・・)は、そう思ってみる。

 

 

 

 

 

 016

 

 

 

 

 

「起立。礼」

 

『さようならー』

 

 教育機関というものに触れ出してからかれこれ十四年ほど聞き続けてきた決まり文句を聞き流しながら、俺は右手の人差し指をぼーっと見つめる。

 藍色の指輪が付いた右の人差し指を、ぼーっと眺める。

 愛望が“追われて”いた『追い兎』に勝利した後、俺は妙にテンションが高くなっていた愛望によって、彼女の家に連行され、誘拐され、招待された。俺個人としてはなるたけ早く家に帰って惰眠を貪りたかったのだけれど、晴れて恋人同士(愛望は断固として『夫婦』を主張している。まだ結婚すらしてねえのに)となった訳だし、ここは彼女の我が儘に付き合ってもいいだろう――という言い訳を自分の心にぶつけつつ、俺は彼女の家に上がらせてもらったのだ。

 彼女の家を訪れるのは、二度目だった。

 一度目は、俺が愛望と共同戦線を張る約束をした時。その時は玄関にしか上がらせてもらっていなかったから、家を訪れたというのは些か言いすぎなのかもしれない。家に寄った、ぐらいが妥当だろう。

 そして、二度目。

 なんと愛望は居間とか台所とかいうエリアではなく、脇目も振らずに俺を自室へと連れて行ったのだ。

 一直線に、愛望の部屋へと連れて行かれたのだ。

 愛望の部屋は年頃の少女にしてはやけに殺風景で、机とベッドと本棚以外の物が存在していなかった。勉強一筋な受験生の部屋、とでも言えば伝わるだろうか。それほどまでに愛望の部屋は、無機質で殺風景だった。

 俺は聞いた。

 何でこんなに物が無いんだ?

 と。

 その問いに対し、愛望は照れることも躊躇うこともせず、ただ満面の笑みと仄かに染まった頬と相変わらず感情の薄そうな瞳を俺に向け、

 

『この部屋は、大和色に染めようと思ってる』

 

 意味が解らなかった。

 というか、凄く嫌な予感しかしなかった。

 暦の彼女である戦場ヶ原ひたぎは『ツンドラ属性』らしいが、愛望はその正反対。

 『ヤンドロ属性』

 ヤンデレの上位互換でツンドラの正反対で、ツンデレとは相容れない凄まじく重い想いを恋人に向けると言われる――伝説の属性(暦談)。

 照れることも躊躇うことも苦笑することも無く放たれた愛望のそんな言葉に顔を引き攣らせることしかできなくなっていたということは、あえて論述するまでもないだろう。

 あえて言うまでもないだろう。

 だけれど、まぁ。

 彼女の部屋に行ったからといって何かが起きるわけでもなく、彼女に部屋に誘われたからといって何かを誘われるわけでもなく。

 その一時間後には、俺は自宅へと帰宅した。

 藍色の指輪と共に、帰宅した。

 そんなこんなで夜が明け、怠さと疲労と緊張で極度の睡魔に襲われていた俺は、今日という日をほぼ、睡眠と惰眠と転寝だけで過ごしてしまった。

 という訳だ。

 という訳であるからして――今に至る。

 という訳だ。

 一応のおさらいと復習という名のモノローグを終え、鞄の中身を整理し始める。アルバイトに追われる身である故に家で復習などという凄く学生らしいことに割く時間がほとんどない俺にとって、教材というのはただの荷物でしかない。

 いや、教材は言うまでもなく荷物なのだけれど。

 そういう意味の荷物という訳ではない。

 頼むから、説明するのが怠いから、各々で察して欲しい。

 理解してほしい。

 教科書とノートを綺麗に引き出しに詰め込み、「ふぅ」と一息吐く。

 と。

 

「あれ? 大和お前、そんな指輪なんて付けてたっけ?」

 

 と。

 我が愛すべき知り合い(友達ではない。メアドも電話番号も持ってるし一緒に遊びに行ったこともあるけれど、断固として友達ではない)である阿良々木暦が、鞄を肩に置くようなスタイルで、俺の傍までやって来た。

 そして、俺は暦に対応する。

 いつも通りで相も変わらずな不本意ながらに、対応する。

 

「お前はいちいち人のファッションの変貌を指摘しねえと済まねえタイプなんか? ウザい中年のおばさんみてえなことすんのな」

 

「誰が中年のおばさんだ! 僕はこれでもまだピチピチの十八歳だ! 愛すべき花の高校三年生なんだよ!」

 

「その低身長で十八歳とは……年齢詐称も大概にしろよ」

 

「言っておくが大和、僕とお前の身長は約二センチほどしか変わらない! 言うなれば、団栗の背比べって感じだ!」

 

「そういえば、団栗で思ったんだけれど、暦って変で特徴的で意趣的な髪型してるよな。それどこの美容院で頼んで切ってもらってんの?」

 

「話を逸らすというか斜め上過ぎる方向に話を持っていくな!」

 

 相変わらずのツッコミセンスだった。

 相変わらずのツッコミ少年だった。

 この調子で順当に成長しさえすれば、そこそこの売り上げを誇るほどのお笑い芸人ぐらいにはなれるのではないだろうか? 最近は大学を出た後に芸人になる例も増加してきているわけだし、是非暦にはそう言ったマイノリティな道を歩んで行ってもらいたいと――俺は他人事のように思ってみる。

 まぁ、他人事だけどな。

 他人に言う戯言だからこその――他人事だけどな。

 ギャーギャー騒ぐ暦から視線を外し、教室を見渡してみる。本日は珍しいことに、戦場ヶ原ひたぎの姿も羽川翼の姿も無かった。お互いに用事でもあったのだろう。彼女等二人が暦を置いて無断でどこかに行くだなんてことは、他人事であるが故でも有り得ないだろうと、他人事であるが故に断言できる。

 不本意ながらな。

 ということは、もしかしてコイツ、俺と一緒に帰ろうとでもしているのだろうか?

 あの変態的な後輩でもなく、ただの知り合いである俺と一緒に――下校時間を過ごそうと思っているのだろうか?

 気持ち悪い、という以前に、変な性癖をお持ちの某二年生に誤解をされてしまうような展開だ。

 願ってもない、最悪な展開だ。

 願う訳もない、最低な展開だ。

 だが、まぁ。

 コイツと下校するというのも随分と久しぶりな気がするので、別に俺は構わない訳なのだけれど。

 でも。

 それ以前の問題で。

 

「帰ろう、大和」

 

 音も無く気配も無く前触れも無く俺の背後に立っていた愛すべき恋人が、その展開を躊躇いすら無くぶち壊してしまうのだろうけど。

 「うぉわ!?」と露骨に驚いている暦に手刀を切りつつ、俺はニヤニヤしながら言い放つ。

 自慢するように、言い放つ。

 

「そういう事だから、こういう事だから。俺は今日からずっと恋人と一緒に帰らなきゃだから、お前の誘いには乗れねえんだ」

 

「恋人じゃない。妻」

 

「まだ言ってんのかお前……結婚すらしてねえ時点で夫婦的な立場になれるわけねえだろ? 故に、俺とお前はまだ恋人同士だよ。プロポーズもキスもしたけれど、俺とお前はまだ恋人同士だよ」

 

 と。

 俺は愛望の頭を撫でながら言い放つ。

 愛すべき恋人に、言い放つ。

 と。

 そんな俺と愛望のやり取りを見ていた暦は遂にやっと混乱から解放されたようで。

 

「え、ええぇっ!? お前らこの間まで普通の知り合い程度な仲じゃなかったっけ!? どこにどういう革命が起きたらそんな急展開になるんだと、僕はお前に問い質したい!」

 

「不本意ながらにいろいろあったんだよ――なぁ、愛望?」

 

「不本意ながらに、ね」

 

「しかも凄ぇイチャラブだし! 僕と戦場ヶ原なんかじゃとてもじゃないが敵わないほどにイチャラブだし! これがカップルの在るべき姿だとでも言うのか!?」

 

「いやいや、それはそれについての問題は、どこをどう考えても戦場ヶ原が異端で異常で異質なだけだろ。お前はよく頑張ってると思うよ――不本意ながらな」

 

「どういう意味だ!」

 

「そういう意味だ」

 

 そんな相変わらずでいつも通りなやり取りを終え、俺と愛望は教室から出ていき、下駄箱まで手を繋いだまま移動し、靴を履いて校庭へと出た。

 校庭へと出るなり、早歩きで校外へと出た。

 今日は、どこへ帰ろうか。

 俺の家か愛望の家か、はたまた暦の家か。

 帰る場所などどこでもよくて、居場所なんてどこでもいい。

 だって。

 俺たち二人の居場所というのは――互いのことを指すのだから。

 俺は右手で愛望は左手で。

 俺は左手を愛望は右手を。

 互いの体温を堪能するかのように指を絡ませ握り合い、肩を寄せ合うように肩をぶつけ合いながら、俺と愛望は六月の夕暮れに染まった街を歩いていく。

 文化祭が終わった何日か後の、静まり返った直江津高校から離れていく。

 

「大和」

 

「ん? 何だ、愛望?」

 

「今日の夕飯は、シチューが良い?」

 

「端から選択肢が限られてるくせに質問すんなよ……」

 

「シチューが良い? シチューは嫌?」

 

「シチューでも別に良いけれど、個人的にはチューが良いかな」

 

「ん」

 

「道端で公衆の面前で躊躇いも無く準備万端な愛望さんマジ凄ぇ!」

 

 こんな平和なやり取りをしていても、こんな平和な会話をしていても――もう『兎』に追われることはない。

 老いを負わされることはない。

 全てを乗り越え全てを終えて、ようやく手に入れた平和なひと時。

 平和な時間。

 辛く苦しく悲しく痛く、ただただ虚しい『試練』の果てに手にいれた、何の変哲もない、平和な日常。

 でも。

 そんな、平凡で平和で平常な日常だからこそ。

 あの辛さを乗り越えた末に手に入れた平凡だからこそ、こんなに心の底から楽しいと思えるのかもしれない。

 ――不本意だけどな。

 とまぁ、そんな感じで言い訳のような戯言を並べてきたわけだけれど、本当はただの照れ隠しだ。自分の思いを悟られないように一生懸命な、千石大和の戯言だ。

 並べて放って喋って言って、そしてもう一度噛み締めるように言う。

 不本意ながらに、俺は言う。

 愛望にキスをした後に、俺は言う。

 

「結局は、不本意な事ばっかなんだけれど――それがまた、楽しいじゃないか」

 

 と。

 




 今回は諸事情あって、ファイヤーシスターズによる次回予告は無しです。

 次回、第漆話――よしのウルフ 其ノ壹。


 感想・批評・評価など、お待ちしております。

 次回もお楽しみに!

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