【前回のあらすじ】
スランプになった刑部姫は創作意欲を取り戻すため各サーヴァント先生の作業(性癖)を見学して回る事となった。
記念すべき最初の先生は、子供大好きのショタランテ先生で……
アタランテの部屋はとにかく簡素、電化製品はもちろんテーブルすら無い。狩人である彼女の性格が実に反映されている。
だからか、部屋の角にある作業机とその上の豊富な画材が、刑部姫には異質に映った。
なお、壁には藤丸立香のお宝写真が所狭しと貼られまくっているが、どのサーヴァント部屋でも馴染みの光景のため注意は特に引かれない。
「『Princess×2』の本は毎回購読させてもらっている。私の趣向からは外れるが、一定のクオリティが約束されている分、安心して読める」
「大人気作家・ショタランテ先生が
座布団のない床で正座し「こ、光栄過ぎて心臓がぁぁ……」と胸を押さえる刑部姫。
「卑下する事はない。『Princess×2』の実力は確かだ。マスター狩りのシーンはカリュドーンの猪狩りよりずっと丁寧で参考になる」
「やめてぇぇ! 持ち上げ行為は落とす前振り。
頭を抱える刑部姫に、ヤレヤレと嘆息しつつ。
「汝に技術的なレクチャーは必要ないだろう。私が為すべきは――」
アタランテは作業机に置かれていた一冊の本を手に取った。
「この本を読んだ事はあるか?」
「そ、それは『はじめてのぐらんど・おーだー(表)』! ショタランテ先生の代表作にして『りつか君6歳』シリーズの第一作! 手垢が付くほど読み返しています!」
『はじめてのぐらんど・おーだー(表)』、りつか君6歳がサーヴァントらに見守られながら特異点で聖杯探索をする物語だ。瓦礫、焦土、怪物、死――聖杯探索のシリアスな部分は子ども向けにマイルド化され、ショタランテ先生の優しい絵柄も相まって小学校の図書室に並べられても問題ない外面と内容になっている。
りつか君6歳がトテトテと特異点を歩き回り、立ちはだかるトラブルに対して時には「うわぁぁん」と大粒の涙を流し、時には「きゃきゃ、やったぁー」と満面の笑顔で乗り越える。
りつか君の一挙手一投足が放つ可愛さは凄まじいの一言。どのくらいヤバいかと言うと、読サバたちの理性や母性や父性に特攻し『半ズボン耐性ダウン』を付与するほどだ。無論、無敵貫通属性のため読めば最後、この永続デバフから逃れる術はない。
また、『この世全ての子供たちが愛される世界』が願いのアタランテは子供にこそ自分の漫画を読んでほしい、と常々思っている。そのため『はじめてのぐらんど・おーだー(表)』はサバフェスでは珍しいエロ要素を排した全年齢対応。
これにはカルデア子供組もニッコリだろう。なお、サーヴァントに年齢はあってないようなモノなので、子供組だろうと喜々としてR-18の同人誌を漁っている模様。
「漫画を描くに当たって、私が最も重視しているのは『マスターを如何に
「なるほど」
『愛狂しい=純粋・無垢』には独断と偏見の介入が見られたが、ショタランテ先生から発せられた言葉となれば説得力がある。刑部姫は異議を唱えず肯いた。
「人理焼却によって世界中の子供が消された。下手人を千回射殺しても許し難い暴挙だ。こんな絶望的な世界でも、まだ私の
「ショタランテ先生……」
もしかしたら人理焼却に最も憤りを覚えているのはアタランテかもしれない。重苦しい彼女の口調に、刑部姫は思いの強さを感じた。
「そして気付いたのだ。ただでさえ愛しいマスターが幼児化すれば、すなわち最強ではないかと」
「なるほど」
明らかな発想の飛躍だが、ショタランテ先生から発せられた言葉となれば説得力がある。刑部姫は異議を唱えず肯いた。
アタランテが作業机に向かい、真っ白の原稿用紙に手を置き、丸ペンを握る。
「イメージするのは常に最萌えのマスターだ。あどけない表情と、穢れなき半ズボンをイメージしろ。あとは手が勝手に動き始める」
言葉通りアタランテの手が躍動し『りつか君6歳』を紙面に生み出す。その迷いなきペン捌きが、立香に対する執着……もとい思いの深さを示している。
はぇ~、すっごいキュート。
見れば見るほど生唾が溢れてくる。刑部姫は口元を拭わずにはいられなかった。
アタランテは純潔の女神アルテミスの加護を授かった『純潔の狩人』。本来なら他人と抜き挿しの関係を築いてはいけない。だが、どんな戒律にも抜け穴があるようにアタランテにも穴がある(意味浅)。
神話の時代、数々の求婚者を追い返すため出した条件『自分との徒競走に勝利すれば結婚も合体もOK』がそうだ。
哀しい事だが、立香は気付かぬうちに条件をクリアしてしまった。
第三特異点で起こった、ヘラクレスとの追いかけっこ。
立香はエウリュアレを脇に抱えたままヘラクレスの追走から逃げ切った。
かつてアルゴー船に同乗したヘラクレスの力量はアタランテの知るところ。
あの大英雄に人間が拮抗してみせる……だとっ!?
アタランテの驚愕は大きいものだった。俄然、藤丸立香に興味が湧き――詰んだ。
立香に僅かでも関心を持てば心臓を『サーヴァント特攻(ハート)』さんに握られたも同然。その後はお決まりのコースである。
あれよあれよと絆され特異点を定礎復元した頃には「やはりカルデアか。いつ戻る? 私も同行しよう」と絆レベル8らしい強引さでくっ付いてきた。
マスターの脚力は英霊の域に辿り着いている。私と争えばどうなるか……くっ、まだ私が勝っているか! いや、待て。ヘラクレスとの徒競走ではマスターは
これは性犯罪者の欲目ですわ。
アタランテは都合の良い判断でマスターガチ勢の仲間入りを果たした。
「はぁはぁ……マスター……マスター……くぅぅ」
「しょ、ショタランテ先生?」
『りつか君6歳』を描くうちにアタランテの呼吸が荒くなってきた。
ああ、これは自分の描いた絵に発情しているんだな。分かる分かる、
刑部姫が温かい目でアタランテの変調を見守っている……と。
「しまった! 手が滑った!」
迫真の棒読み。アタランテは作業机の引き出しを開け、毛皮を取り出した。すんごい手の滑りっぷりだ。
「おお! それって!」
刑部姫が活気づく。ショタランテ先生のファンなら誰でも期待する展開が来たのだ。
アタランテは毛皮を被り、
「ぐ、ぐぅぅ、ぐぅぅおおおおおお!!」
雄叫びを上げた。黒いモヤが彼女を覆い、姿と霊基が変わっていく。
アタランテが使用したのは『魔獣カリュドーンの皮』。自身に魔獣の力を付与する代わりに理性が消失してしまう呪いの宝具だ。
アタランテ・オルタとして別枠召喚される事もあるが、肉食カルデアではアーチャーのアタランテがオルタも兼任している。
野性味溢れる表情と肩に付いた猪の顔。面積の小さい喰い込み水着な外見であるのに色気がまるでない。
「間違いじゃない! 間違いのはずが無いんだ! うう、うあああああぁっ!」
今にも宝具をぶっ放しかねない掛け声を発し――アタランテは再び机に向かった。
獣のように唸っても、やるのは漫画を描き続けるのみ。違和感がヤバい。
獣化して手先の器用さが下がったためか、先ほどより絵が乱雑だ。けれど、それが迫力へと昇華され……『りつか君6歳』が大変なことになっている。
待ってた! 『はじめてのぐらんど・おーだー(裏)』待ってた!
きよひー等の例外を除けば、バーサーカーとは極力接したくない刑部姫だが、ショタランテ先生だったら話は別。
立香が襲われる同人誌は数あれど、ショタランテ先生は表裏の2バージョンを出してくれる。表で健全な冒険をする『りつか君6歳』が、裏でくんずほぐれつな目に遭う。
全年齢対象キャラが裏ではエロいことに。これぞ同人誌の本懐ではなかろうか。1バージョンのみより禁忌感が強まり、妄想も高まって……たぎる!
「私の愛するものはこう成り果てても変わらん。子供達だけだ」
ショタランテ先生がなんか世迷言を吐いている。
「でも、先生。子供のりつか君を裸にしてアレコレするのは先生のルール的にアリなんですか? まだ6歳なのに」
前々からの疑問を刑部姫は恐る恐る尋ねた。
「大丈夫だ! 私が描く『りつか君6歳』は6歳ではない!」
「はっ?」
「『りつか君6歳』までが名前なのだ! 実年齢はもっと上! 精通もしている」
んな屁理屈な! と心中で突っ込む。
だが考えてみれば、この予防線の張りっぷりがショタランテ先生の真骨頂。
『全ての子供に幸せを』と願う一方で『マスターをショタ化して直接愛したい』と欲する。
願望と欲望。相反する両者に折り合いをつけるため先生は多くの小細工を弄している。
わざわざオルタして理性を排さねば濡れ場を描けない。
その濡れ場は荒々しい絵のタッチとは裏腹にイチャラブだ。
相手役は味方サーヴァントで固定されているし、プレイ内容は『りつか君6歳』の負担にならないよう配慮に配慮を重ねたもの。親の気持ちになって読めば、子供への愛が随所で爆発しているのが汲み取れるだろう。
読後感は心と下半身がポカポカするもので――
『りつか君は良い子でちゅね~。ママが色々なことを教えたくなるわ (踊り子ママ)』
『子供が元気なのを見ると嬉しくなるわ。もちろん元気よく出すところもね (キッチン担当の二児ママ)』
『ショタランテ先生の作品からは学ぶ点が多いわ。そうね、これがマハトマね (マハトママ)』
『子供のワンパクさは微笑ましいが、りつか君は度が過ぎていて心配だ。せめて食事の世話くらいはしたくなるな (エミヤママ)』
『好きな作風ですけど、りつか君をもっと
『りつか君を見ていると我が子のような愛おしさを……あら、りつか君は我が子……ふふ、私ったら寝ぼけていたようです。実の子を忘れるなんて (バーサー
『サバフェス新参者ですが、ショタランテ先生の作品は窓口が広く初心者でも安心して読めました。先輩のショタ化というのは私的に新境地であり、早速半ズボンの購入に走ったものです。タイミングを見計らって先輩に履いてもらうよう交渉してみます! (デンジャラスビースト)』
と、ママ属性の読サバと一部ビーストから熱烈な評判を得ている。
ショタランテ先生は戦っているんだ。自分の在り方や倫理に反しないギリギリのラインで、マーちゃんと愛し合うために。
それに比べて
作品だけでは読み取れない作者の苦労を目の当たりにして、刑部姫は柄にもなく自身を恥じるのであった――
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刑部姫のサークル見学は続く。
「ハ。ハハハ。クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! 我が名は復讐者、巌窟王エドモン・ダンテス!恩讐の彼方より、我が共犯者を〇〇にきたぞ!」
エキセントリックで言動の半分は意味不明な『エロモン・ナンデス』先生。
しかし、本人の性格とは打って変わって作風は純愛もの。四六時中マスターに寄り添って絆を深める描写は、悪や混沌属性のサーヴァントだろうとキュンしてしまうほどで――
『エロモン先生の作品は不安定な僕の特効薬だよ、本当に感謝している。僕が僕の中の『俺』とギリギリやっていけるのも先生のおかげさ (悩める二重人格)』
『余の……美しきマスターを……おお、エロォォオオオオ!!! (姪×マスター 肯定伯父)』
『甘い物は菓子で十分と思っていたんじゃが……ううむ、意外や吾もイケる口だったか。おっ、酒呑……そんな物より酒でも呑まないかって? 酒呑から誘ってくれるなんて嬉しい事もあるものだな! (幕間登場率高スギィ鬼)』
『人気作品だからよぉ、買い占めからの転売で大儲けだ! って思っていたんだが……ヤベェよ、中身ヤベェよ。俺が俺でなくなっちまう! (新大陸発見船長)』
『蹂躙のない貧弱ジャンルなのに目が離せん。くっ、私とした事が……些か腹が立った。麦粥魔女で憂さを晴らすか (祝・初強化オルタ)』
『やはり恋愛の王道は純愛ですね! ちなみに先輩のカップリング相手として王道なのは後輩だと思います! エロモン先生のお話のように順序を守ってお付き合い出来るか少し不安ですが、最初からクライマックスにならないよう自重して先輩との愛を深めます! (デンジャラスビースト)』
このように受け止め方はそれぞれだが評価されている。
最近頭角を現してきた『ゲシュペンスト・ケッツァー』先生もそうだが、
復讐を願いながら心休まる相手を求めているのかな? と刑部姫は見学しつつ予想した。
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「あなたに幾つかお教えできるものがあります。さあ、共に学びましょう」
教えを乞うとすれば彼ほど頼りになる者はいない。大賢者・ケイローンの見学は創作の心得だけでなく技術の面でも実りが多い。
ただ、こちらはエロモン先生とは反対で……本人に問題はないものの、作風が上級者向けだ。
「常に冷静に、広い視野を持って。そして、マスターにアプローチしなければなりません。広い視野ですよ」
と、ケイローンこと『ケモナーン』先生は言う。作者名から察せられるように彼の作品は種族の垣根を超えた愛がテーマだ。
しかも「ケモミミ娘って良いよね」とほざくエセケモナーではなく本格派。ケイローンは半身半獣で、下半身はいろんな意味で馬並である。
そのためか、ケモナーン先生の読者層は特殊だ。
『ヒヒーン! 先生の作品、人参と同じくらい好きですね。マスターと真なる人馬一体をしてこの世の果てまで駆けたいものです! (自称呂布)』
『ケモナーン先生の本は人類の、いや全生命の至宝だよ (理性蒸発騎士の幻馬)』
『人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて、と言いますが自分が馬であれば蹴られずに済む。安全ポジからマスターを狙いますか、グシシシシ(性格の悪い不死身神馬)』
『先生の作品を読んでいると、ビーム出して姉を名乗る不審者より私の方がマスターにふさわしいと思えてくるの (陸海空万能適性イルカ)』
『わたし、人食い馬として有名なのですが、マスターは別の意味で食べて征服したいですね……ふふふ (実は座に登録されている英霊馬)』
『カルデアはマスターに危険地帯過ぎるでチュン。閻魔亭でケモナーン先生流のおもてなしをするでチュン (若いツバメ狙いの雀)』
『………… 《――狼である彼は与えられた肉を食べない。しかし、自ら肉を求めることはある》 (9.5割ツン狼)』
『先輩が題材ならケモってもイケます! さすが先輩! 先輩は可能性のケモノです! 私も獣になってしまいそうです! がおー! がおー! 趣向をこんなに開発していただきケモナーン先生には感謝の言葉もありません! 先生がご教授してくれた異種族愛の神髄を肝に銘じてこれからも先輩に迫ります! (デンジャラスビースト)』
このようにガチケモ勢からケモナーン先生は支持されている。
多くがサーヴァントの乗り物だったり宝具だったりで忘れがちだが、英霊と同時召喚されたのなら彼らもサーヴァント特攻(ハート)さんの影響下だ。
たまに主を放っておいて立香を追いかけることだってある。立香に求められる逃走速度は上がる一方だ。
「マスターにもお教えしたい事がたくさんあるのですが、なぜか同室を拒むのです。特に再臨した姿では決して近付いてくれません」
悲しげに呟くケモナーン先生の授業を終え、刑部姫は部屋を後にした。
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「結構回ってヘトヘトだよぉ。もうゴールしても良いよねって言ったら、きよひーに焼かれちゃうかな。まあ、勉強にはなっているしガンバローっと。で、今度の目的地は……ゲッ!」
次なる先生は、サバフェスにおける大御所と言える。
画力の高さは言わずもがな。最大の特徴にして人気の理由はストーリーにある。
ショタランテ先生やエロモン先生のように純愛派の作品だろうと、基本的にサーヴァント側が攻めに回る。これは立香本の常識だ。
しかし、大御所先生は逆。立香が攻め手となるのだ、それも襲い掛かる勢いなので逆レと言って差し支えない。この発想にはどの肉食サーヴァントも目から鱗だろう。
特にM属性持ちから喝采を浴び、先生は不動の地位を築いている。
「きっと学べる事は多いよね。けど、先生は
大御所の部屋に到着してしまった。
これから会う先生は作風とは真逆の……いや、どこまでも己の有り方を作品に落とし込んだ猛者。
「入りたくないな~。一か所くらい飛ばしても良いよねぇ、だよねぇ」
部屋の前でウロウロしていたのが悪かった。突然、スゥーと扉が開き。
「んん……? 汝は圧制者?」
パンツ一枚で筋肉隆々の大男が現れた。
古代ローマの剣闘士でありバーサーカーのスパルタクスだ。
「ち、違いますぅ!
慌てて否定する。もし圧制者認定されたら叛逆されてしまう。
「おお弱者よ! 汝の盾になって圧制者を抱擁せん!」
「ひっ! 言っている事とやる事が違っ……ぐえええええ!?」
スパルタクスが抱擁をもって訪問者を歓迎する。顔に押し付けられる筋肉と男臭と汗。
この世のものとは思えない不快さの三連撃に見舞われ、刑部姫は気絶というサーヴァントらしからぬ行為を選んだ。
なんで……こんな人が大御所なの……ああでも、『圧性』には叛逆だから正しいのかな。
さすがは『叛逆レ』先生……ぐふぅ。
暑苦しい筋肉の中で、刑部姫の意識は完全に閉ざされるのであった。