縛り内容:2500〜3000文字以内の短編。
「勇者ってどう思いますか?」
「どうしたのよ。藪から棒に」
僕の言葉に、向かいの席で本を読んでいた田中先輩が顔を上げる。読書を邪魔されたからか、少し不機嫌そうだ。
「いえ、実は最近買ったラノベが勇者召喚される異世界物で」
「あー、佐藤君好きだものね。異世界ファンタジー物」
「やっぱり異世界って響きに憧れると言いますか」
「子供ねぇ……呆れちゃう」
「そういう田中先輩はなにを読んでいるんですか?」
「私? 私はこれ」
掲げた表紙を見たら、物凄く有名な文豪の文学小説だった。むずかしそう。
「凄いですね」
「今あなた、思考放棄したでしょ」
「し、してませんよ?」
「はぁ……あれを見なさい」
呆れ顔の田中先輩が、部屋の入口上を指す。
「なんですか? いきなり」
「あそこにはなんて書いてある?」
「文芸部って書いてありますね」
「よろしい。じゃあ、ここは?」
「文芸部の部室ですね。僕と田中先輩しか部員はいませんが」
「よくできました。もう一つ、文芸部の活動内容は?」
「偉人の文学を読んで学び、今後の学校生活に役立てよう云々だった記憶があります。興味ないので忘れていましたけど」
田中先輩の頬が引き攣った。
「相変わらず、イイ性格しているわね」
「いやー、それほどでも」
「褒めてないわよ。で、話を戻すけど、あなたのライトノベルは、今後の学校生活に活かされるの?」
「さあ? 異世界召喚されたことがないのでわかりません」
「舐めてる? 舐めてるなら喧嘩を買うけど?」
「や、やめてくださいっ!? 先輩相手に僕が勝てるわけないじゃないですかっ!」
「よく言うわ。私はか弱い女の子なのよ? 見なさい、この細腕を。とても荒事に向いているように見えないでしょ?」
たしかに、田中先輩は深窓の令嬢みたいな風貌をしている。実際に、我が高校でもファンクラブができるほど人気だ。
「でも、田中先輩って怒るとおっかないし」
「うん? なにか言ったかしら?」
「なんでもないです、はい」
「よろしい。それで、勇者の定義についてだったかしら」
「あ、話はしてくれるんですね」
「可愛い後輩の話題提供だもの。それぐらい答えてあげるわよ」
ちょっと照れくさい。
「ありがとうございます」
「今、照れたわね」
「照れてません」
「私に嘘が通用すると思ってるの?」
「……はい、照れました」
「素直なのは良いことよ。さて、話を戻しましょう。まずは、勇者と言っても色々いるわよね。ほら、あのピコピコするオモチャで、勇者よ魔王を倒すのだーって王様が木の棒と粗末な服で勇者を向かわせるやつとか」
「まああながち間違っていませんけど、それはゲームですから別扱いで。僕が言っているのは、ラノベとかでありがちな異世界に召喚されて勇者になるやつですよ」
「ああ、ああいうのね。佐藤君はその勇者に対する感想ってなんなの?」
田中先輩の問いには、肩をすくめる。
「なんだかもったいないよなぁって」
「ふぅん。もったいない?」
「そうです。まあ例えばですけど、田中先輩が異世界に召喚されたとします。それで、王様が言うわけですよ。魔王を倒して世界の平和を取り戻してくれーって」
「あ、そのあとは知っているわよ。佐藤君に教えてもらった本に書いてあったわ。『異世界の問題に俺を巻き込むな! 俺は自由にやらせてもらう!』とか言って飛び出しちゃうのよね」
「そうですね。作品によって色々変わりますが、大体は勇者になりませんね。あとは主人公は勇者になるサブキャラに巻き込まれる形で召喚されるから、自由に過ごすんだって旅立ったり」
「へー。色々あるのねえ。それで、佐藤君はなにがもったいないって?」
その言葉を待っていました、と僕は椅子から立ち上がる。
突然の行動にドン引きする田中先輩を無視して、拳を握って力説。
「そう、もったいないんですよ! 勇者というのはそもそも、男の子の憧れの呼び方です。女の子が魔法少女に憧れるように、男の子は戦隊物や勇者に憧れるものなんです! それなのに、勇者にならないで逃げるなんてありえないですよっ!」
「本当に、心の底からそう思っているのねー……少年心はもう捨てなさいよ」
「嫌ですっ! 僕は永遠に少年心を忘れません!」
「えーっと、あなたみたいな人をなんて言うんだったかしら。たしか、チュウニビョウ?」
「ぐふっ」
田中先輩に胸を抉られた僕は、椅子に座り直して項垂れた。
「どうしたの?」
「思春期の男の子に厨二病って言うのは、年頃の女性をおばさん呼ばわりするほどのダメージなんですよ」
「あー、それは悪かったわね。それで、あなたは勇者にならない主人公がもったいないと?」
「まあ、平たく言ったらそういうことです。どうせなら、勇者として活躍した方が楽しくないですか?」
「そうねぇ。佐藤君の言葉には一理あるけど、そもそも勇者ってあとから付属する物でしょ? 神話とか見れば大体わかるけど、怪物退治など偉大な功績を残したからこそ、英雄や勇者って言われるの」
「それはそうですけど」
「だから、あなたは勇者というオモチャではしゃぎたいって言っているのと同じ。勇者になりたければ、普段からそういう行動を取りなさい。それに、私が読んだ本ではどの王様も私利私欲に塗れているから、勇者という奴隷になりたくないって感じだったけど」
「……奴隷は嫌ですね。たしかに、勇者として召喚されるのはなんだか違う気がしてきました」
勇者はなるものではなく、なるべくしてなるということなのだろう。
また一つ、田中先輩から学べた。
「よし。佐藤君が考えを改めたのならいいわ。私はこの本の続きを──あら?」
田中先輩が本を開いた瞬間、僕達の視界が切り替わった。
お馴染みの部室ではなく、どこか荘厳な部屋へと。
僕達の前では、なにやら偉そうな服を着たおじさんが笑っている。
「突然の召喚申し訳ない。私の名は──」
「田中先輩。どうですか?」
「ん。少し精神プロテクトがあったけど、問題ないわ。あの人は、私達を他国の戦争の道具として酷使するために召喚したみたいね。要はさっき言っていた奴隷と一緒。どうする? 念願の勇者になれるみたいだけど、勇者になっていく?」
「んー、いえ、やめておきます。奴隷になりたくありませんし、そもそも今日は見たいドラマがあるので」
「わかったわ。じゃあ、このまま帰るわよ?」
「お願いします」
僕の言葉に微笑んだ田中先輩の全身から、膨大な魔力が迸った。
おじさんはなにかを言いかけていたが、その魔力を見て腰を抜かしている。
「──我が根城はすぐ傍に、
次の瞬間には、僕達は見慣れた部室に戻っていた。
微妙に疲れた肩を回しながら、ため息をついた田中先輩に告げる。
「ありがとうございます」
「いいのよ。後輩を守るのも先輩の役目だしね。召喚時にかけられた隷属化の魔術は解いたけど、違和感ないかしら?」
「うわ、そんなのがあったんですね。でも、大丈夫みたいです」
「そ。じゃあ、私は読書に戻るわよ。あなたもたまには文学小説を読みなさい」
「考えておきます」
とは言いつつも、どうせさっきみたいに読心魔術で本心を読まれているのだろう。
椅子に座った僕は、改めてこの関東魔術学校一……いや、魔術界の才子──田中凛子の凄さを認識するのだった。
これは、最強の先輩と普通の後輩が話すだけの、なんてことはない日常である。