オールフォーワン…僕が初めて恐怖したのは、No.1ヒーロー・オールマイトと闘ったときだろうか。いいや、違う。死の危険を感じたそれは確かに恐怖と言えるだろうが、たった1人。たった1人の人間に今までの人生全てが塗り替えられた。……それは僅か12歳の少女によってもたらされた。
「あなたの死に花はどんな色かしら?鳳仙花より赤く、薔薇より紅いときっと素敵ね。」
綺麗だと思った。女に対して劣情を抱くことこそあったが、その美貌に心を洗われたのは初めてのことだった。
オールマイトとの決戦から2年、力を取り戻しつつあった僕は、手始めに彼の娘を狙った。死柄木に次ぐ、次世代の悪の芽を手に入れようと計画してのことだった。
オールマイトはその師の志村と同じく、自らの子を隠していた。その子供は「花を生み出す個性」を持っていて、長野の奥地に太陽の畑と呼ばれる1ヘクタールちょっとの花畑を管理していた。母親は他界済みで、近所の老夫婦が後見人になっていた。天涯孤独なのは都合が良かった。実際その娘は1人でいることが多かった。これならば、策を弄するまでもない。僕はひまわりを弄る少女に声をかけた。どうやらアブラムシを殺さないように丁寧に取っているようだった。こういう博愛主義の人間は付け入りやすい。
「風見幽香ちゃんだね?僕は君のお父さんの知り合いなんだ。君のお父さんのことを教えてあげよう。知りたいだろう?」
少女はさしていた日傘を畳むと、私の顔を見上げた紅い瞳に、フルフェイスの僕の顔が映っている。少女は興味なさそうに視線を掌の虫へと向けた。
「ごめんね、ちょっと怖かったかな。顔は火傷でね。人には見せられないんだ。」
少女の頭を優しく撫でる。この時個性を奪おうとしたのが失敗だった。別に彼女の個性が欲しかったわけではない。安っぽい言葉だが「魔が差した」そういう他ないだろう。銃を持っていたら引き金を引いてみたくなる。それと変わらない。彼女が手の内に入るなら。個性を返せばいい。その程度の認識だった。
「グワあああっごゔ、ぐゔぇ。」
彼女の能力を吸い上げた右腕がイバラとなって、脳髄へと侵食しようと這い上がってきた。僕は爪を鋭くする個性で右腕を肩から切り落とした。痛みに地べたをのたうち回り倒れたヒマワリがクッションとなる。腕がもげようとも無様を晒す僕ではないが、身構えもせず急に襲ってくる痛み、イバラが肉の中で蠢く不快感は許容できなかった。
「死ね」
文字通り首根っこ掴んで、畑の外の森に投げ飛ばされた。明らかに増強系のパワーだった。ワンフォーオールは遺伝しない。母親の個性だろうか。それとも突然変異か。
「ごほっ、いったい僕の何が気に障ったんだい?話し合おうじゃないか。」
切り離した僕の腕は完全にイバラになっており、蛇のように地面を這って、彼女の足元から吸収された。
「花が泣いてるわ。聞こえないのかしら?」
「すまなかった。謝ろう。弁償させてくれ。なんならお詫びになんでも欲しいものをあげよう。」
「手折った花は戻らない。…あなたヴィランね。肥やしには丁度いいわ。肉骨粉にしてあげましょう。大丈夫、ここなら監視カメラも、衛星にだって映らないもの。(たぶん)」
僕は歓喜した。この娘はこちら側だ。しかもさっきのパワーはオールマイトに準ずるものがある。さらにオールマイトの実の娘、これ程のネームバリューのある敵が誕生すれば、世界が変わる。彼女こそが次世代の、いや史上初の魔王にふさわしい。少女は傘の切っ先を僕へと向ける。
「分かった。許してくれとは言わない。だが、命乞いのコツは相手を楽しませることだ。君にとって面白い提案を3つしよう。僕はオールマイト並みに強いヴィランだ。ここで闘えば太陽の畑ごと無くなるだろう。」
「話を聞きましょう。ちゃんと出来たら見逃してあげる。」
「君は父親が憎いだろう?君の母を捨て、君に仕送り一つしない。こんな田舎に押し込められて同年代の友達もいない。僕のところに来なさい。父親に会わせてあげよう。もちろんこの畑の維持をする援助もしよう。」
「ひとつ」
「おや、ダメだったかな。だったら、この社会をどう思う?君のその強大な個性を振るえない。そんなの間違っているそうは思わないかい?君は暴力が好きだろう。君に殺人許可証をあげようじゃないか。」
「ふたつ」
「じゃ、じゃあ、君を魔王にしよう。誰もが君の名を恐れるようになり、暴力を信仰する者たちから憧れられる。君が悪のカリスマになるんだ。素晴らしいだろう?」
「……ふっ」
彼女は傘を下げる。その顔にはオールマイトとは違う狂った笑みを浮かべている。もう、心の底から可笑しくてしょうがないといった様子だ。
「楽しんで頂けて良かった。」
「可笑しいわ。こんな傑作なことってあるかしら。悪のカリスマ?魔王。いい歳したオッサンが何を世迷言を言っているの?でも良いわ。こんなに滑稽なことってないもの。」
「なに、まだ僕を信じなくても良いさ。すぐに僕の力を見せてあげよう。君がいれば世界を塗り替えられる。」
「何を勘違いしているの?」
「っ!」
やはり、彼女はオールマイトの娘だった。彼に追い詰められたときと同等か、それ以上の圧力を感じた。
「私は欲しいものは一つを除いて全て持っているもの。」
額を汗が伝っていく。
「その1つってなんだい?」
「言ったじゃない…あなたの血肉よ。」
幽香がゆっくりと傘を突き出す。あまりに自然な動作に突きを繰り出すのだと気づくのに遅れ、冷や汗をかきながら風を出す個性で左へと自身を吹き飛ばした。…と傘から極太の熱線が迸り、その奔流が僕の右のくるぶしを完全に吹き飛ばし、地面を幅2m、距離30mほど蒸発させた。突きだと思ったのは甘かった。ビームに怪力に植物操作…いったい何の個性なんだろう。
「避けるのが上手。もっと虫けらのように踊りなさい。ガガンボのように手足をむしって、ダルマにしてあげる。」
少女は爽やかな笑顔で歌うように脅してくる。ああ、この娘が本当に、本当に欲しい。僕は膂力増強x8瞬発力x5で強化し、彼女の土手っ腹に左手を突き刺した。もちろん、直す時のことを考えて、替えの利かない臓器を傷つけないよう注意していた。…鉛を殴ったような手応えがした。少女は仁王立ちのまま、地面に両足を突き立て、接地面をえぐりながら20mほど滑って止まった。…紅い瞳と目があった。
……気がつくと鳩尾から少女の腕が生えている。どうやら僕がしたように左の正拳突きを放ったらしい。胸に突き刺さらなかったのは身長差のせいだろうか。
「あなたの死に花はどんな色かしら?鳳仙花より赤く、薔薇より紅いときっと素敵ね。」
綺麗だと思った。女に対して劣情を抱くことこそあったが、その美貌に心を洗われたのは初めてのことだった。
「ああ、僕は君が欲しいよ。」
視界の端に黒い霧が漂う。
「今回は君を見逃そう。風見幽香。必ず準備して君を迎えにくる。オールマイトによろしくね。」
僕はオールマイトのヒーローカード。食玩のオマケであるそれをスカートのベルトに差し込んだ。
「?今ここで貴方は死ぬの。」
「そうはならないさ。」
視界が暗転し、コンクリ打ちっぱなしの窓のないビルの一室で目を開く。
「ヒヤヒヤしましたよ。やっぱり付いて行って良かった。あのまま殺されるとは思いませんでしたがかなり危険でしたよ。」
「ああ、本当に素晴らしかった。彼女はオールマイトも僕でさえも届かない高みへと登るだろう。」
彼女の個性はなんだろう。何より、能力を奪おうとした僕の腕が食われた。そう、アレは「食われた」んだ。
「彼女の能力を奪おうとしたとき、」
「腕が植物の蔓になりましたね。」
「そう、僕は確かに彼女の能力を、個性を奪ったんだ。そして、右手を食われた。」
「…どういうことでしょうか。能力を確かに奪ったのなら、腕を食うなんてことできないはず。すみません。不勉強で…」
「いいや、構わないよ。僕にも確かなことは何もわからないさ。いや、もしかして、個性の方が彼女だったのかもね。」
「意思を持つ個性ですか…」
「その通り。個性の方が本体だったりしてね。」
「人が個性を持っているのではなく、人の形をした個性ですか。」
「冗談さ。眉唾物の憶測に過ぎないさ。」
ーーーーー
「ちっ、逃げられた。夢中になり過ぎた。頭に血がのぼると周りが見えなくなるというか、優位に立つとハイになるというか。悪癖ね。……ふふ。それにしても楽しかったわ。こんなに爽快なことってあったかしら。暴力か…。思えば喧嘩なんて初めてね。」
あのフルフェイスの変態男から渡されたカードを見る。筋骨隆々の大男が筋肉を見せつけている。
「オールマイトか…」
何度か、老夫婦の家のテレビで見たことがある。自宅にはテレビがないのだ。そもそも電気がない。
「ナンバーワンなら、思いっきり殴っても死なないわね。ふふっ、面白そう。」
畑の周りに農協から購入した有刺鉄線で柵を作り、外縁部にスイートピーやトリカブトといった花の綺麗な毒草を植えた、これで1週間くらいは留守にしても大丈夫だろう。本当は罠や電気柵も作りたかったが、事故の前例が多いため、周囲から強く反対された。
(有象無象がいくら死のうが構わないのだけれどね。)
幽香の近所にパソコンを持った人がいなかったので、図書館でオールマイトの事務所を調べた。今まで全く興味がなかったため、ヒーローが事務所を持っているのを知らず、「オールマイト 自宅 住所」で調べても怪しい情報しか得られなかったが、ヒーローカードの裏に事務所名が書いてあった。イラついたのでキーボードを代わりに打たせたガリ勉そうな中学生の頭をど突いたのはご愛嬌だ。
「六本木か、空気が悪そうでゲンナリするわね。」
「待っていなさいオールマイト。ナンバーワンの貴方をボコボコにしばき倒してあげる。」
電車が混んでいないらしい平日の昼をねらって幽香はオールマイトの事務所を訪ねてきた。六本木ヒルズのワンフロアを貸し切ったオフィスは圧巻だ。それを幽香は無感動の境地で眺める。実際、映画館がギリギリある程度の都会にしか行ったことがなかった幽香だったが、田舎の子供の割に都会に一切の幻想、いや、一切の興味を抱いていなかった。
「オールマイトに会わせなさい。」
「お嬢ちゃん。ファンなのはわかったけど、事務所に来てもサインは貰えないの。そういうサービスはしていないし、事務所に押しかけるのはお断りしているの。」
「そう…じゃあ、自分で探すわ。」
「ちょっとお嬢ちゃん。ダメよ。」
受付嬢が腕を掴むが幽香は気にせず引きずって歩く。
「ちょっと!警備の人!助けて!」
「おい!チビッコ、そっちに行っちゃダメだ!」
警備のデブに組み付かれるが、大人2人、合計150kgを小学生の少女が引きずって歩く。騒ぎを聞きつけたサイドキックたちが駆け付ける。
「止まりなさい!それ以上進んだら、逮捕するよ」
ヒーローコスを来たノッポが立ち塞がる。
「あなたサイドキック?」
「ああ、そうだ。今すぐ、踵を返してお家に帰るなら、逮捕はしない。」
「なら、オールマイトがどこか知っているかしら?」
「オールマイトなら、パトロール中だ。しばらく帰ってこないし、ルールを守れない子供にファンサービスをするほど暇ではない。」
「オールマイトはどこ!?」
あまりの大声にガラス窓がガタガタと震えた。
「わたしが来た。」
「オールマイト、全く子供に弱いんだから。」
サイドキックのノッポが呆れたようにつぶやく。
「あなたがオールマイト?」
「ゆ、幽香なのかい?」
オールマイトは焦っていた。いや、実の娘が会いに来てくれたのだ。嬉しくないはずはない。ただ、紅い瞳でガンを飛ばす娘は自分が捨てられたと怒っているに違いない。
「私を知ってるの?」
「ああ、勿論だとも。グラントリノと一生懸命考えた名前だ。」
「どうでもいいわ。一つ言いたいことがあるの。」
「なんだい?なんでも言ってごらん。」
「死ね!」
「やっぱり怒ってるゴフッ」
幽香の日傘によるホームランで吹き飛ぶオールマイト。
「ヴィランだ!」「敵襲!」「非戦闘員は逃げろ!」
「待つんだみんな!」
オールマイトの一喝により、恐慌状態に陥ったフロア全体の人間が動きを止める。それは彼の声量によるものだけでなく、彼のカリスマがそうさせるのだろう。
「へえっ、頑丈じゃない?さすがナンバーワン。」
クスクスと嬉しそうに笑う幽香。紅い目を見開いたまま、大きく口角を上げる様はヴィランそのものである。
「その少女は、幽香はわたしの娘だ!」
「「「はああっ!!」」」
「え?」
フロアは再びパニックに包まれた。
「似てないでしょう?」
幽香の静かなツッコミはその喧騒の中に消えていった。
これは四季のフラワーマスターがオールマイトを超える、戦略核級の抑止力となるお話。