2年が経ち高校受験シーズン。太陽の畑に1人の訪問客が来た。その男は夏だというのに真っ黒いスーツを着込んで、これまた真っ黒い山高帽を被っている。
「風見幽香さんですね。」
「その柵を跨いだら殺すわよ。」
「それは恐ろしい。」
男は慇懃に微笑む。
「私は警視庁公安部・テロリズム対策企画課の
男は赤い紙切れを幽香の眼前に構える。
「この場で読め。」
「何これ?胡散臭いわね。」
「貴殿には脱税、凶器・個性等準備集合罪、民衆扇動罪の容疑がかけられている。そして我々はアンチ資本主義の非人間を裁判にはかけない。」
「…で?」
「免罪条件として2つ。1つは雄英高校への入学。これに関しては我々は一切の扶助、工作はできない。2つ目は我々の要請に服従すること。」
「雄英には行くわ。でも、どうしてオマエらの言うことを聞かないといけない。」
「日本国政府は貴殿のために
「面白そうじゃない。」
「我々はオールマイト亡き後の社会不安を憂いている。ヴィランは言うべくにあらず、外患、簒奪者、アンチ皇御国のカスどもを打ち砕くのだ。」
「断るといったら?」
「我が国のミサイルを我が国へ。我々は核を持っていないが、核だけが大量破壊兵器ではないのだ。この畑も、何といったかご近所の老夫婦も大地へと還る。簡単な話だ。」
「乗った!」
「必ずやいいお返事が貰えると思っておりました。…陽のあたる場所だけでは、新時代のヒーローは務まりません。貴殿はお父上以上に聡明かつ柔軟なようだ。」
「御託はいいわ。早くその、なんちゃら免許を渡しなさい。」
「せっかちなお嬢さんだ。色々と制約があると言っただろう?よし。ちょっとした勉強会を開こう。ルールを完璧に頭に入れて貰わないとね。」
1.
2.
3.
4.我々の助言と承認を根拠に『間引き』は正当。
5.ヒーローコスチュームは脱いで闘う。
6.ファイトはヒーローの到着を制限時間とする。
7.我々の要請があった場合は必ず殺害しなけらばならない。
幽香はこの男を微塵も信用していなかったが、「本当だったら面白い。」その一点だけは評価していた。都合が悪くなれば畑の肥やしにでもすれば良い。
「アイツ絶対、映画の見過ぎね。ファイトクラブかしら。」
ーーーーー
「ゆうかッパイさいこー。」
雄英高校入学試験。峰田実はオールマイトの娘、風見幽香のハイエナに徹していた。推定89のバストを目に焼き付けるため、低身長を活かしてローアングルから覗き込む。後ろからロングスカートから覗く生足と僅かに浮かぶヒップラインを嗜む。スタイルの割に清楚なお嬢様な雰囲気なのが良い。前から覗こうとしたら傘からの射撃で殺されそうになった。アスファルトが溶けたガラスのように赤熱したデロデロの水飴になっていた。
「目に障る。視界に入るんじゃない!この汚物がっ!」
「ありがとうございます!」
凄まじくドスの利いた声、さながら女極道といった感じだ。索敵に於いて、幽香に付いていったのは正解だった。問題は凄まじい絨毯爆撃で仮想敵を根こそぎ倒してしまうところだ。
「オイラたちのポイントがなくなっちまうよ〜。」
「へえ、ポイントが欲しいのね?」
後方からモギモギを投げ込んで10体くらいの仮想敵を無力化しているが、精々12〜13ポイントだろう。ハイエナの分際で言えることではないが峰田が不満を持つのも当然だ、幽香は視界に入った殆どの仮想敵を屠っていた。200ポイントは硬いだろう。幽香は悪辣な笑みを浮かべて峰田の顔を覗き込む。
ーーーーー
「こんなの聞いてねえよー!!」
峰田実は人間を辞めていた。今の彼は1つの武器である。引きちぎった電線で雁字搦めに縛られていた。10mのケーブルのもう一端は幽香に握られている。
「ガタガタガタガタ騒ぐなグズがっ!」
そのままモーニングスターか鎖鎌のように彼を振り回す。止める試験官が居ないところから、即興のチームだと評価されているのかもしれない。そのまま、巧みなケーブル捌きで頭のモギモギで仮想敵に着弾するように峰田爆弾を振るう。コレはどちらのポイントになるのだろうか。彼の頭は恐怖の二文字で氾濫し、唯々この時間が終わるのを祈るばかりだ。
「ああァアアア!」
「残り5分」
0ポイントの巨大仮想敵が投入された。受験生は恐怖に慄き、逃げ惑っている。幽香は灰のように燃え尽きた峰田を足元に捨てると、傘を巨大敵に向ける。傘の先端では、巨大な線香花火の球のような光球が育っていく。ある程度距離を稼いだ受験生たちは、オールマイトの娘にして、この試験で無双ゲームの自機のような一騎当千の活躍をした幽香に注目する。
「なんかするぞ!」
「死ね!」
青白い閃光を見た。手で覆っても眩しい暴力的なフラッシュ。受験生たちが霞む目で巨大仮想敵を見る。巨大なロボットは縦に真っ二つに切断され、叩き割られた薪のように、両開きになって左右にゆっくりと倒れていく。
「うおおォオオ!」
会場は歓声に包まれた。そして、試験終了の放送が入る。
「今年はアレを倒した受験生が2人もいる。風見幽香に関しては期待通りだが、ヴィランポイント0の彼には思わずYEARって言っちゃったぜ。」
「それに、風見幽香にハイエナした彼ね。チームプレイを評価して、減点はなし。2人で1ポイント取ったら2人とも1ポイントよ。ヴィランポイントだけで58p。風見幽香に関しては298ポイント。2人でポイントを寡占したのでこの会場からの合格者はこの2人だけね。」
「視界の全てがキルゾーンって感じだったな。それにワンマンではなく、チームプレイ?連携してるか微妙だが、兎に角、周りの人間を利用することもできる。強者の余裕ってやつか。」
「俺、幽香ちゃんと戦ったことあるけど、アレはヤバイぞ。ドラゴンボールの住人だった。腕力こそオールマイトに劣るが、空は飛ぶし『波』は出すし。」
「『波』って何!?」
「空も飛ぶのかよ!」
幽香は武闘派のヒーローと訓練と称した道場破りをしていた。曰く、「イジメ甲斐のある人間」を探していたらしい。勿論オールマイトの監督の下の訓練ではある。
ーーーーー
所変わって峰田家。峰田実は腐っていた。
「どうせオイラは普通科なんだあ。」
後半意識を失っていたため、実技試験の自己採点は24点、チームプレイで幽香と点数を分けるので、最早自己採点不可能であった。
「うへへ、いい匂いだ。」
幽香の花の匂いが忘れられず、花屋で買い込んだジャスミンをPCの前に置いてある。ジャスミンは匂いが強いのだ。コレを嗅ぎながら、エロゲをプレイする。キャラはMODで幽香そっくりにカスタムしている。こうすることで擬似的に風見幽香とニャンニャンすることができるのだ。
「ミッくん、来て…」
このゲームは主人公の名前をアッくんからヲッくんまで選べ、全てにボイスが付いている中々に気が利いたエロゲなのだ。この為に親を騙くらかして50万のウィンドーズマシンを買わせた。
「オイラを癒してくれええ!」
この趣味がバレたら骨も残さず蒸発させられるだろうか。峰田の終わりはもうすぐそこまで来ているかもしれない。
ピンポーン
「あれ?Mt.レディ魔改造フィギュアかな?」
宅配便の荷物を受け取ると、「雄英」と書かれている。
「お祈りメールかな。でかいホログラムプレーヤー。雄英金かけてんなあ。」
「私が投影された。おめでとう。峰田少年。ヴィランポイント58点。レスキューポイント0点。総合10位で合格だ!君が幽香と稼いだポイントは0.5の係数を掛けさせてもらった。ああ、幽香のことが気になるだろう。あの娘は298ポイント、ぶっちぎりの1位だったよ。因みにビームのフラッシュによる健康被害があったからねだいぶ減点されている。えっ?幽香のおこぼれだったのに良いのかって?人1人ができることには限界があるからね、形がどうであれ競争相手と即席の協力関係を築いたことを評価されているんだ。それはとても難しいことだからね。来いよ。峰田少年!ここが君のヒーローアカデミアだ!」
「……ぉ…。うおおおー!ヤッタアアァア!」
ーーーーー
「ドアでか…」
1年A組の扉の前では緑谷出久が萎縮していた。怖い人たち…メガネの人や爆豪にビビっているのだ。
「そこをのけ。木偶の坊。」
「ヒィッ!」(もっと怖い人キター!)
背後から声をかけてきたのは風見幽香だった。日本で最も有名な高校生。オールマイトの愛娘。ビームの人。サイヤ人。ネットでの二つ名は色々あるけれど、実物は赤い目がギラついていて想像以上に怖い。身長も170を超えている。威圧感は爆豪以上だ。制服すら着ていない。いつもの赤いチェックのスカートだ。非公式のヒーローカードではすごく可愛い女の子だっただけにショックだ。アレは奇跡の一枚的な写真を使ったに違いない。若しくはフォトショだろう。
幽香は出久の肩を掴むと扉の横にずらして教室に入っていった。万力のような力のせいでアザになりそうだ。
「おい、お前風見だろっ!お前はブッ殺す!何がオールマイトの娘だ。七光りのカスじゃねえか!…頭の悪そうなカッコしやがって」
爆豪は幽香にガンを飛ばすが、やや下に視線を泳がせると顔を赤くしてそっぽを向く。
「初対面の女性になんてことを言うんだ!」
その視線に目敏く気づいた飯田が咎める。
「ガタガタうるさい!その汚い口を閉じてろクズがっ!すり潰して堆肥にするぞチンピラ!」
「んだとテメエッ!潰れんのはテメエだ!
「薄汚い虫ケラが私の視界に入るな!目が穢れる。
「ああ"っ!汚ねえのはオマエだろ!オマエはお花じゃねえ、汚ねえ花で
「…」
完全に幽香の目つきが変わった。酔っ払いのように目が据わっている。掲げた右手にはバチバチと紫電が走り、手のひらの上には太陽のような光の球が輝いている。その熱から大気が揺らめいている。飯田は幽香に飛びついた。
「落ち着くんだ、それ以上はダメだ!風見君!」
「風見さん、かっちゃんが死んじゃう!」
幽香はドゴン!、と振り上げた右手を自分の頰に叩きつけた。口の中を切ったらしく、口角から一筋の血が伝う。
「次はない。」
幽香はそう吐き棄てると自分の席へと歩いていった。爆豪は不敵な表情こそ崩さなかったが、尋常ではない汗をかいていた。
「チッ余計なことすんじゃねえよ。」
「元はと言えば君が喧嘩を売ったからだろう!」
「チクショー、メガネおまえ!ドサクサに紛れて正面から風見に抱きつきやがって!見損なったぞ、ウラヤマシイ!!」
後ろに座っていたブドウが叫ぶ。
「最低ですわ。」
「仕方がないよ。ヤバかったもん。」
「頭が悪いって胸見て言ってたよね。」
「雄英なのにクズばっかなんだね。」
「2人だけでしょ?」
「でもクラスの1割だよ?」
クラスの女子たちが好き勝手に話す。主にチンピラとブドウの評判が悪い。
「あ、地味目の人!受かってたんだね?…どうしたのこの空気?」
「あ、えっと、かっちゃん…ツンツン頭の人と風見さんが喧嘩して」
「初日から喧嘩?元気だね!少年漫画みたい!」
「そんなんじゃなかったけど…」
緑谷と麗日が教室の入り口でワイワイと盛り上がる。
「お友達ごっこしたいなら他所へ行け。ここはヒーロー科だぞ。」
「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。君たちは『合理性』に欠けるね。担任の相澤消太だ。よろしくね。…早速だが、これ着てグラウンドに出ろ。、」
担任の相澤は体操着を取り出すとクラスに配った。幽香は汚物を摘むように持ち上げる。体操着からは押入れの匂いがした。
女子更衣室。
「あれ?風見さんがいないけど?」
みんなが急いで着替える中、ピンクの異形系の女子が声を上げる。
「風見さんなら体操着を教室のゴミ箱に投げ込んでたよ。」
「「「え?」」」
「もうグラウンドに行ったんじゃないかな?」
透明の女子がピョンピョンと飛び跳ねながら身振り手振りで喋る。
「やっぱり怖い人ですわ。」
ーーーーー
グラウンド
「「「個性把握テストォ!」」」
「雄英は自由な校風が…。どうして体操着を着ていない?風見。」
「優雅じゃないもの。着替える時間が『合理的』じゃないでしょう?」
「…まあいいだろう。だが、行事で必要な時は着てもらうぞ。あれは運動性だけではなく、制服としての側面がある。というか制服を着ろ!」
「教師たちが珍妙奇天烈なカッコしてるのに何言ってるの?」
「あとで職員室に来い!オールマイトも一緒に説教だ。」
「あほくさ。」
「バックれたら除籍だぞ」
「…はあ。」
幽香は納得していないようだった。適当に相槌を打っている。
こうして僕たちの学生生活が始まった。激動の3年間に相応しい怒涛の幕開けだった。