はちゅとうこうでちゅ(3才)
世の中は理不尽だ
突然の凶報。
病室で見た兄さんの表情は今まで見たことも無い程弱々しく、衰弱していた。
何より、つい昨日まで見せていたヒーローとしての覇気溢れる姿は何処にもなく、病室の窓を眺めながら『ただ生きるだけ』となってしまった兄の姿はとても耐えられるものでは無かった…
兄のヒーロー人生は唐突に、呆気なく終わりを迎える。家族は命あっての物種だと励ますが、ヒーローとして輝いていた兄の姿はもう二度と見られない。
何故だ
理不尽だろう
何故誰も怒らない
兄は真面目にヒーロー活動をやっていただけだ
悪いのは全部彼奴だ
僕の心に暗い炎が灯る。
こんな感情、ヒーローとして間違っているとは百も承知だ。だがどうしても拭い去ることができなかった。
胸の中で負の感情が暴れ回る。抑えようのない怒りが僕の脚を速め、沸騰しそうな頭は『奴』の事で一杯だ。
兄さんを再起不能にした『奴』を
『インゲニウム』を殺した『奴』を
「ヒーロー…殺し……ッ!」
殺 し て や る
夕暮れ時の帰り道、誰にも聞かれないよう静かに呟いた怨嗟は血のように真っ赤な空へ溶けていった。
「それでは本日より1週間、職場体験の期間に入る。
それぞれの体験先の事務所に失礼の無いよう務めろ。」
『ハイッ!!』
駅の入口、通行客の迷惑にならないよう隅っこで私達は相澤先生からの激励を貰う。
本日より職場体験、1週間の間ヒーローの卵としてプロヒーローの下で現場を見て学ぶのだ。
「ああ、それから…
この時期に他校のヒーロー科も職場体験を行ってる。被る事は稀だろうが、もし体験先で鉢合わせした場合は協力し切磋琢磨する事。
くれぐれも余計な問題は起こすなよ。」
「他校のヒーロー科も…」
「被ったら被ったで色々勉強できそうだな!」
まだ見ぬ競争相手に夢膨らますA組一同。
他校のヒーロー科ね…どんな人がいるんだろう?
雄英の他に有名な所だと傑物か士傑、才子先輩のいる聖愛とかかな。そういや書記ちゃんも士傑受かったって言ってたし、もしかしたら会えるかも?いや看護科だから別か、あの子寮生活してるって言ってたっけ。
「おーい帝。
ボーッとしてると電車行っちゃうよ?」
「あ、悪い悪い。ちょっと考え事してた。」
そんなことを考えている内に各々が列車の時間を確認し、バラバラに行動し始めた。
私は東行きの6番ホーム。ちゃあんと事前にヒーロー事務所までの道は調べておきましたとも。
「じゃあウチは2番ホームだから。また一週間後にね。」
「はい、お互い良い経験をしましょうね。」
「百が言うとなんか卑猥…」
「なんでですかっ!?」
響香は2番、百は7番、他の女子連中も見事にバラバラ。お茶子なんてガッチガチのバトルヒーロー『ガンヘッド』の事務所行くって言ってたし、相当気合い入ってんね。
「………」
「どした轟?」
「…いや、何でもねえ。」
乗り場へ向かう途中、何処かを見つめる轟が目に留まった。視線の先にいるのは切符を握り締め、思い詰めたような表情で俯いている飯田だ。
お兄さんが襲われてからまだ1週間ちょっとだもんね、立ち直れって言う方が無茶だろう。『インゲニウム』、一命は取り留めたけど後遺症が酷くてヒーロー活動出来なくなるらしいってテレビで何度も報道されてた。
うーん…
「おーい飯田。」
「…ッ!なんだい龍征君、お互い良い職場体験にしようじゃぬぉアッ!?!?」
トテトテ飯田の方へ歩いていき、丸まってる背中を徐ろに叩いてやった。
間抜けな悲鳴と一緒に背筋も伸びて良かったんじゃない?
「なっ何するんだいきなり!?」
「いや、ガチガチだったからつい。」
「ついじゃないだろう!
突然の暴力は止めたまえ!」
「…いや、飯田が無言で切符握り締めてるの見てトイレ我慢してるのかなって思ったからやったれって。轟が。」
「ぇ」
「絶対嘘だな!?
今轟君小さく『え』って言ったものなぁ!?というかトイレ我慢してるのなら尚更背中叩いちゃ駄目だろう!」
「なんだ思ったより大丈夫そうじゃん。」
「ッ…何がだい?」
「鏡借してやるから自分の顔見てみ。」
そう言って私は鞄の中から取り出した掌くらいの折りたたみ鏡を開いて飯田に手渡してみる。
写ってるのはもちろん、張り詰めて幽鬼みたいになってる飯田だ。
とてもこれから職場体験に向かうって表情じゃない。
「まるでこれから〝復讐〟に行こうって奴がするカオだよ、お前。」
「……ッッ!!」
「私は飯田じゃないから今飯田の抱いてる気持ちなんて分からないけど、これだけは言える。
例え仇を討ったとしても、胸のモヤモヤは消えない。一生着いて回るから。
いやー恨み妬みは犬も食わないってね。」
きっとそれは、飯田の夢を邪魔するよ。
「情報ソースは餓鬼道、そんだけ。
じゃ、電車出るから私はこれで。
ばーい。」
また俯いちゃった飯田の肩を軽く叩いてホームへ歩いていく。飯田から返答はない、何か言いたげな轟と、騒ぎを聞きつけた緑谷はじっと私を見つめていた。
次いでに1人で路線表確認してる爆豪の所にも寄っていこう。
「あ、そうだ爆豪。」
「ああ?ンだクソ痴女。」
「乙女に向かってクソ痴女とはなんだこの野郎…
まあそれはそれとして、体験先ベストジーニストさんだったよね?
行く次いでにこれ、渡しといてくれない?」
片手に持っていた大量の菓子折りが詰まった紙袋を爆豪に半ば無理やり押し付けた。
No.4ヒーロー『ベストジーニスト』、実は餓鬼道と深い関係だったりする。なのでご挨拶にも行けない代わりにせめて菓子折りだけでも…という訳だ。
「巫山戯んななンで俺が…」
「私の母校、知ってるでしょ?
ベストジーニストさんは餓鬼道の臨時講師なの、個性指導とか在学中お世話になってたからこの機会にお返しのつもり。
でも私は行先真逆だし、爆豪が向かうならその折にってね。ね?頼むよー。」
「……チッ!
オイ、1つ聞かせろ。臨時講師ってこたァ、ベストジーニストは餓鬼道中に行くんだな?」
「?…まあそりゃね。
私が卒業した後何も変わってなければ週2回は餓鬼道へ個性指導の為に通う筈よ。」
「そうか……」
何故かクックとあくどい笑みを浮かべる爆豪。やたら素直に菓子折り受け取ったし、一体どうしたんだ?
通勤ラッシュより少し遅めの時間帯、ホームは人も疎らなので余裕で座席に腰掛け背中の翼竜詰め込んだバッグを下ろす。実は私だけかなりの大荷物なのだ。
翼竜入りのリュックを背中に背負って、片手には1週間分の着替えやら何やらが入った旅行用のボストンバッグ。爆豪に渡しちゃったから今は無いけど大量の菓子折りが入った紙袋。
これから一週間、バイトも無しでヒーローの事務所へ付きっきり…かあ。
そんで電車の中、流れていく景色を眺めながらふと思い出した。
「……飯田に手鏡返してもらってない…まあいいか。」
どうせ百均の安物だし、とか考えながらイヤホン繋いでYooTubeの実況動画を車内で見る私を、隣の席に置いたリュックの中から首だけ覗かせる翼竜達(キン〇ギドラみがある)が何やら物欲しそうな顔で見つめているのに気が付いた。
USJの時と言い、体育祭の時と言い、最近色んな人に甘やかされて鯖缶以外にも新しい味を覚えてしまったこいつらは舌が肥えてきたらしい。
急いでいたから今朝の分を食わせてないので余計主張が激しいようだ。
贅沢を覚えやがって…
でも流石に電車内で缶詰を貪らせる訳にはいかない、今は私が食ってるプリッ〇をやるからこれで我慢しろ。特別だぞ?
視線はスマホに留めたまま、余った左手で試しに1本くれてやると鳴き声をあげてかっさらっていった。その後も一本、また一本と小袋からプリッ〇が消えていく。
クェェェッ! ポリポリポリポリ…
…クァァァァ ポリポリポリポリ…
クルルル… ポリポリポリポリ…
グルアッ…グルアッ… ポリポリポリポリ…
キキッ…ウキキキィッ!! ポリポリポリポリ…
……んん?
聞き慣れない声が聞こえたぞう?
「おさる…?」
おさるだ、ガナッシュ達より少し小さめでベースボールキャップ被った猿が私のプリッツを器用に齧っていた。
何処から来たのか知らないケド、動物園から逃げ出してきたのかな?それとも誰かの個性かも、いやネズミの校長先生という前例があるんだからこの猿もめっちゃ賢い個性持ちだったり…
っておいコラ、私の鞄を漁るな漁るな。あー学校から貰ったスマホ弄らないの。めっ!
「お〜いエイプリル!エイプリルやーい!」
猿からスマホを取り上げようとして席を立とうとした時そんな声が聞こえたと思ったら、前の車両からスーツ姿のナイスミドルなおじさんが焦りながら入ってきた。
猿はおじさんの足からよじ登り背中を通って肩まで上がり、此処が定位置と言わんばかり寛ぎ始める。
「おお探したぞエイプリル、こんな後ろの車輌まで来ていたのか!
おや何を持って…」
おじさんは猿の持ったスマホと私の顔を交互に見て察したのか顔を青くしながらペコペコ謝罪をし始めた。特に気にしては無いんだけど年上のおじさんからこうも腰低く謝り続けられるのはなんか凄い気まずい…
「いや申し訳ない!この子は目を離すと直ぐ何処かに行くもんだから…」
「あー…気にしないで下さい。スマホも返して貰いましたし。」
なんとか顔を上げてもらって、おさるの手から返してもらったスマホを再びカバンへしまい込む。別に画面に傷が入った訳でもないし問題ないでしょ。
……ん?待てよ?もし返す時に壊したり破損していたりしたら弁償しなきゃならなかったりする?公安から相澤先生伝いで請求書とか来るんだろうか?
『龍征、お前宛に公安から請求書届いてるぞ。
…何やった?言え(抹消ON)』
「ヒィン…」
…考えると怖くなってきたからカバンの奥へタオルとか巻いてていねていね丁寧〜に包んでおいた。国家権力から睨まれるとか命が幾つあっても足りないよ。先生にもすげえ叱られそうだし…
「そのお猿さんは…?」
「ああすまないね、私の個性なんだ。
『猿まわし』といってね、猿が懐きやすいんだよ。無意識に発動してお供にしてしまうから便利が効かなくて困ってるんだ。
…ところで君、もしかして雄英高の体育祭で準優勝した子じゃないかね?」
ゲッ!?またこのパターンか!いやまあ雄英高校の制服着てて顔も体育祭で割れてるから遅かれ早かれバレるんだけどさ!
どうしてもこの前の接客ラッシュを思い出しちゃう、知らない人間にいい顔しながら対応するの気ぃ張って疲れるからやりたくないんだよ…くそうこれが有名税ってヤツだな!?
「ハイ、ソーデス。ユーエータイークサイデテマシタ…」
「何故急にカタコトに!?」
アカン普段動かさない顔面がピクピクし始めた、朝早くから顔取り繕うとかムリムリの無理!勘弁してくれ!
「もしかして緊張してるのかい?…まあいいか。
準優勝おめでとう、体育祭頑張っていたね。
実は僕も娘も君のファンなんだ、帰ったら自慢出来るよ。」
「あ、ありがとうございます…」
「凄い個性だ、特にあの巨龍の姿には驚かされたよ!君みたいな子がヒーローになってくれるなら日本の平和も安泰だ。
オールマイトに続く〝平和の象徴〟なんて呼ばれる日も来るかもだねェ…」
いや、それはないやろ。
流石に1時間に3件ペースで事件を解決する男にはなれんやろ、ていうかなって堪るか。エンデヴァーやホークスにでもやらせとけばいい。
私が目指してるのは一般レスキューヒーローなのだ、チャート上位とか目指す気なんて爆豪の自制心くらいない。っていうかランク付けして競わせるあのシステム嫌いだし。
数字が付いてると比べたがるのよね、やはり人間は愚か…
まあ社交辞令って事で受け取っとこう。
その後もおじさんのべた褒めに適当に相づち打ちながら15分ほど経った頃、大きく電車が揺れた。どうやら駅に停車したみたい。
「おおっとすまない、話し込んでしまった。
じゃあ私はこれで。すまないね時間を取らせてしまって。
職場体験頑張ってね。」
「はい、頑張ります。」
どうやら此処が彼の目的の駅だったらしい、猿まわしのおじさんはおさるを肩に乗せたまま足速にホームへ去っていった。
なんか心にひっかかる。
『職場体験頑張ってね』
…アレ?あのおじさんに職場体験の話したっけ?
まあ雄英高校の職場体験はこの時期の定例行事みたいなものだし、知ってる人は知ってるよね、ウン。
おじさんの居なくなって再び一人になり、また車輌は静まり返る。
さあYooTubeの続きだとイヤホンを装備しようと手を伸ばした時
「うぉおおおおおおおおッッ!!!」
…なんかドタドタとホームの階段を駆け上がってくる足音が聞こえて、大荷物抱えた学生が一人滑り込んできた。『駆け込み乗車はお止め下さい』ってアナウンス言われてるぜ君、車掌さんにめっちゃガン飛ばされてたよ?
そんな事はお構い無しに大声で「セーーーーフッ!!!」って叫ぶ君のメンタルはアダマンチウムで出来てるのかな?ウ〇ヴァリンなんかな?
背の高い学ランの男の子だった。私のヤンキーセンサーに反応しないからとりあえず急にインネン付けられる事はなさそう…
息を整えた男の子はちょうど私の向かい席にドカッと腰掛けて、そのまま列車は動き出す。
私はスマホの画面に再び目を落とし、動画に戻ろうとした所で気付いてしまった。
向かいの子めっっっっちゃ見てくる
もうね穴が空くほど私の方を見てる
なぜ?急にメンチ切られた?
なんか私悪い事したか?
なにこれ気まずい、誰か助けて。
ダメだったわこの車輌私と向かいの子しか居ないし、下手に顔上げられんぞコレは。リアル喧嘩番長じゃないんだから出会い頭にメンチビームぶつけてくるとかマナーがなってないんじゃないのかね君ィ!
れれれ冷静になれ私、穏便に済ませるんだ…中学までの喧嘩上等な私はもういない、今の私はヒーローを志すまっさら雄英生、この場面で下手なアクションは戦闘に発展する恐れがある。こういう手合いは向こうが仕掛けてくるまで無視が基本だ、殴り返すのは触られてから。あくまで正当防衛の体を装って適度にボコボコにしてやればいい(路上喧嘩歴3年のベテラン)。
気づかないフリ気づかないフリ、あーマ〇ン船長は可愛いなぁー!ホロ〇イブは最高だz「もしかして雄英の生徒さんッスか!!!」声デッカ!?うるさっ!?
「ハイ、ソウデスケド…」
「自分は夜嵐イナサって言います!士傑高校の1年生ッス!
こんな所でお会いできるなんて光栄ッスよ!」
なんて言いながらすげえ角度までお辞儀して思っきり床に頭をぶつけた士傑の生徒さん。そうかこの学ランは士傑のだったのか、女子制服しか見たこと無かったから分かんなかったわ。
夜嵐イナサと名乗ったこの子、どうらやら彼も職場体験の為にこの列車に乗っていたらしい。私のことは案の定体育祭で知られていたようで、とにかくやたらアツいアツいと褒められた。
「体育祭観ました!
龍征さんのサイッッッッコーにアツい試合で俺、騒ぎ過ぎて途中から肉倉センパイに四肢もがれて頭だけで熱狂してたッス!」
えぇ…なにそれ、士傑こっわ
「た、楽しんで貰えたなら良かった…ね?」
「モチロン!
俺、雄英高校大好きッスから!」
雄英って人気だもんねー、入学倍率300倍とか正気の沙汰じゃねえもん。
やっぱヒーロー志す人間の憧れってカンジなのかな。
「えー…じゃあなんで士傑に?雄英は受けなかったの?」
「ッ!!!あー…それはその、一応受験はしたんですがのっぴきならない事情がありまして…」
なんか急に歯切れの悪くなった夜嵐君。
世間では『東の雄英、西の士傑』と呼ばれるほどレベルの高い学校を両方受けるなんて尋常ではない。とすると彼は轟や百のように推薦を受けた可能性もある訳だ、エリートだねえ…しかしそれであれ程変な顔をするって事は、もしかするとなんかしらの地雷を踏んでしまった可能性があるのでこれ以上追求するのは止めとこう。
「事情があるなら仕方ない、人には秘密の1つや2つあるもんだ。」
「ッス!お気遣い感謝します!
ケミィセンパイも人は秘密を持ってた方が美しくなるって教えてくれましたから!」
「それ多分女性限定なんじゃないかなー…」
その後、おじさんに続く夜嵐君の雄英べた褒めトークを聞いているうちに目的の駅に着いたのでお別れを言って降車…したのだけど夜嵐君もこの駅で降りるらしい。
改札出て乗ったバスも同じだった。
降りたバス停も同じ、曲がる角も同じ、そして…
「え…」
「おぉ!もしかして俺、龍征さんと目的地が一緒だったんスね!」
私達はとあるヒーロー事務所…というか消防署前にいる。
あの5000件の中から今回お世話になるヒーローの名前は『バックドラフト』
私の特別な1週間が始まろうとしていた
とういわけでね、オリジナルが加速するぞと
じゃあ…失踪しますね ͡ ͡