無物語【完結】   作:秋月月日

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第捌話  よしのウルフ 其ノ貮

 003

 

 

 

 

 

 親友な幼馴染み。

 親友で幼馴染み。

 そんな曖昧で中途半端で境界不明瞭な関係である廿楽佳乃と再会した俺は、彼女の心底というか機転による提案でマクドナ〇ドへと移動することになった――何故か俺の奢りで。

 バイトと仕送りだけで生活しているこの貧乏人に、あえて家族と離れることで自由を得ているこの自由人に、最近恋人ができたおかげで食事には困らなくなってきたこの幸せ者に、佳乃は平気で兵器な笑顔で、

 奢れと言った。

 無論、勿論、最初は断った。事実というか実際問題、俺が佳乃にマックを奢ってやらなければならない理由が存在しない。理屈で説き伏せられることも無ければ、事情で同情させられることも無い。

 完全無欠にただの奢り。

 廿楽佳乃の驕り高ぶった奢り文句。

 送り狼系男子ではない千石大和に対する、正面切っての挑戦状。

 正直言って凄く心の底から拒否したいし、一刻も早くアルバイトに向かいたい。今日はコンビニのレジのバイトだったかな、大変だなー。

 しかし。

 だけれど。

 俺は佳乃に一つだけ大きな弱点を握られていて、佳乃は俺の弱点を一つだけ握っている。

 その弱点は、俺だけじゃなくとも、全国の青少年だったら――というか、全国の男性だったら絶対に屈してしまうような弱点だ。

 抗いようのない、正真正銘の弱点だ。

 色仕掛けという名の、最強で最悪無比な弱点だ――不本意ながらな。

 そして俺は屈してしまった。愛望に懺悔の気持ちを抱くと共に、男としての喜びに酔いしれながら、佳乃の色仕掛けに屈してしまった。

 前が空いたジャージの下のゆったりとしたシャツの襟元から覗く、豊満な胸の谷間を見せられたせいで、俺は佳乃にマックを奢る事となってしまった。

 という訳だ。

 

「いやー。それにしても久しぶりだなー大和。元気してた? 学生らしく元気いっぱいで精力一杯で元気してたかー?」

 

「精力一杯で元気ってなんか凄ぇ卑猥な表現だからやめてもらえますかね? 神原駿河とかいう後輩だったら鼻息荒くして頬紅潮させて内股になって全力でリアクションするんだろうけれど、俺は見ての通りちょっとローテンションな普通の男子なんだよ。同級生の変態でもなけりゃ、同級生の超絶サディストでもなけりゃ、同級生の万能知識人でもねえんだよ――不本意ながらな」

 

「そりゃー傑作だな。私様が今まで知り合ってきた人達を余裕で置いてけぼりに――蹴落としてしまう程にディープなキャラクターたちだなー。うん、今度紹介してくれ!」

 

「嫌だよ面倒臭ぇ。っつーかお前、神原とは知り合いなんじゃなかったんかよ。ほら、昔から言ってたろ? 『私様には私様と同じぐらいエロいバスケットボール系女子の後輩がいる!』みてえな事を」

 

「それは私様なりの傑作な言葉だな、うん。私様にしては傑作だ」

 

 そう言って、佳乃はポテトを咀嚼する。

 二本一気に手に取って、色気染みた口の中に放り込み――咀嚼する。

 もっきゅもっきゅと無意識というか天然ながらに可愛いらしい萌えな行為を現在進行形で垂れ流しにしている佳乃は、ごっくんと大袈裟にポテトを呑み込み、ちゅーっと大袈裟にジュースを飲む。

 全ての動作を大袈裟に、そして相手をイラつかせないほどの絶妙さで、

 廿楽佳乃は実現する。

 現実世界で、現実のものとする。

 佳乃はポテトを一本抜き取り、顔の前でクルクルと回す。

 指揮者の様に教師の様に、一本のポテトをクルクル回す。

 

「やっぱり私様としちゃ、マックのポテトは世界でもトップクラスだと思うんだけれど、大和はどう思う? モスバ〇ガー派な千石大和さんは、マクドナ〇ドのポテトについてどう思うー?」

 

「わざわざマックの店内で俺がモス派だって事をばらす意味が分からない! 鈍感なお前は気づいてねえんだろうけれど、数秒前よりの店員さん方の目つきが険しくなったぞ!? 次注文に行ったら確実に冷めたポテトとか出される雰囲気だぞどうしてくれんだ!」

 

「やっぱ安さの問題なのかねー」

 

「左から右に受け流しつつ聞き流すな廿楽佳乃!」

 

 とツッコミを入れ、俺は溜め息交じりにコーラを啜る。

 疲れと渇きを癒す為、俺はコーラを胃の中へと流し込む。

 一年ぶりのやり取りに、久し振りの楽しい楽しい漫才に、佳乃は心の底からにこやかな満面の笑みを浮かべている。

 子供の様に、

 太陽の様に、

 神話の様に、

 女性の様に、

 美人の様に、

 少年の様に、

 少女の様に、

 聖母の様に、

 伴侶の様に、

 神父の様に、

 親友の様に、

 旧知の様に。

 廿楽佳乃は十八歳だとはとてもじゃないが思えないほど明るい笑顔で――

 

「やっぱり大和はたっのしいなー!」

 

 ――そう言った。

 

 

 

 

 

 004

 

 

 

 

 

 マックでの食事――というか小休止、を終えた俺と佳乃は、何を思ったのか毎回毎度の恒例エリア、浪白公園へとやってきていた。

 呼び名も振り仮名も読み方も分からない、謎多き浪白公園へとやってきていた。

 因みに、俺個人としての読み方は『ろうはく』公園だ。愛望も『ろうはく』公園で、なんと佳乃は『ろうしろ』公園と読むらしい。新たな派閥が生まれた瞬間だな、と意外な気持ちにさせられたのは記憶に新しい。

 俺はブランコに腰を掛け、佳乃はブランコを子供の様に乗り回す。

 幼き頃の俺たちを再現するかのような態度で、佳乃はブランコを漕ぎ回す。

 

「いやー。久しぶりに大和と話せて私様は大満足だよ――まさに傑作だな!」

 

「俺は失うもんが多すぎて意気消沈気味だけどな」

 

 財布の中身から始まって、マックでの信用に続き、放課後という名の大切な青春の一ページを、

 無駄に無謀に無茶に棒に振ってしまった気がする。

 不本意とかそういう問題以前の問題で、割と真面目に緊急事態な気がする。

 不本意だけどな。

 ギッコギッコと激しく騒々しく嬉々とした様子でブランコを漕ぐ佳乃。

 その様子はまるで子供で、その姿はまるで少女で、その笑顔はまるで太陽で。

 廿楽佳乃という少女が、外見以外は何も変わっていないんだということを――心の底から思い知らされる光景が、俺の目の前に拡がっていた。

 思い出の一ページであり、青春の一ページでもある――そんな光景が。

 千石大和の前で――明るく楽しく拡がっていた。

 

「よっ」

 

 と言い、佳乃はブランコから勢いよく飛び降りる。

 茶髪のポニーテールを靡かせながら、佳乃は綺麗に宙返りを決める。

 相変わらずの運動神経だな、と簡単や賛美を送りたい気持ちに駆られるけれど、ここで褒めたら心の底から子供のように調子に乗られるのは目に見えているので、ここは心の鬼――というか自分の精神を護る為に厳しい対応をさせていただくことにしよう。

 俺はブランコに腰を下ろしたまま、重い腰を上げないまま、佳乃にジト目を向け――

 ――言い放つ。

 

「ガキか」

 

「辛辣な一言だなぁ! 私様の大事な大切なげぼ――大和は、どうしてこんなに冷たい人間と化してしまったのだろうか!」

 

「平気な顔で『下僕』とか言おうとするからじゃね?」

 

「ツッコミが辛辣で冷酷で冷静だなー! 腕を上げたというか心が荒んでしまったんじゃないか、大和?」

 

「お前と再会するまでは幸せいっぱいでしたよ」

 

「そんな律儀に嫌わずとも!」

 

 がっくり、と相変わらず大袈裟に項垂れる佳乃に、気づけば俺は暖かな気持ちにさせられていた。

 世界で唯一無二の親友で、

 世界で唯一無二の幼馴染み。

 互いの事なら何でも知っていて、互いの為なら何でもやれて。

 一心同体というか、二人で一つというか、絶対双信というか。

 鏡合わせの自分を見ているかのような気持ちにさせられる――そんな存在が、俺にとっての廿楽佳乃で、佳乃にとっての千石大和なのだろう。

 不本意だけど、な。

 

「それはそうとさ、大和」

 

 と言い、佳乃はひとっ跳びで――文字通り一回きりの跳躍で俺の前まで移動し、

 

「一年前の返事を、聞かせてもらってもいいかな?」

 

「…………」

 

 俺がずっと逃げ続けていた言葉を、俺がずっと避け続けていた言葉を――

 

「私様の告白についての返事を、聞かせてもらってもいいかな?」

 

 ――捨てられた狼のように寂しげな顔で、言い放った。

 

 

 

 

 

 005

 

 

 

 

 

 答えはノー。

 俺はハッキリとした口調でそう返事をし、浪白公園を後にした。

 廿楽佳乃から逃げるように――佳乃の泣きそうな顔から逃げるように、俺は浪白公園を後にした。

 既に空は漆黒の闇に覆われていて、明るい月は雲によって隠れてしまっている。

 今の俺が暗い感情に覆い尽くされてしまいそうなのと同じように、月は暗い雲に覆い尽くされてしまっていた。

 それはまるで、俺の身代わりになったかのような有様で。

 それはまるで、地上という名の現実から目を背けているような光景で。

 廿楽佳乃という少女から目を背けてしまった俺を、風景描写のみで的確に表している――そんな意外性抜群な光景だった。

 風景だった。

 

「何で俺って奴は、もっと早くに返事をしなかったのかねぇ……」

 

 そうすれば、この罪悪感と出会う事も無かったのか。

 そうすれば、佳乃の泣き顔を見らずに済んだのか。

 そうすれば――どうすれば?

 そもそもの話。

 俺と佳乃が一年ぶりに再会したのは、俺が佳乃を一年間も避け続けていたということと同義なのではないだろうか。

 彼女の姿を見つけたらあえて道を変え、彼女の声が聞こえたら早歩きで遠ざかり、彼女の名を聞いたら耳を塞いで現実逃避。

 ――逃げて――

 ――黙って――

 ――騙して――

 ――避けて――

 彼女を――廿楽佳乃を俺の中で“無かったこと”にしようとしていただけではないのか?

 “存在しない物語”の中に、彼女という存在を放り込んでしまっていただけなのではないのか?

 疑問に思う。

 質問を返す。

 設問を捜す。

 拷問を望む。

 詰問を請う。

 全ての罪から逃れ――罪悪感を“無かったこと”にし、平和な日常へと逃避した。

 子供が罪の意識から逃れるかのように、

 大人が現実から逃避するかのように、

 主人公が仲間を見捨てるかのように、

 人類が我武者羅に進化していくかのように、

 文明が単調に発展していくかのように、

 千石大和は廿楽佳乃を――あえて意識の外に置いていただけではないのか?

 断定ではなく、疑問。

 自分では分からないからこその、他の誰かに向けた疑問設問質問。

 誰かに適した答えを与えてもらえさえすれば、ここまで苦しい想いはしないはず。

 恋人である愛望の顔なんかを見てしまえば、こんな想いなんてすることも無くなるはず。

 重すぎる想いから逃れるために、想い人という名の重い存在を求めてしまう。

 想いを切るために、思い切りな行動に出る――なんて覚悟すら持っていない俺なくせに、だ。

 どうすればいいどうすればいいどうすればいい?

 このどうしようもなくやるせなく心許ない想いを振り払うには――振り切る為には、

 俺は一体どうすればいい?

 疑問を飛ばし、答えを求め、納得したい。

 千石大和という存在から一旦離れ、冷静で閑静で均整のとれた思考の渦に身を委ねたい。

 

 そんな逃避を、していたせいなのか。

 

 何の前触れも無く訪れた、腹部への激痛。

 右横腹に走った、衝撃的な激痛。

 と同時に失う、右横腹の充足感。

 俺の横腹が、咬み千切られた。

 紙の様に、神が罰を与えるかのように――いとも容易く咬み千切られた。

 

「――ぁ――ぇ――?」

 

 炙り蝦蟇の特性上、外部からの攻撃で死ぬことはない。どんな傷でも勝手に炎が治療してしまう炙り蝦蟇の特性上、軽傷だろうが重傷だろうが――俺が死に瀕することはありえない。

 だが。

 だけれど。

 それ以前の問題で。

 俺は信じられないものを――疑心暗鬼を超越する程に信じられないものを、目の当たりにした。

 

 闇の中でも分かるほどに暗くて黒い狼が――俺の身体に食らいついていた。

 

 ふらぁっ、と身体が横倒しに倒れていく。

 腹部から臓物と共に大量の血液が流れ出ていき、流れ落ちていき――それと同時に意識も深い闇の中へと落ちていく。

 廿楽佳乃への罪悪感を抱いたまま背負ったまま、俺はゆっくりと意識を闇の中へと沈めていく。

 そんな状態で、そんな中。

 うっすらとした意識の中で最後に見えたのは――

 

『大和! しっかりして、大和!』

 

 ――兎に追われた少女の、焦りと悲しみに包まれた表情だった。

 

 




火憐「火憐だぜ!」

月火「月火だよ!」


『二人合わせてファイヤーシスターズ!』


月火「いやぁ、待ちに待つどころか定期的に訪れるシリアスタイムだねー」

火憐「原作以上にシリアスだよなー。兄ちゃんが出た時ぐらいしかコメディ感が無いよな、この小説」

月火「それぐらいにお兄ちゃんがギャグの象徴だということだね!」

火憐「ツッコミの鑑だもんな! 暦だけに!」

月火「それはあんまり上手じゃないような気がする……」

火憐「予告編クイズ!」

月火「クイズ!」

火憐「あたしと月火ちゃんのコンビは『ファイヤーシスターズ』って呼ばれてるわけだけど」

月火「自称もしてるしねー」

火憐「実はあたしと月火ちゃんって双子じゃないんだよ! 同い年に見えるかもしんねぇけど! あたしの方が月火ちゃんよりも一つ年上なんだよ!」

月火「精神年齢は私の方が上だけどね!」

火憐「え? それどういう意味?」


『次回! 無物語、第玖話――「よしのウルフ 其ノ參」!』


火憐「ふんっ、だ! 兄ちゃんに半裸の状態で触られた経験があるあたしの方が、月火ちゃんよりも大人に決まってるけどな!」

月火「うん。言いたいこととか自慢したいという気持ちは十分に分かったからとにかく今から一緒に千枚通しを買いに行こう――ね?」

火憐「月火ちゃん凄ぇ怖い顔してる!」

月火「ほら、早く行くよー」

火憐「に、兄ちゃん助けて(二回目)ぇぇえええええええええええええっ!」

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