魔界都市の幻想郷   作:量産機

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若干さとりのイメージから外れるかも知れません。


アイズ・オンリー

 古明地さとりは別に<新宿>で暮らしているわけではない。今も彼女は旧地獄、灼熱地獄跡の建物地霊殿に住んでいる。

 だが、ペットの火焔猫燐は<新宿>で働いており、こいしは幻想郷にいた時と同じく無意識に自由自在にあちこちをうろついている。

 彼女自身が魔界都市に足を運ぶ必要は別段ない。それどころか危険をもたらす事も多い。

 

 覚妖怪は人間始め知性体としての様々な存在の心を読み取る事が出来る。それは

<新宿>でも変わらず発揮されるのだが、この街には同様の能力を持っている者が多い。

 ただのテレパス、感応能力者だけではない。

 複数の思考を並列して流し、その内の一つにランダムな無意識を混ぜて混乱させ、ついには相手の脳神経を過負荷で爆発させる者。

 特殊な呪文を思考に流し、心の内部に相手を取り込んでしまう者。

 色欲そのものの真っピンクド変態のカーマスートラ曼荼羅が体内に世界として構築され、入り込んだ者を男女問わず腎虚へ導く者(さとりは幻想郷でもこれ程の煩悩に満ちた者に出会った事はなく、かなり危うい目に遭いかけた)。

 

 だが、自己評価11の女(評価最高点10)はそれでも魔界都市に繰り出していく。

 彼女もまた、旧地獄より深い魔界に魅せられたのだろうか‥‥。

 

 

 新宿某所のスーパー。今ここで一人の男が両手に一丁づつ中型の自動ショットガンを持ち、腰のアームベルトにSMGを構え、二台あるレジの前に陣取っている。中では店員が急いで現金を袋に詰めていた。足元では撃たれた同僚が血の海の中である。

 店内にはあちこちに散弾で砕かれた跡があり、客は物陰に隠れたり床に伏せている。

 <新宿>らしく銃を取り出してる客もいるが、男が重武装過ぎて手出しが出来ない。警察はまだ到着していない。

 男がふと気配を感じてそちらへ銃口を向けた。

 水色の服にピンクのスカート姿の、一見幼く見える姿がいつの間にか音も立てず佇んでいた。

 

「な、なんだお前?」

「借金、八百万円」

 

 紫色の短い髪の奥の瞳は閉じられていた。その胸元に身体と何本かのコードで接続された「目」がある。

 

「返済期限は今日の午後。借金の原因、ギャンブルと詐欺被害。返すあてはあったがその資金を盗まれた」

「おい待て、どうしてそれを知ってんだ」

 

 強盗の銃口が揺れた。眼前の奇妙な少女に動揺しているのだ。

 

「人を撃ったのは三回目。五年前、商売敵。そして去年、不倫してた人妻。死体は今でも部屋に隠してる」

「やめろ、撃つぞ」

「もう遅い、ほら」

 

 少女さとりがうっすらと目を開くと、店の外を指差した。強盗が冷や汗をかきながらそちらを見ると。

 買い物袋をぶら下げ、レース前の車の如く鼻息を吹き出し、前傾姿勢でぎらつく視線を店内に注ぐ中年女の集団が目に入った。

 

「もうすぐ卵三十円のタイムセール」

 

 さとりがふわりと上空に舞い上がると同時に、セール開始の店内放送が響き渡った。

 飢えた目の主婦達が入り口から足音を轟かしつつ突入してくる。強盗は持っていた武器で悲鳴を上げながら全弾発射したが、極度の興奮状態にある時はダンプに衝突しても倒れないセール時の魔界主婦に通用するはずもなかった。

 強盗は哀れにも押し潰され、その悲鳴は足音の中に消えた。客達も何人か巻き込まれたようだが、このスーパーでは客の負傷など日常茶飯事である。

 茶菓子でも買おうと思っていたさとりだったが、品物が見えなくなってしまい、こっそり浮遊したまま外に出た。

 

 

 何処か別の所で茶菓子を、と歩道に降り立ちさとりは考える。何気なく側の街灯を観察し、危険でない事を確認すると触れてみる。擬態した妖物、なら“殺気”が読める。

 何気ない行動だったが、それが功を奏した。突然、世界が傾いたのだ。片方の道がどんどんと下へ向き、周囲の物が崩壊して落ちていく。通行人や座り込むホームレス、大道芸人や詐欺の呼子、全部不自然に硬直したまま落下していく。新たに“下”となった空間へ落ちない様、さとりは丁度水平となった街灯の上に鮮やかに飛び乗り、目を閉じて胸元の「瞳」をあちこちに向ける。

 崩壊したビルがありえない事に上から落ちてきた。窓が弾けて、破片が雨の如くさとりを襲う。さとりの靴底が街灯を蹴り、強化ガラスの破片に見えた隙間を通り抜け、上昇する。世界が“傾いた”が飛行能力は失われていない。ビルの中に飛び込み、突っ込んでくる椅子や机を回避し、観葉植物の鉢を蹴って反対の窓から飛び出る。トヨタと日産とホンダが仲良く団子になって落下してくるのを、螺旋状に回転しながら回避する。そのまま際限ない上昇を続けていると、「瞳」に反応があった。西の上方、降り注ぐ破片の異空間の中、一つだけ自由自在に飛び回る人影。そこを目指し、さとりは飛んだ。

 障害物を避けて接近すると、段々と安物のフード付きパーカー姿がはっきりとしてくる。

 相手の周囲に赤や青の光弾が浮き上がり、放物線を描きながらさとりを狙ってきた。

 少女は軽く微笑んだ。幻想郷の決闘、弾幕勝負に似ている。

 

『想起「テリブルスーヴニール」』

 

 さとりの「瞳」からレーザー状の光が伸び、パーカー姿の足元を掠める。バーゲン品の安っぽい色が、立っていた岩の上から近くを舞う狛犬の上に飛び移った。

 途端、石で出来た狛犬が身を激しくよじった。振り落とされたパーカー姿は、流れてきた電柱にしがみつき、フードを上げて驚きの顔を露わにした。

 さとりは相手の影に「瞳」の光線を浴びせ、その心の中の弾幕ともいえる能力の一部を読み取ったのだ。異空間のコントロールの一端に食い込んだ彼女は、弾幕で勝負をつけるべく支配した狛犬をどう動かすかと考えた。

 次の瞬間銃声が響き、異空間は一瞬で砕けた細かい破片となり、現実がヴェールの下から現れた。

 さとりはスーパーの近くから殆ど動いていない。彼女の横を上品なコート姿の青年が、自動拳銃片手に通り抜けた。前方に安っぽいパーカー姿の少年が前のめりに倒れている。

 青年は警戒しながら近づき、しゃがみこんで脈を見る。そのまま携帯を取り出し何事かを喋り始めた。少女は静かに歩を進め、撃たれたパーカー姿をじっと見つめた。死んでいる。青年は拳銃と携帯をしまい、代わりにIDを出して示した。

 

「新宿署の刑事、沢井です。貴方は?」

 

 表面上は感情を見せずさとりは名乗った。持っていたIDを渡す。

 

「古明地さとり、区民では‥‥ない、と。この男との関係は?」

「何も」

 

 首を横に振って返事をする。

 

「特殊能力者のギャングの一人です。素質がある人間を自分の世界に引きずり込んで洗脳や殺害を行います。署でお話を伺いたいのでご同行願いますか」

「‥‥はい」

 

 さとりは「瞳」で軽く刑事を見つめたが、本物の警官であり、特に気になる事を読み取れるわけでもなかった。

 沢井刑事の車の後部座席でなんとなく窓から外を見つめていると、見える光景が時々切り替わる事に気付いた。<新宿>では珍しい事ではない、が、そのまま流されていると厄介な事態に陥る事も多い。

 

「刑事さん? 今どちらへ向かってるんですか?」

「戸塚の分署だ」

 

 少女は微かに顔の筋肉を緊張させた。刑事の口調が変わっている。サードアイを彼の背中に向けようとした。車内の窓の形やドア、座席やヘッドレスト、臭いまで変わる。

 混乱し、吐き気を催した。警察の車両内でぶちまけたら怒られるだろうか、と頭は回らないのにぐるぐると感覚は回転する中考えた。そして、結局朝食の中身を吐いた。

 

「この餓鬼、“こっち”の車を汚しやがって」

 

 

 

 どうなっているのか、先刻までの刑事はコートを着ていたが今はジャケットであり、髪型も七三分けから角刈りに、体格も大きくなっている。車が停車したマンションは新築の様に綺麗だが、何処にも住人が生活している気配がない。さとりは乱暴に首根っこを掴まれ引きずられ、最上階の薄暗い部屋に連れ込まれた。

 大きく無骨なベッドの上に放り出される。相変わらず気分が悪い。そして身体に力が入らない。

 

「貴方、先刻の刑事さんじゃないわね」

「いや、あいつさ。ただの多重人格と一緒にするなよ?」

「‥‥肉体も変化するタイプだってあまり珍しくないわ、最近は」

 

 さとりは舌を噛みそうになり、顔をしかめた。沢井刑事、だった男は拳銃を抜いた。

 リボルバーに変化している。

 

「俺が外に出てくると、こうやって“世界”も変わっちまうんだ。もし世界にも幾つか人格みたいなのがあったとしたら、て感じか?」

「面白いわね。星まるごと変わってるの?」

「さあな、そこはよく知らんが」

 

 リボルバーが吼えた。さとりの身体のすぐ横に着弾し、寝台の破片が飛び散る。身体を震わせた少女を見て、男は舌なめずりをした。

 

「この世界は俺と、俺が連れ込んだ奴しかいない」

 

 男の目に宿った光で、少女は相手の性的趣味を悟った。「瞳」が細い光線を放ち、分厚い胸板の中心を捉える。瞬間、銃撃が「瞳」を直撃した。

 

「ぎゃあああ!!!」

 

 それまであまり感情を表に出さなかったさとりが、痛みへの苦悶と喪失の恐怖で絶叫した。涙が目から溢れ出て、「瞳」を胸に抱え込む様にする。

 

「いい顔するじゃねぇか、好み、だぜぇ‥‥?」

 

 男は信じられない物が、少女の右手にゆっくりと現れるのを目撃した。

 <新宿>に生きる犯罪者の間に文字通り轟く名前。その持ち主が何処にしまっているのかすらよく分からない銃。

 

 ドラム。ぶるぶると震えるそれは、あまりの重さ故保持するのが難しいのだろうか。

 妖怪とはいえ、非力な部類に入るさとりには辛い物騒な拳銃だった。こんな物を撃ったらむしろ射手の方にダメージが大きいだろう。

 だが、それが怖い。どこへ弾丸が飛ぶが予測できない。頭の隅を掠めても、ドラムの弾丸なら人間は衝撃波で死ぬ。それ以前にこの巨大拳銃をなんで少女が突然取り出したのだろう。

 色々考えている暇は、消し飛んだ。ドラムが咆哮したのである。

 伏せた男の背後で、部屋の壁が砲撃でもされた様に振動した。天井からホコリがブワッと舞い落ち、男は頭を一瞬抱えたがすぐに外れたと気付く。そしてベッドから泣き声の混じったうめき声を聞き、ほくそ笑んだ。

 

 

 さとりの右手はねじれて奇妙な方向に折れ曲がっていた。巨大な拳銃を発射した代償は大きかった、というか当然である。発射の反動でドラムは何処かへ飛んでいってしまったのか、ねじれて力を失った右手には見当たらない。

 荒い息を吐くさとりにもはや抵抗する力はない、と知り、男はいそいそと上着を脱ぎ始めた。ズボンを脱ぎながらベッドの上に膝を突き、蛇のように動かない少女へと近づく。

 にやつきながら覆いかぶさろう、とした。細い両足が跳ね上がり、見事に首に巻き付いた。小さい体に似合わない強力な力で前三角絞めが決まる。

 

「て、てめぇ!」

 

 涙と鼻水はそのままだったが、さとりの顔は今や渾身の力をふるわんと歯を食いしばり、紅潮していた。しかし油断していたとはいえ男とは体格差が有りすぎた。固めた大きな拳が振り下ろされ、小さな顔面に当たろうとする。

 少女の無事だった左手が鮮やかにパンチをいなすと、そのまま顔面に横から吸いこまれた。

 ドラムの持ち主、屍刑四郎刑事の秘技、古代武術ジルガ。その拳は振るえば刃を折り、当たれば気と霊力の奔流が相手に流れ込む。スーパーヘビー級のボクサーにノーガードで殴られた衝撃を感じ、男はベッドの上から吹っ飛んだ。一撃を決めたと同時に脚を離したさとりは、そのまま跳躍して痙攣する身体に馬乗りになった。左腕で更にマウントパンチを叩き込んでいく。この技を彼女はどうやって身につけたのか、拳銃は何処から出したのかという謎も打ち砕く様に。

 

 

「おい、やめろ。死ぬか?」

 

 さとりは荒い息を吐きながらパンチを止めた。周囲の光景がまた変化している。なんと新宿署の地下駐車場であった。そこで、彼女は血塗れで気絶してる男、いや沢田刑事に馬乗りとなり、屍刑四郎に“本物の”ドラムをこめかみに突きつけられていた。

 

「ここで暴行とはいい度胸だ。遺言はあるか?」

「正当防衛です」

 

 左手だけを上げて、ゆっくりと地面にうつ伏せになるさとり。油断なく強大な銃口がポイントする中、コンクリートの床に複数の靴音が響く。警官達が駆けつけてきたのだ。

 

「屍さん、何があったんです?」

「警官への暴行だ」

 

 鬼顔才吉刑事は、怪訝な顔をして地面にホールドアップしながら、軽くいびきをかいている少女を見つめたが、ここが<新宿>であると思い出し自らも銃を抜く。

 

「そっちはいい、沢井の奴を診てやれ」

「はい‥‥まだ息はあります。なんか変な感じですね、そこの右手が折れ曲がってる女の子にやられたんで?」

「甘くみるんじゃねぇ、これより小さいガキの姿した奴とやりあった」

「忍者かなんかですか」

「ロンドンからの無粋な観光客てとこだ。‥‥よし、そこの女の子は拘束して対妖物留置場、沢井は警察病院へ運べ」

 

 

 さとりは重症だったが鎮痛薬を投与されただけで、装甲と御札、聖なる紋様に囲まれた特別製の留置場に放り込まれた。最も、旧地獄で暮らしてる彼女にはあまり御札など効果はない。むしろ厳重な圧迫感のある装甲の壁が苦手だった。

 ボロボロになったままの右腕に残った力を注ぎ込んで修復すべきかと思ったが、警察が彼女に何処まで好意的か怪しい。幻想郷の住民の多くは妖物扱いされる事が多い。

 そして新宿署トップクラスの刑事、屍刑四郎の妖物嫌いをさとりは知っている。よく地下でいきなり撃たれなかったものだ。彼女を誘拐した男の“人格と共に世界を切り替える力”は解除された途端、とんでもない置き土産を残していった。表の刑事の人格と何か関係があったかも知れないが、それを知る術は彼女にはない。

 幸い鎮痛薬は深く効果を発揮している。今は少し眠ろうとした時だった。扉を閉鎖していたボルトが空気音と共に開いた。

 

「古明地さとり、出ろ」

 

 

 取調室に連れて行かれたさとりは、意外な人物と対面した。

 屍刑四郎が仏頂面で待っていたのである。

 

「痛むか?」

「え?」

「傷だ。右腕が複雑に折れてるな」

「頂いた薬がよく効いて、今は何も感じません」

「そうか。俺の言う事に答えたら痛みの元を取ってやる」

「治療して頂けるの? それとももっと荒っぽい事を?」

「君が余計な小細工をせず、正直に言えば何も起こらないさ」

 

 屍の隻眼をさとりは、自分の目でじっと見つめた。何処かで見た眼光。

 そう、鬼の眼光だ。地底での友人の一人、星熊勇儀がごく偶に見せたもの。

 今のさとりの「瞳」、サードアイは銃撃で手ひどく潰されてしまっている。心を読み取る能力は使えないし、この人間かどうか多少怪しい鬼の如き刑事に用いるのは愚かであろう。

 

「沢井刑事を正当防衛で殴ったそうだな」

「はい」

「何をされた?」

「彼は特殊な能力を持っていて、自分の中の別人格が表に出ると彼の周囲の世界も変わります。私はその異世界へと連れ込まれ、銃撃を受けました」

「証拠はあるか?」

 

 さとりは潰れたサードアイを持ち上げた。

 

「この中に弾丸が残っています。異世界の刑事が撃った銃弾ですので、今の銃と同じか分かりませんが」

 

 さとりは言葉を切った。少し不安そうに屍を見る。

 

「あの」

「なんだ?」

「信じて‥‥貰えるんですか?」

「<新宿>では珍しいわけでもないからな」

 

 実は、沢井刑事は警察病院で治療を受けている間に特殊能力が暴走、看護師や警護の警官を異世界に意図せずして引きずり込んでしまったのである。人が消えるのを目撃したスタッフの証言で沢井はメフィスト病院に緊急搬送、異世界への扉を医師にこじ開けられた。

 先に引きずり込まれた者達が、中で新しい死体を幾つか見つけており、捜索願いが出ている区外の少女と判明した。この場合沢井自身ではなく、もう一人の人格の方が主犯であるため色々とややこしい事になるがそれは置いて、さとりの警官暴行容疑は本人の知らない所で晴れていたのである。

 なのに、何故屍は彼女をまだ解放しないのであろうか。

 

 

「ところで、君は拳銃を撃った事があるか?」

「ええ。この街を訪れた時、興味があって何度か」

「そういうお遊びではない。人を撃った事は?」

 

 さとりは言葉に詰まった。屍の隻眼が凄みを増した様に思えた。

 

「沢井、いやあいつのもう一つの人格、裏沢井とでも言おうか。奴は、君が“ドラム”を使ったと証言している」

「どらむ?」

「俺の拳銃だ。こういう形をしている」

 

 音もせず何処かに手を突っ込んだ様子も無く、隻眼の刑事の手に巨大なリボルバーが現れていた。その銃口はさとりの顔面を微動だにせず睨みつけている。

 

「君はこれだけでなく、不思議な力で裏沢井を殴りつけたそうだが‥‥それはジルガの初歩的な技にも思える。ジルガ、分かるか? 古代の武術だ」

 

 撃鉄がゆっくりと起こされた。さとりは異世界で襲われた時の様に泣き叫んだりはしなかった。一筋、汗が顔の端を流れ落ちてはいるが、顔は静けさを保っている。

 

「私はこのサードアイという器官を用いて相手の心を読む事が出来ます。今は潰れているので何も分かりませんが、ね。‥‥この能力の応用で、相手が恐れている物や技を再現する事も」

「つまり沢井は?」

「はい、彼は貴方のその巨大な銃と格闘技をひどく恐れていました。‥‥何ででしょうね」

 

 さとりは屍が腐敗警官を容赦なく射殺する意味でも新宿署トップだとは知らない。しかし、察した。人の姿をした鬼。それも地獄の刑吏。

 撃鉄が戻され、巨大な拳銃が“消えた”。少女の目がまん丸くなった前で、屍は左手の指で眉間を揉む。

 

「その右手は銃を撃って壊れたか」

「はい」

「きちんと撃ち方を一から練習し直せ。それで今回は不問だ。だが覚えておけ。この街で安易に相手の技を真似るのは感心しない。今度俺の技をコピーしたら」

「したら?」

「本物の味をお前が身を以て味わう事になる、以上だ。銃弾の摘出を行った後、メフィスト病院へ連れてってやる」

 

 

 

 数日後。さとりは、最近女妖怪の入院者が多く嘆かわしい、と美しい声でぼやく白衣の医師に挨拶し退院した。右手だけでなく、サードアイまでしっかりと回復していた。

 西新宿の公園のベンチに座り、唐傘お化けの娘がバイオ猫にわちき美味しくないよと尻を噛まれているのを眺めながら、物思いに耽る。

 以前、お燐の仕事ぶりを心配してこの街を訪れた時、柔らかくそよぐ風の様に近くを通り抜けた姿があった。そこは例のスーパーの近くだったが、全身黒ずくめだったのを鮮明に覚えている。

 そして、何気なくサードアイの「瞳」を向けようとし、焦点が定まる瞬間。

 

 

 きぃん

 

 

 という微かな音がして、サードアイとさとりを繋ぐ線へ鋭い痛みが走った。その一瞬で注意が逸れ、黒ずくめの後ろ姿を見失ってしまったのである。そして、彼女自身の心に痛みが警告となって刻み込まれた。

 

 

 私を見つけるのか?

 

 

 さとりが時々<新宿>を訪れるのは、そういう「読み取れない」危険で不思議な体験があるからだ。

 

「お嬢ちゃん、今一人?」

 

 サードアイが反応し、眼前の無害そうなメガネの青年を探る。

 

「ロリコン野郎」

「は? 失礼だなぁ、お嬢ちゃんが心配で」

「昨日と今日で、三人。一人は先刻。まだ興奮してる。私を‥‥」

 

 そこまで言ってさとりは目を伏せた。彼女にだって言いたくない事もある。

 一瞬で作り笑いを吹き飛ばした青年は、大型ナイフを取り出すと首に叩きつけようとする。

 さとりは無造作に片手で受け止めた。その手には、サードアイが握られている。

 

「防弾・防刃仕様にしてみました」

「???」

「えーっと貴方は‥‥ああ、子供時代そういう目に遭って、子供の血を見ないと落ち着かないんですか」

 

 ナイフはサードアイに張り付いて動かない。さとりは男の性的嗜好、猟奇的趣味、今朝食べた人の部位、メガネの度数などを淡々と読み上げた。そして、ナイフを取ろうと奮闘する男の手に、サードアイから滲み出た白い粘着質の液体がまとわりつき始める。

 エクトプラズムが集合し、実を形成していく。

 殺人犯が幼少時に出会い、そういう凶行を繰り返すきっかけになった“何か”が再生されていく。

 既にさとりは男から離れて歩きだしていた。得体の知れない白い粘体が男の口から入りこみ、全身を包み込んでぐちゃりと地面に潰れても見向きもしない。

 

 

 もっと面白い事を探しに行こう。

 幾年月の果てに再び太陽の下に戻った覚妖怪は、軽くスキップしようとして少しずっこけた。

 




久々です。まだ続けられたのかという気持ちがあります。
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