怪物に言葉は通じない。怪物の正体は分からない。──そして、怪物を倒すことはできない。

これは自然界ではよくあること。ただの日常譚。

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白きバケモノ

 私は■■■■。この世に生を受けて幾年経ったか分からない。だけど、私は立派な大人になり、今では1人で生きていける力を付けた。強いというわけではないが、弱いというわけじゃない。勝ち抜く事はできなくとも、生き抜く事はできる力だ。

 

 周りは何処を見渡しても白い大地。私はそこで生きてきた。と言っても、地上よりもその下にある水中で暮らす事の方が多い。地上は天敵が居るし、私の身体は地上に適してないから。地上にずっと居れば私は格好の的になる。

 

 それに、水中は食べ物が豊富だ。カニやエビ、貝などの底性無脊椎動物やタラなど、地上と違って豊富な食べ物が多い。だから、そもそも地上に行く理由はあまり無いのだ。ずっと水中に居れればどれだけ平和で嬉しい事か。でも、私は水中で生きれる生物じゃないから仕方ない。

 

 

──うぁっ──

 

 遠くで小さな叫び声が聞こえた。稀にある。私の同族の声だ。天敵に襲われたか、それとも事故か。どちらにせよ、あの声は危険の意が込められてる。何があったか知らないが、近付くのは憚れる。例え声の主が危険な状況で、助けを求めていたとしても。それは自然の成り行きであり、本人の責任だ。弱肉強食、それがこの世の中なのだから。

 

 

──グルゥゥゥゥ──

 

 刹那、先ほどの叫び声と同じ方角から、大きな咆哮が聞こえてきた。あれは獲物を求む声。捕食者の発する恐ろしい声。あの叫び声は事故なんて生易しいものではなかったのだ。同族が襲われ、助けを求めた声だったのだ。

 

 それを理解するとすぐさま逃げる。声が聞こえた方向とは真逆へ。助けになんて行けない。そんな事をすれば、今度は私が襲われる。強くない私は、捕食者を倒す事なんてできない。もし襲われたら、確実に殺されて食われる。それは嫌だ。もっと生きたい。まだつがいも見つけてないのに、種を繁栄できずに死ぬなんて、私にとって恥でしかない。

 

 

──グルォォォォ──

 

 二度の咆哮。それは先刻と同じモノの声。聞いたものを恐怖で震えさせる、バケモノの声。しかし、いつもよりハッキリと、とても大きく聞こえ──そこでハッと我に返る。もしやと思い、声の方へ振り返る。

 

 私の視線の先には、この大地のように真っ白な巨体を持つバケモノが居た。私をいとも容易く切り裂ける残酷な爪に、一口で丸呑みされそうな大きな口。そして、その鋭い瞳は私を真っ直ぐと見つめていた。その足下には私の同族が、真っ赤な血を流して倒れている。バケモノの残忍な牙で首が裂かれ、ピクリとも動かない今も尚、血が溢れ出てる。

 

 

──グルゥゥゥゥ⋯⋯──

 

 低い唸り声を出しながら、徐々に近付いてくる。その歩みは食べたばかりだからか鈍く、遅い。それでも地上に不慣れな私よりも動きは素早い。徐々に近付く白きバケモノに、私は慌てて水中に向かって這って逃げる。

 

 だが、どれだけ這っても、声からは逃れられない。白きバケモノがのそのそと近付く音は、小さくなるどころかむしろ大きくなってきた。相手との速度が違いすぎる。このままでは、水中に逃げるよりも先に捕まってしまう。

 

 

──オォォォォ⋯⋯!──

 

 声が段々と大きくなる中、十数メートル先にようやく水が──海が見えてきた。この途方もなく広い白い大地を囲む、この大地以上に大きな真っ青で綺麗な海。命を生み、命を繋ぐ──私を助けてくれる海。それが視認できたと同時に、より一層頑張って地を這った。潜り込めさえすれば、助かるからと。

 

 

──グオォォォォ!──

 

 すぐ後ろから気味悪い声が聞こえる。目と鼻の先まで海に近付いた私は、背後を振り返る事もなく、迷わず海に飛び込んだ。水飛沫が飛び跳ね、大きな音とともに身体中が冷たい水に包まれる。勢いよく海へ潜った私は、後ろから迫るモノを振り切ろうと、自分でも驚くほど素早く水の中を進む。これで一先ずは安心だ。

 

 だけど、それでも油断はできない。私達と同じく、バケモノは海の中に潜る事ができる。幾ら私達よりも遅く、短い時間だけと言っても、それで油断すれば呆気なく捕まって死ぬだろう。今までもそういう同族は何度か見てきた。水に潜って安心し、油断した途端に首を掻っ切られた同族を。

 

 

──バシャン──

 

 案の定、バケモノは追いかけてきたようだ。もし油断して、慢心して、水面近くに居ればそのまま殺されていた。想像するだけで苦しそうだ。痛そうだ。辛そうだ。──だから、死ぬなんて嫌だ。

 

 胸に秘めた思いを強く願い、必死に海を渡る。

 

 

 

 

 

 しばらくして、潜り疲れた私は別の大地へ上がった。先ほどの大陸とどれくらい離れてるのか、明確な事は分からない。だが、もう追ってきてないから、それなりに遠い場所ではあるだろう。これでようやく、休憩できる。安心して眠る事もできる。

 

 

──ウゥゥゥゥ──

 

 そう思った矢先だ。目の前に──いつの間にか──あの白いバケモノが居たのは。さっき追いかけてきたバケモノとはまた()()個体。だが、さっきのバケモノよりも腹が空いてか、とても飢えている。今すぐにでもその太い足で走って追いかけてきそうな、あの目にはそんな危険を感じる。

 

 幸いにも気付いた時はまだまだ距離があった。このまま海に飛び込めば、あるいは逃げ切れるかもしれない。

 

 そんな儚い希望に縋り、背後を振り返ろうと⋯⋯。

 

 

──ウォォォォ⋯⋯──

 

 再び声がした。それも今飛び込もうとした海の方から。恐る恐る振り返り、唖然とする。

 

 

 

 海から、白いバケモノの顔が現れていたのだ。それも最初に会った個体とも、今目の前に居る個体とも完全に別。新たな個体だ。普通は一匹でしか行動しないはずなのに、運が悪くも囲まれてしまった。しかし、新たな個体は他のバケモノよりも一回り小さく、私と同じくらいの大きさだ。今すぐ飛び込めば、何とか振り切る事もできるかもしれない。

 

 そう思い、不慣れにも地を蹴って飛び上がる。そして、小さなバケモノへ力いっぱいに体当たりした。

 

 

──ウォォォォ!──

 

 が、ビクともしない。それどころか何食わぬ顔で右手を振り上げ、勢いよく振り下ろしてきた。

 

 

 

 瞬間、浮遊感とともに左脇腹に鋭い痛みが走る。更には全身に鈍い痛みが広がる。

 

 どうやら、殴られて数メートル程吹き飛ばされたらしい。不思議とこれ以上に痛みは感じない。が、身体は動かない。視界の端に映る腹部からは血が流れ出てる。

 

 そんな私に容赦なく近付き、私を覆う大きな影。哀れみも怒りも同情すらも感じず、ただ飢えた瞳を向けてくる。もう一匹、私を殴った個体も近付いてきてるらしく、ゆっくりながら大きな足音が聞こえる。最早何もできない。バケモノを倒す事も、逃げる事すらも。

 

 諦めて目を閉じると同時に、首に温かい感触を感じた。この寒い地だからこそ気持ちよく、心地よい、そんな温もり。

 

 

 

 

 

 それをじっくり味わう暇もなく、再び痛みが走る。今度は先ほどの比ではなく、痛み以上に、一瞬にして全てを奪われたような喪失感も感じた。そして、私の意識は、そこで──途切れた。




ヒトが死んでもその者の記憶は消えない。観測者が残っている限り、唐突に消滅するわけではなく、徐々に薄れていくものだ。

故にこそ、語り継がれるそのモノは──あざらしは、不滅なり⋯⋯()

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