無物語【完結】   作:秋月月日

7 / 13
 新章突入です。



第漆話  よしのウルフ 其ノ壹

 親友と幼馴染みの差は、いったいどこにあるのだろう?

 仲の良さで言うならば、親友の方が上っぽく感じるのだけれど、付き合いの長さで言うならば、幼馴染みの方が上のように感じてしまう。

 そんな気がすると、この俺、千石大和は思ってしまう。

 そしてこの俺、千石大和には、そんな曖昧な差が適応されてしまうような、

 そんな幼馴染みが一人だけ存在する。

 廿楽佳乃(つづらよしの)という、親友のようで幼馴染な存在が、一人だけ存在する。

 仲の良さで言うならば、四十八願愛望以上の仲の良さで。

 付き合いの長さで言うならば、千石撫子以上の長さ。

 そんな。

 もはやもう一人の自分だと言っても過言ではないような、自分の事を互いの事をこの世の誰よりも知り尽くし合っていそうな、そんな親友で幼馴染みな――存在。

 廿楽佳乃。

 今回は、そんなイレギュラー過ぎてもはや平凡だと感じてしまうような親友の、平凡過ぎてもはやイレギュラーだとしか思えないような幼馴染みの話をしよう。

 廿楽佳乃の、話をしよう。

 

 

 

 

 

 001

 

 

 

 

 

 昼休み。

 壹時限目と貮時限目。

 參時限目と肆時限目。

 そんな怠くて大変できつくて辛くて――だけれどサボるわけにはいかない時間の後にやってくる、昼休み。

 いつもの相変わらずのいつも通りの席で、俺は昼食を摂っていた。

 教室の右後ろ隅の廊下側の座席で、俺は昼食を摂っていた。

 机の上に拡がるは、ボリュームとヘルシーさが均等に割り振られたかのような、無理やり特徴を掻き消したかのような料理がぎっしりと詰まった――そんな弁当箱が二つほど。

 片や、肉類をメインに。

 片や、野菜をメインに。

 作るだけでも――というか、用意するだけでもなかなかの時間をかけてしまいそうな弁当箱が、この俺、千石大和の前にドスンと鎮座させられていた。

 用意されていた。

 俺はヒクヒクと頬を引き攣らせながら、空席となっていた隣の席を占拠している少女――全体的に真っ黒なショートヘアなのに左目が隠れる程長い前髪と、感情の乏しい瞳が特徴の少女にジト目と共に言葉を放つ。

 四十八願愛望という、俺の大事な恋人に――言い放つ。

 

「……なぁ愛望さん。流石にこの超ボリューム感は一体何なんでしょうね。流石の俺でもこの量は少しばかり多いと思うんですがね――不本意ながら」

 

「大和にはたくさん栄養をつけてもらわないと」

 

「はぁ? そりゃまた何で」

 

「元気な子供を産まないと」

 

 今日も愛望さんのヤンドロ属性は絶叫調でした。

 それと、あえてツッコむ必要も――というかツッコむのは野暮かもしれないのだけれど、その理論で行くならば、栄養を付けるのは男の方ではなく女の方が正しいと思う。男が栄養を付けたところで何かが変わる訳でも無しに、ただ単純に精力回復できるぐらいのものだと――俺は最愛の少女にドン引きしながら思考を並べる。

 スッと差し出された箸を手に取りながら、そんなことを思ってみる。

 そんなことを思いながらも、とりあえずはコロッケを一口。もっきゅもっきゅと、美少女だったら凄く萌え要素になるのであろう咀嚼を試みながら、俺はコロッケの味を堪能する。

 そして結論。

 

「凄ぇ美味い」

 

「本当?」

 

「ああ。今まで喰ったコロッケの中でも一番だと思う――いやお世辞とか抜きで、不本意だとも思わずに普通の純粋に美味いよコレ。なんか特殊な味付けでもしてんの?」

 

「このコロッケは私の中でも自信作というのもこのコロッケは揚げる時間を工夫して更に私自身が人生の中で見つけた最高の調味料とか油の中でどういう感じで回せばいいかなどを何度も何度も何年も十何年も必死に模索し試行錯誤してきたことでありそもそもコロッケというのは卵焼きと並ぶほどに並べられるほどに重要な料理なのでありこの二つの料理が上手く美味く旨く巧く作れない女は男と添い遂げる資格も義務も権利も認められない程と言われてお」

 

「初めて流暢に喋ったと思ったらなんか内容が凄く大変なことに!」

 

 しかも喋っている間中ずっと無表情であるからして、なんか日本人形が口をパクパク開いて一人腹話術をしているように思えてしまう。実際は自分で喋っているので腹話術でもなんでもない訳なのだけれど、それはあれだ、自分がどういう風に感じるかというかどう捉えてしまうか、という点に問題の軸を置いてもらいたい。

 ともあれ。

 今も尚、俺の制止の声を聞き逃したことで未だ呪文のような呪詛のような呪怨のような自慢話を並べている愛望は置いておくとして。

 愛望がここまで料理上手だとは夢にも思わなかった。夢でも見たことはないし、夢にも見ることはなかったのだけれど、想像というか予想を遥かに超えてくる実力だった。

 これは将来が楽しみだ、と俺は愛望の料理をパクパク頬張りながら、そんな戯言を思ってみる。

 ――不本意ながらに。

 と。

 

「よう。美味そうなもん食ってんな、大和。僕にその映像だけでも提供してくれよ」

 

「俺の楽しい時間を邪魔しに来たのか今すぐにあのツンドラの元に帰れ――阿良々木ハウス!」

 

「僕は戦場ヶ原の犬ではないしお前にどうこう言われる筋合いも無い! 僕の名前は阿良々木暦だ! どこぞのツインテ小学生みたいな間違え方をするな、このリア充野郎!」

 

「お前もリア充だろうが――っつか、ツインテ小学生って何? ついにお前のロリコンという名の持病が炸裂しちまった感じな訳?」

 

「あー……いや、悪かった、今のは忘れてくれ」

 

「ンだよそれ」

 

 そんな相変わらずでいつも通りなやり取りに律儀に応じながら、俺の知り合い――阿良々木暦は、俺の前の空席にあんパン片手に腰を下ろす。

 俺の肩パンを喰らいながら、腰を下ろす。

 

「痛ぇっ! い、いきなり何してくれてんだ大和! 僕はお前のサンドバックでもストレス発散抱き枕でもないぞ!?」

 

「は? なにいきなりハイテンションで戯言言ってんの? なぁ愛望、俺は今このバカに何かしたか?」

 

「――そもそも料理というのは遡ること紀元前――」

 

「ほら見ろ。俺の無実は愛望が証明してくれる」

 

「トランス状態を飛び越えて別世界にトリップしちまってる四十八願を証人として提示する、だと!? お前はつくづく屁理屈野郎だな大和! お前なら戦場ヶ原と良い勝負ができる気がするよ!」

 

「それは人として言われて嬉しくない褒め言葉ナンバーツーに匹敵するな」

 

 それも、割と冗談抜きで。

 肩を叩いてツッコまれ肩を叩いて文句を言われ、という男特有のやり取りで時間を潰しながら、俺と暦は昼休みという貴重に思えて実は無駄な時間を過ごしていく。

 青春の一ページを、棒に振っていく。

 料理の話から遂には『そもそも人類が生まれた理由とは』ぐらいにまで話が転換してしまっている愛望の頭を撫でながら、愛望の髪の感触を堪能しながら、俺は暦の話を聞く。

 内容は、最近話題の最新ニュースについてだった。

 

「もう七人目らしいな、あの通り魔事件。法治国家日本の名が廃るというか、もはやこの国には安全な場所なんてものは存在しないんじゃないかと日々疑念が増すばかりだよ」

 

「自分の身は自分で守る。結局はそういうこったろ? 鎌倉時代から始まった武士道精神を呼び覚まし、今こそ全国の日本人をジャパニーズサムライ化させる時が来たってことだろうな、多分――不本意ながらな戯言だけれど、な」

 

「そんな日本には逆に住みたくないな。僕は平和で平凡な日本を所望するよ、割と真面目に」

 

「彼女があんなにバイオレンスだから、お前がそう思うのも仕方がねえのかねぇ」

 

「あれ? 珍しく僕の心配をしてくれているのか?」

 

「不本意だけどな」

 

 珍しいとは何事だ――とは思ってみはするけれど、いつも通りな普段通りの暦への態度を鑑みてみると、なるほどそう言われても仕方がないのだろうな――ぐらいの事は思えてしまう訳なので、ここは暦の意見を尊重し、アイアンクローだけは勘弁してやる事にしよう。

 ――不本意ながらな。

 

 

 

 

 

 002

 

 

 

 

 

 そして放課後。

 伍時限目と陸時限目を終えた後の、アフタースクールなフリータイム。

 俺は最近にしては珍しいことに、一人で単独でアローンな下校時間を過ごしていた。俗に云う、ぼっちな帰り道、というヤツだ。

 今日は愛望は家族で外食に行かなければならないらしく、学校が終了すると同時に俺の元までやってきて、

 

『不本意だけど、一緒に帰れない。だから、今日は先に帰らなきゃ』

 

 と言い残し、すたこらさっさと――まさに文字通りというか言葉通りな様子で全力ダッシュで帰路に就いてしまったわけだ。

 とてもじゃないけれど、

 つい何日か前までは似非全身麻痺だったとは思えない。今にも死にそうだった少女だったとは、とてもじゃないが思えない。

 だけれど、まぁ。

 それは心の底から喜んであげなければならないことだ。彼女が健康で元気で年頃の少女らしい生活が送れているという事実は現実は、柏手打って祝福してあげなければならないことなのだ。

 恋人だとか彼女だとかいう事は関係なく。

 人として人間として人類として、当たり前のように祝福してあげなければならないことなのだ。

 まさに本意な気持ちで、だ。

 そんなこんなで久方ぶりのアローンキルタイム。これは久し振り過ぎて逆にテンションを上げていかなければならないのかもしれないけれど、そもそも俺は元々そこまでテンションが高い人間ではない。俺の周囲には何故かテンションが高めなハイテンションな奴らが無駄に多いけれど、だからと言って、俺が彼らと同様なキャラにならなければならない――という結論には行き当たらない。

 それが例え、『兎に追われた少女』からの指摘だったとしても――。

 薄っぺらい鞄を肩に置き、左手をズボンのポケットに入れたまま、俺は歩く。

 早めに学校を出たせいで同校の生徒の姿があまり無い帰宅路を、俺は一人でアローンに歩いていく。

 単独行動を、楽しむことにする。

 まさに、一匹狼な気分、という感じだ。今なら送り狼に一言物申せるかもしれない。

 女性は大事に、という極々自然で当たり前な言葉を――な。

 カラスの鳴き声をBGMに、オレンジ色の夕焼け空を背景に、俺は歩道で歩を進めていく。

 歩道を進むために、歩を進めていく。

 と。

 俺が思わず欠伸を零してしまいそうになった、その瞬間。

 その少女は突然現れた。

 俺の前から、突然やって来た。

 

「あれ? あれあれあれあれあれ? 久し振りなような気がするけれど随分と長いこと見てきたような顔の少年がいるぞー? はて、誰だったかな誰だったかな私様の記憶力は悪いからなー」

 

「一年ぶりの再会と同時にさっそくの佳乃節、ありがとうございます」

 

 廿楽佳乃と呼ばれて慕われて敬われている少女が。

 俺の親友で幼馴染みな――そんな曖昧過ぎる関係の少女が。

 黒のジャージ上下という超絶ラフな格好で、

 茶髪ポニーテールというとてつもなくスポーティな髪型で、

 Cカップの胸とキュッとしたくびれと悩ましいヒップという魅惑的なボディで、

 野を駆け回って得物を狩る野生の狼のように健康的な長い手足で、

 

「思い出した思い出した思い出した、私様はやっとのことで思い出したぜ――おっひさー、やーまとっ。相変わらず元気なさそうだなー」

 

 廿楽佳乃はそう言った。

 




火憐「火憐だぜ!」

月火「月火だよ!」


『二人合わせてファイヤーシスターズ!』


火憐「いやー、一話ぶりの次回予告だな、月火ちゃん!」

月火「プラチナむかつく!」

火憐「前触れも無しに前座としての会話も無しにいきなりキレた!? 流石に突然すぎて意味分かんねぇよ一体どうしたんだ月火ちゃんっ?」

月火「いくらなんでも私たちの出番がココだけって言うのはあんまりだと思う! お兄ちゃんは準レギュラーの如く登場してるのに!」

火憐「そうは言っても、そうは言うけど……そもそもこの小説、全部で四人ぐらいしか登場してねぇよな。しかも翼さんは一言も喋ってねぇし……そんな状態であたしたち二人が登場なんて、どう考えても無理だろ」

月火「そこをどうにかするのが私等ファイヤーシスターズ!」

火憐「もはや正義の味方でもなんでもねぇよ! ただの我が儘な子供じゃん!」

月火「予告編クーイズ!」

火憐「クーイズ!」

月火「送り狼って、実は昔話風な妖怪の事なんだよね」

火憐「そうなのか? ただのエロな優男って意味だけじゃないんだ?」

月火「伝承では、拝んだり履いていた靴をあげたりすれば襲わないらしいけれど、なんかそれって単に気持ち悪いだけだよね、と私は思う」

火憐「そりゃまた何で?」

月火「だってその靴をペロペロクンカしてるかもしれないんだよ!?」

火憐「考えすぎだぁ!」


『次回! 無物語、第捌話――「よしのウルフ 其ノ貮」!』


月火「そう考えてみるとお兄ちゃんもなかなかの送り狼っぷりだよね」

火憐「兄ちゃんのことを悪く言うなら戦争だぁーっ!」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。