携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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 三人称視点です。




朝日にかかるくろいきり

 

 

 

「急ごう……!」

 

 

 夜も明けきらない午前五時、ヨウタはルガルガン(ワン太)の背に乗って道路を駆けていた。

 痛々しく巻かれた包帯と、そこに滲む血が、ワン太の傷が未だ癒えていないことを物語る。それでもなお、彼は苦しげな表情一つ見せないまま、ヨウタを「敵」のもとへと運ぶために駆けていく。

 

 ヨウタは、チュリとシャムの実力を目にした時、アキラを置いていくことに決めていた。

 彼女――あるいは彼――のことを嫌っているがため、ではない。むしろ、アキラと出会ってからの数時間で、彼女に対して好感を抱いてはいる。

 

 しかしそれは、アキラのことを「信用」しているという意味ではない。

 確かに、レベル以上の能力を発揮することができることは示した。それができるかもしれない、とは、彼女の態度から察することはできた。しかし――それは、信用に足るほどのものではなかった。

 その時点で、アキラはヨウタにとって「共に戦う相手」ではなく、「守るべき相手」という認識になっていた。

 

 今この世界において、レインボーロケット団と戦った経験があるのはヨウタだけだ。

 彼らは、一人一人は決して強くはない。サカキをはじめとする六巨頭や大幹部を除けば、一山いくらという程度の実力を持つ者しかいないことだろう。

 

 だが、それを補って余りあるほどの数がいる。

 そして、誰一人としてポケモンバトルという枠組みを守ろうとする人間はいない。

 そんな中に、何も知らない人間を放り込むなどという行為は、ヨウタの良心が咎めた。

 

 

「良かったのロト?」

「いいんだ」

 

 

 加えて言うならば――酷な話だが、今のアキラは、ヨウタにとっては足手まといだ。

 手持ちのポケモンたちが傷つき、本来の実力の半分も発揮できない今、守るべき人間がいるということは致命的だ。

 

 そうとヨウタがはっきり言葉にしないまでも、横で飛ぶロトムにはそのことが伝わったらしく、彼女は哀しげな表情をした。

 

 

「ワンッ!」

「うん、分かってる」

 

 

 ワン太は、そんな主たちに自分の存在をアピールするように、力強く一声鳴いた。

 彼も、ヨウタと共に激戦を潜り抜けてきた一匹だ。島巡りのはじめから、ライ太、モク太と共にヨウタと駆け抜けてきた。当然、その実力も折り紙付きである。

 

 吹き抜けていく生暖かい嫌な風を感じながら、大丈夫だとヨウタは自分に言い聞かせた。仲間たちの力を信じれば、道は拓ける、と。

 

 一晩は大丈夫じゃないか、というのがアキラの予測だ。しかしそこまで悠長になれるほど、ヨウタに堪え性は無い。

 「テレポート」や「そらをとぶ」などで予想よりも早くレインボーロケット団が来たら? そうではなくとも、街の近くで戦闘になってしまったら? 万が一のことを思えば、早いうちに接敵して遠い場所で倒すのが一番だ。ヨウタはそう確信していた。

 

 

「クアーッ!」

「モク太! どうだった?」

「…………」

 

 

 上空を哨戒していたモク太が降り、ヨウタたちと並走を始める。その表情は険しく、状況があまり良くないことを物語っている。

 数か、質か、その両方か……少なくとも、今のヨウタたちにとって脅威になる相手が近づいてきているのは確かだ。

 

 

(――――勝てるかな?)

 

 

 一瞬よぎった弱気な考えを、ヨウタは思い切り(かぶり)を振って振り払った。

 ことここに至れば、問題は勝てるかどうかではない。勝たねば生きては帰れないのだ。

 

 更に数分ほど進んだところで、ヨウタは遠方から迫りくる黒服の集団を見た。レインボーロケット団の団員だ。

 その数は、両手の数を優に超え、百人単位の集団にまで膨れ上がっている。彼ら一人一人が既にポケモンを携えている以上、激突は到底避けられ得ない。

 

 

「多勢に無勢……だね」

 

 

 無勢、どころではない。たった一人で、数百人もの敵を相手にするなどというのは、自殺行為も甚だしい。

 それでも、とヨウタはワン太から降りてアスファルトに降り立った。

 

 

「ワン太、行けるかい?」

「ワォンッ!」

「……うん。それじゃあ……やろう」

 

 

 苦々しい表情を浮かべながらも、ヨウタはワン太へと宝石を手渡す。

 ルガルガンZ――ルガルガン専用のZ技を使うためのZクリスタルである。

 

 Z技は、その絶大な威力の反面、反動が非常に大きい。下手な使い方をすれば、ポケモンのみならず、トレーナーの生命力すらも奪われてしまう。

 本来のヨウタならば、そのリスクすら承知の上であえて乗りこなすほどには余裕があるのだが――今回に限ってはそうもいかない。

 Zパワーリングを通して生命力を送り込む側のヨウタは疲労困憊。力を受け取り、「わざ」という形にして放つ側のワン太は満身創痍。

 

 一つボタンをかけ間違えればヨウタ自身が吹き飛ぶ可能性がある。あるいは、ワン太が再起不能に陥るほどの大怪我を負うかもしれない。

 それでもなお、少年たちは迷わなかった。ヨウタはワン太を絶対に傷つけないという堅い意志のもとエネルギーを送り込み、ワン太は絶対にこの一撃を決めるという強固な忠誠と使命感のもと、注がれるエネルギーに呼応するように雄叫びをを上げた。

 

 

「アオオオオオオォォォォォ!!」

 

 

 ワン太の全身から迸るエネルギーが、空を茜に染める。

 周囲から突き出す岩は、そうして放たれた余剰エネルギーの一部が固形化したものだ。その元はワン太の持つエネルギーであり――故に、彼はそれを自在に操ることができる。

 

 ――照準。

 

 紅に染まるワン太の眼光が、迫りくるレインボーロケット団員たちを捉えた。

 アスファルトを踏み締める足に力を込め、「その時」を今か今かと待ち構える。

 狙いは、視界に映る全ての物体。

 

 ルガルガンという種のポケモンは、元来強い狂暴性を持つが、特に夜間に進化して「まよなか」の姿となったルガルガンにその性質が強く表れるようになる。対して、「まひる」の姿のルガルガンは、主人に対する忠誠心を強く表すようになり、群れというものを強く意識した性質を備えている。

 他方、昼と夜が交わる瞬間にのみ放たれる特殊な光――グリーンフラッシュに含まれる特異な波長を受けて、「まよなか」と「まひる」の中間という特殊な形態となった「たそがれ」のルガルガンは、内に強い狂暴性を秘めながらも、それを適宜コントロールしている。

 

 そして今。ワン太は、その内に秘める野生を剥き出しにし、アスファルトが抉れんばかりの勢いで飛び出した!

 

 

「――『ラジアルエッジストーム』!!」

 

 

 そして、ワン太の最も信頼する主人の後押しと共に、Zクリスタルがその輝きを強めた。

 

 景色が流れる。流星の如く、岩塊――余剰エネルギーが放たれる。

 一秒と経たぬ間に敵陣の最前線へと到達したワン太は、犬歯を剥き出しにして再び吼えた。

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオォォンッッ!!」

「――――構えろォッ!!」

 

 

 縦横無尽――慣性の法則すら関係ないとばかりに動き回るワン太は、手当たり次第に「敵」へとその爪牙を向けた。

 最前列。ドガースの噴煙口を前脚で砕き、団員の腹を頭部で打ち据えながら、頭部を軸に回転。宙返りのような格好でデルビルの頭部に爪を叩きつける。瞬時に回転――真横にいる黒服の団員をなぎ倒し、突き飛ばし、邪魔をするポケモンがいるのならば噛み砕きながらただひたすらに前へ進む。

 

 竜巻か、あるいは嵐のような暴威が過ぎ去るのには、数分も要しなかった。

 一分か、あるいは二分か。たったそれだけのことだと言うのに、最前列に陣取っていたレインボーロケット団員、その多くが地を舐め、倒れ伏していた。

 

 

「子供のくせに……化け物が!」

「だが……」

「ははは、これで終わりか!」

 

 

 ――だが、倒せたのはあくまで「一部」である。

 この場で数十人もの団員を倒せたのだとしても、数百人は存在しているレインボーロケット団側は、未だ一割ほどの損害しか出ていない。

 

 そして何より、ワン太はこの攻撃によって全ての体力を使い果たしていた。

 

 

「ワ、グゥ……」

「戻れ! ……ゆっくり休んで」

 

 

 沈痛な面持ちで、ヨウタは隣に戻ってきたワン太をボールに戻した。全力という全力を超えて放たれた一撃は確かに効果を発揮した。普段と同じように敵陣に大穴を開け――しかし、体力の消耗によってワン太自身も「ひんし」に追い込まれてしまったのだ。

 ヨウタは新たに他四つのボールを取り出し、放る。姿を現したのは、昨晩治療を施したばかりで未だ傷の癒えていない四匹――ライ太、ラー子、ミミ子、クマ子だ。

 その間に、地上に降り立ったジュナイパー……モク太が、ヨウタへと指示を仰ぐようにして視線を送る。

 

 一瞬の逡巡。しかし、答えは既に決まっている。

 

 

「――僕たちが逃げたら、誰も守れない。ここで、全員倒そう」

 

 

 ポケモンたちは咆哮し、ヨウタの求めに当然のように応えた。

 

 

 

 〇――〇――〇

 

 

 

 戦場となった沿岸沿いの大通りより数十メートルほど離れた場所に、レインボーロケット団の指揮官の姿がある。

 レインボーロケット団幹部、ランス。

 六組織の統合より前の旧ロケット団においては、「ロケット団において最も冷酷」と評され、恐れられた男である。

 

 彼は、ヤドンの尻尾の取引やその他違法アイテムの斡旋・仲介といった手段で財を築き、ロケット団に大きく貢献したことで、下っ端から幹部へと大きく昇進を遂げた人間だ。しかし、ポケモンバトルに強い適正を持たない彼は、実のところ幹部という枠組みの中では冷遇されている立場でもあった。

 そのルックスもあって女性団員からの支持はあるものの、部下からはやっかみ半分で見られ、先に幹部となった先達からは白眼視される。オマケに、他の組織と統合したことで幹部の数も増加。他の組織の幹部はその立場に違わぬ実力を備えており、ランスは更に肩身の狭い立場に立たされていた。

 

 そこへ今回の襲撃である。ランスにとっては初の、そして、ボスから直々に任された「幹部」としての仕事だった。

 

 

「所詮は子供。それも手負いで、一人きりです。囲んで潰してしまいなさい」

『ハッ』

「攻撃の手は一切緩めないよう。彼もいずれは体力が尽きます。その機を逃さず、確実に始末しなさい」

『ハッ!』

 

 

 ランスは、少なからず高揚していた。

 偉大なるボス、サカキからの直々の指令であることもそう。旧ロケット団幹部を示す白い制服に袖を通したこともそう。

 とかく低く見られていた自分が「幹部」であることを示すことのできる絶好の機会だ。彼の精神状態は、未だかつてないほどに最高潮だった。

 

 

「ふん……突出した戦力など、必要無いのですよ」

 

 

 他の幹部の才覚へ僅かな嫉妬心を滲ませながら、ランスは双眼鏡を覗き込む。

 今、ランスの視線の先で足掻いている少年がトレーナーとして優秀であることは、疑いようのない事実だ。ポケモンもよく鍛えられていて、万全の状態の時に真正面からぶつかれば勝てる見込みは無い。

 しかし、傷つき疲弊している今ならば、大した苦労も無く勝つことができる。回復の暇もないほどに間断なく攻撃し続ければ、遠からず少年は力尽きるだろう。

 

 ランス自身前に出る必要は無い。無暗に前線に出ればそれだけリスクが発生する。万が一指揮系統が乱れてしまえば、ヨウタにつけ込む隙を与えることになる。確実な排除を命じられた身として、それだけは避けなければならない事態だった。ヨウタさえ始末してしまえば、他は有象無象の一般人だけなのだから。

 

 

「おや」

 

 

 趨勢を見守るランスの耳に、ビリリダマが「じばく」する心地よい音が聞こえてきた。

 巻き込まれたフライゴンが地に墜ち、群がったポチエナたちが次々と「かみつく」。ひんしの状態に陥ったフライゴンを少年が回収するも、次いでズバットの群れがミミッキュを襲った。

 

 ミミッキュの特性は「ばけのかわ」。ミミッキュは、ピカチュウの被り物を身に着けているある意味異質なポケモンだが、本来のミミッキュは、ピカチュウの被り物のおおよそ半分程度の大きさしか無い。故に、「ばけのかわ」とは、胴部に攻撃を受けた時には頭部へ。頭部へ攻撃を受けた時には胴部へと避難することで、一度だけ、相手の攻撃を受け流す特性でもある。

 しかし、ミミッキュの「ばけのかわ」は非常に剥がれやすい。どれほど弱いポケモンの攻撃だとしても一度受けただけで壊れ、ミミッキュ本体の位置を特定できるようになってしまう。

 ランスの指揮するレインボーロケット団員は、精強ではなくとも数だけは多い。そうなれば、防御能力の低いミミッキュは連続で攻撃を受け、「ひんし」となってしまう。

 

 これで二匹。

 

 しかし、その二匹を倒すまでの犠牲は大きい。連れてきたメンバーのおおよそ半分が倒されている。

 ランスは軽く舌打ちをした。彼の想像よりも、遥かにヨウタは腕が立つ。

 だが、ここまで来れば消耗の度合いも知れるというものだ。

 

 

「総員、ビリリダマを『じばく』させなさい」

『は……ハッ!』

 

 

 ――――「弾」はいくらでもあるのだ。

 

 ロケット団で最も冷酷な男、ランス。彼はたとえ相手が子供だろうと容赦することは無い。手駒をいくら使い潰そうとも、心は痛まない。

 その姿勢は――ある意味では、最も作戦の「詰め」に適した人材と言える。

 

 

「しかし、存外粘りますね」

 

 

 「じばく」を続けるビリリダマの群れを、しかしヨウタのポケモンたちは冷静に切り抜けていく。

 元々ジュナイパーはゴーストタイプ故に効果が無い。が、ハッサムとキテルグマは別だ。それでも倒れないのは、それだけ彼らが場数を踏み、鍛えられているということである。

 

 ノーマルタイプのわざが効果を発揮しないジュナイパーが、状況に応じて「かげうち」などを用いてビリリダマを吹き飛ばす。

 効果が今一つであるハッサムが、技の冴え(テクニシャン)を活かして自爆するよりも前に仕留める。メガシンカができないほどに疲弊しているにも関わらず、その動きに乱れと衰えは無く、まるで隙が無いように感じられる。

 キテルグマは、ごく自然のことのように二段ジャンプを披露してゴルバットを撃墜――なんだあれはちょっと待て。ランスは自らの目を疑った。

 

 頭から落下するその先に敵の姿があれば、頭突きを見舞って地面に埋めていく。吹き飛ばした団員の背に乗って突撃し、別の団員やポケモンに叩きつける。あれは果たしてポケモンの枠組みに入れても良い存在なのか? ほんの少しだけ考えて、ランスはその思いを打ち切った。

 世の中には、必ずしも道理に沿わない、なんというかバグめいたポケモンが存在するものだ。アレもそういうものだ。考えるだけ無駄である。

 

 ――ランスは優秀な人間だったが、想定外の事態にはそこそこ弱かった。

 

 

「――――……予定は変わりません」

 

 

 たっぷり数秒使って、彼は気を取り直して前に出た。

 その右手にはホロキャスター。抵抗を続けるヨウタを前に、彼は最後の「詰め」に入ろうとしていた。

 

 

「そこまでです」

 

 

 戦闘の中心へ向けて、ランスが呼びかけた。途端に、ピタリと戦闘音が止む。自然と下っ端たちが道を開け……この戦いにおいて初めて、ランスと少年(ヨウタ)が顔を合わせることとなった。

 

 

「おまえは……」

「私の名はランス。この襲撃の手引きをさせていただいた、レインボーロケット団の幹部です」

「…………!」

 

 

 ヨウタは思わずその姿を睨みつけていた。この男が――そう思うと、自然と力が入る。

 クマ子へハンドジェスチャーで指示を送って攻撃してもらおうとし、

 

 

「迂闊なことはしない方が良い」

 

 

 その言葉を聞いて、ヨウタは手の動きを止めた。

 

 

「何の用意も無く、ただ『なんとなく』でここに来たと思っているのですか? 子供らしい甘い考えだ」

「……何を狙っている? いや、何をしたんだ……?」

「あの街の逆側に数名、団員を配置しています。あとは、私が指示を出すだけで彼らが街へとなだれ込む」

「――――!」

 

 

 ――――人は、ポケモンには勝てない。

 

 それは生物としての構造が異なることから来る、当然の結論だ。ヨウタもそれを理解していないわけではない。

 同じくポケモンを持つことが、ポケモントレーナーを敵に回した時に打てる最も有効な手段になるのだが……今、あの街でポケモンを持つのはアキラだけ。それも、まるでバトルを経験したことが無いようなポケモンを二匹だけ、だ。

 彼女がどれだけ工夫をこらそうとも、負けん気が強かろうとも、大きなレベル差と数の力を覆すのは不可能だ。

 

 

「やめろ!」

 

 

 ヨウタは叫びながら、自身の不手際を呪った。

 せめてクマ子を置いてきていれば、このような結果にはならなかっただろう。

 けれども、それはできなかった。自信があったことも確かだが、何より、敵の総数や質が分からない状況では、戦力を分散することが憚られたというのがある。

 

 ――彼が得意としているのは、あくまで「ポケモンバトル」だ。単独の戦闘であれば、歴代の図鑑所有者のように、絶大な能力を発揮できるだろう。

 ヨウタと僅かでも「戦い」になり得るのは、今のところ幹部格以上から。彼らですら足止めになるかという程度のものだ。六人のボスが本気で戦った時、ソルガレオ抜きでも食らいつける程度には、彼はバトルの天才と言えた。

 十代前半という幼さでありながら、ここまでの評価を得られること自体がまず破格だ。戦術的に見れば、一つの戦場の勝敗が彼の存在によって左右されてもおかしくはない。

 

 しかし――戦略単位で見た時、ヨウタはあくまで「一戦力」以上の扱いは受けられない。

 レインボーロケット団の目標は、四国全土だ。対してヨウタは一人きり。全ての街を守る……どころか、一つの街でさえ、包囲されれば守り切ることはできない。

 伝説のポケモンがいるならば話は変わるが、その伝説のポケモン(ソルガレオ)も今や休眠状態。これでは、手の打ちようがない。

 

 ヨウタは若すぎた。駆け引きというものを知らず、ただ目の前の敵を倒せば良いと思っていた。

 彼の失敗は、経験不足と、周囲と相談するための時間が足りなかったことの二点に尽きる。

 

 

「やめるかどうかは、お前次第ですよ。投降すれば、考えても良いでしょう」

「――――」

 

 

 ヨウタは一瞬、その言葉に応えられなかった。

 投降する……つまりは、降参する。そんなことをしてしまえば、あの街に住んでいる人たちは――。

 

 

「どうしました? 『やれ』と言ってほしいんですか?」

 

 

 ――されど、選択肢は、無かった。

 

 

「ポケモンを全てボールに戻しなさい」

「………………分かった……」

 

 

 血を吐くような思いをしながら、ヨウタはゆっくりと――抵抗の意思を示すように、クマ子、モク太、ライ太の順で三匹をボールへと戻していく。

 砕けんばかりの力で歯噛みするその姿からは、無念と怒りがにじみ出ていた。

 

 

「ボールに戻したポケモンをこちらに渡しなさい」

「…………ッ!!」

 

 

 精一杯の怒りを湛えた視線を送るも、ランスはどこ吹く風だ。いや――むしろ、彼はそれを、初夏に吹く微風のように心地よく感じていた。

 所詮は、敗者が間抜けを晒しているだけのことだ。奪い取るようにしてボールをもぎ取り――そして、ランスはホロキャスターのスイッチを入れた。

 

 

「あっ!?」

「――総員、攻撃を開始しなさい」

「そんな、汚いぞ!! 僕は言うことを聞いた!」

「私の言ったことが聞こえてなかったのですか? 『考える』と、そう言ったのですよ。このような子供だましに引っ掛かるなど、言語道断もいいところですねぇ」

「この……人でなし!!」

町々を襲いつくせ(Raid On the City)撃ちのめせ(Knock out)悪の牙達よ(Evil Tusks)。それこそが我々の理念ですよ」

「ランスゥゥゥ!!」

「拘束なさい」

「ハッ!」

 

 

 バッグへと手を入れて、何かを取り出そうとしたヨウタの機先を制し、レインボーロケット団員が彼を拘束する。

 

 これで最早恐れるものは無くなった。思わず、ランスの口元に笑みが浮かぶ。

 再び、彼はホロキャスターへ目を向けた。襲撃班からの返答が無かったためだ。

 

 

「返事はどうしました? ああ、そうそう。サカキ様からのご命令です。あの白髪の」

『ら、ランス様! お助けください!』

「――――何です?」

 

 

 ――次の瞬間、ホロキャスターは襲撃班の惨状を映し出した。

 青あざを作って昏倒する団員。火に包まれ転げまわる団員。倒れ伏して痙攣している団員。その中にあって無事なのは、連絡を送ってきている一人だけだ。

 

 

「……な」

『ギャアアアアアアッ!』

 

 

 何があったのですか。そう問いかけようとした瞬間、ランスは団員の身体が雷撃に打たれるのを見た。

 残影のように瞬く紫電が、その強さを物語る。電気に侵され壊れたらしいライブキャスターは映像を送ることができなくなり、やがて砂嵐だけを映し出すようになった。

 

 一瞬の沈黙が場を支配する。その直後、ランスの耳に、ノイズ交じりの小さな声が聞こえてきた。

 

 

『――――そこか』

 

 

 知らず、底冷えを感じるような怒りの込められた一言に、彼は一瞬思考を止めた。

 

 ――――再三になるが、ランスはロケット団で最も冷酷と恐れられた男である。

 それは、冷静と評されるほどに動じないわけではなく、冷徹と評されるほどに感情を捨てた采配ができない、という意味でもある。

 それ故に、彼は即座に判断を下すことができなかった。自分たちは圧倒的に有利なはずだ。だというのにどこへ逃げる必要がある。きっとこれは何かの手違いだ。

 

 

「ゴルバット!」

 

 

 そう考えたランスは、自らの手持ちポケモンを繰り出し、その口にカメラを咥えさせた。

 目的は上空からの偵察だ。強く命じると、ゴルバットは急ぎ足で現場へと向かって行った。

 

 一分、二分。上空を行くゴルバットの送信してくる映像には、あまり変化が見られない。

 三分。現場までまだたどり着かないのか――とランスが焦れていると、その時、映像に変化が起こった。

 

 逆行しているのだ。

 

 

「……は……?」

 

 

 まるで映像を巻き戻すように、ゴルバットの送ってくる画面が逆転している。元へ、元へ――元の場所へ。ランスたちがいる、海沿いの道へ。

 

 

「どういうことですか!?」

 

 

 あまりの意味不明さに、思わずランスも叫び出していた。

 何が起きているというのだ。鳥ポケモンの姿は無かった。ならば何故? 疑問符が次々と頭に浮かび、しかし自らでは答えを出すことができない。

 

 やがて、その問いに答えたのは――――上空から降ってきた一筋の雷光(渾身の右ストレート)

 

 

 刀祢アキラの拳(・・・・・・・)だった。

 

 

 黄色い毛玉(バチュル)を頭に乗せ、内心の怒りを隠しもせずに表情に映す彼女は、蜘蛛糸で拘束したゴルバットを思い切り団員に叩きつけ、全身から紫電を迸らせる。

 普通の人間にはありえないその姿に、全団員がドン引きと困惑の表情を浮かべ、ヨウタは呆けたように目を丸くしていた。

 

 

 ――――時に。

 

 レインボーロケット団員は元より、ヨウタすらも知らない事実が、アキラにはある。

 

 アキラは二年半ほど前に、原因不明の女性化を経験した。

 あまりにオカルト。あまりに非現実。だが、異常はそれだけに留まらない。

 

 腕を振り下ろせば岩が砕ける。

 脚を振り上げれば海が裂ける。

 掌底が音の壁を突き破り、手刀が空気を切り裂き、震脚が地を揺らす。

 

 アキラの肉体は、女性化すると共にそれまでのものと比にならないほどに強靭に、頑強になった。

 即ち。

 

 

 ――――刀祢アキラは、強化(かいぞう)人間である。












〇読み飛ばしてもあんまり問題無い小さめの伏線らしきもの一覧

1話
・ポケモンの電撃を受けて何ともない
・数メートル吹き飛ばされて無傷

2話
・コスモウム(1t)を波打ち際から動かす
>どうやら力を入れすぎてしまったらしい。
・力加減がよく分かっていない

4話
>まだサカキは画面の向こうだ。あの顔面に拳を叩き込むには遠すぎる。
・サカキが出てくれば殴れるとわけもなく確信している

5話
>「殴る蹴るくらいできらぁ!!」
・少なくともそれ一本でなんとかできるかもしれない程度の自信があった
>ミュウツーの圧倒的な力を思い出す。
・ミュウツーを最初に見て基準にしてしまったので若干及び腰
・逆に言えばミュウツーさえいなければ何とでもなると思っている
>火と、電気。それに糸。これだけ使えるなら色々なことが考えられる。
・一般人はそれだけでどうもこうもできるものじゃない


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