ヨウタの授業はまず、ゲームと現実との違い、というところから始まった。
何を今更そんなこと、と思うかもしれないが、実際のところ、これも今の現実を戦い抜くためには重要な認識だと思う。何せこの世界の人間にとって、ポケモンは長く「創作物として」愛されてきた存在だ。彼らが現実に現れたからと言って、
例えばポケモンを見ればつい個体値だの種族値だのと考えてしまう人も多いだろうし、タイプ相性を絶対のものと考えてしまう人もいる。オレだって、未だに性格補正がどうこうと考えてしまうし、ある意味、ゲームに触れている人ほど現実に適応できないとも言える。
じゃあ、例えばアニメだけ見てたとか、ほんの一時期触れたことがある……もっと言えば、「存在は知ってる」程度の人はどうか?
これもそれほど良くはない。大人も楽しめるものとはいえ、普通の人の認識の上でポケモンは「子供向け」の作品である。その意識が根底にあると、低く見て侮ってしまうことが多い。そうなると危機感が薄れるし、「所詮」なんて意識が根付いて正しく相手を認められない。
だから、ポケモンに対する認識を正す。そのために、ヨウタは自分のポケモンたちをボールから出し、ゼニガメたち共に実際の例として見せていた。
ポケモンたちも人間と同じく情緒豊かな存在であり、個としての考えもちゃんと持っている。時にトレーナーの言うことを聞かないものもいる……。
――そんな授業風景を横目で見ながら、オレたち
ヨウタ曰く、「アキラは分かってるだろうからいいよ」とのこと。まあ二回も戦ったし、ヨウタのポケモンたちを……彼らが傷ついてる姿を間近で見たのもあって、徐々にその辺の意識は改めつつある。実際に触れたり、それで怪我したり。嫌というほど味わったしな。
……あと、一応後でトレーナーとしての指示の出し方なんかも教える予定なんだが、オレ、「戦い方が特殊すぎて教えたら逆に弱体化しそう」って断られたんだよな。ちょっと何言ってるか分からないがニュアンスは分かった。
さて。
「やるぞ、リュオン」
「リオッ!」
リュオン――昨夜のリオル――に呼びかけながら、構えを取ると、あちらも同じく構えを取った。
ニックネームの由来は「リュカオン」だ。狼の神で、リオルかルカリオの名前の由来の一つだったと思う。
……ついでとばかりに、脇の方でチュリとチャムもなんだか威嚇するみたいな体勢*1を取っている。これ、技の……というか、拳法の訓練のつもりなんだが、人型じゃないのに真似して意味は……いや、いいか。心構えが大事だ。
「いいか、リュオン。お為ごかしは抜きにして言うと、拳法は『他者を害するための技術』の集合体だ。場合によっては、相手を殺すことだって十分できる。それだけはまず心得ていてくれ」
たとえそれが当然のことであっても、あるいは死というものが身近にあった元野生ポケモンであっても、そこだけははっきりさせておく必要がある。
リュオンは人を守りたいからということで仲間になったポケモンだ。時に人と対峙することがあるだろうが、そこでの力加減がしっかりできておかないといけないだろう。
これから教えるのは武術であって「武道」ではない。武によって道を説き、心を鍛えるのが武道。オレのそれは人を壊す術だ。当然、心を養うものではない。
だから、心を問うのだ。
「同時に――これは、自分よりも体格や力の勝る相手を倒す手段にもなりうる。戦えない人たちを守ることもできる。一朝一夕で身につくものじゃないが……やれるよな?」
「リオッ!」
オレの問いかけに、大きく頷きを返すリュオン。なら、こっちもそれ相応の態度で臨まなければならない。
さて。まず確認するべきは、リュオンの素の実力の方だ。攻撃を促すと、超速の「でんこうせっか」がオレに迫る。
だが。
「踏み込みが足りん」
「ルッ!?」
その体を横に軽く「押す」ことで、受け流す。
こちらの身体には一切ダメージは無い。一方、後ろに通り過ぎて行ったリュオンの側にもダメージは無い。
「
オレは、その場でリュオンに手本として鉄山靠を放つ。
ボ、という空気が爆ぜる音と共に、数メートル先の木が揺れて葉が散った。
「このくらいはできるようになる」
「「なってたまるか!!」」
「外野うるさーい」
つーか授業中断してまでツッコミに来るなよヨウタも朝木も。
そりゃ普通の人基準じゃできないよ。オレだって本当は普通に普通の人間だったんだ。そのくらい分かる。
けどポケモンを基準にして当てはめたら、そうじゃない。レベルが上がっていけば、きっとオレはすぐに力では敵わなくなってくるはずだ。
……足元を見ると、チュリが鉄山靠の真似*2をしていた。いや、何してん。
「あくまでこれは一例だ。真似して同じようにやる必要は無い。少しずつ、より強い技にしていこう」
「リオッ!」
「お前の場合、ただ体当たりするよりは、ある程度突きや蹴りも交えた方が――」
〇――〇――〇
そうしてたっぷり二時間ほど使って、こちらの訓練もあちらの授業もある程度かたちになってきた頃。どこからか良い匂いが漂ってきた。
思わずといった様子でリュオンの手が止まる。こうなると、訓練を続ける気も無くなってることだろう。オレも同じく、手を止めることにした。
「昼食ができました! そろそろ休憩にしましょう!」
自衛官の人の声と共に、広場の方に入ってくる炊き出し用の車。食欲を誘うこの匂いは……どうやらカレーのようだ。
「よし。オレたちも行こう」
「リオッ」
「ヂッ」
「ピィ」
……オレとリュオンはずっと訓練と組手を繰り返していたが、チュリとチャムはその間ずっとじゃれていて、疲れたらお昼寝をしていた。
お前ら、あの時の強くなろうっていう決意はどうしたんだよ……と思わないでもないが、そもそも野生だった
強い野生のポケモンというのは、やっぱりそれ相応に戦闘経験を経た者が多い。二匹もその辺は理解してるだろうが……初日から一緒にいて、もう友達みたいなもんだしな、二匹とも。殴り合って鍛え合ってくれというのも酷な話である。とりあえず、訓練方法はヨウタに聞くことにしよう。
さて、ともかくメシだメシ。近くの水場でみんなで手を洗って、配膳場所に向かう。
ヨウタたちも講義を終えたらしく、オレたちよりも先に炊き出しの列に並んでいた。ちょっと遅くなるかなぁ、なんて思っていると、ふと、横から誰かが近づいてくる。
「どうも」
「……? あなたは、さっきの……」
確か……そうだ、東雲さんだ。
「何か用ですか?」
「お近づきの印にどうかなと思いま……思ってね。どうだい、一緒に」
彼の手には、カレーの皿が二つ用意されていた。どういった風の吹きまわしなのか……意味が、というか意図が分からない。
一緒に? 食事をってことか? オレと?
「まあ、別にいいですけど」
「それは良かった。どうぞ。ウチの駐屯地特製のカレーだよ」
「はあ。どうも」
受け取ってみると、まあ、確かに美味そうなカレーではある。具材は小さめで、肉と玉ねぎはルーに溶け気味。個人的にはもうちょっとライスが多い方が好みだが……そこは贅沢言うところでもないか。
……ただ、なぁ。
「……あの、このからあげ貰ってくれませんか」
「嫌いなのかい?」
「いや、そういうワケじゃないんですけど」
チャムが震えてるし。
狙ったのかってタイミングだよマジで。オレ自身はから揚げ好きな方だし、カレーと合わせるのもいいかなぁとも思うんだが……もしかしてオレ、今後から揚げ食えなくなるんじゃ?
……いや、そんなこと言うと肉全般無理になっちまうな……まあ、今だけと思っとこう。
「うちのポケモンからあげにされかけて」
「話が読めないのですが」
「いや、そのままの意味で」
……まあ、普通に考えてもわけわからんわな。でもそれが事実なのだからどうしようもないというか。
オレだって自分のポケモンが料理されかけたとか言いたくねえよ。
少々げんなりしていると、東雲さんの付き添いらしきゼニガメが、背中に大皿のポケモンフーズを持ってくるのが見えた。
「ゼニッ」
「ヂヂ?」
「ピヨ。ピピピィ?」
「リオッ!」
……どうも、ポケモンはポケモン同士で仲良くなりに来たらしい。正式なもんじゃないとはいえ、トレーナーがトレーナーならポケモンもポケモンか。
まあ……カレーは刺激も強いだろうし、ポケモンには向いてないかもしれないな。せがまれたらあげてみることも考えるか。
「……君、名前は?」
「……刀祢アキラ」
「アキラちゃんだね。よろしく。彼氏とかいるの?」
「は?」
……突然何言ってんだこいつ? ふざけているのか?
つーか朝木のみならずこの男まで「ちゃん」付けしやがった。
そんなオレの怒気が伝わったのか、東雲さんは「おっと」と一歩退いて苦笑いを浮かべた。
「冗談で言ってるなら笑えないし、本気で言ってるなら頭の病院に行け」
「あぁ……と、思ったより、取り付く島もない感じ? こういう話題、女の子なら好きだと思ったんだけど……」
「言ってる意味が分からない。イカれてんのか、この状況で」
あの時見えたやや軽薄さを感じる笑顔は、どうやら見間違いじゃなかったらしい。くそったれ、と内心毒を吐く。
……オレだって別にマトモな人格してるとは思ってないが……じゃあ、マトモなのはヨウタだけかよ。
「……こういう時だから、潤いってものが必要じゃあないか?」
「
「今、何と?」
「別に」
リュオン――リオルやルカリオほどじゃないが、オレだって生体エネルギー、波動に類するものと思われる「気」を読み、操ることができる。その上で、彼はまあ、まともな人かなーと思っていたのだが……アテにはならなかったか。
見た目も派手じゃないし、自衛隊の……服装に係る規定だっけ? あれを忠実に守っているようでもある。だから、まあ……なんとなし、真面目なんじゃないかとばかり思ったんだが。
……油断だな。
オレは、カレーを持ったまま東雲さんに背を向けた。
「どこへ?」
「一人で食べる。アンタには悪いが、『口と尻の軽い人間を信用するな』ってばーちゃんに言われてるんだ」
「それは……世の道理をよくご存じの御婆様で……」
「カレー取って来てくれたことは感謝する。ありがとう。じゃあな」
行くぞ、とみんなに呼びかけると、やや躊躇しながらも三匹ともこちらについてくる。
特に、リュオンが何やらこちらの顔を覗き込んできている。「いいの?」とでも言いたげな顔だ。
……いいんだ、別に。
口が軽い――というのは、つまり言うべきでない時に、言うべきでないことを言ってしまう迂闊さと分別の無さを示している。尻が軽い――というのは、誰にでも尻尾を振り、欲望を制御できない者を示す。そういった人間は平気で人を裏切り、堪え性が無い。
たとえ隊長さんの推薦であっても、そんな人間は信用には値しない。
ヨウタは――多分、そんなこと考えないだろうし、考えさせたくもない。
いいや。オレが警戒してりゃ大丈夫だろ。小銃の一丁や二丁、あったところで負けないし。
「ヂュイッ!?」
「? どうしたチュリ……あ」
……なんて、考え事をしていたのが悪かったのか。カレーに興味を持ったらしいチュリは、オレの目を盗んでこっそりカレーを食べてしまったようだ。
が、このカレーは割と大人向けのカレー。だいぶスパイスが効いてたらしく、辛さで涙目になってしまっていた。
「ビギュッ、ヂヂッ、ヂュゥ~……」
「あーあー、勝手に食べるから……ほら、水飲みな」
紙コップを傾けてやると、チュリは勢いよく水を飲み始めた。
こうして考えると、チュリはいわゆる「からい」味が苦手なんだろうか? ってことは、「攻撃」のステが下が……いや。いけないいけない。さっき自分でそういう考えはダメだって思ったんじゃないか。やっぱオレもその辺根付いちゃってる。
午後からはもっとオレ自身も鍛えよう。もっと鍛えて、精神も養わないと。
そうだ。いっそこの際、波動も使えるようになればどうだろう?
言葉を使わずにリュオンと通じ合うこともできるようになるだろうし、他にもポケモンの感じてること、伝えたいことが分かるようになるかもしれない。
そうと決まれば、午後からはその特訓も始めよう。気功の一種ならきっとオレにも使えないわけじゃないはずだ。
〇――〇――〇
東雲ショウゴは、去っていく少女を見送って大きく嘆息した。
(最悪の手を打ってしまったか……)
よもやあそこまですげない態度を取られてしまうとは彼自身も思っていなかったのだが、しかし、慣れないことをしているという自覚はあった。
何せ、東雲にとって婦女にああいった態度を取ること、それ自体が生まれて初めての経験なのだ。そのため、幾度となく素の彼自身の言葉遣いが顔を覗かせてしまってもいた。
一目惚れ――などでは、当然無い。東雲も
ただ、友人の言葉があった。曰く――「今時の女の子は、多少軽く接した方がいい」、と。
薄い色素に色の抜けた髪。アキラのことをいわゆる「今時の少女」だと認識していた彼は、そのように接することを心がけようとしていた。
結果的に、その試みは大失敗であった。アキラは東雲に強い敵意と不信感を抱いてしまった。
「ゼニゼニ……」
「ゼニガメ陸士……」
素の彼を知るゼニガメが、東雲の足を叩く。その瞳はまるで、「無理するな」と語り掛けているようでもあった。
「俺は大丈夫だ」
生来、東雲ショウゴという男は生真面目かつ不器用な性分であった。
親友からは、その頑固で融通の利かない部分を心配され、日ごと「もっと緩く生きろ」と言われたものである。その言葉を真に受けて、似合いもしない態度を取って周囲から心配されたのが何度目か。挙句、適切な場面で適切な言葉を選ぶことができず、異常を疑われ同僚に頭を叩かれてすらいた。
ヨウタ少年に同行するように命令されたことにも、彼らの護衛という目的も当然あるとはいえ、ある意味では東雲の心のケアも兼ねていると見ていいだろう。そのように気を遣われているという事実がまた、東雲の心を苛む。
「だが……どうすれば良かったのだろうな」
男の言葉は、虚空に紛れて消えていった。
彼の言葉に応える者はいない。
〇――〇――〇
ところで、ポケモン世界には「技教え」ができる人間が存在する。
こっちの世界で言う職業に当たるのか、それとも単なるボランティアなのかはよく分からないが、ともかく、それは技マシン以外にも「人間がポケモンに技を教える」ということが可能だということの証明でもある。
……結論から言うと。
「リュオン、『かみなりパンチ』」
「リオッ!!」
オレもできた。
「波動」の色合いと似た青い雷。腕のみに限定した
……オレ、これができるようになるまで何年もかかったのになぁ。一日、どころか数時間でできるようになってもらうと、それはそれでちょっと嫉妬する。
でもまあ、これも確かな成果と言えるだろうか。
「さて……と。」
「ルー……」
一方のオレはと言うと、さっきよりももうほんのちょっとだけ、リュオンの考えてることなんかが分かるようになっていた。これも波動使いに近づけてると思っていいのだろうか。いっそむしろ波紋戦士でも目指すか? いや違うか。
ただ、やっぱりいまいち薄ぼんやりしてるんだよな。ニュアンスは分かるけど、言語化できない感じ。あんまり変わってないと言えば変わってないのだが、ニュアンスが伝わるだけまあマシか。
しかし、その練習を経る中で、気になることが一つだけあった。
「……自衛隊の人たちの中に……邪気……か?」
「ルッ」
邪気、と言葉にすると仰々しいが、要するに「悪いこと考えてる」という話だ。だから、リュオンはオレについていくことを選んだのだと言う。
しかし、邪気。邪気か。人間ならそのくらいは誰しも多少は持ってるものだ。オレだって例外じゃない。それでもわざわざ、それをことさらに取り上げたということは……。
「レインボーロケット団みたいな、悪人があの中にいる、ってことか?」
「リオッ!」
それが事実だとしたらとんでもないことだ。あまり考えたくないことだが……考えなくてはならないことでもある。
さっきの男……ではないだろう。だったらリュオンがとっくに反応してる。じゃあ、他に誰かが……?
「……スパイ、か……?」
考えられ……る。
確実じゃないが、ありえない話でもない。ヤツらも……致命的に愚かな悪人ではあるが、馬鹿ではない。あっちだって
考えられる手法は……スパイ、盗聴器、隠しカメラ……あと、ポケモン。自衛隊の人たちも警戒してないわけがない、が……ポケモンを扱うことができる上に、あちらの世界の技術もある。そう考えると、油断は一切できない。
「ヨウタにも伝えないと」
もしも戦闘になるんだとしたら、ヨウタの力は絶対に必要だ。相手に気付かれたら問題だが、だからと言ってこっちが負けるのは論外も論外。独断専行は敗北のもとだ。
いなければいないでいいし、いるならいるで確実に叩きのめす。
まずは少し相談して、それから対処にあたることにしよう。