長大化した三話ですが、ようやく目途が立った次第です。
絆レベルがバグっている……だとっ!?
初めてのケースに立香の頭は真っ白になった。
何も考えられない彼の代わりに解説しよう。
マシュをデンジャラス・ビーストに変えた元凶はフォウである。こやつは優秀な魔術師や英霊が闊歩するカルデアにおいて、ほとんどの者から人類悪だと感知されず気ままに暮らしてきた。それを可能にしたのが自身の特性を隠す『隠蔽スキル』。
耐魔力持ちのサーヴァントだろうと赤裸々に見通す立香の魔眼でも、人類悪の隠蔽スキルには勝てなかった。
マシュの中のビースト因子さんは『女の子の中を覗くなんて許せません。エッチなのはいけないと思います!』とプライバシーを保護する。
個人情報の管理が重要だと叫ばれる現代において、ビースト因子さんの管理意識は称賛されるべきであろう。
「先輩! 先輩! 大変です! 一大事です! 先輩を間近にすると身体の火照りがリビドーでアッパー状態です!」
「落ち着きましょう、マシュさん」
男・藤丸立香、興奮する後輩を前にして迫真の丁寧語である。
絆レベルが判然としないものの、マシュはどう見ても肉食サーヴァント化していらっしゃる。扱いを間違えれば、清い先輩後輩関係は遥か遠きものになり、Heaven's Feel並のドロドロ展開まっしぐらだ。
「ランスロットさんとの訓練でお疲れでしょう。身体に痛みはありませんか? 宝具まで使ったのですから、まずはアフターケアをですね……」
「どうして他人行儀な言葉遣いなんですか、先輩? 異なる時代、異なる世界を手と手を絡め合わせてヤリ抜いてきた仲じゃないですか。もっと親しみや肉しみのこもったコミュニケーションを希望します!」
「やはりいつものマシュさんではありませんね。ひとまず休憩してはいかがかと」
「あっ、そうですね! 休憩しましょう! 私の部屋で一緒にしっぽり!」
清純派だった俺の後輩が頭黒髭になっとる――立香は心の中で泣いた。
その時である。
「……あっ……ぐあぁ……はぁ……」
すっかり蚊帳の外になっていたランスロットが呻き声を上げた。彼は『キャメロットに
どくどくと至る所から血を流し、蒼白となる顔面。身体は壁にめり込んだままでシュワシュワ光の粒を立ち昇らせている。
「うっ、そうだった! マシュさん、話は後です! 先にランスロットさんを!」
急いで回復スキル持ちのサーヴァントに診てもらわなければ、せっかく仲間になったのに座に還ってしまう。
絆レベル10勢なら昇天しても「マスターと繋いだ縁、絶対に放してなるものか!」とカルデアに自力召喚するが、絆レベルが7と底辺のランスロットではそのままお別れになるだろう。
「分かりました、先輩!」
とろけていた顔をキリッと固めて、マシュは頷いた。元来彼女は真面目な子である。父親が逝くかどうかの瀬戸際でふざけた物言いはしない――のだが。
「つまり、脱げば良いんですね!」
戦闘服から普段着に戻っていたマシュ。彼女はおふざけ要素の欠片もない大真面目な様子で、上着を取っ払った。
シールダーのくせにマシュマロのような柔肌が下着からこぼれそうになる。
「マシュさん何してはるんですか!?」
後輩の場にそぐわな過ぎる行動に、立香は興奮するより先にツッコミを入れざるを得なかった。
「ナニって、死に行くお父さんへの
「違うから! 隅から隅まで違うから!」
それでなくても相手のお父さんの前で初体験とか、『筋力のステータスがDな上に心は
「とにかく救護を呼ばないと!」
治療に適した人材は……ロマンは人間だしサーヴァント相手は荷が重そうだ。処刑人で有名だが実は医者の家系のサンソンか、ヤバい方のメディアが適役だろうか?
立香は携帯端末を取り出しながら、医療技術に特化したサーヴァントが召喚されればいいのに、と思った。
なお、その願いは次の特異点で叶うのだが……願望成就と同時に恐怖のナースプレイが始まるとは、この時の立香は想像もしていなかった。
その後。
ランスロットはギリギリのところで救出され、逝き先を英霊の座から医務室へと変更した。
それを見届けた後、二人っきりの格納庫で。
「マシュ、改めて話をしよう」
後輩に服を着直させ、立香は強い口調で語りかける。
先ほどまでのビビリ顔とヘタレ丁寧語の彼ではない。ランスロットの決死の時間稼ぎ(本人の意思なし)のおかげで、心の整理をすることが出来た。
100体以上の英霊を従わせているのは伊達ではない。腹をくくった藤丸立香は、ここからが強い――といいなぁ。
「俺を慕ってくれる気持ちは嬉しい。けれど、今は節度を持ってマシュと付き合いたいんだ」
「難しいですよ、先輩。節度のある突き合い……ピストン運動はどの程度を想定しているのですか?」
「オーケー、マシュ。
「上?」
立香に促されて視線を上げたマシュの目が「あっ!」と見開いた。
いつからなのか、格納庫の天井付近には無機物だったり生物だったり念のような不形状だったり、在り方はともかく多数のモノが浮き、立香たちの動向を監視していた。
「サーヴァントたちの使い魔や魔術が俺とマシュを観ている。ここだろうとマシュの部屋だろうと、不純異性行為を開始すれば即妨害されるだろう」
「こんなにたくさんのデバガメがいるなんて! カルデアの風紀はどうなっているんですか!」
風紀を乱す側の後輩が立腹する。
自覚のない人(サーヴァント)ほど公序良俗をぶち壊すんだよなぁ……立香は心中で毒づいた。
「さっきマシュが脱いだ瞬間、遠距離用の宝具がいくつか発動しそうになっていたんだ。下着まで脱いでいたらマシュの命が危うかった。俺は心配なんだよ……サーヴァントなら死んでも座に還るだけ。縁があればまた召喚することが出来る。でも、マシュは死んだら終わりなんだ。もう二度と会えなくなるんだ。そんなの、俺は、嫌だ……」
苦悩を滲ませる立香の声と言ったらどうだ。上手い、感情がノリに乗っている。これを狙ってやれるのは、一流劇団のメインを張る役者か、人類最後のマスターくらいだろう。
カルデアに来てからというもの立香は様々なステータスを成長させた。その中の一つが演技力だ。
どんなに鍛えようと人間とサーヴァントの差は歴然であり、最後に頼るべきは拳よりトークである。
絶対絶貞の窮地において、相手にゴマをすったり、思考を誘導する技術が身を助ける。地獄のカルデアライフで立香が辿り着いた結論だ。
生きたい。逝きたくない。そんな性存本能が立香を稀代の名優へと導く。
なお、演技力が高まるのは必ずしも良い事ばかりではなく、シェイクスピアやアンデルセンからの視線が日増しに熱を帯びている。セイレムあたりで衝撃の役者デビューを果たす立香が居たり居なかったりするかもしれない。
「マシュの安全のためにも、どうか自重してくれないか。マシュが傷つく姿なんて見たくない」
「先輩……そこまで私のことを……でも、これでは生殺しです」
極上の獲物を前にして永遠に「待て」を命じられるのは、気が狂うほどの苦痛である。今は我慢出来てもいずれはプッツンするだろう。
だが、心配ご無用。
名ブリーダーの立香さん。肉食獣の扱いは心得ている。
「そこを何とか……」
頭を下げて、お願いのポーズを取る立香。しかし、それはフェイクだ。
『特異点が全部修復されて、世界が元に戻るまでの辛抱さ。サーヴァントたちがみんな座に還ったら好きなだけイチャイチャしよう』
声を発さず口だけ動かす。頭を下げたのは口の動きを上空の監視者たちに見せないためだ。
「あっ……すみませんでした。先輩の気持ちも考えずに、自分勝手なことばかり言ってしまって」
マシュも頭を下げて。
『分かりました、絶対ですよ、先輩!』
会話方式を読唇術に切り替える。
さも当然のように唇だけで会話する立香とマシュ。まあ、人類最後のマスターと人類悪因子持ちなら出来て当たり前な雰囲気があるし、何ら不思議ではないね(強弁)。
こうしてマシュと約束を取り付けた立香だが、腹の中では別の企みを持っていた。
マシュには悪いけど、サーヴァントのみんなが素直に還るなんて思えない。それどころか俺を求めて争奪戦が勃発するだろう。
さらに外界からの通信が復活すれば人の出入りが激しくなるはず。
その隙を突く! こんな肉食サファリパークなんて居られるか! 俺は日本に帰らせてもらうぞ!
目的のためならハイ・ジャックでもシー・ジャックでもしてやる! 俺は本気なんだからな!
メンタルがいっぱいいっぱいの立香くん。犯罪に手を染めてでも帰郷する覚悟の模様。
彼は気配遮断スキルをフルに使って、逃亡する計画を立てていた。その際にマシュは足手まといになるかもしれない。万全を期すなら彼女は同行させない方が良いだろう。
ごめんな、マシュ。日本に帰ってほとぼりが冷めたら、手紙でも送るから。
そんな甘々な立香のプランだったが――
『もし、サーヴァントの皆さんが邪魔をするのなら、カルデアの送電システムを破壊しましょう。電力を失えばサーヴァントの方々は現界出来ませんから』
涼し気な顔で己を上回る外道プランを提示する後輩によって、破棄される運びとなった。
『…………』
俺はとんでもない約束をしてしまったのかもしれない――しばらくの間、読唇術関係なく立香は声を出すことが出来なかった。