絆レベル10のカルデア   作:ヒラガナ

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もう前後編と見せかけて中編挿入の詐欺は止めたいので、表記を変えました。
これで無限に一話を続けられるわけですよ……とは言え、出来るだけ少ない区切りで終わらせます(終わらせるとは言っていない)


なお、第三話にはFGO第一部の重大なネタバレが含まれています。ご注意ください。



第三話:藤丸立香と人類悪とデンジャラス・ビースト①

「子イヌ~! なんで逃げるのよ、せっかくリサイタルを開いてあげるのに! 今日は特別にカボチャの料理もあるのよ~!」

 

「無理です! 今日はアレです! て、定期検査的なものがあって食事制限と音楽制限があるんです!」

 

「なによそれ! 聞いてない!」

 

「せっかくのお誘いですけど! そういうわけなんですんません!」

 

「怪しい……ちょっと止まりなさいよ。話はじっくり詳しく訊くから!」

 

「いいぃ、だから無理ですって!」

 

今日も今日とて藤丸立香はカルデアの廊下で鬼ごっこに興じていた。本日の鬼はエリザベート・バートリー。曰くつきの史実を残す反英雄の若かりし姿だ。

アイドルになる夢と致命的な歌唱力、そして不遜な性格から『カルデアのジャイ〇ン』と立香は心の中で名付けていた。

 

なりふり構わないバーサーカークラスや、移動力に富むライダークラスのサーヴァントに比べれば、エリザベートは楽な相手だ。

立香本人の自覚は薄いものの、身体能力だけで言えば彼は人外レベルに足を突っ込んでいる。

 

その証拠に、第三特異点・オケアノスで行われた大英雄・ヘラクレスとの追いかけっこ。エウリュアレを抱えてヘラクレスを特定の場所まで釣らなければならない――難易度ベリーハードなミッションを立香は普通に完遂してみせた。

 

想定以上にヘラクレスが暴れたことで遅延攻撃役のサーヴァントたちが蹴散らされたり、エウリュアレを狙っていたはずのヘラクレスがサーヴァント特攻(ハート)さんの影響で立香にゾッコンになったり……トラブル目白押しだったが、立香は持ち前の脚力で勝利したのである。

 

生前からヘラクレスを知る純潔の狩人は、大英雄を寄せ付けない速度で走る立香(女神所持)を見て「ないわ……」と茫然自失になったという。

なお、長時間立香の脇に挟まっていた女神は絆レベルを『6』にした。

 

そんな立香がジャイ〇ン程度に負けるはずがない――と、言いきりたいが……

 

「子イヌ~、(アタシ)の歌を聴いて感極まって専属マネージャーになりなさぁい!」

「子イヌ~、今回はパンプキンパイも作っているからいらっしゃい! 変な物は入ってないから」

「子イヌ~、クエストが終わったら(アタシ)と宿屋に泊まって一晩過ごすわよ!」

 

エリザベートはノーマルと魔女と勇者の三体に分裂していた。目立ちたがり屋な彼女はクラス適性を増やす癖がある。しかも増産分は召喚せずとも勝手知ったる何とやらでカルデアに居着くので、厄介な居候と大差ない。

 

「三人に勝てるわけないだろ!」の名言があるように立香はエリザベート×3に追い詰められていた。

 

 

 

「先輩! こっちです!」

そこへ救いの女神ならぬ救いの後輩の声が!

 

「っ!」

有能な立香の身体は即反応した。脳の指示を待たずに声のした部屋へ飛び込む。立香がジャンピング入室した直後、扉は閉められロックされた。

 

「子イヌ~? あれどこに行ったのよ?」

「こっちじゃない」

「いや、あっちでしょ」

「とにかく追うわよ~」

 

エリザベートたちの気配がだんだん遠ざかっていく。

 

「…………行ったか」

床に耳を当て、足音が小さくなっていくのを確認して立香は呟いた。

 

「ご無事ですか、先輩」

「ああ、助かったよ。ありがとう」

 

体勢を整え、部屋主のマシュに礼を述べる。

 

マシュ・キリエライト。

元は人間で、とある事故によって英霊と合体したデミ・サーヴァントだ。

多くのサーヴァントが英霊の座から召喚され一時的に協力しているのに対し(なお、絆レベル10勢は永久的に協力する心意気)、マシュは存命で魔力供給が無くても消滅することはない。

マスターガチ勢は認めないだろうが、藤丸立香の正式なサーヴァントはマシュだけである。

 

「毎日襲われて心中お察しします。私が先輩の盾となってサーヴァントの皆さんから守りきれれば良いのですが」

己の力の無さを悔やむように、顔をしかめる後輩。

 

マシュは自身に宿る英霊の真名を知らず、サーヴァントとしての力を存分に発揮することが出来ない。中途半端なデミ・サーヴァントと、聖拝戦争と素材狩りの刑の周回で霊基フル強化したマスターガチ勢。対立すれば、どちらが勝つか考えるまでもないだろう。

 

実際、そうなった。

第二特異点を修復した後、マシュの霊基は強化された。上がった力に勇気づけられ、彼女は発情サーヴァントから立香を守ろうと立ち向かい――そして、為す術なく敗れたのである。

ヒナ鳥が成鳥になったところで、ドラゴンに勝てるわけがない。マシュはガチ勢との力の差を嫌と言うほど思い知った。

 

「こうやって助けてくれるだけで十分だよ。本当に感謝している。やっぱりマシュは俺にとって『()()』だね」

 

「ほ、褒め過ぎです……私なんてまだまだ」

 

「自分を貶めなくていいよ。マシュはサーヴァントになって日が浅い。今は未熟かもしれないけど確実に強くなっている。それは俺が保障する。真名だってそのうち思い出すだろうし、焦らず、しっかり成長していこう」

 

「は、はいっ! お心遣いありがとうございます! 先輩!」

 

立香の優しいフォローにマシュは嬉し恥ずかしで縮こまった。

 

歯の浮く台詞をキメ顔で吐く立香。これが普通のサーヴァントなら、絆レベルが一つか二つ上がっただろう。だが、マシュの絆レベルは……

 

 

 

『絆レベル3』

 

よし、いいぞ。

立香は内心ほくそ笑んだ。

 

「マシュは俺にとって特別」、その言葉に嘘はない。

マシュはサーヴァントでありながら絆レベルの上がり方が人間と同じ……いや、人より渋いくらいだ。どんなに甘い雰囲気で告白めいた言葉を垂れ流しても変化しない。マシュこそ立香にとっての安全地帯であった。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

藤丸立香がマシュ・キリエライトに抱く想いは複雑であり、時期によって大きく異なる。

 

まずは、初対面。

カルデアに到着して早々に立香はマシュと出会った。

 

「あまり特徴的な自己紹介にはなりませんでしたが、よろしくお願いします、先輩」

 

なんだ、この子は……

 

会った直後で即「先輩認定」、さらにこちらを慕うような口ぶり。驚くほどフレンドリーだ。

これが駅前だったりアーケード街なら悪質のキャッチセールスかと警戒するところである。

 

しかし、悪くはない。

立香の学校ではお目に掛かれない美人。締まるところは締まり、出るところは強烈に出ている体型。あざとさすら感じる性格の良さ。おまけに眼鏡のアリとナシを両方堪能出来る親切仕様。

 

男の理想がそこにはあった。

思春期の立香がこれからのカルデアライフを妄想し、その中に恋仲になったマシュを登場させたのも無理からぬことだろう。

 

「では、中央管制室に案内します」

カルデアに不慣れな立香のためマシュが案内役に名乗りを上げた。

 

ほんま、ええ子や。

立香は胸をときめかせ――「おっと」

けれど長年の経験から魔眼を発動させた。

 

「あっ、この子。俺に惚れてんじゃね?」と勘違いして痛い目に遭うのは男の通過儀礼である。すでに通過済みの立香は、気になる異性がいれば魔眼使用、と心得ていた。

果たして、先を行くマシュの背中に浮かび上がった結果は。

 

『絆レベル0』

 

なっ、なんだと?

立香の見立てでは『絆レベル2』はあると踏んでいた。学校のクラスメートレベルである『2』。出会って間もないが、マシュの柔らかい受け答えから計算した確かな値であった。

 

それが『絆レベル0』だとっ!?

 

絆レベル0は初見も初見。

「はじめまして」「こちらこそはじめまして」で脱するくらいの最低値である。長々と会話したマシュならとっくに卒業しているレベルだ。それなのに『0』。

 

み、見間違いじゃ……ないよな……? 

立香は、前を行く後輩に恐怖した。

 

 

 

 

だが、恐怖は人理焼却の前に一旦消え去る。

 

命辛々で切り抜けたファーストオーダーの『冬木』。

突然の大ピンチを新米サーヴァントと新米マスターは共に力を合わせ生き延びた。

『吊り橋効果』と言うものがあるが、立香としては『地上74m電流鉄骨渡り効果』ほどの劇的な体験をした。心臓は何度も飛び跳ね、自分を死守するマシュにときめき放題だった。

 

「ありがとう、マシュがいたから何とかなった」

「いえ。お礼を言うのはこちらの方です。先輩の励ましが私を何度も支えてくれました。本当にありがとうございます」

 

初めてのオーダーから帰還し、立香とマシュは抱き合った(*健全な意味です)。互いの無事を確認したら自然とそんな行為に及んでいた。傍らで初召喚したキュケえもんが不平不満を叫んでいたが、そこは無視で。

 

絆レベルが『4』……もしかしたら『5』に達するのでは、との手応えを立香は感じていた。これで『2』とかならマシュと上手くやっていく自信がなくなる。

 

まあ、心配は杞憂に終わるだろう。

なぜなら――

 

「先輩、特異点を全て修復するのは苦難の連続で大変だと思います。でも、先輩とならきっと出来る。私は信じています」

抱き合う格好で立香の胸に額を当てる後輩。気弱そうで芯のある盾のデミ・サーヴァントは照れながら言う。そこに確かな絆を感じる。

 

「ああ、俺とマシュならやれるさ!」

立香は安心して魔眼を発動し、マシュを見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

『絆レベル1』

 

 

立香は人間不信になった。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

あれから何度も死ぬような出来事を潜り抜けてきた。日本に居たままでは絶対に経験出来ない死線を乗り越えてきた。

その度にマシュと喜怒哀楽を共有してきた。

 

なのに、なのにである。

 

第二特異点セプテムを修復した時点で、マシュの絆レベルは『2』。

「おっす」「うぃ~す」と軽く挨拶し合うクラスメートレベルである。あれだけの困難を超えてなお、自分とマシュは教室がたまたま同じだった程度の仲なのか。

 

もしやシールダークラスとは心を簡単に許さないお堅いメンタル持ちなのか……マシュ、恐ろしい子ッ!

 

立香はマシュから距離を置いた。小特異点修復の際にマシュをメンバーから外し、ゲオル先生を投入したのも後輩との信頼関係が崩れていたためである。

 

怖かったのだ。

「先輩! 先輩!」と親愛を以て接してくるのに、絆レベルをピクリとも動かさない後輩が怖くて仕方なかったのだ。

 

 

 

それから時は流れ――

第四特異点『ロンドン』を修復した今、立香の心境には変化が起こっていた。

 

現時点でマシュの絆レベルは『3』。放課後一緒に遊ぶ友達レベルだ。

友達……良いじゃないか! こちらの貞操を狙う絆レベル10勢と比べればずっと良い!

 

立香は疲れていた。サーヴァントたちの実力行使を伴う求愛行動に心底疲れていた。

九死に一貞の毎日を過ごす彼にとって、いつしかマシュは癒しになっていた。

 

マシュは変わらない。変わるとしても特異点修復レベルの大イベントがなければ変化しない。

きっと彼女の心は強烈な刺激しか受け入れないのだろう。

日常のささやかなやり取りでじんわりと仲を深めていく――意識高めの大人な恋愛を切り捨て、ひたすらドラマティックを追究する主義か宗教に入っているのだろう。

 

それもいいさ。

甘いマスクで甘い言葉を吐いても微動だにしない、まさに不動明王の如き後輩。その姿勢が立香にリラックス効果を与えてくれる。

 

「マシュ。今日の昼って時間ある?」

 

「はい。空いていますが」

 

「じゃあさ、一緒にランチなんてどうかな? 最近、とても優秀な食事サポート係が付いたおかげで、気楽にランチを取れるようになったんだ」

 

「先輩と……は、はい! マシュ・キリエライト。お供します!」

 

「どう聞いても友達以上だろ!」の会話を行ってもマシュの絆レベルは相変わらず『3』。

立香はマシュの顔(に書かれた絆レベル)を見て、幸せそうに微笑むのだった。

 

 

 

 

 

藤丸立香は人類最後のマスターであり、人理の守護者・サーヴァントの獲物である。

前世でどんだけの悪行を重ねれば辿り着けるのか見当もつかない、そんな不幸な星の下に生まれた子である。

 

だから、彼に幸せは似合わない。

 

 

 

 

「……フォウ」

 

藤丸立香の後輩(しあわせ)を壊すべく、人類悪が動き出そうとしていた。

 


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