───私ねー、大きくなったらかいくんのお嫁さんになるんだー!
そっか。
───ちょっと素直じゃないけど、優しい所が好きなんだ!
そっか。
───一度っきりの人生だけじゃなくて、何度でも一緒にいたい!
そっか。
───あーあ。もっと長い間、生きてられればいいのにね。
そっか。
もう、やめてくれ
「かーいくんっ!」
「───ん? どうした、愛」
「それはこっちの台詞だよ! ボーッと窓見つめてどうしたの?」
「いや、後数日でこの校舎とお別れだと思うとさ」
「わー、ありきたりな台詞。……でもそうだね。濃かったからなー、高校生活」
暖かい日もあるが、まだ、肌寒い季節。
オレンジ色に輝く日を見つめ、校庭から届く部活生の声に耳を傾け、彼らは微笑みながら語り合う。
「かい君が告白してくれた日は、漸くかーって日常のように流れたけどね」
「……おい、アレ結構緊張してたんだからな? お前の親父さんの事とか、将来の事とか考えてさ」
「むふふー。まるで結婚前の事みたいなの考えるんだね」
「俺はそのつもりで告白した」
幼馴染で恋人だからこそ曝け出し合う事の出来る、嘘偽りのない会話。
装いなどない互いの感情を見つめ合う。
照れ顔を、意地悪な笑顔を、真剣な顔を。
「……ねー、かい君。結婚、何時しよっか?」
「気が早くないか?」
「だって、かい君が真剣な顔で言うんだもん。考えちゃうよ」
「……そうだな」
「かい君。子供の頃、一緒にお寺でお祈りした事……覚えてる?」
目の前で頬杖をつく少女の顔と、過去の顔を重ねさせる。
優しく微笑んで頷く彼に、少女はニッコリと笑って言った。
「ずっと一緒にいようね!」
もう、やめてくれ
「昨日の様に思い出すね……」
「ちっちゃい時からずっと一緒に居たよ」
「でも、楽しい毎日だった」
「こんな楽しい日々が続くなら───」
「来世でも、ずっと一緒に居たいなぁ」
───ああ。また、時は巻き戻る。
「ずっと一緒にいようね!」
これは神様の気紛れだろうか。
「また、ずっと一緒に居たいなぁ」
それとも、悪魔の呪いだろうか。
たった一度の願いで、小さな子供の願望で、苦しい日々を送る事になるなんて思いもしなかった。
当然一度目は歓喜さえした。80年で潰えたはずの命は再び蘇り、愛する者との明日を歩めるのだから。
二度目は、何処か疲れたのかもしれない。160年以上の時は人に重かったのだろう。
それでも三度目は歓喜した。愛する人との絆は離れないと。
四度、五度、六度、七度、八度───はて、何度目になるのだろうか?
人の限界など既に超えて、その身はやがてボロボロになる。
不老不死とはまた違う。その身は老いるし、その命は消失する。
でも何度老い、何度消失しても、その身は再び蘇るのだ。
どうしてこんな目に遭うのだろう?
もう苦しい思いは繰り返したくない。
もう───純粋な愛は向けられない。
だから、そんな目で見るなと。手を振り払った。
「……かい、くん?」
「いやだ……ごめん……死にたい……死にたくない……怖い……」
全てを抱える事は出来ない。もう諦めたい。
自分の何かが悪かったのだろうか?
何度も繰り返した生をもう歩みたくない。
でもきっと繰り返される。
ああ、自分の存在は───一体何なのだろうか。
「………」
酷く、冷たかった。
消え去りそうなのに決して消えない、永遠に燃え続ける弱々しい灯火。
消してしまった方が早い筈の小さな炎。
それを燃え上がらせるかのように、少女は優しく抱きしめた。
「うん。何が怖かったのか、聞かせて」
手を振り払った事など気にせず、ただ優しく語り掛けた。
少年と未来を歩んだ記憶のない、正真正銘唯の女の子がだ。
当たり前のように存在していた愛。でもそれを一度手放して……でも再度感じさせてくれる。
今、大切な物は失ってから初めて気付くという言葉の重みを実感した。
少年は話す。
今まで繰り返された永遠の時間を。
無限の己に刻まれた、その過去を。
愛情も苦情も、喜怒哀楽の全てを。
少女は的確に相槌を打ち、頷き、頭を撫でる。
「頑張ったね、苦しかったね。……じゃあこれから探して行こう。その解決策を」
もう、時の流れなんてどうでも良いと思っていた。
数十も繰り返された人生は、本来人が感じれる時の流れのそれとは別物となっている。
そう。たった十年程度の出来事など、本来特別に考えることもなかった日々だ。
だが大切な重みを知ったこの十年間は、色濃かった。灰色の世界は鮮やかに広がり、その瞳に景色を映す。
オレンジ色に輝く日を見つめ、校庭から届く部活生の声に耳を傾け、ふと微笑んだ。
心の底から人生を楽しめたのは、何時以来だっただろう。
チクタク───時計の針はチクタクと、留まる気配もなく進んでいく。
その短い針が6を示す時。少年は、酷く違和感を覚えた。
何時だって、どの世界だって、この時間帯となれば彼女が迎えに来ていたのだ。
長い長い時間の、たった一瞬の出来事。それでも明確に覚えていた、青春の一ページ。
その思い出が燃えていくイメージを、少年は浮かべた。
「───……ッ!」
走る。
スクールバッグを持つ余裕はなく、教師の声を気にする余裕はなく、ただ焦りと恐怖の表情を浮かべたまま。
ああ、確かに可能性として浮かべていた。この無限の
この永遠の時間を終わらせる為に少年はあらゆる事を試したのだ。自殺も、自らを虐め倒す拷問も。
自分の何かが繰り返しの原因になっているのかもしれないからと、自分にできる事は何でもやった。
だがそれでも、一つ出来ない事がある。
彼女が、愛する者が、自分よりも早く死ぬという事。
それだけは、この数十の生で一度も起きることのなかった出来事。
頭の中で理解はしてても、認めたくなかった。
だってそれは、彼女に「死んで欲しい」と言っているような物だから。
どれだけ時間が経とうが、彼女への愛が尽きた日は存在しない。だからその選択だけは取れなかった。
だが今回の生は今までと違う。
今回だけは、彼女が少年の出来事を知ってしまった。
その経験の全てから考え、人が試せる中で解決策を見出せないならば───
「〜〜〜〜ッ!」
違う、そんなつもりなどなかった。
弱音を吐いたのは、死なせたいからなんかじゃない。
でもあの日、誰よりも自分を優先してしまったのは確かだ。
息が切れる。
呼吸が乱れる。
視界が歪む。
疲れ果てた脳は休息を求める。
でも休める筈がないと上を見上げ───
ああ、落ちていく
屋上の縁で身体を傾かせていく。
その脳裏に浮かぶのは少年の顔。
彼女は死にそうな───死のうとしている状況で、大切な事を思い出したように空を見上げた。
好きだと言われ、結婚したと言われ、もう付き合っているつもりだった。
でもこの生は、まだなのだ。
友達止まりの、幼馴染止まりのストーリー。
突然な浮遊感。
そして、重力が掛かり落下。
天地がひっくり返った視界には地面が映る。
その遠いようで近い場所には、己の愛する者が。
子供の頃の自分の夢が彼を苦しませたのかもしれない。
そう思うと胸が苦しくなる。
これは断罪のつもりなのかもしれない。
でも、言いたい事は一つだけ。
「ごめんね、大好きだよ」
───酷く鈍い音が、鳴り響いた。
ああ、神様。永遠の時間なんて言いません。何時迄も一緒に居られるという願望を叶えなくてもいいです。
来世が離れ離れでもいい。
でもどうか、一つだけ願いを叶えてくれるならば───
ほんの一生だけ、幸せを恵んで下さい。
……3000文字に収めるのって、ホントむずいっすね。元はあざらし杯とか関係なしに書こうと思ってた設定だし、仕方ないっちゃ仕方ないんですけども……。
あ、連載の方も今続き書いてるんで、是非ともお楽しみに!
執筆を再開するいい機会になったなー。