捏造設定あり
『さァ行こうぜ…準決勝!
マスコミ共、見てるかァ!?どっちも話題性グンバツの生徒達だぜエ!!』
『炎と氷両方使えるとか強過ぎるよキミィ!
A組、轟焦凍!』
『対するはァ…
同じく炎の個性!負け知らずのA組女帝!龍征みか「女帝は止めて下さい」えっご、ゴメン…
お、女番長龍征帝ォッ!!(こ、コエー!?)』
大歓声の中、リング上に向かい合う轟焦凍と龍征帝。帝は相変わらず緊張感の無い笑みを浮かべたままだが、対する轟は何処か上の空で、心此処に在らずと言った感じだ。
「…………」
「睨まなくなったと思ったら今度は目も合わせなくなった…そんなに私嫌われてるのか?」
「…いや、違う。」
「まあいいけどさ。
それで左は?使わないの?」
「…分からねえ。」
「……そか、分かった。
全部受け止めてあげるから来いよ、轟。」
「……ッ!!」
『スタァートッ!!』
試合開始のゴングが鳴り響く、それと同時に轟の右脚から伸びた冷気が地面を伝い、あっという間に氷の塊が帝を飲み込んだ。
『おおおっとォ!?轟、瀬呂戦で見せた大氷壁で速攻だァ!これは早速勝負決まっちまったかァ!?』
突然産まれた大氷壁に観客席が騒然とする中、B組観戦席でそれを眺める塩崎だけは目を閉じ、静かに祈りを捧げている。
「御姉様……」
これから始まる激闘を見届ける為に。
帝が氷壁に呑み込まれてから十秒程経つと観客席が次第にザワ付き始め、実況席のプレゼントマイクが業を煮やして喋り出す。
『おいどうしたミッドナイト!まさか龍征はもう動けねえのか!?』
主審ミッドナイトからの応答は無い、彼女はただ食い入るように氷壁を見つめていた。
「終わるわけねえよな…」
轟が呟いたのと時を同じくして、氷の壁が音を立て融解し始めた。軋みを上げながら徐々に形を無くしていく氷の塊は、内側から放たれる熱に耐えきれずその巨体が溶けて崩れ去っていく。
溶けかけた氷の奥で赤い光が灯ったその刹那、大爆発と共に氷は火柱へと姿を変えた。
溶けた氷は一瞬で水から蒸発し、観客席に膨大な量の水蒸気となって振り撒かれていく。まるで遊園地のアトラクションじみた光景に観戦席から歓声の入り交じった悲鳴があがる中、巻き上がった水蒸気の煙が晴れ、炎渦巻く中心に、口から炎を漏らす帝は仁王立ちしていた。
「ぬるいぜ?」
「そう易々とは倒れてくれないか…ならッ!!」
再び轟の足下から冷気が伸びる。しかしそれは帝に近付くにつれどんどん勢いが弱まっていき、辿り着く頃には完全に溶けて蒸発してしまっていた。
(俺は手なんか抜いて無ぇ…龍征の奴、どれだけ高熱の渦で守ってやがんだ…)
「どうしたどうした紅白饅頭!ぜぇんっぜん届いてないぞー!」
焦る轟を嘲笑うかのように、渦巻く炎の一部がうねって地面を焼く。幾つものアーチを描く様に追い詰めていく炎の追っ手を、轟は氷の壁を作る事によって正面から防いでいた。
「くっ…そ……ッ!」
『龍征押して押して押しまくるゥ!
つーか炎と氷じゃ相性悪いんじゃねェかコレ!?』
『それもあるが、緑谷戦から轟の動きが妙に鈍い。何かあったか…』
炎から身を守る氷壁に右手を添えて、冷気を注いでも延々と続く炎の猛攻に晒され轟は防戦一方だ。
(どうすればいい…俺の冷気じゃ龍征には届かない。
それに、1度は忘れた筈なのに…炎を見る度にアイツの姿が…お母さんのあの顔が頭をよぎる。
クソッ…集中しなきゃいけねえのに…ッ!?)
突如として氷壁にヒビが入り、轟が冷気で補強する暇もなくそこから粉々に砕け散った。
唖然とするのも束の間、砕かれた氷の隙間から伸びるすらりとした腕が轟の右手をしっかりと掴む。
「轟さあ、大雑把だよね。私相手に視界塞ぐのは不味いっしょ。」
「なっ…!?」
「そーれ!」
視界がぶれた次の瞬間に轟の身体はリング外に向かって宙を舞っていた。
『轟ぶん投げられたァ〜ッ!!
つーか予選でも見てたが、結構な厚みの氷壁をヤクザキックでバラバラに壊す龍征やべー!アレだ!ステゴロがスゲーな!』
慌てて空中で体勢を整えて氷で作った傾斜を利用しリングアウトは回避出来たが、再び帝の炎が迫る。もう一度右の氷を使おうと地面に手を当てた時、異変に気づいた。
「…氷がッ!?」
「今頃気付いたか。でももう遅いんだよ、どうしようもない。
轟が1人でウダウダ考えてる間に舞台はできあがってしまったんだ。」
お前はもう、どうしようもない。
そう残酷に告げる帝の赤い瞳が轟を射抜く。
◆
「なに…あれ…」
「なぁ…アレ?俺ってば疲れてんのかなあ。なんで轟と龍征が歪んで見えんだ?」
「私もそう見えるわ上鳴ちゃん。
蜃気楼みたいに2人がゆらゆら揺れて見える。」
「……熱か。」
「うん、多分そうだよかっちゃん。
龍征さんは自分で吐いた炎を操作できるって言ってた。炎が操れるって事は、それに付属する『熱』もそうする事が可能なのかもしれない。」
「じ、じゃあリングの周りをドーム状に覆ってる蜃気楼みたいなのは、今まで龍征が吐いた炎の余熱って事か!?」
「個性の応用…」
「本来散らばる筈の熱をリング内に集中させてるからあの蜃気楼が生まれたのか…?そんなの…どれだけ努力すりゃあんな規模まで操れるようになれんだよ!?」
「爆豪と一緒で龍征も才能マン…いや、才能ウーマンかよ…」
「一緒にすんな殺すぞ。」
「辛辣ゥ!?」
(だが個性だって身体機能だ。使い続ければ必ずガタが来る筈…あの個性のデメリットはなんだ?歪んでてよく見えねえが半分野郎の氷が使えなくなるほどの高熱の中で汗1つかいちゃいねェから使い過ぎて熱中症とかじゃ無ェだろうが…)
「…あー、それでハンドクリームなんだ。」
「ハンドクリームがどうしたの耳郎ちゃん。」
「USJの時、帝はハンドクリーム塗ってたんだよ。アレ、個性で炎を操作した熱と乾燥で手がひび割れるからって言ってた。」
「炎熱を操る代償として手の水分が犠牲になる、か。どの程度の症状が出るのかは分からないが、女性には少しきついな。」
「でもよー、手ぇひび割れるだけならかなり強過ぎね?」
「ううん、違うよ上鳴君。恐らくだけど龍征さんの個性の本質はそこじゃない。
身体が頑丈な筈の彼女は近接戦闘で足りない部分を補うというより
「あー…デクくんが遠い世界に行ってもうた。」
「でも轟は絶体絶命だぜ!
プレゼントマイクの言う通り相性が最悪なんだからよォ!」
「なんで嬉しそうなの峰田ちゃん。」
(鬱陶しいがデクの言う通り、あの女の個性はまだ秘密が有る…間違いねぇ。だったらそれすら上から捩じ伏せるまでだ…ッ!!)
◆
……暑い
息を吸うのを躊躇うほど、リング内は炎と熱気で満たされていた。特に高熱で熱せられた足下のリングは想像を絶する温度になっている事だろう。
足裏がチリチリと痛むなか、轟はなんとか紙一重で帝の炎を避け続けていた。
「…ッやっぱり出ねぇッ!」
右手の冷気を再度出してみるも、僅かに湯気があがるだけで氷にならない。
「轟は凍らせる時、必ず空気と一緒に地面や物を冷やすよね。今までも仮装ヴィランや瀬呂テープなんかを巻き込んで凍らせてた。
氷を作るには水分が必要だもんな。それをより遠くに届かせる為には物を伝った方が効率的だ。」
「全部見てたのか…」
「もちのろん、宣戦布告されたんだもん。
だーれかさんは自分の事に夢中で私の事なんて全くもってout of 眼中だったみたいだけど。」
「…………すまねえ。」
「素直かよ、そういうとこ好きだぜ。
そんでさ、緑谷戦で炎も解禁した事だし、炎熱系個性の先輩として少しレクチャーしてあげるよ。轟しょーねん。」
「何だって…?く…ッ!?」
炎がアーチを描く様にリングのあちこちから湧き上がる。
「覚えときな、私達みたいな個性は周りの影響をモロに受けるんだ。
周囲の温度が一定で水分が多ければ凍りやすく、逆に暑く乾いていれば燃えやすい。」
「私のコレは口から吐いた炎と、それに伴う熱の操作。んで、今このリングの周りは私の吐いた炎の熱気を充満させてんの。
轟の冷気は右半身を軸にして周囲の水分を凍らせてる、なら高温低湿の中で冷やすものがなくなればアンタの冷気は遠くへは届かないし、氷も生まれない。
まあ無理すれば生まれるだろうけど、今の轟じゃあ大した出力出せそうにないね。
限界なんでしょ?周りがこんなに暑いのに、右半身だけ寒さで震えてる位だもんな。」
「ッ…!」
思わず霜が降りて震える右手を抑えた。
「個性は身体能力だ。
使い続ければ消耗するし限界が来る、さしずめアンタの使う冷気の代償は身体が必要以上に冷えてしまうって所かね。
…ああ、それで半分が炎なんだ。
炎で解凍、氷で冷却、なるほどエンデヴァーがあんたを最高傑作だなんて呼ぶ理由が分かるよ。」
「……」
右の個性を左で、左の個性を右で中和する。
それぞれのデメリットを補うように使用すれば副作用無しの強個性となる。
その為にエンデヴァーこと轟炎司は氷の個性を持つ妻を選んだ。それがオールマイトを超える存在を生み出す為に画策した『個性婚』の真相。
轟は歯噛みしながら帝の話を聞いている。反論もしないで、ただ虚ろな瞳で下を向いていた。
「…ねえ、轟はどうしたいの?」
「……」
「答える気も無い?」
「……分からねえ…
自分がこれからどうしたいのか…どうすればいいのか…『考える』なんて考えもしなかった…」
「そう…じゃ、此処で無様に負けちまえ。」
「…?ッ!?」
突如として渦巻く炎が一斉に轟へ襲い掛かった。
氷も使用出来ない身では満足に防御する事も叶わず、横っ飛びで辛うじて炎の波から身を躱す。その後も繰り返される炎の猛追に轟は更に疲弊し、個性のデメリットも相まってどんどんリング際に追い詰められていく。
『龍征怒涛の猛攻ゥ!!
轟は氷の個性で防御しないようだが一体どうした!?』
『轟の個性は空気中の水分を凍結させて氷を作り出す、だから龍征はリング内を丸ごと炎と熱気で包んで高温低湿の空間を作り出した。
冷やせる空気も無けりゃ凍る水分も無い、そんな中で取れる選択肢は自ずと限られて来る、どうする轟。』
「まだ悩んでいるのか、早く左を使え焦凍…!」
「焦凍…!!」
相澤先生の解説に様々な思いがスタジアムで飛び交う中、熱気で歪んだリングではほぼ一方的とも言える攻防が繰り広げられていた。
「くそッ…!!」
迫り来る炎のアーチを潜り抜けながら再度地面に手を当てるも、やはり氷は出ない、それどころか逆に熱せられたコンクリートで此方が火傷しそうだ。場の流れは完全に帝に掌握されている。
「あっはっは!踊れ踊れェ!」
「どうしたらいい…俺は…ッ!!」
「さっきから下ばっかり向いてさ、何処見てんだよお前。」
「……」
「抵抗を止めないって事は、まだ諦めてないじゃん。
なんで此処に立ってんのよ。」
「それは………」
「前を向かなきゃ、見えるものも見えないぜ?」
「……ッ!!」
ふと、顔を上げたその時、帝と目が合った。
丁度炎を口から吐き出し撒き散らしている所だった。
僅かな空白の後、リングが炎に包まれ再び熱気が吹き荒れる。
(なんだ…?今一瞬だけ違和感…が…)
一瞬のみ気付いた違和感、その疑問を確信に変えるため轟は接近を試みた。
「…破れかぶれかな?イイ感じに無様だぜ轟ィ!」
炎の波が叩き付けられる。紙一重でそれを躱し、轟は一定の距離から帝を観察し続けた。
振り下ろす手に従って踊るように揺らぐ炎、それに伴う熱気を肌で感じながら。
熱と乾燥でジワジワと体力を奪われるなか、必死に思考を巡らせた。
(なるほど、そうか…ッ)
何度目かの着弾、炎が飛び散り消えた直後、ようやく周囲の変化に気付いたのだ。
(やっぱりだ…!
龍征は口から炎を出す性質上、必ずインターバルがある!そして炎を吐いている間は…ならッ…!!)
「ここだ…ッ!!」
叫ぶ轟が右足を強く踏み抜いた刹那、さっきまではどうやっても出なかった氷の柱が帝の横を通過した。
「おぅ!?っぶな!!
…気付いたんだね、私の個性の習性に。」
「
お前の炎は口からしか吐けない、だから炎を出してから操作するまでにインターバルがある。短い間だがその時だけは熱も炎も制御を失って、水分は元に戻る!!」
炎を避け続けていた事により、運動して体温が戻った事もあるが、帝の個性のカラクリを轟は見事見抜いてみせた。
「わざと大袈裟な炎の演出と大層な口振りで隠しやがって…盲点だったぜ。
もう誤魔化されねえぞ…騎馬戦の時、お前から学んだ教訓だ、龍征!」
「実は洗脳使われたの根に持ってんな?」
「……うるせえ。」
いける!
轟がそうして1歩踏み出そうとした瞬間、帝の姿がぐにゃりと歪む。
(また熱が!?…いや違う、これはッ!!)
咄嗟に足下から氷壁を出現させ身を守る、その直後氷の向こうで光が瞬いて大爆発が巻き起こった。まるで爆弾が爆発したかのような衝撃で観客達が悲鳴をあげる。
『なななななんだァ!?テロ!?爆弾テロか!?』
『落ち着け、龍征の個性だ。』
「ああくそっ…タイミング間違えた。
前回みたいに上手く制御できないなあ…」
「それ…飯田の時に起こしたヤツか。
熱を圧縮、膨張させて爆発を起こした…こんな事もできんのか、お前。」
「ぶっつけ本番だから精度がイマイチだけどね。
そう、名付けるなら…『キラークイーン』!
私のキラークイーンに弱点は無い!」
「キラー…クイーン…」
(なんでロックバンド…?)
「つーかなんでJOJO?」
(ッ!!良き名だ…)
「俺の爆発パクってんじゃねえよ!」
バァーンと奇妙なポーズをする帝に観客席から色んなご感想が漏れているが、そんなものは轟の耳には届いていない。
帝の個性の隙を見抜いたとはいえ、依然として不利なのは変わらない。炎を吹き出すタイミングをずらされればそれで終わりだ。
その時轟はポタリ…ポタリと帝の指先から血が滴っているのに気づく。
(指先から血…?
爆発をおこした副作用か?)
…と、そこまで考えて、顔を上げた轟の思考が思わず止まった。
「!?」
『なななななな……』
紅くなった視界がどんどん大きく膨れ上がる
「ウソ…」
『なんだありゃあああああッッ!?』
観客の誰もが言葉を失い、実況の悲鳴じみた叫びが事の異常さを物語る。
帝の口から猛烈な勢いで吐き出される炎が空に溜まり、群がる炎の点は線に、線は塊となって煌々と燃え上がった。
やがてスタジアムの上空に、もうひとつの太陽が生まれたのだ。
◆
「オイオイオイマジかよ!?あんなの轟死んじまうぞ!」
「これが…お姉様の本気…」
「喧嘩売らなくて良かったね物間…」
「ふ、ふふふなんの事かな。他のA組連中じゃあるまいし彼女は別さ。けけけけっしてビビってなんか無いからねHAHAHAHAHA…」
◆
「キラークイーンを初見で防いだのは褒めてやるよ。アレ1回出したら熱が霧散して再発動するまでに結構時間掛かるし、もう使えない。」
「…弱点あるんじゃねえか。」
「やっかましい、1度言ってみたかったの!
さてはお前、JOJO知らねえな?」
「漫画は殆ど読まねえんだ、悪いな。」
「…うん、さっきより随分マシな顔になったね。良かった良かった。」
「お前…」
「私は轟が抱えてるものが何なのか知らないし、轟がどんな想いでこの場に立ってるのかは分からない。
…けどね、私は大切な人に『頑張れ』って言われたんだ。だから勝つよ。
轟を超えて、1位になって私は優勝する。
私の勝ちたい理由なんて
でもね、
あんたはどうなの?過去の復讐より、未来の償いより、今の私と向き合う理由は有る?」
「り…ゆう……?俺は…」
「迷って手を抜くならそれでもいいよ、私はあんたをズタボロに叩きのめして先に行く。そんで私はヒーローになる。
だって今日はその為の舞台だから!」
心臓のように脈動する上空の太陽が一層紅く輝き、リングへ向かってゆっくりと降下し始めた。
「さァ、これが
着弾すればリングいっぱいに広がる炎と爆風で確実に場外に吹っ飛ばしてあげる、逃げ場は無いよ!」
「…………ッ!!」
『なな、なんじゃこりゃアアア!?
龍征が上空に放った火球が降ってくるぞォ!あのデカさ!着弾すれば轟は終わりだ!決めにきやがった!』
『やり過ぎだあの馬鹿…』
驚愕するプレゼントマイクを他所に、相澤は通信機でリング傍に陣取るセメントスに連絡を入れた。審判であるミッドナイトの個性『眠り香』はもしもの仲裁時に効果的だが、強い風に煽られると香が上手く対象へ向かわない。下手に撒き散らせば関係ない者まで眠らせてしまう危険がある為だ。
そんな事はお構い無しに、紅く燃ゆる太陽がリングに向けて落下してくる。まき散らされる熱風と肌を焼くような熱に観客席から悲鳴が上がる中、その真下で轟は呆然と佇んでいた。
(理由…なんて…無い…緑谷との戦いで色んなことに気づいて、考えて…分からなくなった。
俺はヒーローになりたい、でも償わなきゃいけない事がまだある…)
自身の母の事、これからの事。
先の見えない暗闇の中を歩くような不安感が轟の判断を鈍らせている。
(くそ…駄目だ…怖いんだ…!拒絶される事が!
ここまでされときながら俺はまだ…)
だらんと手から力が抜けて、呆然と落ちてくる火炎を見つめていたその時
負けるな、轟君!
負けないで焦凍!!
声が、聞こえたのだ。
◆
自分でもなんで叫んでいるのか分からない
普段生徒を叱る時でもこんな大声出さないのに、気付けば私は声を張り上げていた
君の事何にも知らない僕が言う資格なんて無いのかもしれない
こんな事、目を背け続けていた私が言う権利なんて無いのかもしれない
でも、僕と戦って気付いたんだろ?
でも、彼と戦って切っ掛けを掴んだのは分かったよ
お節介な奴だと思われたって構わない
都合のいい姉だと思われてもいい
君の力になりたいから
迷ってる貴方の背中を押したいから
轟君に今、負けないで欲しいから
焦凍に今、勝って欲しいから
だから、言うんだ
お願い、届いて
「「勝って!轟君(焦凍)ッッッ!!!!」」
目の前の太陽に皆が圧倒される中、2人の心からの叫びがスタジアムに響く。
「冬美…」
1人の男が静かに呟いた。
◆
「緑谷…姉さん…」
ああ、そうだ。
シンプルでとても良い。
「……狡いな、二人とも。」
ボソリと呟いたその刹那、リングで冷熱が弾けた。
「あぁ……そうだ……
俺だって…見てるんだ…
家族が…ライバルがッ見てんだよ……ッ!!」
左右から溢れる冷気と熱気、2つが混じり合い、温度差で轟を中心に猛烈な風が吹き荒ぶ。
負けたくない理由が、勝ちたい訳が、彼の中で芽生えた証拠。
「勝ちてェ…
今、お前に…勝ちたいよ……龍征ッッ!!」
「…あはっ!
そうこなきゃあ面白くないよなァ!!」
もう轟の目は死んでいない。
帝が血の滴る右手を振り下ろすと、それにつられて上空の太陽の落下速度が増した。轟はそれを睨み付け、立っている。ただし今度は棒立ちではなく、ちゃんと
(炎は駄目だ、あの火力に不安定な俺の炎をぶつけても相殺どころか火に油を注ぐだけ…!
なら…氷で受け止めるしかねえッッ!!)
「雄おおオオオオオッッ!!」
自身の炎で身体が温められた事により、万全の状態になっている右半身から飛び出た冷気が地を這い、瀬呂戦で見せた巨大氷壁が落下する灼熱の太陽を包み込むように受け止めた。
『うおおおおおおおおッ!?
轟、氷で火球を受け止めたァ!?
つーか絵面ヤベーよ!まるでこの世の終わりみてーな光景だァ!!』
なお、リング外部は熱風と冷気の嵐が吹き荒れており、気圧の激しい変化により猛烈な風が生まれている状態だ。観客席も阿鼻叫喚の様子である。
「私と個性の力比べなんて…いい度胸してんじゃん!!」
帝が叫ぶと太陽の色が明るいオレンジから濃い紅に変化し、触れた氷がじわじわと蒸発し始めた。
「うっ…ぐお……ッ!!」
確実に轟は押され始めていた。
冷熱を吹き出す身体も次第に勢いが弱まっていき、吹き出す冷気が小さくなっていく。
(マズいッ、炎の出力調整が上手く利かねえ…無駄が多い…!まだ使い出して日が浅いからか……いや、考えるのを止めるなッ!!個性は身体能力……筋肉と同じだ!箸の使い方だって、自転車の乗り方だって感覚で覚えてきただろ!なら今から合わせればいいッ!!)
『どうした轟、ガス欠か!?急に炎を消した!
炎の方は撃つの止めちまったのかァ!?』
『いや、違う…』
1度、大きく息を吸い、吐く。
両足を軸にどっしりとリングに構え、氷を放つ右腕を温めた左手で掴んだ。
(…イメージだ。右手と左手でそれぞれ別の文字を書く様に、右は全開、左はブレーキを掛けて、最低限でい。今は…)
アイツに勝つことだけ考えろッッ!!
氷は放ちながら、かつ左手からはじんわりと暖かい感覚が身体に広がってくる。
余計な炎は出さず、最低限体温を維持する。
尚且つ常にフルパワーで氷結を放ち続ける為、轟は嘗て無いほど集中していた。
「うっ!?この…押し返し始め…ッ!」
氷が太陽に当たっては蒸発し、更に当たっては蒸発しを繰り返す。凍結と蒸発は均衡を保っていたかに思えたが、轟から炎が消えた途端氷結の勢いが格段に増した。
(左を消したのはガス欠だからじゃない!
無駄を削って…体温を維持する為だけに炎を使ってる!?)
「小癪な真似を……ぁぎッ!?」
指先に鋭い痛みが走り、幾つも付いた切れ目から血が溢れ出す。帝の個性のデメリットは炎を操作する度に掌から湿気が奪われる事。
今までハンドクリームで誤魔化してきたが、轟戦では初めから殆ど100%に近い火力を出し続けていた為、乾燥と熱で手のひらがひび割れ始め、そこから血が滲み出す。それは指先からどんどん広がって、帝を蝕んでいく。ここに来て帝にも限界が訪れ始めていた。
「やば…けっこー血ぃ出てるか…
けど…負けない!」
もはや技術もへったくれもない、ここからは純粋な力の勝負だ。氷と炎、どちらが上か。
帝の決意と共に紅の太陽が更に黒く輝きを増していく、嘗て脳無の腕を焼き切った黒混じりの血のような紅。
地獄の業火とも見まごう程の火球を阻むのは大地から伸びる氷の巨木、蒸発と氷結を繰り返しお互いにぶつかり合う2人の意地がスタジアムを揺らす。
「あああああああああああッ!!」
「うおおおおおおおおおおッッ!!」
『両者1歩も譲らぬ炎と氷の大激突ッッ!
準決勝なのにこの絶戦、この後まだ2試合残ってんだぞオメーらよォ!』
「帝、手から血が…!」
「帝さんッ!!」
「……轟君ッ!」
「焦凍…!」
炎と氷がせめぎ合い、激突で生まれた水蒸気でそろそろ雲が出来そうになるかと思われたその頃、激闘は唐突に終わりを告げた。
「…………ぁッ」
かくんっと、不意に轟の膝から力が抜けた。
理由は簡単、慣れない個性の全力使用及び精密操作で身体と心が限界に達してしまったのだ。
スイッチの切れたロボットのように膝から崩れ落ちた轟はそのままうつ伏せに倒れ、有無を言わさず気絶してしまった。
『…不味いッ!!』
柄にもなく焦る相澤、それもそのはず。
轟と帝の個性は拮抗していた、互いが互いを打ち消し合っていたからこそ今まで被害が少なかった訳で、その均衡が崩されればどうなるか?
『ヤベッ!!轟倒れてるぞ!?』
「駄目…焦凍!!」
「炎が!着弾しちまう!」
轟の異変に気付いた切島が叫ぶも時すでに遅し、追加で生成されなくなった氷の壁など瞬く間に蒸発させた火球がリングに向かって降り注ぐ。
(…!?急に抵抗が…やばッ轟!)
1度出した炎は着弾するまで消える事はない、溶けた氷塊の隙間から気絶した轟が覗いた途端、驚愕する帝の背筋を冷たい物が走った。
(殺すのはダメ!殺すのだけは…ッ!!)
「…ッ行って、お願い!!」
ここまで降下させた火球を再び上昇させるのは不可能だ、だから全力で落下速度を殺す事に専念し、間に奴らを挟み込む事にした。
解説席から突如として4つの影が飛び立った。
生まれて初めて聞いた主人の『お願い』を受けて、音速に届きうる速度で飛び出したそれは、炎と轟の間に滑り込む。
その直後、リングと火球が接触し、紅と黒を纏った炎の柱がスタジアムの真ん中に立ち上る。次いで爆風と熱波がリングを中心に会場内を暴れ周り、観客を大いに騒がせた。
爆発の直前、セメントスが観客席の周りに防御壁を作っていなかったらと思うとゾッとする。
『着弾ンンンンンッッ!!オイ被害はどうなってやがる!轟!大丈夫かァ!?』
熱風も収まり、視界が明るくなる。
火球の着弾で焼け焦げ、所々融解しているリング内には、血の垂れる右手を抑えながら立つ帝と、黒いカーペットに覆われる轟の姿があった。
…いや、カーペットというか翼竜なのだが。
『ふ…2人は無事だァ!
アレ…?もしかして龍征の翼竜…?いつの間に?つか轟…もしかして無傷なんじゃね?』
『…そうか、龍征の奴が翼竜に指示を飛ばして庇わせたのか。アレだけの爆炎の中を無傷で耐えるとは…』
無事を確認した翼竜達が轟から離れ、帝の傍へと飛んでいく。
轟は気を失ってはいるものの、過度の疲労により疲れて眠っているだけのようだ。
『轟君、気絶。龍征さんの…勝利ッ!!』
服が焦げてあられもない姿になったミッドナイトが叫び、次第に大きくなる歓声がスタジアムな響き渡る。
そんな中、帝は周りで心配する様にクルルと鳴く翼竜達をよそに、複雑な表情で轟と自身のズタズタになった手を交互に見つめていた。
龍征帝、決勝戦進出
只今決勝戦執筆中
戦闘書くの疲れた