「幽香!」
「また来たの?弔…」
畑に石灰を撒いていた幽香のもとに黒髪の少年がやってきた。彼はここ3ヶ月ほど太陽の畑に通っている。きっかけは、いつも孤りでいた幽香にシンパシーを感じたからだ。綺麗な女の子だったから緊張したが、簡単に連れ出せた。弔は女の子どころか同性とも碌に交友を結べていなかったからしようがないがずいぶん乱暴な口調になったのを覚えていた。
「幽香、お前は死体を見たことあるか?」
「ないわ。」
幽香はフルフルと首を振った。
「じゃあ見せてやるよ。」
「うーん。鐘が鳴ったら帰るのよ?」
「ああ、鐘がなるまでには帰してやるよ。」
弔は楽しかった。クソみたいな親、クソみたいな環境、暴力。自分を取り巻く全てが気に入らなかったが、幽香だけは輝いていた。気遣いも同情もしてくれないが、自分を拒絶せずに付いてきてくれる可愛い女の子。幽香は弔の承認欲求と自尊心を大いに満足させた。
「ここにでかいカエルがいるんだ。」
「雨の日に良く潰れてるよ。…あれ?私、やっぱり死体見たことあるわ。」
「でも死ぬところは見たことないだろ?」
「うん。」
泥の中から目を出しているカエルを弔が捕まえた。
「爆竹を口に突っ込むんだ。ほら火を着けろ。」
「う、うん。アツッ!」
幽香はライターを取り落とした。
「バカ!ライターは火を着けたら横むけるんだ。親指が焼けるから。」
「こ、こうかな?」
無事に火をつけた幽香。
「ほらよ、逃げるぞ」
走って距離をとる2人。直後パン!と乾いた音が鳴り、カエルの顎がミキサーで砕いたように抉れた。
「なんだ死んでねーじゃん、ツマンネ!どうだ?幽香、スカッとしたろ?」
「彼岸花みたいで綺麗…ううん。いけないことだもん。やっぱり弱い者いじめは悪いことだよ!お母さんも言ってたもの。」
ウットリとしていた幽香は首を振って、この悪い考えを頭から追い払った。
「親がどうとか、アイツらは何でもかんでも、ああするなこうするなって煩いんだ!そんなんじゃ自由になれない!」
「でも私、お母さん好きだよ?」
弔は大層イラついた様子で頭をガシガシと掻きむしった。
「お前も親が死んだらわかるさ。いない方が良かったって!幽香は親にセンノーされてるんだ。親は神じゃない!ただ長生きしただけの子どもだよ!」
「!お母さんの悪口言わないで!嫌いになっちゃうよ?」
「チッ分かったよ。……そろそろ帰るか?明日また凄いこと教えてやるよ。」
「じゃあ4時にまた来てね!バイバイ!」
幽香は手を振ってから駆けていく。100mほど進んだら、また振り返って手を振る、それを見えなくなるまで2度3度と繰り返した。弔にとってこの日々が最も穏やかで幸せな日々だった。