その願いは
「おめでとう、君が新世界の神だ。さあ、どんな世界を創る?」
滅んだ世界をイチから創り直せる神の座を賭けたデスゲーム。
すべてのゲームに見事勝利した少年が願った世界は……
※ノベルアップ+様とマルチ投稿しています
Twitter企画「あざらし杯」の参加作品です。
主催者のあざらしさんから銅賞をいただきました。
※条件
3000字以内一話完結
プレゼントのために用意したアザラシのヌイグルミを床に叩きつける。
もう必要ないものだ。
「……こんな世界、滅びちまえばいいんだ」
もはや涙すら出ない。ただ行き場のない怒りだけが胸の中で
衝動のままに、部屋にある目につくものを壊しつくす。
思い出の品を粉々に、明日使うはずのノートも教科書も破り捨て……進路希望書を執拗にバラバラにする。
希望書。そんな薄ら寒い言葉に乾いた笑みが浮かぶ。
バカバカしい。親も教師も、こっちが心の底から願っている希望なんて真剣に聞く気などないくせに。
床に叩きつけたアザラシのヌイグルミを拾う。
もう二度と戻らない日々を思うと、愛嬌あるヌイグルミの顔が途端に憎らしいものに思え、再び強く床に叩きつける。
もう何もかも、どうでもいい。
いっそのことすべて壊れてしまえばいい。
「こんな世界……滅びちまえ!」
怨嗟の叫びは虚しく部屋に響くだけに……思われた。
――それなら、君が世界を創り直せばいいさ。
そうして、世界は滅びた。
◆
「おめでとう。最後まで勝ち残った君が『神』だ」
目と口だけついた球体がさも愉快そうに不快な笑みを浮かべる。
「まさか君が生き残るとはね。いかにも最初のゲームで死にそうなタイプだったのに。ボクの勘も鈍ったかな」
相変わらず人を挑発する軽口に対しても、もはや反応する気力もなかった。
この趣味の悪い賭博場のような異空間に呼ばれた数人の若者たち。
それもいまや俺だけだ。文字通り命がけのゲームに敗北して死んだ。
……いや、俺が殺した。
「人間は死の瀬戸際になるとその本性と本質を現すものだけど……君はそれが顕著だったね。肉体戦、頭脳戦、心理戦。そのすべてにおいて君は他のプレイヤーを凌駕した。一応それぞれの分野に特化した人間を用意したつもりだったんだけどね。まさか君のように実戦の中で成長するタイプがいるとは思わなかったよ」
肉体も、頭も、心も、すべてをすり減らすような戦いの果てに俺が手にした権利。
それは……
「これで晴れて君は『滅びた世界をイチから創り直せる神の座』を手にしたわけだ」
世界を滅ぼし、俺たちにゲームを強制した球体は「ここからがお楽しみだ」とばかりに白い火花を撒き散らす。
窓の外には、何も存在しない闇だけが満ちている。この闇から、自分の望んだとおりの世界を創ることができる。
このゲームに集められた若者たちは、誰もが等しく世の中に絶望していた。そういう連中を選んだのだろう。
だからこそ彼らは望んだ。自分の思い通りに世界を創り直せる、神の座を。
「さあさあ、教えてくれ新世界の神よ。君はどんな世界を望むんだい?」
答えはすでに決まっている。そのために俺はゲームに勝ち残った。
俺の望む世界、それは……
「このままだ」
「は?」
「だから、このままだ。新世界なんて創らない。滅んだままでいい」
「……信じられないね。ここまで来て君は滅びを望むのかい? 自分にとって都合のいい世界を創れるんだよ?」
他のプレイヤーたちは自分だけが幸せになれる世界を望んだ。
だが俺はそんなものに興味はなかった。
「わからないな。世界を創る気がないなら、何で勝ち残ろうとしたんだい?」
「他人に殺されたくなかっただけだ。自分の命ぐらい、自分で面倒見る」
「ふぅん。つまり君は安心して自殺をするためだけに他のプレイヤーたちを皆殺しにしたわけだ」
「そして二度と世界を創らせないためにな。あんな連中が願った世界なんて、どうせろくでもない世界になるに決まってる。もうこりごりなんだよ。このゲームでつくづく思った。きっと人類は滅びたほうがいいんだ」
自分が生き残るためなら人間は何でもする。他人を利用することも、騙すことも、裏切ることも。
あれほど『皆で生き残る方法を探しましょう』と言っていた女も、最後には我が身可愛さに俺を殺そうとした。
もう、そういう醜いものを見るのはたくさんだ。だからすべて終わりにしたい。
俺の答えに、球体はさも「つまらない」とばかりに溜め息(らしきもの)を吐いた。
「なるほど。そういう選択もアリか。ボクとしては興醒めだけど……しょうがない。神がそうお望みなら叶えるとしようじゃないか」
それでいい。あとは俺が消えるだけ。これで本当におしまいだ。
最後にと思い、俺はこれまでのゲームを振り返るように場内を歩いた。供養のつもりだったのかもしれない。
その途中で妙な感触のものを踏みつける。
見て驚いた。それはここにはない筈のものだった。
「ああ、それか。君を招く際、足下にあったから一緒に転移させてしまったみたいだね。滅びた世界の最後の遺品ということになるのかな?」
足下のものを拾い上げる。
アザラシのヌイグルミ。
あいつに……妹にプレゼントする筈だったもの。
世界の滅びよりも先にいなくなってしまった、たったひとりの妹。
『お兄ちゃん、わたし病気が治ったらまた水族館に行きたいな。子どもの頃に見たアザラシがすごくかわいかったから、また見たいの。約束だよ?』
任せろ。俺が医者になってお前を必ず治してやる。……だからもう少し、もう少し待っていてくれ。絶対に一緒にアザラシを見に……
その約束は果たせなかった。
それでも、医者になるという約束だけは守りたかった。
だが教師は言う。お前では無理だ。現実を見ろ。
親は言う。妹のことはもう忘れろ。どうしようもなかったんだ。
誰も、俺が本当にやりたいことを応援してくれなかった。
身の丈に合った生き方をしろ。現実を見ろ。夢を見るな。
ふざけてる。なぜすぐに大人は諦めろと言うんだ。希望を見ることがそんなに悪いことなのか。
『お兄ちゃんなら絶対にお医者さんになれる。わたし信じてる』
そんな言葉も、もう二度と聞けない。
だからあの世界で生きる理由なんて、もうなかった。
なかった、筈なのに……
『お願い、お兄ちゃん。たくさんの命を救える人になって』
「なるほど。その妹が君にとって生きる理由だったのか。なら望めばいい。最愛の妹を蘇らせることを。いまの君なら実現できる。邪魔な存在も消してしまえばいい。君と妹だけが存在する世界を創り出してしまえばいい」
そうだ。
いまの俺なら望んだ世界を手にすることができる。
俺のたったひとつの希望。それは、いま目の前に……
「さあ、新世界の神よ。君は、どんな世界を望む?」
俺は……
◆
まったく、やはり人間は度しがたいね。
結局、世界は新しく創られたよ。
最も……ボクが来る前と、そんなに代わり映えのない世界だけどね。
まさか、すべて元通りにすることを願うなんて思わなかったよ。
ゲームで自分を騙し、殺そうとした連中までを蘇らせるなんて。
なら、いっそ妹も蘇らせればよかったのに、彼はそうしなかった。
まるで、ゲームなんて最初からなかったかのように文字通りすべて元通りにしたんだ。
最も彼自身には変化があったようだね。
彼はゲームで数々の死に触れた。形は歪だけれど、その経験が彼の夢にとって心強い味方になったらしい。
もちろん最後まで葛藤はしただろう。
彼が望みさえすれば、ボクは本当に妹だけと平穏に生きられる世界を用意するつもりだった。
けれど彼は妹との約束を果たすため、戦う道を選んだようだ。
まあ、頑張るがいいさ。
ボクとしては釈然としない結果だけど……この愛らしいアザラシに免じて君の決意を尊重しよう。
素敵なプレゼントをありがとう、お兄ちゃん。