絆レベル10のカルデア   作:ヒラガナ

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第一話:藤丸立香と性女と聖拝戦争

藤丸(ふじまる)立香(りつか)はどこにでもいる普通の少年である。

中肉中背、顔は無難にまとまった作りで、性格は中庸寄りの善性。

陽キャラでもなければ、陰キャラでもない、学校のヒエラルキーは中間層に位置する――そんな少年だ。

 

が、『普通』と称される主人公が普通でないのは世の常で、藤丸立香もご多分に漏れない。

彼には特殊な能力があった、それも三つも。

 

一つは『レイシフト適正100%』

異なる時代、異なる世界に転移する『レイシフト』。それは己の存在をあやふやにする危険な行為だ。人理継続保障機関フィニス・カルデア側の観測がなければ存在が希薄となり、レイシフト者は世界の異物として意味消失する。

適正がない者はレイシフトした瞬間に『無かったもの』として消えてしまうだろう。そして、適正者は世界中を見渡しても50人程度だと試算されている。

そんな中、藤丸立香はレイシフト適正100%を叩き出した。これはカルデアから観測されていなくてもレイシフト先で、しばらく平気な顔して活動出来る驚くべき数値だ。まさにレイシフトするために生まれてきたような存在である。

 

 

もう一つは『絆レベル測定』

魔術とは縁のない一般家庭出身の立香だが、魔術師の才はあった。とは言え、ごく微量な魔力しか持ち合わせておらず、魔術の基本でもある『強化』すら使えない。

しかし、彼は生まれついて『他者が自分をどの程度親しく思っているか』を測定出来る魔眼を有していた。相手を意のままに操ったり、相手を硬直させたり、死が視覚化出来たり、おぞましい効果ばかりの魔眼の中で、立香の魔眼はささやかなものだ。

 

絆を測定すると言ってもレベル0からレベル5までの6段階評価と大雑把。

初対面ならレベル0で、肉親はレベル5、クラスメートは1~3で安定しており数値が大きく変動するのは稀だ。故に彼はこの魔眼を多用せず、たまにクラスの可愛い女子が自分をどう思っているのか確認して、一向に上がらない絆レベルに小さく溜息をつく程度だった。

 

これら二つだけなら一般人(いっぱんじん)に近い逸般人(いっぱんじん)として藤丸立香は人類最後のマスターとなり、人理焼却という未曽有の大災害に立ち向かっただろう。

人理保障機関カルデアの職員たちや、歴史に名を刻む英霊たちとそれなりに絆を深め、魔術王の目論見を打破せんと死力を尽くしただろう。

だが――そうはならなかった。

 

全ては三つ目の能力に起因する。三つ目が全てを狂わせてしまった。

人類にとっては幸運かもしれないが、藤丸立香個人には間違いなく不幸となる忌むべき能力――『サーヴァント特攻(ハート)』

 

この物語は、サーヴァントによる襲撃から必死に逃げるついでに人理を守るマスター『藤丸立香』と、彼の命は守るが貞操を狙う『サーヴァント』たちの肉々しい狂騒劇である。

 

 

 

 

 

 

 

 

目覚めてみると、眼前に聖女がいた。

文字通りの目と鼻の先。ベッドの上で四つん這いになり、立香に覆いかぶさっている。その血走った瞳と荒い息は、彼女の呼称が聖女ではなく性女なのでは? と疑いたくなるほどだ。

 

「おはよう……ジャンヌ……さん」

危なかった、あと三秒目覚めるのが遅かったらヤラれていた。立香は肝と股間を縮めながら穏便に挨拶をする。

 

「チッ」

恐ろしく速い舌打ち、襲われ慣れしているマスターでなきゃ見逃しちゃうアクションを取りつつジャンヌはベッドから離れた。そして――

 

「おはようございます、マスター」

完全無敵の清楚な微笑みを浮かべる。ここだけ切り取れば、彼女が聖処女ジャンヌ・ダルクであることを疑う者はいないだろう。

 

どうしてマウントスタイルを取っていたの? そう尋ねるほど立香は不用心ではない。性女が理性を振り絞って退いてくれたのだ、わざわざ蒸し返して刺激するのは三流の手である。

 

「今日は、ジャンヌさんなんですね。俺を起こす係は」

それ故の話題転換。さらに何でもないように喋りながら、立香は急いで寝床から脱した。肉食サーヴァントにとってベッド上のマスターは皿の上のメインディッシュと同義、長居は無用だ。

 

「ふふ。はい、初めてのマスター起床係です。呼んでも起きなかったら――と思って()()用意していたのですが、意外と眠りが浅いんですね。いけませんよ、厳しい戦いの連続で心が休まらないと思いますけど、せめてカルデアの中くらいはリラックスしてください」

 

「はは、努力します」

誰のせいでこうなったと思ってんだ! 抗議の声をグッとこらえて、立香は曖昧に笑った。正直、彼にとってはレイシフト先もカルデアも等しく危険地帯である。

 

「ところで、マスターは寝間着を着用しないのですね。服に皺が出来ますし、あまり感心しませんよ」

「すみません、着替えるのが面倒臭くて」

 

無論、嘘である。可能な限り着替えの頻度を抑えるのは、カルデア内護身術の初歩の初歩だ。

 

「もう、調停者(ルーラー)としてあなたを正しく導くのが私の務め。行き過ぎた怠惰は許しませんよ」

口では小言を吐くが、ジャンヌの顔には『せっかくマスターのパジャマ姿が見られると期待したのに』と書いてある。

 

『パジャマ関連の話題を続けるのはマズイ。別の角度から切り返せ』

藤丸立香の危険予知(貞)スキルが進言した。これは数々の修羅場を超える中で勝手に()えたスキルであり、当初はEランクだったのに今やBランクとなった成長著しいスキルだ。ただ、貞操の危険を予知するだけで、命の危険には鈍感なのが玉に瑕である。

 

「そのルーラーであるジャンヌさんが、俺を起こしに来るなんてビックリしました。ここに来たってことは勝ったんですよね……あの戦いに」

 

「たまたまです。私はいつものように調停者として参加していたのですが、今日の戦いに勝利者はいませんでした。最後まで残っていた二体のサーヴァントが同時に倒れ伏してしまって……ですので、代わりに私がマスター起床係になったわけです」

 

マスターの寝顔を拝むための戦い。俗にいう『聖拝戦争』がカルデアでは毎日繰り広げられている。その歴史は古く、誰が立案したのかはもう分からない。判明しているのは、立香が最初の特異点である冬木から帰還した直後に始まった事だ。

 

多くのサーヴァントがカルデア内で争えば、開始10秒で人類最後の砦は崩壊し、サーヴァントを現界させるための電力が途絶えてしまう。そこでサーヴァントたちは己をデータ化して、シミュレータ内で技と力と英知を駆使したバトルロイヤルに明け暮れている。

様子見や出し惜しみは一切ない。最初からクライマックスの大決戦だ。参戦するサーヴァントは増加の一途を辿り、今では100体の大台を突破した。

一騎当千の強者(つわもの)たちが対人・対軍・対城・対界宝具をブッ放し合う大乱戦は、並行世界で行われた『聖杯大戦』がお遊戯に見えるほど熾烈を極め、興味本位で画面越しに観戦した立香がパンツを取り換えるのに十分な迫力だった。

 

敗者はしばらく霊体となるようペナルティが設定されており、勝者のみが実体化して立香の部屋へ赴くことが出来る。

今日の勝利者は(自称)調停者のジャンヌ・ダルクであり、勝因は『たまたま』だと言う。

もちろん立香は信じていない。

ジャンヌは調停しない調停者として彼の中で認識されており、中立と言いながら片方を贔屓(ひいき)する傾向にある。また、平和や友和を謡いながらも最終的には実力行使に及ぶ脳筋でもある。何より目の前のジャンヌは――

 

立香は魔眼を発動させた。

ジャンヌに重なるように文字が浮かび上がる。『絆レベル10』という文字が。

 

なんだよ、絆レベル10って……

 

手塩にかけて育ててくれた両親だって絆レベルは5だ。それを遥かに上回る絆レベル10。

そんなサーヴァントがまともなわけない。絶対、精神に異常をきたしている。

 

 

 

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常識外の絆レベル。最初は見間違いかと思った。あるいは魔眼の誤作動か……

地獄のような冬木で初めてサーヴァントを召喚した時、絆レベル0の魔女が現れた。恋愛敗北者の雰囲気を醸しているが、神話に名を残す大魔女だ。ちゃんとコミュニケーションを取れるのだろうか。と、心配した立香だったが、しばらくしてそれは別の心配へと代わる。

 

大魔女を従えての初戦闘。骸骨兵を鎧袖一触で片付けた彼女を見た際、「えっ?」と立香は驚きを漏らした。

 

『絆レベル2』

 

一戦闘を終えただけで絆が一気に深まっている。初対面からほどほど喋るクラスメートレベルに。

 

上がり過ぎじゃないか……いや、『つり橋効果』というのもあるし、命のやり取りの中で絆が上昇しやすくなっているのか。

疑問に思ったが、とにかく生き残る方が先決だ。

 

立香は盾サーヴァントのマシュ、所長、神話級恋愛敗北者の大魔女、途中で仲間になったキャスター兄貴と共に炎上汚染都市・冬木を駆け抜け、最後にオルタ化したアーサー王を倒した。

 

と、ここで不思議な事が起きる。

所長が敵の手によって消滅するちょっとしたトラブルを挟んでカルデアに帰還すると、大魔女がデレデレになっていたのだ。

 

なんだこれはワケが分からない。初対面の時はフレンドリーながらも大魔女らしい威厳で接してきたのに、短時間一緒に居ただけで『捨てられるのが怖くて必死に貢ぐ系魔女』に早変わりしていた。

 

もっとも大魔女が貢いでくるのはキュケオーンという麦粥だ。

味気ない見た目に騙されることなかれ。一見ただのお粥だが、シリアスな顔して腹ペコ属性だった強敵オルタ・アーサー王を豚にした勝負の決め手でもある。そんな経緯があるので、まったく食欲がそそられない。

 

なお余談だが、豚にされたオルタは、キャスター兄貴の宝具『灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)』により、燃え盛る巨人の檻に閉じ込められた。

で、檻の中でこんがり丸焼きにされてしまったのである。その見事な焼き上がりに立香は涎を垂らしそうになった。

 

「ぐぐああああああッッッ!! 私がこんな無様なやられ方をぉぉぉぉ!!」

豚化が解けて消失する際のオルタの断末魔。さぞ無念だったのだろう。悲愴さが半端なく込められており、立香の耳にこびりついて離れない。

 

屈辱に塗れたオルタの最期はこのくらいにして――

 

「なんだってするからさ! 一緒にいておくれよ。ほら、ここにキュケオーンがある、キュケオーンをプレゼントするから! キュケオーンをお食べ! お食べったら!」

グイグイと食べさせようとする大魔女をやんわりと拒みながら立香は魔眼を発動させた。すると。

 

『絆レベル6』

 

6? 未だかつて見たことのない数字である。

目をゴシゴシと擦って再び見るが、やはり大魔女の絆レベルは6。

 

なんだ6って? 絆レベルは5が上限じゃないのか。そもそも一日で絆が0から6になるなんて上昇速度がおかしい。マスターとサーヴァントの間柄が関係しているのか?

 

次々と湧く疑問に立香は答えを出せなかった。

ま、まあ戦友であるサーヴァントと仲良くなるのは悪いことじゃないよね……?

 

そう甘く考えていたのは僅かな期間で、初レイシフト以降次々と召喚されるサーヴァントたちも同様に絆レベルを爆上げしていく。人間の限界である絆レベル5など一日で突破するのは当たり前。絆レベル10でなければ藤丸立香のサーヴァントにあらず。

生前は人格者として知れ渡っていた善・秩序属性のサーヴァントだろうと関係ない。どいつもこいつもマスターのためなら溶岩の中を泳ぐのも辞さないガチ勢となる。

 

く、喰われるっ!?

立香は恐怖した。狼の群れの中で暮らすことを余儀なくされた子羊の心境だ。

 

 

カルデア職員たちの絆レベルは落ち着いていてコミュニケーションが取れる。立香はカルデア医療部門トップのDr.ロマンに助言を乞うことにした。

 

「マスターとサーヴァントは特別な絆で結ばれるみたいだからね。みんなが立香君に一目を置くのは自然なことじゃないかな。 えっ? それにしても置かれ過ぎだって? うーん、立香君はレイシフト適性だけでなくマスター適性も高いのかな? なんにせよ、不安ならボクの部屋で寝泊りするかい? 少しは安全だと思うけど」

 

なぜか赤面するロマン。提案した瞬間、彼の絆レベルは人間では最大値の5から6に上がった。

 

「っ!」

前々から異様に気に入られているとは思ったけど……親より強い愛情を持つなんて普通じゃない!

 

 

ロマンから漂うヤベェ臭に戦慄する。

立香はロマンの申し出を丁重に断り、以降節度を持って交流するようになった。

 

数日後。

ロマンがチビチビ酒を飲みながら英霊ダビデに人間関係の悩みを打ち明けている光景が、深夜の食堂で目撃されたそうだが、それは別の話。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

話を戻す。

部屋に備え付けの洗面台で顔を洗う。拭きタオルはジャンヌが持参した物を使うよう強要されたので仕方なく従う。

そして、立香は使用後のタオルを返却した――いつの間にか手袋をしたジャンヌに。

性女は満足げにタオルを受け取り、自身の指紋が付かないようにしてジップロックへ封入した。ストーカーがゴミ捨て場からターゲットの私物を収集するみたいだ、と思いながらも立香は見て見ぬフリをする。サーヴァントのやる事をいちいち気にしていたら身も心もボロボロになるので、是非もないネ。

 

続いて歯磨きをする。ジャンヌが無言でガン見する中、居心地の悪さに耐えながらブラッシング。早く済ませてしまうと「ちゃんと磨かないといけませんよ」と叱られそうなので、我慢して歯ブラシを動かす。ようやく磨き終わり、口をゆすいだタイミングで。

 

「あっその歯ブラシ、先端がヘタっていますね。ちょうど新しい物を持ち合わせていますので今後使ってください」

と、若干の棒読みでジャンヌが新品の歯ブラシを取り出した。

 

なぜ、新品を持ち歩いているのか?

なぜ、持っているなら歯磨きを始める前に渡さなかったのか?

なぜ、「使い古した方は私が処分しておきますね」と言いながらも部屋のゴミ箱ではなく、二個目のジップロックに封入しているのか?

 

これらの疑問を全て立香はスルーした。ツッコミを入れたところで不毛な会話になるのは火を見るより明らかだ。

そもそもサーヴァントたちが彼の私物を何かにつけて持ち去るのは日常茶飯事。歯ブラシだって毎日のように取って代わる。カルデア以外の世界が焼却された今、歯ブラシだって貴重なはず。いったいどこからサーヴァントたちは新品を用意して来ているのだろうか?

 

彼には見当が付かなかったが、歯ブラシ供給の裏には商売ッ気のある複数のサーヴァントの暗躍があった。『藤丸立香』はサーヴァントたちにとって一大コンテンツであり、彼に関するグッズが膨大なQPで取引されている。もし、立香がカルデアマーケットの実態を見聞きすれば、その胃は限界に達するだろう。知らない事は幸せである。

 

 

身支度を整えると。

「では、食堂に参りましょう。一日を元気に過ごすには、朝食が必要不可欠です」

ジャンヌが片手をヌッと突き出した。意味する所は分かる。

立香はその手を握り返し、二人はお手手つないで食堂へと歩き出した。

 

この歳にもなって……と恥ずかしかったのは今や昔。毎日のようにやっていれば羞恥心より諦めが先行する。人間、何事も慣れである。

 

上機嫌なジャンヌと、人生の侘しさに溢れる立香の足取りが唐突に止まった。

二人の行き先を遮り、一体のサーヴァントが仁王立ちしている。

 

「ようやく実体に戻れるようになりました。やってくれましたね、聖女様」

ジャンヌと瓜二つだが、中二病を発症したかのようにダークさを纏うサーヴァント『ジャンヌ・ダルク・オルタ』。

 

復讐者(アヴェンジャー)クラスらしくいつも不機嫌そうな彼女が、今日はいつにも増して眉間に皺を寄せている。

その厳しい眼光がジャンヌと藤丸立香の繋がれた手に注がれた。

 

「その手を放しなさい。本来なら私が握るはずだった手ですよ」

 

「なにを言っているのか分かりません。マスター、早く食堂に行きましょう」

 

「聞く耳を持たないわけですか。まったく、汚い手段で勝利をもぎ取るとは聖女が聞いて呆れます」

 

「汚い手段、ですか?」

言い争いを始めるダブルジャンヌに向けて、立香は疑問を投げかけた。

 

「そうですよ、マスター。この性悪女は、本日の聖拝戦争が始まる前にこう持ち掛けてきたのです」

 

「マスター! 堕ちた私の言葉に耳を傾けてはいけません。全て戯言です」

 

「はん、貴女は言いましたよね。『共同戦線を張りませんか? 他ならぬマスターに接近するためです、これまでの遺恨は一旦忘れましょう。調停者である私なら、貴女が生き延びられるよう戦局を操作出来るかもしれません』って。それは良いです。実際、私は最後までは生存出来ました――けれど、貴女は最後の最後に裏切りましたね。疲労困憊の私の背後に回り、後頭部に一撃を加えたのです。ああ、なんて野蛮で卑怯なのでしょう」

 

『どうだ、お前の印象を落としてやったぞ』と言いたげなドヤ顔のジャンヌ・オルタ。

『なにチクッているんですか馬鹿ァァ!』と忌々しい顔をするダメ調停者ジャンヌ。

 

どちらが真実を口にしているのかは一目瞭然だ。しかし、「まあ、そんな事だと思ったよ」というのが立香の正直な感想である。

絆レベル10のサーヴァントにとって常識や倫理は二の次で、マスターに近付くのが最優先されるのだ。他者を信頼するなど仁義なき聖拝戦争において不要。今回の場合、ジャンヌが悪かったのではない、ジャンヌ・ダルク・オルタが甘かったのだ。

 

「マスターの前での流言、許せません。蹴散らします!」

 

「ほざくなっ! マスターの寝顔を見逃した我が憎悪、思い知ってもらいましょう!」

 

かくて、二人のジャンヌは激突した。狭い廊下で剣や旗をぶつけ合っての肉弾戦だ。巻き込まれれば命はない。

 

こいつはスタコラサッサだぜ。緊急避難はマスターの得意とするところ。立香は踵を返し、迷わず逃亡した。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

「――はぁはぁ、ここまで来れば大丈夫かな?」

ダブルジャンヌの争う音が遠くに聞こえる。廊下の突き当たりまで来て、立香は走る速度を緩めた。

 

 

知名度抜群にして、超絶美人のジャンヌたちが自分を賭けて衝突する。

そこまで求めてくれるなんて男冥利に尽きるというものだ。ジャンヌだけではない、サーヴァントはみんな美人揃いで、みんな自分に求愛してくる。

 

「やっぱり俺はサーヴァントに好かれる体質なのかな。ちょっと愛が過剰だけど、悪い気はしないか――って心を踊らせた頃が懐かしい」

立香はどこぞの深海電脳楽土にも勝る深い溜息を吐いた。

 

 

そんなわけで逃げ道の途中にあるトイレの前までやって来た。

ふと見ると、入口近くのベンチに一人の男が座っている。

うおッ! なんて逞しい男……そう立香が思っていると、突然その男は元から裸の上半身に力を入れて胸筋を誇示した。そして開口一番に。

 

「やらないか?」

 

「やるわけないでしょ!」

 

男の名はフェルグス・マック・ロイ。

ケルトの勇士であり、あのクー・フーリンの養父でもある。大食漢で気前がよく、某ジムリーダーに似た顔のナイスガイだ。

そんな彼だが、精力絶倫という重大な問題を抱えていた。

 

「ところで俺の虹霓剣(カラドボルグ)を見てくれ。こいつをどう思う?」

 

「すごく……大きいです……」

 

「このままじゃおさまりがつかない。マスターのヘブンズホール(隠語)を使わせてくれないか?」

 

「ぜぇったい嫌ぁぁぁぁ!!」

絶叫しながら立香は再び逃亡を開始した。

 

 

サーヴァント特攻(ハート)スキルに隙はない。

女だろうと男だろうと、人間であろうと神だろうと、動物でも宇宙生物でもホムンクルスでもカラクリ人形でもカバーする。

サーヴァントとして召喚すれば、どんな存在でも立香を好まずにはいられなくなるのだ。

 

『美女だらけのサーヴァントハーレム? あー、ダメダメ。差別も区別も許しません。みんな平等ですよ』

 

このようにサーヴァント特攻(ハート)スキルさんの懐の広さは異常。

 

 

藤丸立香は本能で理解している。

今のカルデアは、自分の前後(意味深)が純潔だから成り立っているのだ。

自分の身体が清いからサーヴァントたちは軽い喧嘩(サーヴァント基準)をやらかしても本気の奪い合いはしない。

だがしかし。もし、誰か一体にでも喰われてしまえば、嫉妬と憤怒が飛び交う絶望的な内紛へと発展するだろう。『聖拝戦争』が現実世界で勃発して、カルデアの壊滅は必至である。

いや、そもそも男性サーヴァントに掘られるのは、まっぴら御免だが。

 

人理を焼却した魔術王より味方サーヴァントによる内紛の方が何倍も恐ろしい。藤丸立香はギリギリに保たれた世界で何とか生きている。

 

 

 

「あっ、マスターだ! まぁ~す~たぁ~!!」

涙目の立香の前に、理性蒸発のヤベェ野郎が現れた。

 

シャルルマーニュ十二勇士の一人、アストルフォ。

外見はピンクの三つ編みを後ろに垂らした美少女――だが、男だ。

 

常に能天気で我慢が苦手。ただでさえ絆レベル10サーヴァントの理性は壊滅的だと言うのに、初っ端から理性のないアストルフォだと死滅的となる。

加えて彼は男の娘、つまり立香の天敵だ。

女なら前側を守ればよく、男なら後ろ側を守ればよい。

しかし、男の娘となると守る箇所が前後二つになって苦労も二倍である。

 

「はぁはぁ、マスターを見ていたらボク、なんだか熱くなってきたよぉ~」

 

初手・発情とはやりおる。飛びかかってくるアストルフォに。

 

「令呪を持って命ず――『動くな』!」

サーヴァントへの絶対命令権『令呪』を切った。

 

カルデアの令呪は通常の聖杯戦争とは違い、一日に一画回復する仕組みになっている。だが、それでもまったく足りない。

脳も下半身もゆるゆるなサーヴァントたちを相手取るのには、令呪が百画あっても心許ないのだ。

 

「くっ、やむを得ないとは言え、使ってしまった!」

 

「ああぁ~~ん。マスタ~のイケず~」

 

床に寝そべり硬直するアスフォルトの横を抜け、立香は食堂へ急ぐ。

人やサーヴァントの多い食堂なら軽率な行動を取る輩も少なくなるはずだ。

 

なぜに朝食に行くだけで命辛々、もとい貞操辛々にならなければいけないのか。

自身の運命を嘆きながらも、立香は素早く進んでいた。

 

 

 

しかし、悲しいかな。神様は立香に残酷である。

 

「あらあら、ますたぁ。かけっこですか? わたくし、おいかけるのは得意なんです。さぁ、はりきって走りましょう」

 

彼の背中に、嘘つき絶対焼き殺すガールの……耳に優しく心臓に悪い声が響いてくるのであった。

 

 

 

 

 

ここは人理継続を保障する機関カルデア。

なお、マスターの貞操は保障されていない。




読者様の中には「推しサーヴァントが変態扱いされたっ! 訴訟も辞さない!」と憤る方もいらっしゃるかもしれません。

だが、ちょっと待ってほしい。
絆レベル10の恐ろしさをきちんと把握していれば、適切な描写だったと肯けるはずです。

性女、もとい聖女ジャンヌ・ダルクを例にとってみましょう。

ジャンヌの絆レベルを0から5に上げるのに必要な絆ポイントは 『27500』
絆レベルによって聞けるボイスがこのように変化します。

絆レベル0ジャンヌ 「調停者としての覚悟も心得もあります。私に付いてきてください、マスター』 (*絆ボイスネタバレにならないよう意訳)

微妙に距離感のあったジャンヌが

絆レベル5ジャンヌ 「マスター、貴方がいればいかなる艱難辛苦も恐れることはありません。共に行きましょう!」

もう身体がくっ付くんじゃないか、と思えるほど距離感0になってくれます。やったぜ!


で、ここからが地獄です。

絆レベル5から6に上げるのに必要な絆ポイントは『282500』
いきなり必要絆ポイントが爆上げします。

そして、絆レベルを5から10まで上げるのに必要な絆ポイントは 『1612500』
0から5に上げるのに必要なポイントの約60倍です。
ちなみに一回のクエストで手に入る絆ポイントはだいたい1000程度。絆レベルを5から10に上げるのに1600回ほど戦わなければなりません。
なんだこれは、たまげたなぁ。

なぜ、絆レベル5から先が鬼畜設定になっているのでしょうか?
絆レベル10になればサーヴァント専用の礼装(アイテム)がゲット出来るとはいえ、絆レベル6からは趣味の世界です。
運営がFGOを長く遊んでもらうためのやり込み要素として用意したのかもしれません。


ですが、そんな大人の事情は忘れましょう。
絆レベル6以降のボイスは用意されていないので、サーヴァントたちが何を思っていたのかは分かりません。しかし、彼らの気持ちを……今回の場合はジャンヌの心情を汲み取ってみると、いきなり必要絆ポイントが爆上げした理由が見えてきます。


レベル5の時点で、マスターラブ勢に片足突っ込んでいたジャンヌ。

ジャンヌ「いけない、気が付いたらいつもマスターのことを考えている。しっかりしないと。これ以上想いを強めたらマスターの重みになってしまう」

真面目な彼女のことです。自重しようと頑張ったことでしょう。絆レベルが上がりにくくなったのも致し方ありません。

が、ダメ!

サーヴァント特攻(ハート)さん「もっと自分に素直になってええんやで。ほら、今回のクエストの取り分や」

獲得絆ポイント=1000(クエスト報酬)×10000%(サーヴァント特攻(ハート)効果)=100000

ジャンヌ「いやあああああ!! マスタァァァアアアア!!??」 (絆レベルアップ 5 → 6)


ジャンヌの頑張りはサーヴァント特攻(ハート)さんのお節介によって無駄な努力に終わり……やがて。



絆レベル10ジャンヌ「マスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスター…………うふふふ」


マスター片足ラブ勢の頃の60倍の絆を叩きつけられ、無事レベル10になりました。そら狂いますわ。

よって、ジャンヌが肉食で変態行為に耽ってしまっても、それは適切な描写だと思うわけです。
無論、ジャンヌだけではありません。
カルデアのサーヴァントたちはみんなサーヴァント特攻(ハート)さんの思いやりでマスター狂いになっています。

いやぁ、藤丸立香君は多くの傑物たちに好かれて羨ましいですねぇ(愉)


と、いうわけで本作品の正当性が証明されました(強弁)
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。

一応、全5話構想なので、ゆっくりと続きを書いていきたいと思います。

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