Fate/elona_accident 作:セイント14.5
日刊ランキング掲載記念で、少し予定を繰り上げて書きました。
皆さん読んでくださってありがとうございます。評価・感想もモチベーションになります。
※誤字修正しました。報告ありがとうございました。
あなたの初陣となったレイシフトが終了し、帰還後に一悶着ありながらも、とりあえず霊体化ができなかったあなたには個室が与えられ、しばらくの休息が与えられることとなった。
なんというか四角い部屋だった。部屋には普通のベッドと棚、最低限の日用品が雑然と並べられ、それを細長い白色電灯が照らしていた。あなたは珍しいものを少し期待した分の、少しのため息をついた。
さて、自分の部屋といっても、あなたは家具を揃えて悦に浸ったり、本格的な鍛冶を行う趣味はない。よってあなたはここは物置にしようと思い至った。
そのために、金策や諸々の理由によってある程度たしなんだ錬金術によって、邪魔そうな調度品はだいたいふかふかパンにしてしまった。
「お邪魔す………なるほど?」
プラスチックや金属製の家具を、フライパンを使用して全く理解できない動きでおいしそうなパンにしてしまうのをたまたま訪ねたことで目撃してしまった万能の天才は、咄嗟にそれを彼の能力だと考えた。お米や麦粥を無限に取り出すサーヴァントだっているのだ。パンを取り出すサーヴァントがいたって不思議ではない。彼女はそう自分に言い聞かせた。
「元の素材とは関係なく、それをパンに変えてしまうフライパンか。非常に面白い能力だ…何より、食堂のメニューが豊かになるね…それと、貴重品が部屋に無かったことは運が良かった」
あなたはドアの前で難しい顔をしているダヴィンチちゃんに気がつくと、簡単なあいさつと共に前々から気になっていたことを訊ねた。
「うん。こんにちは。それで、神の祭壇かい…?うーん、個々人で所有している信心深いのはいるかもしれないけれど、カルデアに設置されているという話は聞かないなあ」
それを聞いたあなたは、薄々勘づいていたことではあるがそれがほぼ確信に変わったことで肩を落とした。
やはり、この世界には、あなたの知る神の影響はないらしい。神の声も聞こえず、狂信者も見当たらない。トイレの水を飲んでも願いの神は気がつかないし、更に祭壇も無いとなれば、そもそも神という存在がほぼ認知されていないと考えるのが妥当だろう。
「君がそんなに信心深いタイプだとは思わなかったよ。宗派を教えてくれれば多少のものは用意できると思うけれど、どうかな?」
あなたは自身の信仰を地のオパートスだと答えた。筋肉質な大男の姿をした神で、声が聞こえるようになると非常にうるさいが、その信仰の恩恵は冒険者には嬉しいものばかりだ。
「オパートス…?聞いたことがない神だ。多分、君の言うノースティリスという所の土着信仰だね。うるさい…っていうのはよく分からないけれど。祭壇はどんな形をしているんだい?」
祭壇…四角くて白っぽい台だ。赤い布が被せられていることが多い。驚くほど重く、確かな重量挙げの技術と強力な筋力があってやっと持ち上げられる。無理に持つと潰れて死ぬ。
信仰を深めるために生贄や供物を捧げることができ、十分に信仰を深めた信者が祈ると神からの贈り物を受け取ることができるだろう。
あなたは初めて地のオパートスから大槌を受け取った時のことを思い出し、しばし感慨にふけった。
「…かなり特殊なもののようだ。対価を支払うことで何かしらの恩恵を与える装置…魔術的なものの可能性が高いね。それもかなり強力だ。これは…実物がないと再現は難しいかな…いや、やってみないと分からないのは確かだけれど…」
ぶつぶつと呟きながら、ダヴィンチちゃんは考えこみ始めてしまった。あなたにそれが終わるのを待つ理由はなかったので、ここに来た理由を訊ねた。
「…あっ、そうだった。冒険者君、シミュレーション室に呼び出しだよ。君の戦闘力を測りたいんだ」
彼女の説明を聞いたあなたは、それを討伐依頼のようなものだと受け取った。プラチナコインがもらえることは無さそうなのが残念だが、ギルドトレーナーもいない以上無用の長物だ。それに、あなたは例のタイツの性能を試してみたくてうずうずしていたのも確かだった。
「敵はゴーレムが三体。使用武器はともかく戦法については、マスター君が後ろにいるから彼女に従ってね」
あなたは頷き、了承の意を示した。
………………………
「うわーっ!うわーっ!」
背後から聞こえる悲鳴も介さず、あなたは★《みわくの黒タイツ》をゴーレムに向かって投げ続けた。
ゴーレムのうちの一体は「もっとぶってです!」などと叫びながら、何度目かのタイツの衝撃によって破壊され、もう一体はタイツによって発狂して死んだ。
「なんで!?なんで私のタイツがこんなことになるの!?」
『あっははははははははは!!』
天才の笑い声が響く中で、あなたは最後のゴーレムに向けてタイツを構える。ほどなくして、立香は赤面して座り込んでしまった。そういえば、彼女はまた別のタイツを履いている。再生成されたのだろうか。また今度チェックする必要がある。
「これは…ひでえな」
特徴的な槍を構え、青いぴっちりしたスーツを着た気のよさそうな男は目の前の惨状をただ立って見ていることしかできなかった。傍目には、戦場で下着を投げて遊ぶ男にしか見えないのだが、結果としてゴーレム達は為すすべもなく倒されていっている。彼の理解しなくていいものリストに、また一つ項目が増えた。
あなたは最後のゴーレムを破壊し、タイツの性能に満足気にため息をつく。やはりこれには幻惑属性が付与されており、またけっこうな威力を持っているようだ。遠くの敵にはタイツを投げ、近づいてきたらこの大槌で潰してやれば大抵の敵は打ち倒せるだろう。
『シミュレーション終了。お疲れ様…でした』
マシュの声で戦闘の終了がアナウンスされ、周囲が元の殺風景に戻る。あなたは振り向き、シミュレーションの前に顔を合わせてから目をつけていた例の青い男に近づいた。
「うん?何か用か?」
怪しむ槍男を後目に、あなたは窃盗スキルを発動する。やはりといったところか、彼の持つ槍は固定アーティファクトのような感じがする。それ以外にも、いくつか解析できない装備がある。
「…これが気になるのか?だが悪いな。これは譲ってやることはできねえんだ…師匠に殺されるしな」
槍男がそう言うのを聞くと、あなたは後ろ髪を引かれる思いを振り切り、残念そうに身を引いた。大槌がある以上槍を使うつもりは無いが、非常に興味を引かれる一振だった。
「なあ、それにしてもアンタは何の英霊なんだ?解析じゃ何も分からないみたいだったが、アンタ自身が自分のことを何も知らないってワケじゃないだろう」
槍男の質問に、あなたは…
「クー・フーリンだ。…何か、妙なあだ名で呼ばれてる気がしてな」
…クー・フーリンの質問に、あなたはノースティリスに密航して、とある緑に拾われてから冒険者として暮らしていたこと、何度か死に、壁を掘り、パンを作り、また壁を掘り、不眠不休でバブルを殺し続けたりしているうちに多少は強くなったと思ったので大きなネフィアに潜ったと思ったら何故かここに来たことを話した。
「…英雄譚っていうよりは、奴隷の生活だな…ま、アンタの強さの根本には、そういう気の遠くなるような地道な作業があったってことだな。ハハ、いいね。神や魔術師からいきなり意味のわからん力を与えられるより好感度高いぜ?」
「…でもタイツフェチだよ…」
「お、マスター。復活したか」
「うん。おかげさまで…なんか、ちょっと慣れてきちゃった…かも…嫌だけど」
「ハハハ!まあ面白いもん見させてもらったぜ!」
「ううう…」
『あのー…シミュレーション、終わったんですけど〜…?』
「あっ…ご、ごめん!すぐ戻りま〜す!」
「話し込んじまったな。ホラ、戻ろうぜ」
あなたは頷き、二人に従った。
………………………
シミュレーション室を抜け、廊下で何人かが話しながら歩いている。
「えっと、今回のシミュレーションで分かったのは…まあ、オブラートに包んで、彼は色んな戦いが出来るってことかな。あと…」
ダヴィンチちゃんはあなたの手元に握られている黒タイツをしげしげと眺める。
「…フライパンで家具からパンを作ったり、マスター君のタイツで戦ったりするのを見るに、彼が手にするもの、身につけるものは、私達のとは違う彼の世界の法則が適用されるようだ。ある意味、超小規模の固有結界を常に発動しているような感じかな」
「例えば、私達にとって何の変哲もない石ころや下着でも、彼の世界が『武器だ』と認識し、実際に彼が手にして武器として使用すれば…それは本当に武器としての性能を発揮する。それもかなり強力な武器としてね」
「これは非常に面白いよ!彼は本当に異世界から来たのかもね」
からからとダヴィンチちゃんが笑う。あなたの隣で歩いている立香はチラチラとあなたの手元に視線を向けながら、しかし強かに何かを考えているようだ。
「…レイシフト先でも、新たに武器を見つけて利用できるかもしれない、ってことですか?」
「そうだね。それによって、新たな戦略の構築もできるかもしれない。ただ…」
ダヴィンチちゃんは、興味なさげに装備をいじるあなたに目を向けた。あなたは振り向いてなんの用かと首をかしげる。それを見たダヴィンチちゃんは口元を軽く歪ませて息をついた。
「…武器になるかどうかが彼次第な分、アテにするのは難しいだろうね。それに、彼の手から離れれば、それは武器としての力を失ってしまう可能性もある」
「総評、扱いに困るけど、ハマれば強いかもしれない。だが、信用するなかれ…って感じかな」
「う〜ん…そうかぁ…」
ダヴィンチちゃんの言葉に、立香は困ったように頬をかいた。
「とはいえ、だ。そもそも、彼の戦闘力は相当なものだ。単純に、強力なサーヴァントとして扱うのが無難じゃないかな?」
「…まあ、そうなりますかね」
結局、素人マスターのオワタ式人理修復が楽になることはなさそうだ。立香は残念そうに眉尻を下げた。
あなたはその横で、立香が別途履き直したタイツは特に武器になりそうにないことにため息をついていた。
だが、タイツだけが装備ではない。ここにはまだまだ探っていないものが沢山ある。立香のみならず、このカルデアに存在するあらゆる人間の装備を見るまで諦めることはない。必ずまだ何かある!あなたにはそういう確信があった。
緑は個人的な恨みもありながら、殺す度に良質な装備を落としてくれるのが嬉しいのでパーティ会場で見つけたら殺します。かつて核まで持ち出した相手が単なるいいおやつになった時、成長を感じる。僕はそういう所に、喜びを感じるんだ。