疲れた時の甘いものって何でこんなに美味しいんだろう。
義兄さんが準備中してくれたトーストに、いちごジャムを塗ながら思う。甘いものは正義、間違いない。そしてコーヒーには牛乳とガムシロップを四つ。幸せである。
義兄がやっている流行ってもない、完全に趣味のカフェやバーと呼ぶかも分からない店でのんびりと朝食を食べ始めた。
カウンター席だけではなく、一つだけ置いてある四人掛けのテーブル席の反対にはブラックコーヒー片手に新聞を読む義兄、渕上長介はジャムは邪道、バターオンリー最強と言うが。
全く似ていない僕、
僕と義兄さんは同じ孤児院で育った関係だ。捨てられたことに関して小さな頃は思うことはあったが、今は気にしていない。
まあその孤児院が滅茶苦茶で、僕ら子供たちを売ろうとしてたところを僕と義兄さんとで色々やって、なんやかんや今は義兄と二人暮らし。その生活も気に入っているから良いのだけれど。
「なあ界」
煙草を吸おうと一本咥え、火をつけようとしたところで長介兄から話し掛けられた。その顔はまるでゲテモノを食べる人を見たようだ。
「何?」
「やっぱり百歩譲ってあまーーーいコーヒー牛乳と煙草は良いと思うが、ジャムトーストと煙草はいかんでしょ」
「まだ言ってるの?それに煙草は空気、空気は何にでも合う、至言だと思わない?」
「やかましい。絶対その組み合わせ少数派だわ」
「世界は少数派に優しくないね」
「お前みたいな甘党、麻雀中毒、ニコチン中毒、少数派どころか世界に一人だけだわ」
「いや義兄さんもだからね?甘党以外被ってるからね、珈琲野郎」
そう、この男渕上長介は人のことは馬鹿にするくせに、自分のことは棚にあげるのだ。
甘いものは大の苦手だが、カフェイン中毒、麻雀中毒で、ニコチン中毒で。顔も性格も正反対だけどこういったところは似通っている。
と言うよりも、単に義兄さんの趣味に染まってしまったというべきか。煙草も麻雀も義兄さんから教えてもらった、いや、教え込まれたというべきかもしれない。
長い髪を後ろに縛り、無精ひげをはやした男。身体は趣味で鍛えていて(女にモテるためだとか。成功例は聞いたことない)服装はいつも白のタンクトップにジーンズとかくそダサいファッション。これが現場作業員とかだったらまだ良いと思うが、このカフェ平和《ピンフ》の店長をしている。理由は一番好きな役だからって言ってた。安直過ぎる。
しかしほとんど来店はないし、開けている時間も不定期で、
たまに昔の縁で知り合ったという厳つい顔の人達なんかが来るくらい。どうせ麻雀で負かしたんだろう。
「全く可愛げの無い義弟だ」
「いや成人してる男に可愛げなんて求めないでよ」
馬鹿馬鹿しいと思いながら煙を吐き出す。
まあ、しかし。こんな僕でも義弟として、居場所を作っているこの人には感謝しているが、言うと調子に乗るから絶対言わない。
「でも麻雀中のお前はやばいよな。可愛げないどころか怖いとか思われているし」
「麻雀中は集中してるししょうがないよ」
「それにしたって人に鬼とかいて傀なんて呼ばれてるのは流石に笑ったわ」
「うるさい!いつの間にか定着したから仕方ないでしょ!」
そう、マンション麻雀を色々めぐっていたらいつの間にかそう呼ばれている。
「雀荘で本名名乗っているのに、漢字が違うだけで謎の男とか(笑)」
人が少し誉めてたのに、この男はニヤニヤしながら煽り始めた。
「界は麻雀中変なスイッチ入って格好付けのコミュ障になるし」
「……」
「御無礼ってやつ、最初ごめんなさいを敬語で言おうとしてからだったっけ?」
「…………」
「そっからそのキャラで通しているのは今更変えられないっていうよりも、ちょっと気に入っているからだもんな?」
「………………」
「安永プロのファンで最初出会った時テンション上がりすぎて、煽ってボコボコにして落ち込んでいたのも笑ったわ。何年前だっけか、忘れたけど」
この野郎、好き勝手に言いやがって。
「……義兄さん」
「んどうした人鬼?」
カッチーン。頭にきた。
流石に言われっぱなしは趣味じゃないし、肉体では敵わないけど。
トーストの皿やジャムを手にとり、サイドテーブルへ移動させる。
義兄さんも気付いたのか、ニヤリと笑い、飲んでいたコーヒーを移動させ、テーブルの天板を取り外した。
天板を外すとそこには、緑色のマットの中心にサイコロが埋め込まれている。そう、麻雀卓である。
テーブルは元々全自動卓で、そこに天板を乗せテーブルとして普段は使っている。
いつもはこうしてご飯を食べるところとして使っているが、どちらかというと麻雀卓として使うほうが多い。この義兄と勝負するために。
「さて義兄さん、何を賭けようか?」
義兄さんは相変わらずニヤニヤと気持ち悪い顔をしながら、結んでいた髪をほどき、もう一度束ねながら言う。
「さあて、何でもいいぜ?」
ん?何でも良いって言ったよね? その言葉を待っていたよ。
「なら僕が勝ったらさっきのいちごジャムと、ガムシロップ一気飲みで」
「はあ!?お前それ俺に死ねってか!?てかせめてコーヒーに入れろよ!」
直飲みに決まってるじゃない。
サイドテーブルにあるガムシロップのほうをみると、さっき開けたばかりのため、二十個くらいはあるんじゃないかな。
このふざけた義兄には苦しんで貰わないといけないからね。
「やばい、煽り過ぎたか」
「もう遅いよ義兄さん、悶えて苦しむがいい」
「なんだその魔王みたいなキャラ」
溜め息をついているが、僕を怒らせたことを後悔させてやる。
義兄さんは煙草に火をつけると、何か思いついたような顔で笑った。
その笑い方にはあまり良い思い出がなく、嫌な予感がする。
「なら俺が勝ったら安永プロにサイン貰ってきて。界君へって文字付で。あ、傀君でもいいよ」
「はあ!?何それ!?」
それだけは不味い。ファンなのは認めるが、今の関係から突然サイン下さいとか絶対言えない。
「……全力でいくよ」
「かかってこいよ、傀」
卓を起動させ、牌がせり上がる。
「ルールはいつも通りな」
25000持ちで東風戦。赤無し。アリアリで、違うのはチーはお互いに出来る。
純粋に点数が多いほうの勝ち。普通の東風戦をただ二人でやるだけ。
点数は少し特殊でロンは通常通りだが、ツモのときは、損無しで貰える。つまり、300、500であれば、1100点。
そのため、ツモのほうが少し得点が左右される。
麻雀を覚えさせられた頃も、こうやって二人で延々と打ちづけたものだ。
しかし今はそんな感傷に浸っている場合ではなく、比喩抜きで死に物狂いで勝ちに行かなければならない。
昨晩の麻雀なんて比べものにならないくらい負けられない戦いが始まる。