「…てことがあったんだよ」
一通り涼太に昨日起きたことを伝え終えると俺をかわいそうなやつでも見るような目で視線を向けてきた
「妄想もそこまでいくとたくましいな」
「妄想だと思うか…俺がここまで真剣に話しているのに」
「まず、その女の子がカードキーもなしにうちの会社のセキュリティを掻い潜って侵入することがありえない」
それは俺も思ったよ
「物品庫に入るのだってこの部屋を通らなきゃいけないんだからお前が気付かなかったのも不自然だろ」
それもそう
「日頃の激務で疲れが貯まって癒しを求めるあまりに美少女の幻覚を見たのかもしれないな」
それだけは否定したい
「部長か課長の娘かとも考えたけどあの時間に娘を会社に置きざりにして帰るような人達じゃないし、そもそも娘はいないらしいし」
「伊西が本気で焦ってるのは見ていておもしろいな」
「俺が本気で焦っていることが伝わっているのなら話の信憑性も増してくるだろ」
「そうだなその美少女を俺に紹介してくれるのなら信じてやってもいいかもな」
「やめとけ出会い頭の挨拶で異世界からの来訪者を自称する痛い女の子だぞ、お前じゃ相手がつとまらん」
「それは会って話してみないと分からないだろ?」
その自信はどこから来るんだ
まぁアストルフォなら誰にでも簡単に懐きそうではあるけど
「アストルフォって名前も気になるな、フルネームは聞いたか?」
「聞いたけど知らないの一点張りだった、多分出生もよく分かってないんだと思う。シャルルマーニュがどうとかって言ってたがさっぱりだ」
「シャルルマーニュ……それってフランスの叙事詩に登場する騎士の名前じゃないのか」
俺がシャルルマーニュという単語を口にすると涼太が反応した
「フランス…じゃああいつはフランス人なのか…ていうか叙事詩ってなんだ?」
「俺も詳しくはないけど簡潔に物語調で歴史を語った長めの詩みたいなものかな、フランスだと武勲詩っていわれてる」
「その歴史を綴った詩の中にアストルフォの名前が出てくるのか?」
「アストルフォって名前が出てくるかは分からないけどシャルルマーニュは実際に詩の中に出てくるはずだ、聖剣デュランダルとかゲームでよく見る武器もそこからきてる」
そういえばこいつは見た目の割に重度のゲーマーなんだ
偏った知識もゲームから培われたものなんだろう
「伊西の口から武勲詩の登場人物である騎士の名前が出てくるとは思わなかったな、その美少女の存在ももしかしたら本当かもしれない」
「だから本当だって言ってるだろ」
「いや実際にこの目で確認するまでは信じないね」
埒が明かないな、どうやら俺と美少女が知り合いだという事実を受け入れられないらしい
◇
日中の業務に一旦区切りをつけタバコ休憩に向かおうと席を立つと俺のデスクの子機に内線が入った
「はい、広告課の伊西です」
「フロントの者ですけど伊西さんにお客様がお迎えに来ておりますので対応お願いできますか?」
「わかりました、今行きます」
「こんな時間に誰だろうな」
通話が聴こえていたのだろう、涼太が話しかけてきた
「多分今回の案件の関係者だろ、相手方もまだうちの会社に全信頼を置いているわけじゃないだろうから視察がてらの挨拶ってとこだな」
「大変だねぇ…そんな伊西を見送りがてら俺はそろそろ外回りに行くとしますか」
「俺からすれば外回りの方が大変そうに見えるけどな」
仕方ないタバコは後にしよう
ちょうどお昼も過ぎて夕方近い時間帯だしフロントのお客様の相手をしていれば就業時間だ、今日はそのまま帰るとしよう
涼太と二人でエレベーターに乗り一階に降りてフロントへと向かった
すると
「あ!いたー」
なにやら入り口の方から元気な女の子の声が聞こえた
しかもその声を俺は知っている
つい昨日出会ったアストルフォとかいう頭のおかしいフランス人だ
「お前なんでここに…うわっ」
どーんと俺の胸に飛び込んできたアストルフォを俺はなんとか抱き止めた
「なかなか帰ってこないから迎えにきちゃった☆」
………こいつ、このアホは朝の約束をもう忘れてしまったのか
「迎えなんて頼んでないぞ」
「頼んでいなくともボクは自分のしたいことをしたまでさ」
「やりたいことやってたら人様に迷惑がかかるだろうが…お前に理性はないのか」
「ないね!」
言いきるなよ、頼むから
「おい伊西その女の子はいや美少女はいったい」
隣を歩いていた涼太に一部始終を見られていた
開いた口が塞がらないとはこのことだ
あんぐりと間抜けに口を開けて俺とアストルフォを交互に凝視している
「はじめましてボクはシャルルマーニュ十二勇士の1人アストルフォだよ♪よろしくね」
そんな同僚に元気に挨拶と自己紹介までしているアストルフォはえらく機嫌がいいらしい、満面の笑みを浮かべている
「どうも秋月 涼太です。よろしくお願いします」
「なに真面目に返してるんだよ、ていうかもういい加減離れろ」
未だに俺の胴体にコアラみたいにしがみついているアストルフォを無理矢理ひっぺかそうとしてみるも意外と力が強いのかなかなか剥がせない
「いやだー!ボクはマスターと一緒に帰るんだー!」
「ふざけんな!俺まだ仕事残ってるからこんな時間に迎えにこられても帰れないんだよ」
このままでは埒が明かない
そしてさっきから周囲からの視線が刺さること刺さること、なんの騒ぎだと通行人までもが足を止めて俺達のやり合いに注目している
「とりあえず一旦外に出よう」
「帰るの?」
「帰らない!けどここにいると人目を集めるからどっか適当な喫茶店に行くぞ」
「わかったー♪」
喫茶店という単語にあからさまに喜んでいやがる
あっさりと抵抗するのをやめたアストルフォの手を引いた
「おい伊西、外出届け出しとくか?」
「悪い頼む」
「わかったよ」
俺の動揺っぷりになんとなく察してくれた涼太は後始末を『仕方ないな』と言いながら引き受けてくれた
涼太には明日昼飯を奢ろう
場所が変わって会社から徒歩5分で到着する喫茶店に俺とアストルフォは向かい合う形で座っている
「なんできた?」
「だからマスターを迎えに来たんだよ」
悪気はないのだろうが意識がないのも問題な気がする
こいつには理性を教えなければいけないらしい
「あのなぁせめてこれから向かうとか連絡入れられなかったか?」
「無理だよだってボク電話持ってないもん」
…まぁ持ってないなら仕方ないか
「会社には来ないって約束したじゃないか」
「だってマスターが遅くならないっていうから待ってたけど、お昼過ぎても帰ってこないから心配になっていても立ってもいられなくなって気付いたら家を飛び出してたんだよ」
…まぁ帰る時間を詳しく伝えていなかったな
先程まで笑顔だったアストルフォはしょんぼりと俯いて表情を隠している
端から見れば大人に説教されてる女子高生だ
あまりいい画ではない
「悪かったよ、確かに俺の言葉足らずだったな」
俺が謝るとばっと顔を上げて再び笑顔になる
実に単純なやつだ
「だが迷惑なものは迷惑だ」
はっきり言ってやった
「ガーン…そんな…」
よよよと体を倒してまた俯くアストルフォ
今日日ガーンって声に出して言うやつがいるんだな
「心配してくれたことも、迎えに来てくれる心遣いもありがたいけどはっきり言うとありがた迷惑だ、朝にも言ったが会社は子供が遊び目的で来る場所じゃないんだよ、それに俺は毎日家と会社を往復しているんだから心配しなくてもちゃんと1人で帰れる、迎えも必要ないよ」
「そんなにはっきり迷惑って言わなくてもいいじゃないか」
いかにもな演技でしおらしく気分を落としている様子だ
コロコロと表情を変化させて喜怒哀楽が世話しなく入れ替わっている様子は見ていて少しだけ面白い
「まぁ今日は俺の配慮が足りていなかったのもあるから許す。だが二度目はない」
俺はコーヒーを飲み干すとアストルフォに精一杯の睨みを効かせた
「…マスター」
「なんだ?」
「会社には入らないからここで待っててもいい?」
ずきりと胸が痛む
その顔はずるいのでやめてほしい
倫理的に考えて俺の言っていることに間違いはないはずなんだけど罪悪感が残ってしまう
「いや、まだ仕事が終わるまで3時間以上あるからここじゃなくて家で待ってなさい」
「それって命令?」
急になんだ
「別に命令ってほど従わせるつもりもないけどできるだけ俺の言うことは素直に聞いてくれると助かる」
「わかったよ、じゃあ言うことを聞く替わりにボクにご褒美を頂戴」
褒美だと、約束破ったやつがどの面さげて報酬を求めているんだ
と言いたいところだけどそれでこのアホの欲望を抑えられるというなら安いかもしれない
まぁ聞くだけ聞いてみよう
「褒美って例えばどんなことすればいいんだ?」
「えーとそうだな急に聞かれると迷っちゃうなぁ」
うーんと頭を傾けて考えるアストルフォを眺めながらアイスコーヒーを飲んでいるとポケットの携帯が震えた
涼太からのLINE通知だ
『外出届け出しといた』
俺はすかさず『ありがとう』と返すとすぐに涼太の方からも返信がきた
『礼はいらん、そのかわり説明はさせてもらおう』
『だいたいの説明はさっきしたぞ』
『俺だけじゃなくて他の同僚とか柚希さんにもしといた方がいい』
当然だろう、外出届け出したのならその理由も明確にして会社に報告しておかなければいけない
個人的に不利になりそうな部分はうまく誤魔化しつつそれとない理由づけをして報告しておこう
『わかったいろいろとすまん』
『明日の昼飯で』
『了解』っと
手早くメッセージを打ち終わり再び携帯をポケットに戻そうとするといつの間にか隣に居座っていたアストルフォに携帯を持っている手を掴まれた
「これ!ボクもこれが欲しい!」
携帯を指差して意気揚々と懇願している
どうやら褒美にスマホをご所望らしい
「これがあればボクもマスターにいつでもどこにいても連絡がとれるよね?」
「そうだな…今後のことを考えてもお前に携帯を持たせるのは得策かもしれない、今日みたいな行き違いもなくなるだろうし…」
「じゃあ決まりだ♪」
お前が決めるな
俺の金で用意するんだから最終的な決定権は俺にある
「携帯は近いうちに用意してやろう。そのかわりアストルフォは俺との約束を遵守するんだぞ」
「うん!守る守るよ♪わーいありがとう!」
そうやって喜びながらまた俺の胴体に抱き付いてきた
だからそうやってむやみやたらに密着しないでほしい
喫茶店内でも周囲からの視線を感じるのだ