首領パッチが気配に気付いたのは、偶然だった。
「皆、上だ――――――っ!!」
「何か言ったか?」
「僕のログには何もないな」
首領パッチは叫んだと同時に、ユエと蹴りウサギを抱きかかえその場から跳んで離れる。その瞬間、上から四本のハサミと二本の尻尾、そして八本の足を持った、体長五メートル程の巨大なサソリの様な魔物が降ってきたのだ。首領パッチが跳ぶのを後一瞬遅らせていれば、ユエと蹴りウサギは押しつぶされていただろう。
「「ぎゃああああああああああああああ!!」」
ちなみに聞いてなかったハジメと天の助は普通に潰されていた。
「何だこの重みは―――!? めちゃ痛え――――――っ!!」
「こ、この重み……。まさかあの時の!?」
その言葉と共に、回想が始まった。
【サソリ売りのハジメ】
「何か始まった!?」
それはハジメがまだ五歳の頃、雪の降る冬の日、彼はカゴいっぱいにある物を詰めて路上で売って生活していた。
『いりませんか……。誰かいりませんか……?』
そのある物とは
『この毒性が非常に強いオブトサソリ、いりませんか?』
デスストーカーとも呼ばれる、非常に毒性の強いサソリだった。
「物騒な物売ってんなオイ!?」
『いじめっ子や嫌な上司の暗殺にも使えますよ……』
「殺人勧めんな!!」
『ほう、それは本当かね?』
ハジメが必死に宣伝していると、一人の紳士が話しかけてきた。
『はい。試しに誰か言ってみてください! 殺してきますから!!』
『ふむ、では○○社の宣伝部長を……』
紳士から暗殺の依頼を受け、ハジメはその内容をサソリに伝えた。
『さあ行くんだオブトサソリ! 宣伝部長をこの世から消し去ってしまえ――っ!』
『断る。我は誇り高きデスストーカー。貴様などに従いはせぬ!』
サソリは一瞬の隙を付き、ハジメの元から逃げ出した。それを見ていた紳士は携帯を取り出し、電話を掛けた。
『もしもし警察かね。今ここに殺し屋の子供が――』
『サソリを踊り食え!!』
警察に通報しようとする紳士に、ハジメはカゴに残っているサソリをぶちまけ、その場を逃げ出した。
これが後に語られる、ようこそサソリパーク事件である。
「間違いない、こいつはあの時逃げ出したサソリだ!」
「絶対違うだろ!?」
現実に戻ってきた蹴りウサギは、ハジメの妄言にツッコむ。というかそもそも、この魔物はサソリっぽいだけで別にサソリじゃない。あえていうならサソリモドキだ。
「だったらこんな所で潰れてる場合じゃない!」
ハジメは潰れている状況から、サソリモドキを持ち上げ
「どっせい!」
天井へと放り投げる。その隙に二人は首領パッチ達の傍へ走った。
「さて、飼い主に噛みつくとどうなるか、その身にしっかり教えてあげないとね」
「ペットの不始末は飼い主が始末するものって、私は思う」
「僕!?」
「サソリの素揚げ、心太和えってのはどうだ? うまそうに見えねえか?」
「食いたくねえ……」
「ワンワンワーン!」
そしてドシーン、とサソリモドキが着地したと同時に、五人はサソリモドキに向かって走り出した。
それに対応して、サソリモドキは一本目の尻尾から紫色の液体を発射する。狙いはユエだ。
「ハジメガード」
「ぐわあああああああ!!」
ユエはそれをハジメでガードして防ぐ。
一方、攻撃をもろに受けたハジメは徐々に溶けていく。紫色の液体の正体は溶解液だったのだ。そして最後にはこうなった。
ハジメスライムが あらわれた!
「モンスターになってる!?」
ハジメスライムのこうげき ねばねばがため!
ハジメスライムは サソリモドキのうごきをとめた!
「スライムであることを十全に利用してる!? 後なんでずっとドラ○エ風!?」
「よくやったぜハジメ!」
「後はオレ達に任せろ!」
バカ二人は叫び、それぞれ首領パッチソードと魔剣大根ブレードを取り出す。そしてそれらに、青地に『ぬ』とびっしり書かれたハンカチ、ぬのハンカチを巻きつけた。
「これで首領パッチソードはぬンパッチソードに」
「魔剣大根ブレードはぬ剣大根ブレードに進化したぜ!」
「進化なのかそれ!?」
「「喰らえ――――――っ!!」」
すると二人は互いに剣を振りかざし、サソリモドキに向かっていく。
「キィィィィィイイ!!」
サソリモドキは四本のハサミを振り回し、抵抗するが二人には当たらない。
そして
「「協力奥義、ハジケぬトラッシュ・クロス!!」」
「技名言い辛え!!」
二人は全く同じタイミングで、サソリモドキに攻撃を叩きこむ。
「キィシャァァアア!!」
その予想外に緻密な攻撃に悲鳴を上げ、思わずよろめくサソリモドキ。しかし決定的なダメージではないのか、すぐに調子を取り戻して溶解液を出す尻尾とは違う方から、今度は針が散弾の様に撃ちだされた。
「「グバッ!」」
二人は吹き飛ばされ、ユエと蹴りウサギの元へ戻ってきた。
「使えねえじゃねえかぬのハンカチィ!!」
そして首領パッチは、ビリビリとぬのハンカチを引きちぎり、破片にして投げ捨てる。
「オレのぬのハンカチィィィィイイイイイイ!!!」
その破片を泣き叫びながら必死に集める天の助。そこにハジメも人型を取り戻してやってきた。
「さて、どうしよう。何か硬いよアレ」
「硬いなら柔らかくすればいい。つまり――」
「話し合おう。平和とは、凝り固まった怒りを解きほぐすことなのだから」
「いや無理だろ。相手サソリだぞ」
「ハジメ、首領パッチ、天の助。お願いがある」
想像以上にサソリモドキが硬く、どうしようか頭を悩ませるバカ三人にユエが話しかける。
「何? 今忙しいんだけど」
「私を信じて、血を吸わせてほしい」
「血なんてケチ臭いことは言わねえ。オレごと食え!」
「いらない。血だけでいいの天の助」
「食えよ! オレはところてんなんだぞ!!」
「正直味以前に天の助分のところてんは多い」
「何だよ。たった四十五パック分なのに……」
「多い」
「そうか、じゃあ一口だけでいいからさ! なあ!?」
「……分かった」
天の助の熱意、というかごり押しに負け、ユエは渋々天の助を一口食べる。
「ハッハッハー! どうだオレの味は!?」
「無理」
「無理!?」
ユエのあんまりな評価に落ち込む天の助。そんな天の助に首領パッチが一言。
「天の助」
「何だよ首領パッチ。こんな無様なオレに何を言うってんだ」
「いやもうお前が不味いなんてネタ飽き飽きなんだよ」
「」
首領パッチの言葉に凍りつく天の助。
ショックのあまり天の助は懐から銃を取り出し、ドパァンと自分の頭を打ち抜いた。
「自殺した!?」
「天の助――――――っ!!」
倒れ行く天の助に駆け寄るハジメ。ハジメはそのまま
「甘ったれるな――――――――――っ!!」
「ぎゃああああああああああああああああ!!」
天の助をサソリモドキに蹴り飛ばした。その際天の助はサソリモドキの溶解液と散弾針を受けていたが、誰も気には留めなかった。
「次はオレかぁ~? オレの血は凄いぞ。なんせ首領パッチエキスだからな。身体に入れればオレと同じ思考になるんだぜ」
「死んでも嫌」
「!?」
「となると僕か」
「うん、頂戴」
ユエはハジメの首筋に噛みつき、血を飲む。しばらく飲み、やがて一言ボソリと呟いた。
「味は一言でいうなら……」
「言うなら?」
「メロンソーダ」
「何で!?」
「「「どれどれ?」」」
ユエの言葉が真実かどうか気になったバカ三人は、ハジメの血を注射器で抜きそれぞれ飲む。その結果は
「「「本当だ……、メロンソーダだ……」」」
「まあそれはともかく、ごちそうさま。これで――」
そう言うとユエは、サソリモドキに向けて片手を伸ばす。同時に莫大な魔力が吹き上がり、黄金色が暗闇を薙ぎ払った。
「魔法が使える。“蒼天„」
そしてユエが呟くと、サソリモドキの頭上に直径六メートル程の青白い炎の球体が出来上がる。直撃した訳でもないのにサソリモドキは悲鳴を上げ、離脱しようとする。
だがユエはそれを許しはしない。青白い炎はユエの指先に合わせてサソリモドキを追尾し、ついに直撃した。
「HEEEEYYYY、あァァァんまりだァァァァァ!!」
「それどっちかと言うと燃やす奴の悲鳴じゃねえか!?」
サソリモドキがかつてない絶叫を上げる。炎が命中した背中は焼けただれ、あと一息で倒せそうだ。
「ハジメ、とどめはお願い」
「任せて! 高熱で熱せられた後で急速に冷やすと崩れやすくなるって前にポ○スペで読んだことがある!」
「漫画の知識かよ」
「だから納豆真拳奥義、アイシクルフィールド!!」
ハジメが奥義名を叫ぶ。そしてハジメは悟空のコスプレをしてから一言。
「ふ、布団が……ふっとんだ!」
「ブフッ」
ハジメがダジャレを言うと、界王様のコスプレをしていた首領パッチと蹴りウサギ以外のこの部屋の全てが凍りついた。
「凍った――――!? 確かに寒かったけど!!」
「そして協力奥義、ダイヤモンドところてんダスト!」
次にハジメは凍った天の助を殴り飛ばす。すると、凍ったところてんの結晶がダイヤモンドの散弾のようになりサソリモドキに襲い掛かる。
最後には――
「キシュアアアアアアアアアアア!!」
かろうじて声だけは出せるようになっていたサソリモドキが、断末魔を上げながら崩れ去った。
「勝った……!? ハジメのペットは、死んだ……!?」
「いや今思うとあれ多分僕が使ってたサソリじゃないと思うんだよね。ハサミとか足の数が違うし」
「だろうな!!」
ユエとハジメは勝利の余韻に浸っていた。一方首領パッチと天の助は
「戦闘の勝利と新しい仲間を祝って」
「宴だ――――っ!!」
地面に大量のチクワを植えながら、酒とツマミの準備をしていた。
「何でチクワ!?」
「豆食え豆!」
「生き血も必須」
「ちっ、しゃあねえな……」
天の助は豆乳と生き血を追加で用意し、ハジメとユエにそれぞれ手渡す。首領パッチはコーラ、天の助はところてんドリンクを持ち、全員が歌舞伎の黒子の格好をし、頭にタケノコを乗せる。
「それじゃあ皆。乾杯!」
「「「かんぱーい!!」」」
「格好ヤベえ!!」
ハジメが音頭を取って、宴は始まった。