無物語【完結】   作:秋月月日

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第玖話  よしのウルフ 其ノ參

 あー。

 あー。あー。

 あ~~~~~~~~~あ。

 オレは炙り蝦蟇である。名前はまだ“無”い。

 付けられる予定も付けられる気も無けりゃ、必要としておるわけでもない。

 ――不本意じゃがな。

 そんな訳で、オレの『表』である大和の奴が現在輪廻というか臨死体験中じゃから、不詳このオレ、炙り蝦蟇が代わりに語り部を務めさせてもらうぞい。

 代わり部を務めさせてもらうぞい。

 意識を失った大和は恋人である四十八願愛望に拾われ、そのまま四十八願の家まで運ばれたのじゃ。何故あの場にちょうど良いタイミングで四十八願が来れたのかということに疑問を覚える方は多いじゃろうが、それは大和が装備している藍色の指輪が原因なんじゃよ。

 婚約前に渡された、

 婚約予約指輪が――原因なんじゃよ。

 大和は何の説明もされておらぬから知る由もないが、この指輪は大和の中におるこのオレ――炙り蝦蟇と直にリンクしておるのじゃ。言わば、大和の中に眠っている俺を呼び出す指輪。言うところの、便利アイテムと言うヤツじゃな。

 便利過ぎて利便性に優れた、便利アイテムじゃな。

 四十八願は大和と相反するかの如き紅色の指輪を装備していて、この二つの指輪が共鳴を起こす形で連絡を取り合うことができる、という絡繰りなわけじゃ。

 いやまぁ。

 連絡を取り合うことができるのは、大和と四十八願ではなく、オレと四十八願、な訳なのじゃがな。

 大和の人格を俺の怪格と入れ替えて、無理やり会話をするという――衝撃アイテムなのじゃがな。

 怪異とその天敵のための、連絡アイテムなのじゃがな。

 こう考えてみると、どうもやけにかなり矛盾したアイテムのように思えてしまうのう。オレは四十八願の事を天敵だと思っておる――イコール、オレは四十八願の事が苦手な訳じゃ。

 大嫌い、とまではいかずとも、

 小嫌い、くらいの好感度だとは言えるかのう。

 好き嫌い得手不得手の単位に大とか小とかいう単語が当てはまるのかは知らないのじゃけれど、オレ個人としては――四十八願の事を小嫌い――という心持じゃ。

 人間じゃなくて怪異じゃから、個人というのはおかしな表現のような気もするがの。

 話を戻して。

 大和を自宅まで運んだ四十八願は、大和を自分の部屋のベッドに寝せ、そのままオレとコンタクトを取ろうとしたのじゃ。触れることすらままならない以上で異質で異端な怪異であるこの俺と、コンタクトを取ろうとしたのじゃ。

 その理由はもちろん、

 大和がどんな怪異に襲われたのか、

 という感じじゃった。

 

「傷口から想定するけど、獣形の怪異だと私は想定して予想する」

 

「それはそれで八割方正解――いや、六割五分ほどの正解、という感じかの。獣型と言えば獣型の怪異なのじゃが、あの怪異の本筋はそのような低俗なジャンルには含まれておらぬし――含むことすら出来ぬのじゃ」

 

「どういう意味?」

 

「ここまで言ってもまだ分からぬか? ハッ。怪異の専門家が聞いて呆れるのう」

 

「…………むー」

 

 頬を膨らませて唸り声を上げる四十八願は、大和の奴が見れば卒倒ものなのじゃろうな。

 現在進行形で卒倒しているわけなのじゃけれど。

 未来形でも卒倒しそうな気がするんじゃよ、この初心で間抜けで馬鹿な主様は、な。

 というかそもそも。

 今回の事件が起こってしまったのは、元々はこの馬鹿な主様が原因なんじゃが、ここでネタバレしてしまうのは些か美しくないので、オレはあえて口を噤もうと思っとる。

 口を噤んで口を窄めて、口を割らないようにしようと思っとる。

 口を閉じて口を尖らせて、口を滑らせないようにしようと思っとる。

 まぁ。

 オレはただの恒温動物な蛙じゃから、口を滑らせるも何も無いのじゃけれど。

 普通は変温動物であるはずの蛙が常に体温一〇〇〇℃を保ってしまっておるだけの、ただのどこからどう見ても普通で平凡で当たり前な蛙なだけなのじゃけれど。

 不本意ながら、な。

 とは言っても、このまま四十八願の事を無視し続ける、というのも些か不都合なんじゃよなぁ。

 四十八願が実力行使に出たら、オレは絶対に逆らえぬ。どのような術を使われるのかが分かったものではないし、そもそもオレは人間が使う『術式』とかいう特殊な力が大の苦手じゃ。

 小嫌いでも大嫌いでもなく、

 大の苦手で超不得手、という感じじゃな。

 小嫌いな四十八願が超不得手な術式を使うというこの現実は、

 オレという怪異が大の苦手とする術式を四十八願が使用するという現実は、

 『明日地球に巨大な隕石が落ちるけれど、まぁ各々で対処してください』と突き放されるかの如く――最悪で最低で最恐な現実じゃ。

 ――不本意じゃがな。

 そんな訳で、オレは自分の身を――大和から奪い取った命を護る為に、ここは下手に出るとしよう。

 少しだけ、口を滑らせることにしよう。

 

「今回の怪異は、最近話題の連続通り魔事件と深く関係があるのじゃよ。今までに七人――大和を合わせて八人の被害者が出ておる、連続殺人事件とな」

 

 大和の姿でウィンクしながら、オレは得意気に言い放つ。

 四十八願は大和のそんな顔に頬を朱く染めておったが、すぐに意識を仕事モードへと切り替え、

 

「連続通り魔事件と……? それってもしかして、被害者全員が男子高校生、というところ……?」

 

「イエース、ザッツライト。予想通りで期待通りな洞察眼じゃな――誠に不本意じゃが」

 

「でも、何でその怪異は、何でその男子高校生たちを襲ったの?」

 

「それを調べるのが、我が国日本の警察職の方々じゃろう? お主は律儀に礼儀正しく犬の様に情報開示を待ち続ければいいんじゃよ。――いやここは、“オオカミ”のように、と言った方がヒントになるのかのう?」

 

「え? オオカミ?」

 

「おっとそこまで、ストップじゃ。オレはネタバレが大嫌いで超不愉快な性分での。余計なことは話さないようにしておるのじゃよ――不本意ながらに」

 

 別に話してもいいのじゃけれど、オレは四十八願と主様が協力して事件を解決する様子を――傍観者気取りで傍観して観察して静観したいから、ここはあえて口を噤むことにしよう。

 噤んだ口を、滑らせないようにしよう。

 どうせそろそろ大和の奴が眠りから覚めることじゃし、『裏』は『裏』らしく、心の奥底にでも姿を隠しておかなければの。

 阿良々木暦の影に住み着いておる、あの鉄血で熱血で冷血な吸血鬼の様に――な。

 

 

 

 

 

 006

 

 

 

 

 

 狼。

 大神。

 大上。

 大咬み。

 御悪神。

 その名を上げればキリは無く、その名を呼べば命が無い。

 それほどまでに“オオカミ”という動物は――“オオカミ”を象徴する怪異というのは、不思議で不愉快で不条理な存在なのだ。

 今までの経験上、今回の事件はあまり良い予感がしない。

 今までの都合上、今回の事件の解決は難しそうだ。

 いくら私が寡黙で沈黙で暗黙な存在と言っても、

 いくら私が凶悪で最悪で極悪な存在と言っても、

 今回ばかりは一筋縄じゃ――いかないようだ。

 下手を打てば、私は肉を噛み千切られてしまうかもしれない。

 正体不明で名称不明で目的不明な“オオカミ”に、

 噛み付かれて神憑かれてしまうかもしれない。

 大いなる神が愚かな人間に天罰を下すかのような簡単さで、

 覆い尽くすほどの紙が空を潰してしまうかのような浅はかさで、

 私はいとも簡単にあっさりと――噛み殺されてしまうかもしれない。

 

「私が何とかしないと。今回は、大和を関わらせちゃダメな気がする……ッ!」

 

 それは、女の勘というヤツだ。

 それは、嫌な予感というヤツだ。

 これはあくまでも私の憶測でしかないのだけれど、あの怪異は明確な意思を目標を目的を持って、大和を噛み殺そうとしたのではないか、と思う。

 明確で明細で明瞭な意思を以って、大和を噛み殺そうとしたのではないか――そう私は思う。

 千石大和という存在が、神を殺すよりも難しい存在であることを知らずに――噛み殺そうとしてしまったのではないかと。

 怪異の専門家であり怪異の天敵であり怪異の被害者である私は、不確定要素でいっぱいな予想を頭の中で組み立ててみる。

 

「まぁ、最終的に結果として、ただの戯言で終わらないことを祈るだけ、かな」

 

 戯言だけに、ね。

 ついでの状況報告をするならば、私のベッドでは今尚、大和が穏やかな寝息を立てている。つい十分ほど前まではしっかりと目を覚ましていたのだけれど、やはり疲れていたのだろう、「じゃあちょっと寝かせてもらうわ」と律儀に私に許可を取った後、凄まじい速度で眠りの世界へと旅立って行ってしまったのだ。

 それはまるで、夢の国に旅立っていったピーターパンの如く。

 それはまるで、夢の国に落ちていったアリスの如く。

 それはまるで、夢の国に囚われた眠り姫の如く。

 千石大和はぐっすりと眠り、しっかりと眠り、ひっそりと眠っていた。

 私は椅子から立ち上がり、机の上に拡げていた怪異関係の本を開けたままに立ち上がり、大和の傍に腰かける。

 大和が寝ているベッドの上に、腰掛ける。

 そして私は、四十八願愛望は、大和の黒髪を指で掻き分けながら、慣れない笑みを零してみる。

 大和に見てほしくてたまらない笑顔を、大和に見られたくはない笑顔を、大和が見ようにも見れない状況の中で――見せびらかしてみる。

 

「寝てるときは子供みたい……起きてるときは王子様みたい……」

 

 私の命を救ってくれた、私に存在をくれた、たった一人の王子様。

 白雪姫をキスで生き返らせたかのように、白雪姫の喉に引っかかったリンゴをミステイクで吐き出させたかのように、

 私という少女を救ってくれた――たった一人の王子様。

 平凡で非凡で普通で異常で幸運で不幸で正義で極悪で温厚で熱血で冷血で冷静で純粋で汚濁で寡作で傑作で人間で怪異。

 全ての要素に愛されているくせに、全ての要素に嫌われてもいる。

 そんな、完全で不完全な王子様。

 そんな、器用で不器用な王子様。

 私だけの、王子様。

 私ができる百パーセントな笑顔を彼の寝顔に見せつけ、私は薄らと開いて寝息を立てている彼の唇にキスをする。

 お姫様の呪いを解く王子様の様に、私は大和にキスをする。

 阿良々木暦と戦場ヶ原ひたぎだったら絶対にしないであろう純粋で初心で新鮮なキスを、私は眠りこけている大和だけにする訳だ。

 眠っていないと始まらない。

 眠っていないと恥ずかしい。

 眠っていないと耐えられない。

 眠っていないと越えられない。

 私にだって羞恥心という概念はあるのだから、こうやって年頃で純粋で初心で真面目な少女の如くな行動に出てしまう訳だ。これが肉食系な少女だったら、起きていようが眠っていようが関係なく――キス三昧になっていたことだろう。

 そんな少女のことなんて、微塵も微細も知らないのだけれど。

 独断と偏見と軽蔑という名の三種の神器を構えたまま、私はここで四十八願愛望としての意見を述べてみようと思う。

 というか、もう述べている。

 

「大好きだよ愛してる、なんて簡単な言葉じゃ言い表せない」

 

 それほどまでにそれぐらいに、

 私は彼に惚れてしまっている。

 四十八願愛望は千石大和に心を奪われてしまっている――不本意ながらね。

 と。

 そんな時。

 私が大和の右手を握ろうと身構えて心構えた、まさにその瞬間。

 大和のズボンのポケットの中から、携帯電話の着信音が鳴り響いた。

 

「?」

 

 と私は首を傾げてみる。

 首を傾げてみながら、彼の携帯電話を取り出してみる。

 阿良々木暦と良い勝負ができるほどに友達がいない大和に電話をかけてくる人なんて、果たしてこの世界に存在するのだろうか――って、私がその存在第一号な訳なのだけれど、そこはあえてツッコまないでほしい。

 画面を見てみると、画面には『廿楽佳乃』という名前が。

 聞き覚えがない名前だ――いや、調べた覚えはある名前だ。

 私が大和の事を知るための調査の中で浮上したことがある、そんな名前だ。

 確か、幼馴染で親友な関係の少女――という感じだっただろうか。

 良い友達になれそうだ、なーんて年甲斐も無く私らしくも無く思ってしまった、そんな少女だったような気がする。

 まぁ。

 記憶には薄らとしか残っていない訳なのだけれど。

 記憶の奥底に沈んでしまっている訳なのだけれど。

 

「…………ゴクリ」

 

 と。

 大袈裟に大雑把にわざわざ固唾を呑む様子を口に出し声に出し外に出し、私は画面の『通話ボタン』をタッチする。

 触れることも押すこともできない最新型の『通話ボタン』という矛盾だらけな機能を、あえてその指でタッチする。

 そして。

 そして私は知ることになる。

 直接的ではないにしろ、間接的ではないにしろ。

 私は今回の事件の犯人――いや、犯怪異の正体を、

 不本意ながらに知ることに――知ることになろうとは、夢にも思わなかった。

 電話が繋がり、そして聞こえてくる息遣い。

 息遣いが聞こえ、そして響いてくるソプラノボイス。

 そして私は聞き答えする。

 大和と深い関係である少女になるたけ不愉快な印象を与えないために――

 

『えと、その……もしもし大和、まだ起きてるか?』

 

「私の彼氏は現在進行形で眠っております」

 

『……………………………………オイコラ開口一番に戯言野郎な貴方様はどこの馬の骨だコノヤロウ』

 

 ――あれ?

 

 




 どうも。
 どうもこんにちは。
 いつでもどこでも阿良々木くんの背後に忍び寄る、這い寄るツンドラ戦場ヶ原ひたぎです。
 直江津高校三年生、戦場ヶ原ひたぎです。
 今日はファイヤーシスターズに代わり、この私、戦場ヶ原ひたぎが次回予告を担当することになったわ――不本意だけど、ね。
 ……。
 …………。
 いやいや、ちょっと言ってみたかっただけじゃない。ちょっと流行に乗ってみたかっただけじゃない。ちょっとお茶目しちゃっただけじゃない。
 だからそんなに怖い顔で見ないでくれないかしら、阿良々木くん?
 流石の私でもそれ以上睨まれると――ぶん回しを買いに行きたくなってしまうわ。
 あ。
 因みに、あえて話しておくけれど、ぶん回しというのはコンパスの和名の事よ。
 コンパスは本当はオランダ語。今ではそっちが正式名称のように思われているのだけれど、日本人なら和名で呼ぶべきだと私は思うわ。
 ぶん回し。
 ああ、なんて良い響きなのかしら――ぶん回し。
 千枚通しに負けず劣らずな凶悪さを兼ね備えた、まさに文房具界のヒールね。
 生まれながらのヒールだと言われている私に、どんなものよりもフィットしてマッチしてユニゾンしてしまうような、
 そんな特別な存在ね。
 ……。
 …………。
 分かってる、分かってるわ阿良々木くん。
 さっさと次回予告しろよこのウザイン、とか、わざわざ視線で訴えかけてこなくても私はちゃあんと理解しているわ。
 あえて時間をかけているのよ、阿良々木くん。
 あえて焦らしているのよ。
 あえて寸止めしているのよ。
 溜めれば溜めるほど、放った時の快感が凄い訳じゃない? あなたも男の子なんだからこの気持ち、分かるでしょう?
 痛っ。
 乱暴ね、阿良々木くん。わざわざ輪ゴムで頭を狙わなくてもいいじゃない。
 はぁ、仕方がないわね。あんまり好き勝手していると後で羽川さんに全裸土下座のまま怒られてしまいそうだし、ここは素直に阿良々木くんの言う事を聞いてあげることにするわ。
 感謝しなさい、阿良々木くん。

『次回。無物語、第拾話――「よしのウルフ 其ノ肆」』

 そろそろ私と羽川さん、それと神原の出番が来る頃なんじゃないかしら?
 ほら私。
 一応は原作におけるメインヒロインなんだから。
 ほら一応。
 不本意ながらに一応は――名ばかりヒロインの名を関している訳なのだから。

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