アストルフォと喫茶店で分かれた後は大変だった
まず会社に戻ると周囲からの興味からくる圧力にさらされた
ロビーでの騒動がすでに会社全体に広まっていたらしい
俺が所属する広告課にも噂話が届いていた
俺はすぐさま上司と同僚達に謝罪をしつつアストルフォとの関係を説明した
最終的に俺とアストルフォは親戚同士という関係でアストルフォは今年高校を卒業して大学生になったばかりの女子大生ということになり、まだ都会の生活に慣れていない彼女の生活住居の工面を俺がみている(という設定)
まぁ大まかな説明だったけどおよそこんな感じだ
会社に来てしまったのは俺が生活費を渡し忘れていたので取りに来たということにしておいた
ここまで説明すれば大抵の人は納得してそれ以上は質問してこなかったけれど柚希先輩だけはしつこく俺に何度も質問をぶつけてきた
どうやら柚希先輩は俺とアストルフォのやり取りをロビーで直接見ていたらしい
「親戚にしては妙に懐きすぎじゃないかしら、普通公衆の面前で抱き付いたりするものなの?」とか
「この間まで女子高生だった女の子と寝食を共にするなんていくら親戚といえど倫理的にアウトじゃないかしら」とか
「いつも仕事に追われている伊西くんが女の子一人の面倒をみれるの?」とかなんか私生活と仕事と同時にダメ出しされたみたいで少しだけ凹んだ
なにもそこまで言わなくてもいいじゃないか
俺は柚希先輩からあまり信用されていないのかもしれないな
まぁ最終的には柚希先輩も渋々といった感じで納得してもらって「なにかあれば相談してね」と優しく言葉をかけてくれた
なんだかんだで優しい人である
涼太には建前として他の同僚達と同じ説明をした後に再度本当のことを説明した
こちらも納得させるのに時間がかかったけど実際にアストルフォと話しもしているのだから信じさせるのはそこまで難しくなかった
仕事を終えて俺は足早に家に帰った
ちゃんと家に帰れているか、どこかで迷子になっていないかどうしても心配になる
そういえばあいつはどうやって会社まで来たのだろう
昨日は会社から家まで一緒に帰ったとはいえ夜道で風景も分かりづらかっただろうし、一度通っただけではなかなか覚えにくいと思うのだが意外と土地勘はいいのだろうか
帰り道にコンビニに寄って弁当、飲み物、インスタント食品等の食料を両手が塞がる位多めに買った
家の冷蔵庫にも食材が無いわけではないけど帰ってから料理をするのは正直面倒臭い
まったく自炊をしないわけではないけど平日の仕事終わりはどうしても家事をする気が起きない
アストルフォも腹を空かせているだろうしこれから数日は我が家に居座ることを考えると買いすぎってことはないだろう
まぁ健康的な面を考慮するならコンビニ弁当とかインスタント食品は避けてなるべくなら手料理を作ってやった方がいいのかもしれない
しかし当然というか残念ながら男の一人暮らしで培うことができる料理スキルには限界がある
味もバリエーションも貧困なのだ
年頃の女の子が満足する食事を用意してやる自信がない
エレベーターで自分の部屋がある3階まで上がる
扉の前まで来てカギを開けようとポケットをゴソゴソと探す。
両手のコンビニ袋のせいでうまくカギを取り出せずにいると扉の向こうからドタドタと人が慌ただしく走ってくる音が聞こえた
バターンと勢い良く扉が開かれ咄嗟に後退りする
「おかえりー!」
本当に元気があることよ
アストルフォのテンションは昼夜問わずいつだって全力全開らしい
「ただいま」
「びっくりした?ねぇマスターびっくりした?」
得意気にサプライズでも仕掛けたかのようなドヤ顔だ
「あぁかなり驚いたよ」
「そうは見えないよ」
「疲れてるとリアクションも取れなくなってくるものだ」
「マスターはどうして疲れてるんだい?」
この発言を本気でしているのだとすればかなりの図太さだろうな
「仕事した日は大体こんなもんなんだよ」
「そっかぁそれは大変だね」
他人事のようだけどお前のせいでもあるんだよとは言わなかった
済んだことに固執していても疲れるだけだし
「マスターこれなに?これなに?」
両手一杯の手荷物を見て気になったのだろう
「飯だよ、お前の分もあるから持ってくれ」
「本当に!ありがとうマスターボクに任せてくれ♪全部持つよ、なんでも持つよ!」
半ば強引に俺の手荷物を奪っていきさっそうとリビングへ走っていった
マンションなんだからあまり大きな物音は控えてほしいものだ
「マスターこれ美味しいね」
「ん…あぁ…美味いな」
「これも食べていい?」
「どうぞ」
「これも飲んでいい?」
「いいよ」
「ありがとう♪」
リビングの小さいテーブルに俺とアストルフォは向かい合う形で座って夜飯を食べている
食事中の会話にたいした内容もなかった
俺の反応が無愛想なのが大きな原因なんだろうけど、アストルフォも食べる方に夢中で必要以上に会話を弾ませようとはしていないようだ
よほどお腹が減っていたのかアストルフォの食べる量が凄まじい、やはり年頃だと食欲もそれなりにあるのだろう
「随分食べるな、昼はなに食べたんだ?」
俺がなんのけなしに聞いてみた問いに対してアストルフォは当然のように答えた
「なにも食べてないよ」
「は?」
「昨日マスターが作ってくれた料理食べてからはなにも食べてなかったよ」
「なんで…食欲なかったのか?」
「そんなことないよ、マスターを迎えにいった時はもうお腹が空いて大変だったんだよ、もう少しで倒れるところだったかも」
冗談のように言ってるけどこちらとしてはあまり面白くない冗談だ
「腹が減ってたなら今朝渡したお金で好きなもの食べればよかっただろ、なぜ夕食まで我慢したんだ」
「マスターが今朝くれたお金って使ってよかったの?」
「あたりまえだろ」
使ってもらうために渡したのだから使っていいに決まってる
「だってこのお金ってマスターがボクに自分の家に帰ってもらうために渡したお金なんだからそれ以外のことで使ったらいけないんだよね?」
アストルフォは上着のポケットから折り畳まれた一万円札をとりだし、胸の前で広げてみせた
「いや俺は道中の食費とかも考慮して渡したつもりで……つーかお前ひょっとして会社まで歩いて来たのか?」
「そうだよ」
「……まじか…」
ここから会社まで徒歩で行くとなると相当な距離を歩くことになるぞ、おそらく15キロ近くはある距離をこいつは電車やタクシーの交通手段を用いずに往復したことになる
しかも飲まず食わずで
「マスターどうしたの?」
考え込んでいる俺を心配して顔を覗き込んでくる
そういえば先程から食べてもいい?とか飲んでもいい?とか食事の前なんて座ってもいいの?とかいちいち俺に許可を求めてきていた
こいつは俺の許可がないと食事を取ることもしないのか
渡したお金も自分のためには使わずに俺が指示した用途でしか使おうとしないなんて…そこまで忠実なら勝手に会社に来てほしくなかったなぁ
「あのなアストルフォ。腹が減ったら我慢せずに食べろ、いちいち俺の許可とか取る必要もないんだ、渡したお金も自分の使いたいように使ってくれて構わないから」
「………」
一万円札を広げたまま黙り込むアストルフォに俺はさらに言葉をかける
「お前はお前で色々な事情があるんだろうけど、年頃の女の子なら多少のわがままを言うのが普通なんだよ」
「マスターっていい人なんだね」
「いい人っていうかそれが普通だからな」
「ボクがいた時代にはそんなこと言ってくれる大人は多くはなかったよ」
「なんだそれ、まるで自分が現代人じゃないみたいな言い方だぞ」
「そうだね、ボクは今現在この時代を生きる人達とは違う時代の人間だからね」
またおかしなことを言い出した
異世界人の次はタイムスリッパーか?
「お前は次から次へと面白い言動ばかりで聞いてて飽きないな」
「ボクもマスターと話しているととても楽しいよ、なんだか安心するんだ」
安心か…褒め言葉として受け取っていいものか悩ましいけどきっとこいつは悪意を持って発言していないだろう
心の底から純粋に思ったことをそのまま口にしているだけだろうさ
「とにかく、これからはやりたいことがあればなんでも相談してくれ、金銭面での援助も言いにくいのかもしれないが遠慮はいらないから」
「じゃあじゃあマスターさっそく相談があります」
元気よく手を挙げたアストルフォ
飯粒が頬についたままだ
「明日もマスターのいる会社についていきたい♪」
「却下にきまってんだろ」